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後日談

流民の事情

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 レイシール様を強制的に帰還させ、私は流民の保護と規模の確認、そして情報収集に追われる日々となりました。
 数日で戻るのは無理そうですね。しかし職務ですから致し方ございません。
 とはいえ、私が事情聴取したのでは見た目だけで怖がられてしまいますから、レイシール様にはジェイドとユストをお借りしました。
 変装が得意なジェイドを流民の世話係の中に紛れ込ませ、ユストは引き続き流民らの健康管理を担いつつ、情報を得ていただきます。
 そして代表者からの聞き出しは、私の代わりに護衛のジルドに。
 私自身は右腕を外套で隠し、腰に小剣を携えて護衛のふりに徹し、ジルドの背後に控えます。

「成る程ねぇ。どこもそんな風なんだ」
「へぇ。正直もう、耐えられんのです」
「でも逃げんのは悪手だよ。もし捕まったら罰金じゃ済まんかったろ? まぁだから越冬中なんだろうけど……命は金じゃ買えんだろうに」
「残っててもそのうち命を取られちまう」
「事故も絶えんし働き詰めなのに、一向に生活は苦しいままなんだ。
 それなら可能性のある方をって思ったんだよ」
「それでなんでセイバーンなの」
「今この辺じゃ一番栄えてるって……」
「山一つ越えるだけだったし……」
「領主さんは流民をどんどん受け入れるって……」
「あー……その噂聞いてるわけねぇ」

 話し上手で人当たりの良いジルドが苦笑つつ聞き出したのは、概ね予想通りの内容でした。
 夜半に戻ったジェイドが耳にしたことも、似たり寄ったりという内容。

「強盗や山賊の被害が多いって話も耳にした。取り締まるより出荷期限を優先で泣き寝入りなンだとよ」

 採石場を持つ町や村は、とにかく採掘に追われているとのこと。そのうえ出荷の荷を奪われてしまう被害も多く、どうやら儲けが民に回っている様子もありません。
 窃盗が相次いでいるというのに取り締まりは強化されず、それよりも出荷期日を優先せよと役人にはせっつかれるそう。
 それは、大変おかしな話です。
 盗られた分も補完するため、民は更なる労働を強いられている様子。
 役人が取り締まってくれないのでは、確かに泣き寝入りするしかございませんし、それを続けていれば身が保たないことでしょう。

「みんな栄養状態悪すぎ……。日常からきちんと食べれてない感じしかしない」
「ぞれだけ採掘してるのに収入が増えないってこっすね。でも数字上は設けてることになるし税金は上がるんだろ?」
「輸送費が嵩んでいるのでしょうね、馬も人も使い倒してる様子です」
「逃げたくもなンな。春の税金徴収が恐ろしいしかねぇよ」

 だがそれよりも気になるのは、盗難被害ですね。

「……本当にそれは盗難なのでしょうか?」
「そこな」
「あー俺もそれ思ったっす」

 元々影であった吠狼は、裏の事情にも強うございます。
 私も元は孤児ですから、人の汚い欲というものには歯止めがないことも知っておりました。
 こういった、悪事の匂いには全員鼻が効きます。

「役人噛ンでるだろ」
「噛んでるっすねぇ。絶対ちょろまかしてら」
「輸送業者も噛んでそうですね。でないと運び手が不足してしまいますし」

 セイバーンは、元々ジェスルに巣食われていた経緯もあり、こういったことが起こらないよう、二重、三重の対策を取り、更に抜き打ち検査等も不定期に行なっているのですが、オーストの経営陣というのは随分と放任されているご様子。
 とはいえ他領のことですから、我々が捕縛し問い正すこともできかねます。

「……どう手を打つかは我々の考えることではなさそうですね。
 とにかく、まずは情報と証拠の確保を優先してください。
 対応に関しては頭を使う役職の方々に委ねましょう」

 流民の対応が済めば、後はマルの仕事で良さそうです。

「ジェイド、吠狼の一団を編成してください。仕事を預けられる者を選別、人数は任せます」
「オーストの情報収集か。越冬中だから潜入中心だな」
「ええ。見つからないようにだけ注意してください」
「へっ、久しぶりで腕が鳴ンな」

 獰猛な表情で笑いますが、潜入と情報収集は吠狼の十八番です。誰にも目撃されず、痕跡一つ残さず、上手くやってくれることでしょう。
 レイシール様は躊躇する手段かもしれませんが、私は手段など問いませんし。
 とりあえず優先すべきことは決まりました。が、ここでユストが首を傾げつつ……。

「でも……不正を重ねた役人を引っぺがしたところで、オーストの経営方針は変わらないよなぁ?」

 多少は楽になるかもしれませんが、オースト中に不正があるわけではないでしょうし、無理な採掘を強いられる状況を変えるには至らないでしょう。
 玄武岩採掘はこれからも続けられることになりそうです。が……。

「そこは我々が考える部分ではございませんよ」

 そしてレイシール様も、そんな表面的な対処だけで、状況を済ませる気はないでしょう。

「心配せずとも、我らの主人は貪欲です。
 せっかく口を挟み手を伸ばす口実を得て、放置などなさいません。
 ですから我々は、彼の方の武器となる情報ものをいち早く提供するのです」

 それが最善ですよ。

 今後の国の憂いとなるなら、フェルドナレンの高官であるレイシール様は動かなければなりません。
 地方行政官長という職務がら、そのような立場です。
 しかし彼の方は立場や役職としてでなく、単に見ず知らずの民が心配なのでしょう。逃げられず、命に関わってしまうような単なる不幸を、己がかつて囚われていた檻を、誰にも経験させたくないのです。
 どこまでお人好しなのか。顔も知らぬ輩のために、身を粉にして働くのですから。

 勿論国民からすれば、傷の浅いうちに対処してもらえる方が良い。それをするのが他領の領主だろうが、国の高官だろうが構わないでしょう。
 誰にも感謝などされずとも、彼の方は知らぬ誰かの笑顔のために、当然のようにその道を選ぶのです。
 しかし他領に関わるのは難しい問題でした、本来ならば。

 ……ですがセイバーンは、もう何領も関わりを持ち、動いておりますからね……。
 今更そこを気にして踏みとどまってくれるような主ではないのは、重々承知しておりました。

 また何か大きなことにならなければ良いのですが……。

 そうなってくれるなと願いましたが、その思いとは裏腹に胸騒ぎが止まりません。
 絶対に大ごとになる気がします。
 いやむしろ、大ごとにする気しかしません……。
 だいたい今までの何一つ、小さく済んだことがございませんし……。

「…………」

 ではどうすれば良いか。
 それももう、分かっていました。

 諦めて、彼の方の望む結果を得るために全力を尽くす。
 それが一番簡単なのです。
 下手に足掻いてことを難しくするだけ無駄だなと思いつつ、春からの忙しくなるだろう日々に溜息を吐きました。

 そして私の予想は当然のように、現実となったのです。
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