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失った地 6
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実際のところがどうだったかなんて、俺には分からなかった。
けれどアレクがエルピディオ様を恨み、神殿を恨み、世を恨んでいることは理解している。
だから俺は、アレクの苦悩しつつも足掻き、生きて来た時間を、全否定することから始めた。
「神殿からはどう聞いていたんだ?
オゼロに殺されたお前に息があったから、隠して守ってきたのだとでも、言われたのか?
それとも神殿の息がかかっていた父親が、お前を必死で守り、逃したとか? まぁ、都合良いように言われていたろうね。
そもそも意識の無かったうえ、世事にも疎かった子供のお前には、それを確かめる術など無かったのだもの」
追い詰められ、自暴自棄になっていたところを俺につけ込まれたアレクの心は、無防備だった。
エルピディオ様から聞き出した当時のことと、アレクの反応から、少しずつ心を削ぎ、抉り、深くに潜り込んでいくことを意識する。
「お前の出世が早かったのも、その白色と、高貴な身体を売り込んだからだけじゃないよ。
お前に流れる血の価値と、お前のためにと続けられたオゼロからの莫大な寄進。それがお前の背を支えていたからだ。
ずっと一人で足掻いて来た。食らい付いて来たと思っていたのか?
神殿社会が地位に縛られた社会だということ、知っていたろう?
けれど、幼くて世間知らずな上位貴族のおぼっちゃまだったアレクには、そんなことを理解しろなんて、酷な話だったよな」
呆然と聞いていたアレクは、そこでハッと我に返った。
黙れと鋭く言葉を吐くが、足で踏みつけられて抵抗を封じられたその姿に、そんな抑止力などあろうはずがない。
「白くなってしまったその髪も、神殿にとっては好都合だったろう。
公爵家の血を引くお前は、王家の血も引いている……その上で後天的にとはいえ、白髪を得た。
だから機が巡ってくれば、お前自身がそれを言い出さなくとも、神殿は祭り上げるつもりでいたろうな。
だけどお前はまんまと策にはまって、オゼロを憎んだ」
ある日急に祖父に斬られ、両親どころか己の存在すら失くした。意識が戻ってみれば知らない場所で痛みに耐える日々。名前も地位も、それまでの色すら失くなって。
そんな状況で、まともな判断などできるはずがないではないか。
苦しかったろう。優しかった祖父を知るだけに、そうされた理由すら分からず、憎むことも恨むこともはじめは、難しかった。
どこに心を置けば良いか、分からなかった。当然だ。
「分かるよ。そうでもしなきゃ、壊してしまいそうだったのだって。
心も身体も、他人に好き勝手にされるのだもの。普通では耐えられないさ」
傷が癒たら今度は、その幼い身体を弄ばれる日々が待っていた。
信仰とは名ばかりの、性欲のはけ口にされる日常だ。
公爵家の血を、組み敷きねじ伏せる。貴族社会で地位を巡る争いに負けた者らの巣窟である神殿社会は、その鬱憤の吐口を、お前にも当然のように求めた。
更に白い髪が、神に近い身体だと、信仰を深めるためだと、言い訳する理由すら与えた。
けれど、力で捩じ伏せられ、嬲りものにされていることに変わりはない。
それはお前自身が、一番よく分かっていた。
生き残ったことを後悔したろう。だけど死ねない。もう一度あの痛みを、苦しみを、越えなければならない。嫌だ、怖い、死にたくなどない!
だから必死で、考え方を改めた。都合が良いのだと、そうすり替えるしかなかった。
この色が使えるなら、利用しよう。
上に這い上がるために、何だって使おう。
そして最上段に上り詰めたら、そこから世の中を蹴り倒し、踏み躙ってやろう。
されたことをそのまま全部、何倍にもして、返してやる。
心を寄せて、気持ちを引き込み、己に刻んだ。
実際体験してないことだから、本当の意味では分かってやれない。
だけど、たった一人で抱えることからだけは、救ってやれる。
お前の全部を俺は知っているのだと、そう思い込め。
隠せないのだと、隠さなくて良いのだと、理解しろ。
「運が巡ってきたと……そう思ったよな。サヤのことを知った時は。
千載一遇の好機! アミは運命の歯車を廻してくれたと、歓喜したろう?
