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後日談
新たな事業 2
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セイバーンは、我が国の中心部にありながら田舎である……と、言われていたのはもうひと昔前の話となりました。
アヴァロンが建都され、離宮が建った今、ここを田舎と侮る者はおりません。
ましてアヴァロンは発明と研究の都。ありとあらゆる最先端を日夜生み出しております。
「そんな中で、今一番頭を悩ませているのはなんといっても運送量でしょう。
交易路は確かに画期的でした。今までよりも速く、安全に荷が運べる。ですがこれだって万全ではないんですよ。
荷車の積載量が増えたわけではありませんからね」
速く運べるようになった。その分、多く出回るようになったと感じている。
しかし、一度に運べる量の限界というものがございます。
「特に、小麦や木炭・石炭といったものは、荷車単位で注文が増えなければ増便も難しい。馬の確保も必要ですし」
「……そりゃ分かったけどよ。掘るってどうすんだよ、折角河川敷を作ったのに、今度は川の拡張?」
呆れたように言ったルカに、マルは違いますよと首を横に振ります。
「いえいえ、確かに拡張と言えなくもないんですが、あの荒川を掘るんじゃなくてですね、別に川を造るんです」
「…………え、造る?」
「そうですよ? セイバーン南西にあるイス湖まで繋げます」
「え、ちょっと待てって。イス湖って、むっちゃ遠い……」
「オースト突っ切れば若干マシでしょ」
「他領だろ⁉︎」
イス湖というのは、セイバーン南西にあります湖なのですが、その大半はオースト領内に広がっております。
セイバーンの荒川と違いこの湖は、年々水位を下げており、その原因もやはり解明されておりません。
そのためあの近隣での小麦生産量も落ちてきており、麦の栽培農家も減りつつあります。
しかし現在は保存食用の野菜生産に力を入れてきており、小麦以外でうまくやっている土地という印象でした。
「あの辺りはセイバーンの中では若干土が痩せています。しかしオーストにとっては肥沃な大地に分類される。
なのに、毎年水位を落とし続けているイス湖が農業に影を落としている状態です。
こっちは水の多さに辟易しているというのに、あっちには足りない。
それにこっちの荒川ですが、これも河川敷と交易路で一旦は水を制すに至りましたが……川の水量が減ったわけではありません。
むしろ、観測を続けて九年、微妙にですけれど、水量が増えているんですよねぇ」
毎年必ず雨季の観測を続けて九年。
その積み重ねが小さいながら、意味を成してきたと言うのです。
「まあ今すぐどうこうということはないです。
何かあるとしても、少なくとも我々が皆、二回ほど来世に旅立った後ですかね。
けれど、何かあるかもしれないと分かっていて、そのまま放置というのもどうかって話でしょう?」
その言葉に顔を見合わせた職人一同は、神妙に眉を寄せてコクリと首肯。しかし……。
「だからって他領突っ切る川を掘るってのは……あまりに荒唐無稽じゃねぇか? てか、なんで川を掘るんだよ……」
「何がです? 交易路だって他領に張り巡らせましたが?」
「いや……それはそうだけどよ……川を掘るってのが、その水位下がってる湖の話と、どう繋がるってんだ?」
「文字通りですよ。ここの荒川と、そのイス湖を新たな川で繋げようって話です」
それは想像だにしないことであったのでしょう。
シェルトは暫く沈黙した後、また「はぁ⁉︎」と、同じ音を繰り返しました。
大工のルアンも声を失ったように呆然としておりますが、ただ一人ルカは、興奮で瞳をキラキラと輝かせております。
「正確には川ではなく、大規模な水路を造るんです。
初めから荷の輸送を目的としたものを、荷の輸送に特化する形となるようにね。
それにより、荒川の増水にも対処し、南西の水不足にも一手が打てる。更に、オーストにも恩が売れる」
そう言ったマルに「でも!」と、ルアンが声を上げます。
「オーストとセイバーンの南西を突っ切って繋げるってことは、高低差が結構なもんでしょ?
