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後日談

家族 1

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予定通り、陛下がアヴァロンへご到着となられましたのは、三日後のことでした。
曇り空の下でも傘を差し、ルオード様に抱えられてアヴァロンの地に降り立った陛下でしたが……。

「すまん、先ほど破水してな」

離宮に向かういとまもありませんでしたね。
犬笛が吹かれ、陛下はブンカケンへと担ぎ込まれ、ユストとナジェスタが駆け込んであっという間に臨戦態勢です。
急に気色ばみバタバタ始めた我々に、王子らが戸惑い、泣き出してしまいましたから、ルオード様と二人のお子を、先に離宮へとご案内することとなったのですが……。

「いかぬ! 母をおいていくものか!」
「ははさまああぁぁぁ、ははさまがえじでええぇぇぇ!」

母を拐かす不届き者みたいな顔をされてしまいました……。

なかなか一緒にいてもらえない母君とずっと一緒にいれて、道中ご機嫌なお子たちだったようですが、ここに来て奪われてしまうと思ったのでしょう。
ルオード様のお言葉にも耳を傾けず、出産中のお部屋になだれ込もうとされたのですが……。

「良いですよ。では、中へ入りましょうか。
一緒にお母様を応援して差し上げましょう」

サヤ様の言葉に、皆が唖然となさいました。
騒いでいたお子たちですらです。

「ですが、お約束を守ってください。
お母様の邪魔をしては駄目です。今、お母様はお二人のご兄弟を今世に招いてらっしゃるのですから、しても良いのは、それを応援することだけですよ」
「お、おうえん……?」
「そうですよ。新しく生まれ変わるのは大変なことですから、お母様も、赤ちゃんもとても頑張ってます。
早くお二人にお会いしたくて、一生懸命頑張って来るんですから」

お二人も頑張って来たのですもんね。と、にこり笑ったサヤ様に、兄君は戸惑い、弟君はこくんと頷きました。

中に入るためには準備が必要ですと、サヤ様はおっしゃいました。

「赤ちゃんは本当に小さくて弱いので、ちょっとのことで疲れてしまいますし、まだ生まれたてで小さいので、悪魔にも勝てません。
なので、悪いものを持って入らないように、身を清めましょうね」

サヤ様の言葉でお子らは身を清め、衣服も改め、素肌を酒精で消毒致しました。

「中は血の匂いがいっぱいします。無理だと思ったらすぐ外に出ますよ」

念を押されて身を強張らせたお子たちを、自身も身を清めたルオード様が抱えました。
そうしてサヤ様と共にお部屋に入り、産声が上がったのは日を跨いでから。
お生まれになったのは、ちゃんと色を持った姫君であらせられました。





「ルオード様が血に慣れた方で良かったです。
私の国では、あまりの光景に気絶したり、怖くなってしまう男性もいらっしゃるとかで」

そう言ったサヤ様の額を撫でる左手。
貴族社会にはあまりない立ち会い出産なるものを終え、やっと部屋を出てきたサヤ様を早速軟禁されたレイシール様です。
十数時間に及ぶ出産を見届けたサヤ様は、現在寝台に寝かされておりました。
サヤ様がおっしゃるに、長期戦になるのは分かっていたから、お子らの集中力が切れた時に相手をする者が必要だと思ったとのこと。
レイシール様は立ち入らせてもらえなかったので(まぁ当然ですよね)外で出産を待つ父親よろしく右往左往しておりました。
気が気でなかったのでしょうね。医師らは陛下にかかりきりとなりますから、サヤ様に何かあったとしても手が回らない可能性がありましたから。
それにどうせサヤ様もくるくる動き回ってらっしゃったのでしょうし……。

陛下は現在落ち着かれ、もう三人目とのことで乳の出も申し分ないとのこと。越冬中は、政務も少ないため自らの乳で子を育むとおっしゃったとか。
そして結構なものを見せられたと思うお子らも案外平気そうで、生まれた妹君に興味津々。甲斐甲斐しくお世話について回っているそう。
現在は整えられた部屋でお休みですが、数日のうちに離宮へ移られるとのこと。

その報告に来てくださったルオード様を応接室にてお迎え致しました。
サヤ様はまだお部屋の寝室ですので、レイシール様が対応なさっております。

「すまなかったな。道中で少々はしゃぎ過ぎてしまったよ。
まだ産み月までひと月そこらあるからと思っていたら、思いの外せっかちだったな、我が娘は」

苦笑しつつお茶を楽しまれているルオード様。
お子二人と一緒に馬車では仕方がない面もあるのでしょう。
姫君がご無事で何よりでございました。

「離宮の方の準備は滞りなく済んだ。あとは医師の許可で家移りできよう。
本当にすまなかったね。主治医は共にいたが、流石に馬車での出産は立ち会ったことがないと申したゆえ急ぎ来る方が良いとなったのだ」
「破水は驚きますよね。俺も一度経験がありますが……あの時はもう、頭が真っ白でしたよ」

カーリンの時はバケツをひっくり返したような破水だったため慌ててしまったのですが、陛下は膜に小さく穴が空いた程度であったらしく、お子が馬車の揺れでお腹にぶつかってのことだったそうです。

「交易路はどこも問題なく、揺れも気にならぬ快適な旅だったのだけどね。
舗装のない道に降りても同じ感覚であったのが良くなかった」
「普段遠出などできない王子らに分かれというのも酷な話ですからね。
成る程。それで責任を感じて、陛下をお一人にできぬとおっしゃっていたのですか。お可愛らしい」

