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後日談
獣の鎖 19
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さして日を開けず、レイシール様の策は実行に移されました。
後々合流した仲間に私が不在の間のことを聞きましたら、やはり荒野にいる間もじっとしてはおれなかったようですね……。あれこれ動いていたようで、オゼロ公の懸念事項は勝手に処理されておりました。
「まぁ、近くそうなるだろうとは思っておりましたが……」
想定外にもほどがあります。レイシール様は既に、北の獣人らの人心掌握を済ませておりました。
それどころか環境改善の足掛かりまで作り始めてしまっており、呆れましたよね……。
二千年覆せなかった状況に、ひと冬で何をしてるんですか……。
「俺は別に大したことはしてないよ……。
元々北のこの循環は、脆い構造をしていたんだ。
人と獣人が、お互いに踏み込みにくく、触れ難いように操作されていただけで、切っ掛けさえあれば覆せるものだったんだよ」
レイシール様はこのように簡単に言っておられましたが、そんなはずがなかろうと、オゼロ公は頭を抱えておられました。
我が主は、まずその切っ掛けが命懸けだということを忘れてしまっております。
貴方以外、どこに獣人の集落に突貫できる貴族がいるというのです……。
「気付いたらいたんだから、しょうがないじゃないか」
いえ、そうではなく……。
捨てる側と、捨てられた側。
支える側と、支えられた側。
お互いの存在が、常に互いへ杭を打ち込むような関係性。
それを本能や社会構造で固めてあったのが北の連鎖です。
お互いがお互いを警戒し、踏み込まず、視線を逸らす。例えその風習を好ましく思っていなかったとしても、周りの視線が逸脱した行動を起こさせない。そんな、常に誰かの監視下に置かれているような社会であったのに、この方はそれを覆した。
ある意味レイシール様は、北の地に生まれなかったからこそ踏み込めたのかもしれませんが、その互いの環境に問答無用で手を加えていったというのが信じられません。
暗黙の了解とされていたこと、当たり前の習慣となっていたことを、この方はひと冬で踏み潰してしまった。
その上大災厄の再来を招こうとしていた神殿の陰謀をも見破り、逆に利用までして人と獣人の間にあった高い垣根に穴を開けたばかりか、その陰謀をも防いでしまっていたのです。
「運が良かったんだよ……。
子供らが、率先して動いてくれたことが、たまたま上手く回って、功を奏しただけだしね」
結局レイシール様は、自分がどれほどの偉業を成し遂げてしまったのかを理解されておりません。
まず獣人の巣窟に放り込まれ、全く警戒心無く恐怖も抱かず暮らしていたということがおかしな話なのです。
人と獣人は反目し合うもの……お互い殺し殺される可能性があるという認識が、当然の世なのですから。
いくらマルやローシェンナの口利きがあったにしても、それを言葉のまま鵜呑みにするなど普通はできませんし、そもそも当初は集落の獣人らにも敵意を向けられていたというではあませんか。なのにそれは全く意に介さなかったとのこと。
狩猟民と同じ衣服を当然のように身につけ、貧しい食事に文句も言わず、殺意や敵意には無頓着。そして獣人の彼らに、何故か一方的な信頼を寄せてくるという……その規格外すぎる反応に大人は戸惑い、警戒し、あるいは裏を疑って、敏感なはずの子供らはサッサと心を開いてしまった。
群の主であるリアルガーが色々根回ししていたとはいえ、異例の速さで馴染んだようです。
我が主ながら、この方の人たらし能力は獣人に絶大な効果を発揮するようですね。場数の問題なのでしょうか?
