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食うか食われるか 6

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 とても真剣な表情でそう言ったのだけど、それに対しマルは困惑気味に返事を返した。貴方まで、何を言い出すんですか? と……。

「……いや、だから聞いてましたか? その可能性は……」
「あると思います。
 髪色を失ったことが、メラニンの生成能力を失ったからだとしたら……瞳にも影響があるかもしれません。
 前はややこしくなるので説明を省きましたけれど……メラニンという色素には種類があるんです。アレクさんは、そのうちの一つの生成能力を、失ったのかもしれません」

 そう言いつつも、サヤの表情は翳る。そして「これは私の国の知識というより……私の推測でしかないんですけど……」と、言葉を続けた。

「全然、見当違いのことを、言っているかもしれません。
 それに、私の世界とこの世界とでは、人の持つ色の幅に大きな差がありますから、私の世界の常識とは明らかに異なっているはずで……。
 正直、自信は無いのですけど……」
「聞かせてくれ!」

 それでも、サヤが可能性ありと思ったならば、そう思う根拠があるのだ。彼女は、適当なことなんて口にしない。

「聞かせてくれ。どんなことでも可能性があるというなら、聞きたい」

 アレクのことを、俺はもっと知りたいんだ。


 ◆


「私の世界の人類は、ユーメラニンと、フィオメラニンという二種類の色素を持っています。
 そのメラニンの量で肌や髪の色が変わりまして、例えば私は黒髪ですから、ユーメラニンがとても多く、フィオメラニンがとても少ないことが分かります。
 ギルさんの金髪は、ユーメラニンがとても少なく、フィオメラニンもさほど多くない……。陛下の白髪は、メラニンをそもそも持たない……。
 えっと……確か赤髪はユーメラニンがとても少なく、フィオメラニンが多い人でした。
 今までもお話ししている通り、私の世界では緑髪や青髪、紫髪等は存在しません。だから、この世界の人類は、私たちの持たない種類のメラニン色素をひとつ、あるいは複数持っているのだと思うんです。それの組み合わせによって、髪や瞳の色が変化するのではないかと。そして、メラニンというものの性質自体は、近い」

 サヤの言葉に頷く。
 陛下の色が生まれつき色素を作れない病だと言い当てたサヤ。それは実際その通りであったし、陛下とルオード様の御子が、ちゃんと色を持ってお生まれになったことで証明されている。

「元々、白い方が王家の血筋にしかお生まれにならない……と、言われていたのは、それがとても珍しい例であったからですよね。
 それを、この世界に先天性白皮症を患う人が少ないのだと過程するなら、このメラニン色素の種類が影響を及ぼしているのかもしれません。
 ひとつふたつ、作れない色素があったとしても、他が作れるならば、色を持てる。光の毒である紫外線を、極力取り込まない機能がちゃんと働きます。
 陛下のように、全てのメラニン色素を持たないという例が珍しいことも否定されない。
 それでアレクさんは、元々二種類以上の色素をお持ちだったのだと思うんです。
 それが幼い頃の怪我により、色素生成が困難になり、髪色と瞳色に強く影響を及ぼしていた色素を失った。
 けれど、少量ならば他のメラニン色素が作れる。だから、瞳色は残っているのでは。
 そう考えれば、日の光の毒を防ぎつつ、白髪となることも、瞳の色が変わることも、日に焼けることもできるのではと……」

 そう言いつつもサヤは、困ったように眉を寄せた。
 これはあくまで仮定。想像の話でしかない。そして、それを確かめる術も、この世界には無い。

「ただ……ちょっとややこしいのですけど、瞳の色はそのメラニン以外にも色々なものの影響で変化するのだと記憶しています。
 だから、メラニン色素量だけが瞳の色を変えた理由とは言い切れなくて……。
 けれど、髪色と瞳色は基本的に連動しているはずで、金髪で黒い瞳というような、瞳と髪で違う色素の特徴が強く出たパターンというのは、私の国でも聞きませんでした。
 この考え方なら、髪色と共に瞳の色が変化したとしても、一応の説明がつきます。
 それから……アレクさんが、世間から存在を消されたのだとしたら、瞳色の変化は身を隠すために都合が良かったはずです。
 髪色が変わった……ということを強く主張しておけば、瞳色までは言及されにくかったのではないでしょうか」

