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食うか食われるか 1

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 計画遂行が最優先。
 それは前提条件として伝えてあった。
 だから、シザーは後退しつつ俺たちの背を守り、残りの皆は退路確保に、俺の放った小刀周辺の敵へと攻撃を集中させる。

「ははは、結局退路確保ですか!」

 この状況で逃げを選ぶ。
 援軍を呼ぶ気配すら無い俺たちに、執事長は笑った。
 その笑い声に、俺たちがさした抵抗もできない身なのだと悟ったのだろう。獲物を狩る顔になったスヴェトラン兵らが、一気に活気づく。

 俺に接敵してきた一人に小刀を放ち、その横から剣を振り上げた男の両腕を切り飛ばした。
 衝撃で傷口がズキリと痛んだけれど、命を狩り取る代償の痛みだと思えば、耐えられる。

「シザー!」

 腕付きのまま落ちてきた剣を左手で掴み、シザーに放り投げた。途中で片腕が落ち、その柄をシザーの左手が掴む。
 それを視界の端で捉えつつ、腕を斬られた男が驚愕に歪めた顔、今度はその首を斬った。
 姉妹の後方から迫っていた敵に胸の小刀をまた放ち、俺の背後からの攻撃は、右手の剣で払う。広の視点は、接近戦ならばとても有効に働いてくれた。
 今なら分かる。視界の外も、気配が見えると言ったサヤの言葉が。確かに、言っていた通りだ。
 そしてこの籠手も。
 刀身が少々長いと感じていたが、これは手首があり、小剣を握った場合の長さを考え、作られたのだろう。間合いが今までの感覚と変わらない。
 多少休憩できたとはいえ、動けそうな時間は然程残っていなかったけれど、それでも余計なことに煩わされず、最低限の動きで体力の温存を図りつつ、戦える。

 俺の背後を守るため、両手に小剣を握ったシザーはというと……普段やり慣れない両剣使いに、初めは多少の動き辛さを感じているようだった。
 けれど、それも直ぐに調整してきた。左で剣を振ること自体は経験を積んできているのだから。

 俺が左で短剣を扱う鍛錬を始めた頃、同じくシザーも、左手で小剣を扱う鍛錬を取り入れた。
 それはサヤが、左右の筋肉の均等を保つことの重要性を教えてくれたからだ。
 利き腕だけを鍛えていくことでは、鍛えられない筋力がある。そちら側を少々鍛えるだけで、競り負けにくくなるし、間合いも広がるのだと。

「歩幅から変わってきますよ。全ての行動において、安定感が違ってくるんです。
 例えば私、手は右利きですが、身体は左利きで、左足を軸とした方が攻撃も安定するのですが、それでは防御や間合いを詰める場合に制限が出てしまいますし、右足を軸とした時にバランスを崩し、隙を作りやすくなってしまいます。
 軸がブレれば、当然体力も余計に消耗しますし、無意識に庇うことで、動きに制限も増えてしまう。
 だから、全く無駄なように思えても、逆側の動きを鍛錬に組み込む方が、長い目で見て有益です」

 大剣使いのシザーも、学舎では等しく小剣の扱いを習っている。それで武術において、数度の主席を得ている腕なのだ。
 だから、大剣を使う際の安定性を上げるため、サヤの言う身体の均等を保つために、左手で小剣を扱う鍛錬を取り入れた。まぁ、こんな形で役立てられるとは思っていなかったけれど……。

 右手を主に攻撃に、左手は防御に使っていたが、そのでも隙を見て斬り飛ばす。
 大剣すら片手で振り回せるシザーだからこそ、両手に小剣を持っても軽々扱える。何より一撃が速かった。あっという間に接近した者を屠り、次の相手に視線を向ける。
 殺し、守る覚悟をしたシザーは、ディート殿に劣らぬ強さだった。それでも人には、必ず死角がある。だから背中を預け合うことで、それを潰した。
 圧倒的な人数差は、木々を盾にすることで牽制できた。
 これも、広の視点で広範囲の情報を拾えるからこそできたことだろう。
 背中はシザーが守ってくれるから、見える範囲を把握すれば良いだけだ。今日は頭が冴えているのか、まるで鳥の視点で地上を見ているような感覚で、位置関係を把握できる。
 姉妹の片割れも、狼たちと庇い合って戦い、身を守っていた。そして……。

「抜けるぞ!」

 一点集中が功を奏した。歪な輪の最も薄い部分を最短で切り崩し、外へ。
 走りつつ皆の無事を確認した。多少の負傷はあれど、まだ皆動ける。

 やはりこの中で一番の問題は俺か……。

 逃げながら、一度笛を咥えて吹いた。だが目的の場所までの体力は無さそうだ……俺の足が、もうもつれだしている……。

 せっかく抜けたのに……っ。

 再度捕まれば、逃げる体力は無いだろう。
 そう思っていたら、背後から腰をがしりと捕まれ……。

「わっ、シザー⁉︎」
「ウォルテール」

 シザーだった。片手で抱えた俺を、自ら呼び寄せたウォルテールの上に。条件反射で急いで掴まり、膝置きに膝を乗せ、身体を安定させた。
 その隣で姉妹の片割れも狼の背へ。

「ここは任せて」
「シザー⁉︎」

 慌てて呼び止めたけれど、ウォルテールは敢えて加速。
 シザーひとりを置いて、いってしまう!

「ウォルテール、戻れ!」

 そう叫んだけれど、彼は聞いてくれなかった。
 そしてシザーとウォルテールの判断が正しいことも、直ぐに分かってしまった……。
 林を迂回した橇が来ていたのだ……。
 残ったシザーがスヴェトラン兵と斬り結ぶ中、橇と合流した執事長は、俺を追ってきている……。

 くそっ……くそっ!

 悔しくて涙が溢れそうだった……。
 あそこに誰か一人が残って足止めしなければ、俺たちが騎狼する時間も稼げなかったろうと分かっている。そうなれば橇に回り込まれ、万事休す……。
 だけど、一人残ったシザーは、一体どうなってしまう……?

「主、前を」

 顔を伏せていた俺に、姉妹からまた声が飛んだ。

「相棒も残ります。隙があれば騎狼して、追いついてくるでしょう」

 その言葉に、無理矢理視線を上げる。外套を外したせいで、身体が急速に冷えているのを自覚していた。
 しかし、目的の場所が視認できる距離まで来ていて、やっとか……と、そう……。

「主っ!」

 また声。
 そして、くぐもった呻き声と共に、近くにあった気配が急速に遠退いた。
 慌てて振り返ると、俺を庇い肩に矢を受けた姉妹が、狼から落ちて転がっていく……っ。

「…………ウォルテール、真っ直ぐに走れ。最速で、最短で良い」

 ここからは一本道。たとえ矢を受けたとしても、絶対に振り落とされない。最後まで進む。
 そうすれば……、皆の命も、報われる。
 寒さと疲労で感覚の薄れつつある足に必死で力を入れ、腰を低くして、ウォルテールの妨げにならないように。それだけを意識した。そうしてたどり着いたのは……。

 壁に囲まれた、袋小路。執着地点だ。
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