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食うか食われるか 2
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最後の道のりは、うねうねと曲がりくねった細道。
崖というか、本来は峠なのだろう。両側を、少々急な斜面に挟まれている場所だった。
ウォルテールは、そこを極力最短で駆け抜ける。けれど執事長らを乗せた橇は、そうはいかなかった。
橇は急には曲がれない。速度を上げすぎていた彼らは、曲がり角の斜面に乗り上げ、横転する者が続出した。段々と、背後の気配が減っていく中、急な斜面だった横壁は、次第に深く、高くなっていく。
そうしてたどり着いたのは、その行き止まり。
そびえる絶壁を前にして、ウォルテールの脚が速度を落とし、止まった。
「……ウォルテール、大丈夫か?」
二人して息を切らし、とりあえずウォルテールから、ずり落ちるようにして下りた。
ウォルテールは矢を受けていた。太腿と脇腹辺りに突き立っている。
俺も、腰と背。そして左腕に一本掠め、腕を抉られていた。けれど……。
やり切った。なんとかここまで……。
多くの犠牲を払った。シザーたちの安否も分からないけれど、辿り着くだけは……。
伏せて休むウォルテールに身体を預けるようにして、俺も座り込み、息を整えていると、橇を立て直して追ってきているであろう、執事長らの声や、音が聞こえだす。
次第に近付いてきたその音に、「もう、一踏ん張りだな……」と、ウォルテールに話し掛けた。
ちゃんと最奥まで入り込んでもらわなければ。ここまで来て、逃げられてしまってはたまらないからな……。
そうしてウォルテールの首に腕を回し、待っていると、角から一騎の橇が現れた。後方に向かい合図を送り、橇から降りた一人が剣を抜いて俺を警戒する仕草。
どんどん後に続いた。二人、四人、七人……増えていく人数と、橇と、狼。
「おやおや……」
五歩ほど距離を置いて、もう数える気にもならない人数に取り囲まれた。
その後方から、執事長の声。
「残念でしたね。逃げ切られるかと思っていましたのに」
「…………」
その言葉に、俺はもう一度、膝をついた。
籠手を雪に突き立て、なんとか身を起こす。
「俺が、ただ逃げ惑っていたと、本気で思っているのか?」
そう言うと、一瞬警戒するような視線を向けたけれど、愉悦に表情が歪んだ。
「またそれですか」
先ほど同様の時間稼ぎかと思われたようだ。
しかし、今度は一人と一頭。状況は更に悪い。
「残念ながら、もう貴方の話は聞き飽きてしまったんですよ。先程ね」
そう言うと、俺を取り囲んでいた皆が剣を抜いた。
「どちらにしても、もう逃げ場が無いようですし、これ以上は見苦しいだけですよ」
そう言い執事長自らも、腰の腱を抜き放つ。
「……見苦しいか。そうだな……。これ以上はもうどうにもならないか。
ならば最後にひとつだけ、教えて欲しいのだけど……」
そう言いじりりと後方に下がる。
「内容によりますね」
「来世に旅立つのにか? 今更俺に知られて困ることもなさそうだがな」
「貴方は得体が知れませんからねぇ。けれど、言うだけならどうぞ。気が向けば答えましょう」
そう言いながらも、包囲の輪は狭まってくる。また一歩、足を引いた。
「アレクの本当の名を知りたかった。流石に偽名だろう? どこにでもよくある名だ。
だから、本当の名は違うのだと思っていたが、どうにも見当たらない。
伯爵家以上だろうが、王家では無いはずなんだ。彼は、誰だ?」
「最後に聞くのがそれですか?」
また笑われた。クスクスと、可笑しそうに。
そして俺たちの後方も、もう無かった。
雪の壁となった背後。そこに背を付ける。手を動かすと、崖の雪が削れた。
ウォルテールが俺の前に身体を割り込ませて、鼻筋にしわを寄せて唸るのを、最後の足掻きにしても他愛ないと鼻で笑う執事長。ウォルテールの身体が、ぐいぐいと俺を押した。少しだけ右にずれたけれど、それ以上は狭まる人垣に近すぎる。
「お前たちのやろうとしていることは見えていたさ。だけどひとつ、納得がいかない。
スヴェトランと手を結び、陛下を弑逆して国を滅ぼせば、ここは荒れる……。獣人を人類の敵にし、他国に侵略を許し、せっかく落ち着いた国を荒らして、何がしたいのかと……。
神殿の利益は何だ。信仰を取り戻しても、国が失われれば国教も変わる可能性があるだろうに」
そう言うと、にまりとまた、深い笑みを浮かべた。
「変わりませんよ。何もね……。私からの手向けはこれで充分でしょう?