今はもうそんな反省も吹き飛んではしゃぎ回ってらっしゃるようですけどね。
そうやって和やかなお茶の時間を過ごしていたのですが「それで、ここに来たら相談したいと思っていたことがあるのだが」と、ルオード様が切り出しました。

「今後、越冬はこちらで過ごすという形を整えたいと考えている。
まぁ、家族で揃ってとはいかぬだろうが、子らには多くに触れられる環境を用意してやりたい。見聞を広めさせたいと陛下はお考えだ。
特に獣人に関することだね。王都にいては古い認識が根付いてしまうのではないかという懸念がある」
「ちょっとやそっとでは覆りませんよね……。二千年の因習ですから……」

公爵家を中心に獣人の雇用も広がってはいるのですが、義務としてやることと内心は別物です。
獣人は安い賃金で雇えるからと、過酷な労働を強いていた雇用主が捕まるなど、色々問題も多いよう。
ルオード様のお言葉に、レイシール様はふむと思案顔をされました。

「……見聞…………。
ですが、言葉で言い聞かせるにも限界があります。
子供の体に染み込ませるとなると、より大きな声にするしかないのが現状ですよね」
「そうだな……。しかし使用人は貴族出身の者ばかりというのが王宮の環境だ」

それでは偏見を持たぬようにと言う方が難しいでしょうね。
根強く教え込まれて来ているので尚更そうでしょう。
ルオード様の言葉にレイシール様は視線を窓の外へと向かわせました。
つまり、アヴァロンならば、その偏見を覆すに足る環境があるのではと、陛下はお考えなのでしょう。
しかし現状では……ここも王都よりはマシという程度。多くを期待されているようですが……。

私がそのように考えていた時、レイシール様が持っていた茶器を机に戻しました。
そしてルオード様に問うたことはというと。

「ルオード様は、このアヴァロンの守りをどうお考えでしょう。
強固にしているつもりですが、今まで二度、外敵を招き入れてしまったことがございます」
「その外敵はもはや過去の話と思っているよ。
ジェスルも、神殿も……我々の監視下にあるし、苦難を乗り越える度、ここはより強固になったろう?」
「えぇ。私もそう考えております。
そしてね……サヤが身篭ってくれて、私はますます強く、かつての自分の願いを思い起こすようになりました」
「かつての願い?」
「はい……。
私は、普通に暮らしたかった。
街中に家を持ち、仕事を持ち、家族を持って、ごく普通の家庭を……。
勿論、今私は領主という立場ですし、地方行政官長というお役目も賜っておりますし、それに不満は無いのです。やりがいも、幸せも感じています。
何も持ってはいけなかったはずの私が、こんなにも多くのものを得られた。
そしてそれは……苦難無くして得られなかったものだと……苦しんだからこそ、愛おしいのだと思うんです」

そうですね……。
かつて貴方は、大勢の中の一人になりたかった……。
特別な何かではなく、埋もれてしまうような儚いものになりたかった……。
もう十年も過去になってしまった、そのささやかな願いすら叶わぬものと思っていた、あの頃が懐かしい。
懐かしく思えるのは、今が満たされているからなのですね。

「苦難を乗り越えるには、それ相応の努力と、それに立ち向かえる環境が必要だと思うのですよ。
我々が道を敷き、そこを歩いて行かせるだけでは、何も得られない……。全てをお膳立てしたのではいけないと思うんです」

レイシール様の言葉を、神妙な顔で受け取るルオード様。
王子らが自ら望み、戦う決意をしなければ、周りが何を言っても無駄なのだと言われれば、項垂れるしかないでしょう。

「なのでルオード様。我々は獅子と同じように、子を千尋の谷に突き落としましょう」

ですがそう続いたレイシール様の言葉に、意味が理解できなかったのでしょうね。返事は返りませんでした。
代わりに私がツッコミ役をこなします。

「……サヤ様が、獅子は千尋の谷に落とした子を救出するとおっしゃってましたが」
「うん。あと大切なのはトライアンドエラーだと言っていた。何度失敗したって良いんですよ。成功するまで続けられる環境があれば」
「それは職人に言っていた言葉ですね……」

レイシール様はにこりと笑い、ルオード様に「良い案がございます」と、申されました。

「幼い子どもは柔軟です。そして失敗したって、成功するまで繰り返せば良い。
我々は、その失敗も含めて見守って、励まして、努力を認めてやりましょう。それが王子らや他の子らにとっても、将来糧となります」

これは……何かとんでもないことを考えておられますね……。
他の子ら・・・・とは、いったい誰のことでしょう……。

「それから、陛下もルオード様も、学舎に行ったからこそ価値観の多様性というものの価値を理解されていると思うのです」
「それは……そうだな。陛下も、あちらにいかれるようになって色々変わられたと思う」
「でしょう? だから、お子らにもその環境が必要だと思うのです。
さしあたり、クロードの娘のシルビア嬢が、冬は子供らと学びの会をされるとのこと。良かったら、王子らも参加致しませんか」

学びの会……というのは、子供らに貴族的な行儀作法を教える場です。
ここアヴァロンでは近い将来、貴族出身者と平民が共に働く職場が増えるだろうと考えられており、そのための模索が続いております。
その中でシルビア様は資料館の管理官という役職を目指しておられ、庶民との触れ合いを希望されておりました。
とはいえ、白い方であるシルビア様が民の中に混じるのは難しく、環境がそれを許しません。
そのため、シルビア様の環境下に他の方を招く形として、学びの会が設定されたのです。

「まずは見学から。
楽しい会だと思いますよ」

そう言ってにっこり笑ったレイシール様の笑顔は、見るものによっては悪魔の冷笑に見えたことでしょう。
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