この素晴らしい叡智を手に入れたい。そう思った。
裏の神殿の汚泥に深く身を浸していたお前は、もう神殿の本当の顔も、知っていた。
そこで俺のことも知った。なんだか似たような奴がいるとでも、思ったか?
だけど知れば知るほど腹が立った。
自分と違い、こいつはどこまで恵まれ、甘やかされていることか。
だがどうでも良い。利用する駒の生い立ちに、拘る必要は無い。そう思った。
だのに侮っていた俺に、最も見せたくなかったものを見られてしまった。
必死で受け入れ、足掻いて生きて来た方法を、頭ごなしに否定されてしまったのだものな」
何も知らないくせに、汚いものから身を引くように、そんなことはするな。と、言いやがった。
「だから俺から奪ってやろうと思ったのか?
地位も、生活も、右手も、友も、愛する人も。命も……。
だけど残念だったね。せっかく追い詰めたと思っても、幾度となく逃げられてしまった。
苛ついたろう。サヤのことがどうでも良くなるくらい、俺が憎くなったのだものな。
だから、ウォルテールを使って、足がつく危険を冒してまで、俺を狩ろうとした。
ついでに、俺に獣人らが寄せる信頼も、踏み躙ろうとしたろう?
なのに絆が切れなかった。それどころか、己の駒まで奪われてしまった」
憤怒に歪んだ表情を見下ろし、踏みつけた腕に、体重を掛ける。
柔らかい雪にずぶりと腕が沈む。それでも更に、踵を押し込む。
骨を踏み砕くほどに。
痛みで歪んだ顔を、じっくりと見下ろして、涙は心の奥に仕舞い込んだ。
「なぁアレク、お前の人生は、全部人に弄ばれて終わるな」
痛みより、怒りが上回る。
ぐっと腕に力が篭るけれど、足は緩めなかった。
「祖父にも、神殿にも、何一つ思い知らせてやれず、お前は蜥蜴の尻尾みたいに切り捨てられて終わる。
まぁお前がして来たことが、お前に返るだけ。
お前が言う通り、当然の権利が振るわれたに過ぎない。
だけどお前自身は、その当然の権利すら振るえず、終わる……なんて理不尽だろう。なんとも情けない、人には許されて、お前には許されない権利があるなんて!」
ぶるぶると震える腕。砕けそうなほどに食いしばり、噛み千切られた唇。
「無駄に足掻いただけの人生だ」
腰を折って、その顔を上から覗き込んだ。腕に更に、体重を掛ける。
俺の言葉に心を抉られ、深い傷に杭を撃ち込まれ、更なる絶望に縫い留められて。
「悔しい?」
口角を引き上げて、目尻を下げて、全身全霊の笑顔を振り絞る。
「ならばひとつ、俺と取引してみるかい?」
膝を折り曲げしゃがみ込んで、顔を近づけて、腕にぐっと、体重を乗せた。
「お前を、俺が、神殿の頂点に据えてあげよう。
お前にその無駄な三十数年を味わわせた神殿を、踏み躙る機会を与えてあげる」
他人に使われ、弄ばれるだけだったお前の人生を、更に俺が使って、踏み躙ってやろう。
「どうする? このままお前が、何も成さず、得られず、無駄でしかないその人生を終えたって、どうでも良いけどね。
ここでお前を殺さずとも、お前は神殿に責任を押し付けられて、切り捨てられて終わる。
ほんの数ヶ月から数年、更に汚くもがいて、結局何もできず、終わる」
そんなのは嫌だと、そう思っているのは、その瞳で分かっている。
苦しくてもしがみついてきた生だ。もう一度、食らいつけ。足掻け。俺を踏み躙りに帰ってこい。
「俺如きに、そんな権限は無いと?
いいや、あるんだよ。俺は、その方法を持っている。
欲しいか? 今のお前の地位なら振るえる、とっておきの武器なんだ。
信じられない? お前を組み敷いて肉欲を満たし、笑って説法を説いてきた奴らを、思う存分にいたぶれることくらいは、保証できるけどね」
司教まで上り詰めてしまったお前は、あの大司教で行き止まりだろう?