山間も通るし、街や村を貫いちまうことだって……」
「その辺はレイ様が交渉してきてくれますから、その結果待ちです。
オーストの正確な地形も把握しなければなりませんし、まだ運河を掘る道筋は定めてません。
でも、高低差の問題は対処する方法がありますから安心してください」
そう言ったマルは、またもや書類の山から一枚、別の紙を取り出しました。
こちらもサヤ様が図解で説明してくださった、その高低差問題の対処法。
「サヤ様のお国で閘門と呼ばれている装置だそうです。これを取り入れて、少しずつ高低差を克服していくように水路の構造を調整します。
高温炉を得て色々やれることが増えましたからね。水門の大きさも、強度も上げられると判断しました。
人口の水路なわけですから、構造から見直しますよ」
そう言いマルは、うきうきと計算式をびっしり並べた紙を取り出しました。
これは我々には全く理解ができませんが……ベラベラと話す長い計算式の合間に聞き取れる言葉としては、閘門を作る上での構造や水圧について話しているようです。
計算上はこれくらいの船の大きさならこれくらいの水圧が……という辺りで私の耳は彼の話を聞くことを拒みました。
まぁ、構造の話はともかく。
普通に考えれば他領を突っ切る川を掘るなど荒唐無稽と言われるでしょうが、我々には、実績がございます。
荒川を制し、交易路を敷き、耐火煉瓦や高温炉を作り上げました。
ですからこれを、荒唐無稽と笑う者は少ないはずです。
なによりレイシール様がこの冬いっぱいをかけて練り上げた計画ですし、サヤ様の知識とマルの知識を基盤としております。
「難しい話はいいからよ!
とにかくあれだろ? また、風景を変えちまうような大きなもんを作るってことだろ⁉︎」
マルの言葉を遮ったルカが、こちらもうきうきと身を乗り出しました。
「ならよ、セイバーンの組合だけでどうこうできねぇよな。オーストとも話つけねぇと!」
話つけねぇと。と、言いつつ拳を握りバキバキと指を鳴らしているのはなんなんです……。喧嘩をふっかける気満々みたいなその獰猛な表情も……。
そしていつもはそれを諌めるシェルトも、今はそれどころではないよう。腕を組んで唸っております。
「あー……石工も大工も全然足りやしねぇ……。とはいえもう俺の伝手ってのも当たり尽くしたぞぉ?」
「あ、でもそこは、アヴァロンに来てる職人の伝手を借りれば良いんじゃないか?
俺みたいな遍歴職人から居着きになった奴らも、行った街の腕の良い職人には色々心当たりもあるだろ」
「それだ!」
結局誰も、この計画が頓挫するとは考えていないよう。
今から雨季までの間にどう動くかという話し合いが始まってしまいました。
彼らの中では、もうこの計画は実行に移されているのです。
「旦那、とりあえず職人集めから初めっからよ、希望人数と期日、それから報酬についてまず纏めてくれ」
「それからどうせまた土嚢作りもあんだろ? 騎士団の訓練等も組み込まれんのかどうか確認宜しく頼まぁ」
「俺も遍歴出身の職人まわってみるわ。あと重要なのは賄いが出るかどうか!
あれでかなり職人の集まり方違うから、どうか今回も用意してもらえる方向でお願いしてくれると助かる」
それぞれの要望を、私の書記がサッと覚書に書き込み、マルはまたウキウキと新しい紙を取り出します。
工事の規模ごとに必要な人数を割り出し、いく通りか計算して、レイシール様の交渉如何でどの規模に収まるかを検討するのでしょう。
職人らには伝えませんでしたが……。
これは、このセイバーンがフェルドナレンきっての大都市となる布石でもありました。
陸と水と情報の路を制すことは、大きな利益を生むでしょう。
セイバーンは奇しくもフェルドナレンのほぼ中心に位置しておりますし、この地を中心とした流通と情報の網が、国全土に張り巡らされることになるのです。
とはいえ。
レイシール様にそれを悪用する気は皆無でしょうし、今後離宮で冬を過ごすことになる王家にとっても、この網は良い情報源となるでしょう。
水路の開発は交易路用の玄武岩で儲けているオーストにとっては嬉しくない話でしょうが、水不足の問題と運搬の利点、そしてセイバーンが今までに生み出している利益を考えれば、断るなどあり得ません。