 木はしばしば森を隠す……か。確かにその通りだと思う。
 王家しか持たないはずの白い髪を、後天的に手にしたアレク。
 その白は神殿にとっても特別であったろうし、当然注目を集めただろう。
 そして瞳は一般的に存在する色をしていたわけで、それならば、髪に注目を集めておけば、瞳のことまで気が回らないのも頷ける。
 サヤの話に、オブシズは瞠目し、半ば呆然としていたけれど。

「そんなことが、実際あるのか?」
「あくまで仮説です……」
「でもマル、俺はこの仮説が正しいと思う。アレクはどう考えても上位貴族の出身だ。
 自分の置かれてる状況も、立場も、理解していたなら……。
 生きるためなら。
 それしか、選べないなら……」

 選ぶんじゃないか。
 何でもして生きてきたと、彼は言っていたのだ。
 そのために身体も心も使ってきた。手段を選ばずに。
 サヤの説なら、彼の出自が謎であることも、マルですら情報を辿れなかったことも、説明できる。
 マルが真っ先に可能性を潰した、まさにその先に、彼の真実があったのなら。

 マルは唸った。頭を抱えて考えに集中する。

「……信じがたい……です。でも……瞳の色が変わったならば、確かに……。あの方がフェルディナンド様である可能性は、極めて高いと思います……」

 オゼロが殺し、全力で情報を消した。
 更に髪色だけでなく、瞳色が変わって、成長期を経てからエルピディオ様と再会したのなら、エルピディオ様だって、孫とは気付けないだろう。
 そこまでのやりとりを耳にしていたオブシズだったのだが……。

「……もし、アレクセイ司教がフェルディナンド様なのだとしたら、確認する方法がひとつある」

 そう言って、右の脇腹付近をとんと指さした。

「ここに、赤い痣を持ってらっしゃると、聞いたことがある。生まれつきのものだ。
 衣服に隠れ、人目には晒されない場所だから、当時から知る者は少なかったろう」

 肌を晒すことを嫌っていたアレク。
 それがもし、フェルディナンド様であることを、隠すためであったなら……。

「……マル、オゼロに行こう。……行かせてくれ」

 エルピディオ様を、失うわけにはいかない。この状況でそのようなことになれば、他国に大きな隙を与えてしまう。
 なにより、アレクにこれ以上、罪を重ねてほしくなかった。
 散々騙され、地位を奪われた。命も狙われた。右手も、友も、配下も沢山失って、それでも俺は…………っ。

 何故かアレクを、どうしても憎めない……。

 自分に重なっていると感じてしまうのだ。
 もし俺が、五歳のあの時……オブシズに、巡り会わなければ……?
 学舎へ行かなければ?
 ギルやハインに出会わなければ?
 ジェスルの呪縛を逃れられぬまま、母の本当を知らないまま、恨み続けていたならば……。

 俺は、どうなっていたろう。

「マル、頼む。行かせてくれ……。アレクは多分……王家を乗っ取るつもりだと思う。
 アレクにオゼロの血が流れているなら、当然王家の血も流れているんだ。
 その上で彼は、白髪になった。神殿の上位に地位を持った彼が、陛下を退けて王座に就けば、この国はフェルドナレンのままあり続けることができる。
 獣人を人類の敵と見做し、尊き白を掲げ、神殿を国政に関わらせることもできる。
 彼はきっと、神殿とそう交渉したはずだ……」

 だがアレクは、本当は国になど、興味は無いんだ……。
 彼が求めているのは終焉であり、絶望。
 自分を殺した祖父を、存在することを否定した社会を、否定したい。
 今までずっとずっと身に潜ませてきた闇を、吐き出したいだけなんだ。
 この国の未来など、何ひとつ考えていない。

「彼を止めたい」

 それは多分、俺にしかできないよ。
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