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後日談

家族 3

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 その日の語らいを恙無く終え、気付けば夕刻。
 とはいえ、獣人について語ったのはもっぱらレイシール様で、ロゼは静かに座しているばかりでした。

「ロゼ、今日は来てくれてありがとう。
 久しぶりに姿を見れて、嬉しかったよ」

 帰り際、ロゼを呼び止めてそう言ったレイシール様でしたが、ロゼはペコリとお辞儀をしただけで、妹たちを促し帰路につきました。
 視線のあるうちはにこやかに笑っていたレイシール様でしたが、その背中を見つめる表情は翳っておられます。

 王子らは緊張していたのか、あまり会話には加わってこられなかったですね。特に二子のジルヴェスター様は、サヤ様にしがみついて既に夢の中。
 まだ幼いですから致し方ないのでしょう。

 ブンカケンまで戻るため、馬車に乗り込みました。
 ウォルテールが御者を務め、ハインともう一人の武官は警備のため騎乗。残りは馬車に乗り込みます。
 ジルヴェスター様はメイフェイアがサヤ様からあずかり、抱えて座席へ座りました。

「如何でしたかヴェネディクト様。市井の子らとの語らいは。
 立場というものを除いた語らいの場というのは、初めてであられたのでしょう?」

 そう問うたレイシール様に、窓の外を眺めていたヴェネディクト様がハッと我に返ったよう。

「ん……そう、だな。
 だが思いの外、きょうみ深かった」

 ヴェネディクト様はカロンよりも年下なのですが、やはりしっかりしておられますね。

「獣人というのは……姿形がああも個体差があるのか……」
「そうですね。同じ兄弟でも、血の濃さが人に寄るか、獣人に寄るかで大きく差が出ます。
 彼らの母親のノエミはレイルに近く、でも人型です」
「……セイバーンどのは、彼らが怖くないの?」

 そう言いつつ瞳を伏せたヴェネディクト様は、少し申し訳なさそうに眉を寄せておられました。
 これはつまり、怖かったのでしょうね……。
 ウォルテールからも距離を取っているように感じておりましたが、思い違いではなかったよう。そしてそれはレイシール様も感じてらっしゃったのでしょう。

「んー……どこを怖いと思うのでしょう?
 私は、従者のウォルテールよりも、執事のハインの方が怖いんですよね。いつも怒られますから」

 どちらも獣人ですがと添えると、今まで私を人だと思ってらっしゃったのでしょうね。ギョッとしてジルヴェスター様を抱えるメイフェイアに身を寄せました。

「ハインは獣人らでも人と間違えてしまうくらい、血が薄いのですよ。
 そして今日いた嗅覚師のロゼッタは、人でありながら獣人よりも嗅覚に優れております。
 本日は、王子に獣人とは何か……というものを、正しく見ていただきたくて彼らを招きました。
 人であるロゼッタとサナリ、獣人であるレイルとカロン。血を分けた姉弟ですが、姿形も随分と差があった。
 彼らには少し、酷なことをさせてしまったのですがね……」
「こくなこと?」
「正直に申し上げますと、この都ではかつて、獣人を巡る事件が起こっておりますから、彼らを恐れてしまう人はそれなりにいるのです」
「……聞いている」

 そう言った王子はちらりとレイシール様の右手を盗み見ました。
 ご自身が生まれた日。そしてレイシール様が右手を失われた日。
 何を言えば良いのか困ってしまったように、視線を彷徨わせ、また窓の外へとそれが流れました。

「ですが今申し上げたように、獣人は既に人と混ざり切っております。
 だから、血によって強く出たり、弱く出たりで、人・獣人と言い分けておりますが……実際には同じ種です。
 人と獣人の見分け方は、主に匂い。ですが、たまに人の匂いでも獣人的な外見を持っている者もおりまして、そんな場合は獣人だと認識されてしまいますね。
 ロゼッタは、嗅覚だけに特化して獣人の特徴が強く出ておりまして、人でありながら、嗅覚は獣人以上の性能です。
 カロンは尻尾を持っておりますが、ああして普通に見ていれば人と変わらない。
 レイルは人の姿すら取りませんが、狼ではなく、獣人で、彼らの愛すべき兄弟だ」
「……セイバーンどの。あのロゼッタという者は、私があの者の家族を怖がったことで、傷付いていたのだろうか」