更にこの一手は、交易路を無作為に増やす牽制にもなり、交易路以外にも流通の可能性があることを示唆することになります。そのうえオーストの領民酷使を自然と抑制させるものでもありました。
玄武岩を出荷し過ぎてしまえば、大量の負債を抱えかねませんからね。
オーストとは水路を通じて食品類のやり取りも行いやすくなるでしょうし、新たな産業もまた生まれることでしょう。
ちょっと早足に進み過ぎているような気がしなくもないのですが……。
まぁそれも、私の考えることではございませんね。
アヴァロンが建都され、離宮が建った今、ここを田舎と侮る者はおりません。
ましてアヴァロンは発明と研究の都。ありとあらゆる最先端を日夜生み出しております。
「そんな中で、今一番頭を悩ませているのはなんといっても運送量でしょう。
交易路は確かに画期的でした。今までよりも速く、安全に荷が運べる。ですがこれだって万全ではないんですよ。
荷車の積載量が増えたわけではありませんからね」
速く運べるようになった。その分、多く出回るようになったと感じている。
しかし、一度に運べる量の限界というものがございます。
「特に、小麦や木炭・石炭といったものは、荷車単位で注文が増えなければ増便も難しい。馬の確保も必要ですし」
「……そりゃ分かったけどよ。掘るってどうすんだよ、折角河川敷を作ったのに、今度は川の拡張?」
呆れたように言ったルカに、マルは違いますよと首を横に振ります。
「いえいえ、確かに拡張と言えなくもないんですが、あの荒川を掘るんじゃなくてですね、別に川を造るんです」
「…………え、造る?」
「そうですよ? セイバーン南西にあるイス湖まで繋げます」
「え、ちょっと待てって。イス湖って、むっちゃ遠い……」
「オースト突っ切れば若干マシでしょ」
「他領だろ⁉︎」
イス湖というのは、セイバーン南西にあります湖なのですが、その大半はオースト領内に広がっております。
セイバーンの荒川と違いこの湖は、年々水位を下げており、その原因もやはり解明されておりません。
そのためあの近隣での小麦生産量も落ちてきており、麦の栽培農家も減りつつあります。
しかし現在は保存食用の野菜生産に力を入れてきており、小麦以外でうまくやっている土地という印象でした。
「あの辺りはセイバーンの中では若干土が痩せています。しかしオーストにとっては肥沃な大地に分類される。
なのに、毎年水位を落とし続けているイス湖が農業に影を落としている状態です。
こっちは水の多さに辟易しているというのに、あっちには足りない。
それにこっちの荒川ですが、これも河川敷と交易路で一旦は水を制すに至りましたが……川の水量が減ったわけではありません。
むしろ、観測を続けて九年、微妙にですけれど、水量が増えているんですよねぇ」
毎年必ず雨季の観測を続けて九年。
その積み重ねが小さいながら、意味を成してきたと言うのです。
「まあ今すぐどうこうということはないです。
何かあるとしても、少なくとも我々が皆、二回ほど来世に旅立った後ですかね。
けれど、何かあるかもしれないと分かっていて、そのまま放置というのもどうかって話でしょう?」
その言葉に顔を見合わせた職人一同は、神妙に眉を寄せてコクリと首肯。しかし……。
「だからって他領突っ切る川を掘るってのは……あまりに荒唐無稽じゃねぇか? てか、なんで川を掘るんだよ……」
「何がです? 交易路だって他領に張り巡らせましたが?」
「いや……それはそうだけどよ……川を掘るってのが、その水位下がってる湖の話と、どう繋がるってんだ?」
「文字通りですよ。ここの荒川と、そのイス湖を新たな川で繋げようって話です」
それは想像だにしないことであったのでしょう。
シェルトは暫く沈黙した後、また「はぁ⁉︎」と、同じ音を繰り返しました。
大工のルアンも声を失ったように呆然としておりますが、ただ一人ルカは、興奮で瞳をキラキラと輝かせております。
「正確には川ではなく、大規模な水路を造るんです。
初めから荷の輸送を目的としたものを、荷の輸送に特化する形となるようにね。
それにより、荒川の増水にも対処し、南西の水不足にも一手が打てる。更に、オーストにも恩が売れる」
そう言ったマルに「でも!」と、ルアンが声を上げます。
「オーストとセイバーンの南西を突っ切って繋げるってことは、高低差が結構なもんでしょ?