なんにしても、神殿の野望は潰え、更にその神殿を内部崩壊に追いやる策を打ったレイシール様。
私はアレク司教を信用などしておりませんので少々心配しておりましたが、ことは我が主の思惑通りに進んだよう。
春を迎えますと、スヴェトランからの侵略は嘘のように下火となり、半ばを過ぎた頃には神殿の崩壊が始まっておりました。
神殿の画策した全ては徒労に終わり、そればかりか変革を余儀なくされたうえ、長年掴んできた獣人の手綱すら、手放すこととなったのです……。
◆
「うん。脚の骨はもう心配なかろう。
切断した腕や脚の幻痛も無いならば、もうそろそろセイバーンへの帰還を考えて良いかな」
秋に差し掛かろうかという頃合いに、私はようやっと傷の完治となりました。
それと言いますのも、複雑に砕いてしまっていた骨の接合状況が悪く、一度脚を開いて骨を繋ぎ直すという荒療治を必要としたため、長引いたのです。
あまりに酷い傷を負っていた私は、まず生命を繋ぐことが優先されておりました。そのため残された右脚は自然治癒に任せてあったのですが、骨が歪んでしまい、どうにも均衡を崩しやすくなっていたのです。
片脚となってしまっているがゆえに、残された脚に何がしかの支障が出るようでは、生活がままなりません。
そのため、前例のあまり無い、特殊治療を受けることとなり、それを担える医師がこのオゼロの地にしかおりませんでした。
まぁつまり……私の治療を担当した、この街居着きの医師です。
「まぁまず痛みに耐える必要があるから……なかなかできる治療じゃないのだよ」
「そうでしょうね」
正直もう片脚があったならば、この医師を蹴り飛ばしていたかもしれないと思います。それくらいの激痛でしたよ。
「かつては痛みをもっと緩和する何かが、あったんだろうけどねぇ……」
一応、最大限の努力はしてくださいました。
命を繋ぐためにも使用された劇薬。あれも使われましたが、下手に使うと依存性があるとかで扱いが難しく、また痛いものは結局痛かったというわけで。
因みにこの医師、ユストらの一門の流れに属する方であったのですが、少々特異なその技術は周りを刺激しすぎるため、伏せられておりました。
聞くところによると、前時代の特別な医療書と医療技術は、歴史の中で何度も存在を抹消されそうになったとのこと。そのため、伏せて伝えられたという経緯があったよう。その辺りにも神殿が絡んでいそうとのことでした。獣人を悪魔の使徒とするための策略の一端であった可能性もあります。
そのことも踏まえ、セイバーンは医療技術や知識の保護を職務に加えることとなりました。
まぁ、今まで同様前時代の知識を収集するついでに、医療知識はブンカケンへの所属等関係なく、医師資格所持者には提供するとしただけなのですが。
ナジェスタやユスト、そしてこの医師の口添えもあり、マティアス一門の所持する医療書を複写させていただくことにもなりました。
それにより、セイバーンのアヴァロンには新たに、知識を管理するための資料館と研究施設を建設する話となっております。
「知識の保護……誠に有難い。
こちらから提供するだけではなく、集めた医療書や知識を無条件に提供していただけるというのは、医療への大きな貢献だよ」
何より我々が、荊縛の対処法を発見していたというのが、マティアス一門の信頼を勝ち得た大きな要因でしたね。その知識を伏せず、公にしていたことも、高く評価されたようです。
まぁ、私はその辺りの細々したことには興味が無いので、あまり詳しくは存じませんが。
「では、怪我の完治はオゼロ公に報告しておくよ。
長い間、よく頑張った。おめでとう」
「我が主に仕えることのできる脚を取り戻していただき、ありがとうございます」
痛みに耐えただけの価値はありました。
おかげでまた私は、セイバーンの地を歩めるでしょう。
やっと……やっと帰れる……。
医師が帰り、杖をつきつつ日課の運動をこなし、左手で文字を記す練習をし、終われば衣服を身につける練習……。
オゼロの世話になるのも近日中に終わりそうですし、やれることは極力増やしておかねばなりません。
現在、この地に残っているのは私一人。
レイシール様は多忙を極めておりますし、配下はもとから少人数。数度送られてきた人員も、私に割く余裕があるなら獣人を受け入れる体制作りに回してくださいと追い返しました。