では、国への忠義、誠に見事でしたが、報われない最後でしたね。せめて来世は、健やかにお過ごしください」
そうか。変わらないか……。
「俺に先程、何が見えていると聞いたな? 教えて欲しいか、渡人がどうやって、この世界に渡ってくるのかを」
最後の悪あがきとばかりに、そう口にした。
けれど執事長は、もう釣られることもなかった。
「それは本人に直接聞きます」
「無理だな。お前たちにはもう、来世に旅立ってもらうから」
来世に旅立つのは、俺じゃなく……お前たちだもの。
パラリと雪が崩れた。上空から、パラパラと塊で降ってくる。
「サヤは渡さない」
ハッとした執事長が上空を見上げると、百人余りの獣人や吠狼たちが、この袋小路を取り囲み、武器を構えていた。
崖というか、本来は峠なのだろう。両側を、少々急な斜面に挟まれている場所だった。
ウォルテールは、そこを極力最短で駆け抜ける。けれど執事長らを乗せた橇は、そうはいかなかった。
橇は急には曲がれない。速度を上げすぎていた彼らは、曲がり角の斜面に乗り上げ、横転する者が続出した。段々と、背後の気配が減っていく中、急な斜面だった横壁は、次第に深く、高くなっていく。
そうしてたどり着いたのは、その行き止まり。
そびえる絶壁を前にして、ウォルテールの脚が速度を落とし、止まった。
「……ウォルテール、大丈夫か?」
二人して息を切らし、とりあえずウォルテールから、ずり落ちるようにして下りた。
ウォルテールは矢を受けていた。太腿と脇腹辺りに突き立っている。
俺も、腰と背。そして左腕に一本掠め、腕を抉られていた。けれど……。
やり切った。なんとかここまで……。
多くの犠牲を払った。シザーたちの安否も分からないけれど、辿り着くだけは……。
伏せて休むウォルテールに身体を預けるようにして、俺も座り込み、息を整えていると、橇を立て直して追ってきているであろう、執事長らの声や、音が聞こえだす。
次第に近付いてきたその音に、「もう、一踏ん張りだな……」と、ウォルテールに話し掛けた。
ちゃんと最奥まで入り込んでもらわなければ。ここまで来て、逃げられてしまってはたまらないからな……。
そうしてウォルテールの首に腕を回し、待っていると、角から一騎の橇が現れた。後方に向かい合図を送り、橇から降りた一人が剣を抜いて俺を警戒する仕草。
どんどん後に続いた。二人、四人、七人……増えていく人数と、橇と、狼。
「おやおや……」
五歩ほど距離を置いて、もう数える気にもならない人数に取り囲まれた。
その後方から、執事長の声。
「残念でしたね。逃げ切られるかと思っていましたのに」
「…………」
その言葉に、俺はもう一度、膝をついた。
籠手を雪に突き立て、なんとか身を起こす。
「俺が、ただ逃げ惑っていたと、本気で思っているのか?」
そう言うと、一瞬警戒するような視線を向けたけれど、愉悦に表情が歪んだ。
「またそれですか」
先ほど同様の時間稼ぎかと思われたようだ。
しかし、今度は一人と一頭。状況は更に悪い。
「残念ながら、もう貴方の話は聞き飽きてしまったんですよ。先程ね」
そう言うと、俺を取り囲んでいた皆が剣を抜いた。
「どちらにしても、もう逃げ場が無いようですし、これ以上は見苦しいだけですよ」
そう言い執事長自らも、腰の腱を抜き放つ。
「……見苦しいか。そうだな……。これ以上はもうどうにもならないか。
ならば最後にひとつだけ、教えて欲しいのだけど……」
そう言いじりりと後方に下がる。
「内容によりますね」
「来世に旅立つのにか? 今更俺に知られて困ることもなさそうだがな」
「貴方は得体が知れませんからねぇ。けれど、言うだけならどうぞ。気が向けば答えましょう」
そう言いながらも、包囲の輪は狭まってくる。また一歩、足を引いた。
「アレクの本当の名を知りたかった。流石に偽名だろう? どこにでもよくある名だ。
だから、本当の名は違うのだと思っていたが、どうにも見当たらない。
伯爵家以上だろうが、王家では無いはずなんだ。彼は、誰だ?」
「最後に聞くのがそれですか?」
また笑われた。クスクスと、可笑しそうに。
そして俺たちの後方も、もう無かった。
雪の壁となった背後。そこに背を付ける。手を動かすと、崖の雪が削れた。
ウォルテールが俺の前に身体を割り込ませて、鼻筋にしわを寄せて唸るのを、最後の足掻きにしても他愛ないと鼻で笑う執事長。ウォルテールの身体が、ぐいぐいと俺を押した。少しだけ右にずれたけれど、それ以上は狭まる人垣に近すぎる。
「お前たちのやろうとしていることは見えていたさ。だけどひとつ、納得がいかない。
スヴェトランと手を結び、陛下を弑逆して国を滅ぼせば、ここは荒れる……。獣人を人類の敵にし、他国に侵略を許し、せっかく落ち着いた国を荒らして、何がしたいのかと……。
神殿の利益は何だ。信仰を取り戻しても、国が失われれば国教も変わる可能性があるだろうに」
そう言うと、にまりとまた、深い笑みを浮かべた。
「変わりませんよ。何もね……。私からの手向けはこれで充分でしょう?
では、国への忠義、誠に見事でしたが、報われない最後でしたね。せめて来世は、健やかにお過ごしください」
そうか。変わらないか……。
「俺に先程、何が見えていると聞いたな? 教えて欲しいか、渡人がどうやって、この世界に渡ってくるのかを」
最後の悪あがきとばかりに、そう口にした。
けれど執事長は、もう釣られることもなかった。
「それは本人に直接聞きます」
「無理だな。お前たちにはもう、来世に旅立ってもらうから」
来世に旅立つのは、俺じゃなく……お前たちだもの。
パラリと雪が崩れた。上空から、パラパラと塊で降ってくる。
「サヤは渡さない」
ハッとした執事長が上空を見上げると、百人余りの獣人や吠狼たちが、この袋小路を取り囲み、武器を構えていた。
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