山間も通るし、街や村を貫いちまうことだって……」
「その辺はレイ様が交渉してきてくれますから、その結果待ちです。
オーストの正確な地形も把握しなければなりませんし、まだ運河を掘る道筋は定めてません。
でも、高低差の問題は対処する方法がありますから安心してください」
そう言ったマルは、またもや書類の山から一枚、別の紙を取り出しました。
こちらもサヤ様が図解で説明してくださった、その高低差問題の対処法。
「サヤ様のお国で閘門と呼ばれている装置だそうです。これを取り入れて、少しずつ高低差を克服していくように水路の構造を調整します。
高温炉を得て色々やれることが増えましたからね。水門の大きさも、強度も上げられると判断しました。
人口の水路なわけですから、構造から見直しますよ」
そう言いマルは、うきうきと計算式をびっしり並べた紙を取り出しました。
これは我々には全く理解ができませんが……ベラベラと話す長い計算式の合間に聞き取れる言葉としては、閘門を作る上での構造や水圧について話しているようです。
計算上はこれくらいの船の大きさならこれくらいの水圧が……という辺りで私の耳は彼の話を聞くことを拒みました。
まぁ、構造の話はともかく。
普通に考えれば他領を突っ切る川を掘るなど荒唐無稽と言われるでしょうが、我々には、実績がございます。
荒川を制し、交易路を敷き、耐火煉瓦や高温炉を作り上げました。
ですからこれを、荒唐無稽と笑う者は少ないはずです。
なによりレイシール様がこの冬いっぱいをかけて練り上げた計画ですし、サヤ様の知識とマルの知識を基盤としております。
「難しい話はいいからよ!
とにかくあれだろ? また、風景を変えちまうような大きなもんを作るってことだろ⁉︎」
マルの言葉を遮ったルカが、こちらもうきうきと身を乗り出しました。
「ならよ、セイバーンの組合だけでどうこうできねぇよな。オーストとも話つけねぇと!」
話つけねぇと。と、言いつつ拳を握りバキバキと指を鳴らしているのはなんなんです……。喧嘩をふっかける気満々みたいなその獰猛な表情も……。
そしていつもはそれを諌めるシェルトも、今はそれどころではないよう。腕を組んで唸っております。
「あー……石工も大工も全然足りやしねぇ……。とはいえもう俺の伝手ってのも当たり尽くしたぞぉ?」
「あ、でもそこは、アヴァロンに来てる職人の伝手を借りれば良いんじゃないか?
俺みたいな遍歴職人から居着きになった奴らも、行った街の腕の良い職人には色々心当たりもあるだろ」
「それだ!」
結局誰も、この計画が頓挫するとは考えていないよう。
今から雨季までの間にどう動くかという話し合いが始まってしまいました。
彼らの中では、もうこの計画は実行に移されているのです。
「旦那、とりあえず職人集めから初めっからよ、希望人数と期日、それから報酬についてまず纏めてくれ」
「それからどうせまた土嚢作りもあんだろ? 騎士団の訓練等も組み込まれんのかどうか確認宜しく頼まぁ」
「俺も遍歴出身の職人まわってみるわ。あと重要なのは賄いが出るかどうか!
あれでかなり職人の集まり方違うから、どうか今回も用意してもらえる方向でお願いしてくれると助かる」
それぞれの要望を、私の書記がサッと覚書に書き込み、マルはまたウキウキと新しい紙を取り出します。
工事の規模ごとに必要な人数を割り出し、いく通りか計算して、レイシール様の交渉如何でどの規模に収まるかを検討するのでしょう。
職人らには伝えませんでしたが……。
これは、このセイバーンがフェルドナレンきっての大都市となる布石でもありました。
陸と水と情報の路を制すことは、大きな利益を生むでしょう。
セイバーンは奇しくもフェルドナレンのほぼ中心に位置しておりますし、この地を中心とした流通と情報の網が、国全土に張り巡らされることになるのです。
とはいえ。
レイシール様にそれを悪用する気は皆無でしょうし、今後離宮で冬を過ごすことになる王家にとっても、この網は良い情報源となるでしょう。
水路の開発は交易路用の玄武岩で儲けているオーストにとっては嬉しくない話でしょうが、水不足の問題と運搬の利点、そしてセイバーンが今までに生み出している利益を考えれば、断るなどあり得ません。
更にこの一手は、交易路を無作為に増やす牽制にもなり、交易路以外にも流通の可能性があることを示唆することになります。そのうえオーストの領民酷使を自然と抑制させるものでもありました。
玄武岩を出荷し過ぎてしまえば、大量の負債を抱えかねませんからね。
オーストとは水路を通じて食品類のやり取りも行いやすくなるでしょうし、新たな産業もまた生まれることでしょう。
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まぁそれも、私の考えることではございませんね。
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