私を役立たずにする手助けなど必要ないと何度も言いましたのに……あの方も頑固で話を聞きません。
ロレン様も……とっくに王都へ帰還されました。
女性近衛はまだ少ないですから、やるべき職務は多いようです。特に手紙等のやり取りも約束もしておりませんでしたので、かれこれ半年はお会いしておりません。
それでもたまに、こうして意識に上がってくる……。
まぁ……だからどうということもないのですが。
たまに思い出し、面影を反芻するというだけの話で……。
「チッ……」
そして若干、そんな風に振り回されることを疎ましく感じるというだけです。
獣人の特性とはいえ、なんと煩わしい……そう思っておりました。
後々合流した仲間に私が不在の間のことを聞きましたら、やはり荒野にいる間もじっとしてはおれなかったようですね……。あれこれ動いていたようで、オゼロ公の懸念事項は勝手に処理されておりました。
「まぁ、近くそうなるだろうとは思っておりましたが……」
想定外にもほどがあります。レイシール様は既に、北の獣人らの人心掌握を済ませておりました。
それどころか環境改善の足掛かりまで作り始めてしまっており、呆れましたよね……。
二千年覆せなかった状況に、ひと冬で何をしてるんですか……。
「俺は別に大したことはしてないよ……。
元々北のこの循環は、脆い構造をしていたんだ。
人と獣人が、お互いに踏み込みにくく、触れ難いように操作されていただけで、切っ掛けさえあれば覆せるものだったんだよ」
レイシール様はこのように簡単に言っておられましたが、そんなはずがなかろうと、オゼロ公は頭を抱えておられました。
我が主は、まずその切っ掛けが命懸けだということを忘れてしまっております。
貴方以外、どこに獣人の集落に突貫できる貴族がいるというのです……。
「気付いたらいたんだから、しょうがないじゃないか」
いえ、そうではなく……。
捨てる側と、捨てられた側。
支える側と、支えられた側。
お互いの存在が、常に互いへ杭を打ち込むような関係性。
それを本能や社会構造で固めてあったのが北の連鎖です。
お互いがお互いを警戒し、踏み込まず、視線を逸らす。例えその風習を好ましく思っていなかったとしても、周りの視線が逸脱した行動を起こさせない。そんな、常に誰かの監視下に置かれているような社会であったのに、この方はそれを覆した。
ある意味レイシール様は、北の地に生まれなかったからこそ踏み込めたのかもしれませんが、その互いの環境に問答無用で手を加えていったというのが信じられません。
暗黙の了解とされていたこと、当たり前の習慣となっていたことを、この方はひと冬で踏み潰してしまった。
その上大災厄の再来を招こうとしていた神殿の陰謀をも見破り、逆に利用までして人と獣人の間にあった高い垣根に穴を開けたばかりか、その陰謀をも防いでしまっていたのです。
「運が良かったんだよ……。
子供らが、率先して動いてくれたことが、たまたま上手く回って、功を奏しただけだしね」
結局レイシール様は、自分がどれほどの偉業を成し遂げてしまったのかを理解されておりません。
まず獣人の巣窟に放り込まれ、全く警戒心無く恐怖も抱かず暮らしていたということがおかしな話なのです。
人と獣人は反目し合うもの……お互い殺し殺される可能性があるという認識が、当然の世なのですから。
いくらマルやローシェンナの口利きがあったにしても、それを言葉のまま鵜呑みにするなど普通はできませんし、そもそも当初は集落の獣人らにも敵意を向けられていたというではあませんか。なのにそれは全く意に介さなかったとのこと。
狩猟民と同じ衣服を当然のように身につけ、貧しい食事に文句も言わず、殺意や敵意には無頓着。そして獣人の彼らに、何故か一方的な信頼を寄せてくるという……その規格外すぎる反応に大人は戸惑い、警戒し、あるいは裏を疑って、敏感なはずの子供らはサッサと心を開いてしまった。
群の主であるリアルガーが色々根回ししていたとはいえ、異例の速さで馴染んだようです。
我が主ながら、この方の人たらし能力は獣人に絶大な効果を発揮するようですね。場数の問題なのでしょうか?