 轍が石畳を行く音にかき消されそうな小声で、そう言ったヴェネディクト様。
 その言葉にレイシール様は、どこか愛おしげに苦笑なさいました。

「いいえ。ロゼッタにとってそれは日常茶飯事なのです。
 だから彼女が傷付いて見えたのは、家族を己が傷付けていると感じる日々にです」
「? どういう意味だろう? すまないが、よく分からない」
「ヴェネディクト様がお生まれになった日も、ロゼッタはこの都におりました。
 私は反逆者と勘違いされてしまい、ここを追われた。その時私に協力していたロゼッタの生死も不明となりました。
 まぁ、陛下の英断のおかげで、彼らの身の安全は保障されておりましたが、越冬となりそれを知らせることはできないままで、ロゼッタの家族は、ロゼッタを失ったと思ったのです」

 レイシール様の始めたお話に、ヴェネディクト様は姿勢を正し、神妙な面持ちです。
 家族を奪われる悲しさ、寂しさは、先日ヴェネディクト様も感じられたばかり。

「春になり、私の誤解も解けて、ロゼッタが無事なことも伝えられました。
 そして獣人が人であるという発表もされました。だから、山奥に隠れ住んでいた家族はロゼッタの元へとやって来ました。もう離れ離れのままでいたくなかった。
 それはロゼッタに嗅覚師としての職務があったからです。
 嗅覚師は保存食研究になくてはならない存在。麦の生産性においても重要な役職でした。だから家族は、ロゼッタを呼び戻すのではなく、このアヴァロンに来る方を選んだ。
 おかげで、この都の越冬はとても豊かになりました。
 ですがその反面、ロゼッタの日常は、獣人の特徴を持った家族が、皆に怖がられたり、悪く言われたりする日々となりました。
 だからロゼッタは、自分のせいで家族をいつも苦しめていると、そう思っているのですよ」

 今、ロゼの家族は、獣人らとなるべく共に過ごすようにしています。
 だから、弟妹らはまだ良いのです。
 問題はロゼ。彼女は人の中で役職に就き、生活する時間が一番長いのです。

「彼女の耳に、最も良く入っているのですよ。獣人を傷付ける言葉がね。
 何も悪いことをしていない、ただ特徴がそちら寄りというだけで、怖がる人々を日々見て、苦しんで、そんな痛みを家族に強いていることに、更に傷付いているのです」

 レイシール様の言葉に、ヴェネディクト様は驚愕の表情。
 そして自分の気持ちを恥いるように俯きました。

「そんな……思い出すのも苦しいだろう日に、私は命をたまわったのだな……」

 生まれる日は選べはしません。だというのに、まるで申し訳ないように口にされた言葉。

「私にとってはかけがえのない日ですよ」

 ですがそう続いたレイシール様の言葉に、また視線が戻ります。

「あの日がなければ、今が無いのです。ヴェネディクト様がお生まれになったからこそ、今日があるのです。
 傷付き亡くなった者もおりますから、こんなことを言うのは少々不謹慎なのですが……私にとっては、とてもとても大切な日です」

 残った左手を、隣に座るサヤ様に伸ばし、膝の上に重ねられた両手に添えて。
 その腹に宿る命を愛おしそうに眺めてから。

「因みにお隣のメイフェイアも獣人ですよ」
「えっ⁉︎」
「あはは、やっぱり気付いておられなかったのですね。
 つまり、獣人と人の差などその程度。我々人は、姿が変わらないと気付きもしないのです」

 悪戯が成功したみたいに笑うレイシール様。

「ヴェネディクト様。結局怖さとはね、無知であることなのですよ。
 知らないものが怖いのです。でも知れば、変わりますよ。
 分かります、本当に怖いかどうかがね。
 だから貴方が今すべきは、皆と言葉を交わし、怖い理由を追求してみることです。
 幸い、この都にはそこかしこに獣人がおりますから、色々な人に聞いてみてください。彼らなりの獣人についてを語ってくれるでしょう。
 人にも、獣人にもね、聞いてみると良い。きっと楽しいですよ」
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