それを踏みつけて、更に上に行けるよと、俺は彼の耳に、言葉の毒を、注ぎ込む。
「俺に返事は必要ない。帰って、言われた通りを実行してみれば良い。
そうすれば、王家から返事が返る」
その時が、お前が神殿の頂点に脚をかける時だ。
けれどアレクがエルピディオ様を恨み、神殿を恨み、世を恨んでいることは理解している。
だから俺は、アレクの苦悩しつつも足掻き、生きて来た時間を、全否定することから始めた。
「神殿からはどう聞いていたんだ?
オゼロに殺されたお前に息があったから、隠して守ってきたのだとでも、言われたのか?
それとも神殿の息がかかっていた父親が、お前を必死で守り、逃したとか? まぁ、都合良いように言われていたろうね。
そもそも意識の無かったうえ、世事にも疎かった子供のお前には、それを確かめる術など無かったのだもの」
追い詰められ、自暴自棄になっていたところを俺につけ込まれたアレクの心は、無防備だった。
エルピディオ様から聞き出した当時のことと、アレクの反応から、少しずつ心を削ぎ、抉り、深くに潜り込んでいくことを意識する。
「お前の出世が早かったのも、その白色と、高貴な身体を売り込んだからだけじゃないよ。
お前に流れる血の価値と、お前のためにと続けられたオゼロからの莫大な寄進。それがお前の背を支えていたからだ。
ずっと一人で足掻いて来た。食らい付いて来たと思っていたのか?
神殿社会が地位に縛られた社会だということ、知っていたろう?
けれど、幼くて世間知らずな上位貴族のおぼっちゃまだったアレクには、そんなことを理解しろなんて、酷な話だったよな」
呆然と聞いていたアレクは、そこでハッと我に返った。
黙れと鋭く言葉を吐くが、足で踏みつけられて抵抗を封じられたその姿に、そんな抑止力などあろうはずがない。
「白くなってしまったその髪も、神殿にとっては好都合だったろう。
公爵家の血を引くお前は、王家の血も引いている……その上で後天的にとはいえ、白髪を得た。
だから機が巡ってくれば、お前自身がそれを言い出さなくとも、神殿は祭り上げるつもりでいたろうな。
だけどお前はまんまと策にはまって、オゼロを憎んだ」
ある日急に祖父に斬られ、両親どころか己の存在すら失くした。意識が戻ってみれば知らない場所で痛みに耐える日々。名前も地位も、それまでの色すら失くなって。
そんな状況で、まともな判断などできるはずがないではないか。
苦しかったろう。優しかった祖父を知るだけに、そうされた理由すら分からず、憎むことも恨むこともはじめは、難しかった。
どこに心を置けば良いか、分からなかった。当然だ。
「分かるよ。そうでもしなきゃ、壊してしまいそうだったのだって。
心も身体も、他人に好き勝手にされるのだもの。普通では耐えられないさ」
傷が癒たら今度は、その幼い身体を弄ばれる日々が待っていた。
信仰とは名ばかりの、性欲のはけ口にされる日常だ。
公爵家の血を、組み敷きねじ伏せる。貴族社会で地位を巡る争いに負けた者らの巣窟である神殿社会は、その鬱憤の吐口を、お前にも当然のように求めた。
更に白い髪が、神に近い身体だと、信仰を深めるためだと、言い訳する理由すら与えた。
けれど、力で捩じ伏せられ、嬲りものにされていることに変わりはない。
それはお前自身が、一番よく分かっていた。
生き残ったことを後悔したろう。だけど死ねない。もう一度あの痛みを、苦しみを、越えなければならない。嫌だ、怖い、死にたくなどない!
だから必死で、考え方を改めた。都合が良いのだと、そうすり替えるしかなかった。
この色が使えるなら、利用しよう。
上に這い上がるために、何だって使おう。
そして最上段に上り詰めたら、そこから世の中を蹴り倒し、踏み躙ってやろう。
されたことをそのまま全部、何倍にもして、返してやる。
心を寄せて、気持ちを引き込み、己に刻んだ。
実際体験してないことだから、本当の意味では分かってやれない。
だけど、たった一人で抱えることからだけは、救ってやれる。
お前の全部を俺は知っているのだと、そう思い込め。
隠せないのだと、隠さなくて良いのだと、理解しろ。
「運が巡ってきたと……そう思ったよな。サヤのことを知った時は。
千載一遇の好機! アミは運命の歯車を廻してくれたと、歓喜したろう?
