上 下
1,088 / 1,121
後日談

恋 1

しおりを挟む
 ロレン様は春までの間、このアヴァロンで過ごすこととなりました。

「緊急の用事ってことで出て来たんだろう? じゃぁ別に、急いで戻ることもないだろうし」

 故郷から逃げてきたというのに、レイシール様には危機感がありません。
 そんな風に簡単に、彼女の滞在を受け入れてしまいました。

「理由なんてどうとだってできる。だってここは獣人を受け入れた街だ。
 通常の領地ではうかがい知れない問題点が山積みだから、色々手続き等に時間を取られてしまうなんて当然だよ」

 無駄に心が広いため、ロレン様を守ると決めれば即決ですね……。
 けれど、一つ納得いかないこともございました。
 彼女の身の回りの采配役が、何故か私に投げられたことです。

「手の空いている者が少ないから仕方がない。
 それに、お前がここでは一番ロレンのことを知っているしね」

 職を辞すことを怒りっぱなしだったレイシール様が、何故か機嫌良くしておられるのには少々どころではない違和感を感じておりましたが……。
 実際おっしゃっている通りですし、私にできることなどたかが知れておりますからね。受け入れました。

 とはいえ……。
 日中は特にすることもございません。ロレン様は、ただ匿ってもらうだけでは居心地悪いとでも思われたのか、サヤ様の業務を手伝ったり、衛士や騎士らの訓練等に参加されたりしまして、女従者や衛士を目指している方々の羨望の眼差しを一身に集めております。私はウォルテールの特訓に付き合いながら、それを見守るばかり……。
 夜も部屋まで送り届けるだけです。やることは特にございません。
 ロレン様は極力私のことは無視しておくと決めているようで……ほぼ会話らしい会話もございませんし……。

 この数日のうちで唯一、あの方が私に質問してこられたことは……。

「……家、帰らなくて良いのか?」
「買ったばかりでまだ家具も整えておりませんので」

 そう答えると、ロレン様は「そっか」という返事だけ返し、ふいと視線を逸らされ、それっきり言葉は続きませんでした。

 何日かそうやって過ごしていたのですが、ある日コレットが訪ねてまいりました。

「旦那様、家の方の掃除と、家具の搬入は完了致しました」
「そうですか、有難うございます。
 任せきりとなり申し訳ありませんでしたね……」
「いえ。お忙しいと伺いましたから」

 コレットが来たのは、どうやらちゃんと給金を受け取ったという報告のためであるよう。
 ロレン様の件が入り忙しくなったため、三人の給金はギル経由でバート商会の使用人らに託していたのですが、どうやら無事受け取ったのですね。
 バート商会からの二人は、この後も引き続き家の管理を暫くお願いし、注文する予定の家具類を搬入していただくつもりなのですが、コレットはここで雇用契約終了です。

 姿の無い流民の二人は私を怖がったのでしょうね……。
 それは本日までの日々でも感じておりましたから、さもありなん……としか思いませんでしたが、コレットは少々居心地悪そうです。

「大変助かりました。ありがとうございます」
「こちらこそ! でもお給金……こんなに貰って良いのかって思って。当初おっしゃってた額より多いの、間違いとかじゃないです?」
「間違いではありません。貴女はよく気が付いてくれましたし……衣服を濡らしてしまったお詫びと、貴女の仕事に対する正当な額ですよ」

 そう伝えると、コレットは嬉しそうにはにかみました。
 年老いた義祖母の世話にも手と金が掛かるのでしょうから、生活の助けになるならば良かったです。
 けれど……これで縁を切るというのは、少々もったいない人材ですね。

「もしかしたら、また何かお願いすることがあるかもしれません……」

 私を恐れない人は貴重です……。
 やはりギルの言うように、色々難しいのだと思います。
 これからも、私が獣人であるということが、まだ色々問題を引き起こすことでしょう。
 ですから、こういった縁を、少しでも増やしていけたらと思いました。

「申し訳ないです。私……期間の短いものなら良いんですけど……」

 本来は内職をされているのでしたね。そのうえで家の手伝いがあると聞いた覚えがあります。嫁ぎ先が小さいながらも商いをしているため、長く空けられないのだと。
 今回は、実入りが良いことと、レイシール様のたっての願いで聞き入れてくださったという話でしたね。

「心得ております。それで構いませんので、良かったら……」
「それでしたら、是非またお声掛けくださいな!」

 笑顔でそう言ってくれたことに、私もほっと胸を撫で下ろしました。
 そうして立ち去るコレットを見送って、踵を返し、鍛錬場へ戻ろうと進み始めたのですが……。

「あっさりしてるんだな」

 ロレン様が、通路の途中で待ち受けており、どこか不機嫌そうな表情でそんな風におっしゃいました。
 あっさりとは……? と、少し考えて、使用人に対しての態度を言っているのだろうと解釈。

「普通だと思うのですが?」

 えぇ、極めて普通だと思います……。
 けれどロレン様は納得できかねる様子で、口元を不満そうに歪めて視線を逸らしました。
 腹立たしげなその態度には少々苛立ちを覚えましたが、それでも久しぶりにまともなやり取りをしましたので、それに免じて怒りを収めることにいたします。

 それにこの方がここにいるのは、多分私を気遣ってのこと……。
 この方は案外世話焼きなので、雪でぬかるんだ道行で、私がまた難儀したらと考え、追ってきてくださったのでしょう。

 そのままロレン様の前を通り過ぎますと、思った通り彼女は私についてきました。
 ゆっくり足を進める私に付き合って、少し後ろを歩くロレン様。この方とこうして二人きりでいるのは、随分と久しぶりな気がしました。
 そのまま鍛錬場に戻るつもりでいたのですが……なんとなく、それではつまらない……そんな気がして。

「……少し散歩をしたいのですが、付き合っていただけますか?」
「…………」

 返事はありませんでしたが、立ち去る気もないようです。
 なので都合良く解釈して、勝手にすることにいたしました。

 鍛錬場に向かう途中で道を逸れて、かつてアルドナン様が療養されておりました離れのある方に足を進めます。
 現在この離れは無人となっており、掃除等の管理だけが続けられておりましたが、折を見て、領主夫婦の屋敷として整え直そうという話が出ておりました。
 ブンカケンはいわば職場ですからね……。なし崩しのまま、ここでの生活が当然となっておりましたが、本来このお二人は、あまり人の手を煩わす生活を好みません。
 なので、仕事の時はともかく、休みの日くらいは二人きりで、のんびり過ごせる環境を整えるべきではとなったのです。
 ついでに言うなら、領主の館こそを再建すべきなのですが、これはまだ土地の選定もできておりませんからね。

 まぁそれらは全て……お二人がお子を授かってからとなるでしょう。
 今は獣人絡みのことでお二人ともが多忙を極め、休暇どころではありませんから。
 そんな風に想いを馳せておりましたら、声が掛かりました。

「……どこまで行くんだ?」

 ノロノロと足を進める私に、痺れを切らしたのでしょう。

「別に目的地は無いので……。
 強いて言うなら、貴女と二人になれる場所を探していただけです」

 そう言うと、何故か傷付いたような、複雑なお顔をされました。この方の考えていることはよく分かりませんね……。
 そんな顔をしておきながら、また皮肉げに、私に棘のある言葉を投げつけてきますし。

「まだそんな、おかしなこと言う気があったのか……」
「……そんなにおかしなことですか?」

 貴女にとっては取るに足らないことなのだと思いますが、私にとっては生涯に一度の恋をしているつもりなのです。

 我々獣人にとって、恋をするなどということがなかなかにあり得ないことでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...