なんにしても、神殿の野望は潰え、更にその神殿を内部崩壊に追いやる策を打ったレイシール様。
私はアレク司教を信用などしておりませんので少々心配しておりましたが、ことは我が主の思惑通りに進んだよう。
春を迎えますと、スヴェトランからの侵略は嘘のように下火となり、半ばを過ぎた頃には神殿の崩壊が始まっておりました。
神殿の画策した全ては徒労に終わり、そればかりか変革を余儀なくされたうえ、長年掴んできた獣人の手綱すら、手放すこととなったのです……。
◆
「うん。脚の骨はもう心配なかろう。
切断した腕や脚の幻痛も無いならば、もうそろそろセイバーンへの帰還を考えて良いかな」
秋に差し掛かろうかという頃合いに、私はようやっと傷の完治となりました。
それと言いますのも、複雑に砕いてしまっていた骨の接合状況が悪く、一度脚を開いて骨を繋ぎ直すという荒療治を必要としたため、長引いたのです。
あまりに酷い傷を負っていた私は、まず生命を繋ぐことが優先されておりました。そのため残された右脚は自然治癒に任せてあったのですが、骨が歪んでしまい、どうにも均衡を崩しやすくなっていたのです。
片脚となってしまっているがゆえに、残された脚に何がしかの支障が出るようでは、生活がままなりません。
そのため、前例のあまり無い、特殊治療を受けることとなり、それを担える医師がこのオゼロの地にしかおりませんでした。
まぁつまり……私の治療を担当した、この街居着きの医師です。
「まぁまず痛みに耐える必要があるから……なかなかできる治療じゃないのだよ」
「そうでしょうね」
正直もう片脚があったならば、この医師を蹴り飛ばしていたかもしれないと思います。それくらいの激痛でしたよ。
「かつては痛みをもっと緩和する何かが、あったんだろうけどねぇ……」
一応、最大限の努力はしてくださいました。
命を繋ぐためにも使用された劇薬。あれも使われましたが、下手に使うと依存性があるとかで扱いが難しく、また痛いものは結局痛かったというわけで。
因みにこの医師、ユストらの一門の流れに属する方であったのですが、少々特異なその技術は周りを刺激しすぎるため、伏せられておりました。
聞くところによると、前時代の特別な医療書と医療技術は、歴史の中で何度も存在を抹消されそうになったとのこと。そのため、伏せて伝えられたという経緯があったよう。その辺りにも神殿が絡んでいそうとのことでした。獣人を悪魔の使徒とするための策略の一端であった可能性もあります。
そのことも踏まえ、セイバーンは医療技術や知識の保護を職務に加えることとなりました。
まぁ、今まで同様前時代の知識を収集するついでに、医療知識はブンカケンへの所属等関係なく、医師資格所持者には提供するとしただけなのですが。
ナジェスタやユスト、そしてこの医師の口添えもあり、マティアス一門の所持する医療書を複写させていただくことにもなりました。
それにより、セイバーンのアヴァロンには新たに、知識を管理するための資料館と研究施設を建設する話となっております。
「知識の保護……誠に有難い。
こちらから提供するだけではなく、集めた医療書や知識を無条件に提供していただけるというのは、医療への大きな貢献だよ」
何より我々が、荊縛の対処法を発見していたというのが、マティアス一門の信頼を勝ち得た大きな要因でしたね。その知識を伏せず、公にしていたことも、高く評価されたようです。
まぁ、私はその辺りの細々したことには興味が無いので、あまり詳しくは存じませんが。
「では、怪我の完治はオゼロ公に報告しておくよ。
長い間、よく頑張った。おめでとう」
「我が主に仕えることのできる脚を取り戻していただき、ありがとうございます」
痛みに耐えただけの価値はありました。
おかげでまた私は、セイバーンの地を歩めるでしょう。
やっと……やっと帰れる……。
医師が帰り、杖をつきつつ日課の運動をこなし、左手で文字を記す練習をし、終われば衣服を身につける練習……。
オゼロの世話になるのも近日中に終わりそうですし、やれることは極力増やしておかねばなりません。
現在、この地に残っているのは私一人。
レイシール様は多忙を極めておりますし、配下はもとから少人数。数度送られてきた人員も、私に割く余裕があるなら獣人を受け入れる体制作りに回してくださいと追い返しました。
私を役立たずにする手助けなど必要ないと何度も言いましたのに……あの方も頑固で話を聞きません。
ロレン様も……とっくに王都へ帰還されました。
女性近衛はまだ少ないですから、やるべき職務は多いようです。特に手紙等のやり取りも約束もしておりませんでしたので、かれこれ半年はお会いしておりません。
それでもたまに、こうして意識に上がってくる……。
まぁ……だからどうということもないのですが。
たまに思い出し、面影を反芻するというだけの話で……。
「チッ……」
そして若干、そんな風に振り回されることを疎ましく感じるというだけです。
獣人の特性とはいえ、なんと煩わしい……そう思っておりました。
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♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
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