この素晴らしい叡智を手に入れたい。そう思った。
裏の神殿の汚泥に深く身を浸していたお前は、もう神殿の本当の顔も、知っていた。
そこで俺のことも知った。なんだか似たような奴がいるとでも、思ったか?
だけど知れば知るほど腹が立った。
自分と違い、こいつはどこまで恵まれ、甘やかされていることか。
だがどうでも良い。利用する駒の生い立ちに、拘る必要は無い。そう思った。
だのに侮っていた俺に、最も見せたくなかったものを見られてしまった。
必死で受け入れ、足掻いて生きて来た方法を、頭ごなしに否定されてしまったのだものな」
何も知らないくせに、汚いものから身を引くように、そんなことはするな。と、言いやがった。
「だから俺から奪ってやろうと思ったのか?
地位も、生活も、右手も、友も、愛する人も。命も……。
だけど残念だったね。せっかく追い詰めたと思っても、幾度となく逃げられてしまった。
苛ついたろう。サヤのことがどうでも良くなるくらい、俺が憎くなったのだものな。
だから、ウォルテールを使って、足がつく危険を冒してまで、俺を狩ろうとした。
ついでに、俺に獣人らが寄せる信頼も、踏み躙ろうとしたろう?
なのに絆が切れなかった。それどころか、己の駒まで奪われてしまった」
憤怒に歪んだ表情を見下ろし、踏みつけた腕に、体重を掛ける。
柔らかい雪にずぶりと腕が沈む。それでも更に、踵を押し込む。
骨を踏み砕くほどに。
痛みで歪んだ顔を、じっくりと見下ろして、涙は心の奥に仕舞い込んだ。
「なぁアレク、お前の人生は、全部人に弄ばれて終わるな」
痛みより、怒りが上回る。
ぐっと腕に力が篭るけれど、足は緩めなかった。
「祖父にも、神殿にも、何一つ思い知らせてやれず、お前は蜥蜴の尻尾みたいに切り捨てられて終わる。
まぁお前がして来たことが、お前に返るだけ。
お前が言う通り、当然の権利が振るわれたに過ぎない。
だけどお前自身は、その当然の権利すら振るえず、終わる……なんて理不尽だろう。なんとも情けない、人には許されて、お前には許されない権利があるなんて!」
ぶるぶると震える腕。砕けそうなほどに食いしばり、噛み千切られた唇。
「無駄に足掻いただけの人生だ」
腰を折って、その顔を上から覗き込んだ。腕に更に、体重を掛ける。
俺の言葉に心を抉られ、深い傷に杭を撃ち込まれ、更なる絶望に縫い留められて。
「悔しい?」
口角を引き上げて、目尻を下げて、全身全霊の笑顔を振り絞る。
「ならばひとつ、俺と取引してみるかい?」
膝を折り曲げしゃがみ込んで、顔を近づけて、腕にぐっと、体重を乗せた。
「お前を、俺が、神殿の頂点に据えてあげよう。
お前にその無駄な三十数年を味わわせた神殿を、踏み躙る機会を与えてあげる」
他人に使われ、弄ばれるだけだったお前の人生を、更に俺が使って、踏み躙ってやろう。
「どうする? このままお前が、何も成さず、得られず、無駄でしかないその人生を終えたって、どうでも良いけどね。
ここでお前を殺さずとも、お前は神殿に責任を押し付けられて、切り捨てられて終わる。
ほんの数ヶ月から数年、更に汚くもがいて、結局何もできず、終わる」
そんなのは嫌だと、そう思っているのは、その瞳で分かっている。
苦しくてもしがみついてきた生だ。もう一度、食らいつけ。足掻け。俺を踏み躙りに帰ってこい。
「俺如きに、そんな権限は無いと?
いいや、あるんだよ。俺は、その方法を持っている。
欲しいか? 今のお前の地位なら振るえる、とっておきの武器なんだ。
信じられない? お前を組み敷いて肉欲を満たし、笑って説法を説いてきた奴らを、思う存分にいたぶれることくらいは、保証できるけどね」
司教まで上り詰めてしまったお前は、あの大司教で行き止まりだろう?
それを踏みつけて、更に上に行けるよと、俺は彼の耳に、言葉の毒を、注ぎ込む。
「俺に返事は必要ない。帰って、言われた通りを実行してみれば良い。
そうすれば、王家から返事が返る」
その時が、お前が神殿の頂点に脚をかける時だ。
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★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
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