上 下
1,034 / 1,121

開戦 4

しおりを挟む
「姉ちゃんは……胤は同じだけど、器は違う。殆ど獣人が生まれる中で、珍しく人だった。
 普通なら、姉ちゃんだって捨てられてたのに……。でも、俺たち狼で生まれた奴の世話をして、あそこにしがみついてた。
 その中で俺を……自分が使える手駒にするために、きっと……」

 悲しそうに眉を寄せてそう言う。分かっていたけれど……それでも、血の繋がりを求めた。慕っていたのだ……。

 そうか。侍祭殿は、生きるために……。

 一生懸命、組織で必要な存在になろうとしたのか。
 けれどいざウォルテールが人の姿を得てしまうと……憎くてたまらなくなった……。
 自分の存在を否定された心地だった。同じ胤を得ているはずなのに、こうも扱いが違う。なんで自分は、人になってしまったのか……。

 彼女の心情は、実際のところ分からない……。アレクほど、関わりを持ってきていないしな……。
 だけど獣人の血をあんな風に拒絶していたのは、それがあの娘の中で、大きなしこりとなっているからだろう。

 じゃあ、アレクは……? 何故、彼は…………。

 この一連の打ち手は、もう……アレクだと確信を持っていた。
 だけど彼がこうなるに至った経緯は、全くまだ見えていない……。

 アレクは、ウォルテールの姉とは違うだろう。施設生まれではなく、彼は貴族出身だ。そこには強く確信を抱いている。
 彼の所作や思考。言葉の節々に、貴族であった形跡があるのだ。それはきっと、本人も自覚していない。
 俺のような妾腹出ではなく、ちゃんと貴族として生を受け、その瞬間から教育を受けていた、生粋の貴族……。
 本人の無意識に刷り込まれるくらい、溶け込み当然となるほどの、上位の血筋だと思う。
 男爵家や子爵家じゃない。きっと……伯爵家以上。

 だがそれなら何故、マルが彼の痕跡を見つけられないのだろう……。

 貴族出身で神殿に身を置くことになる者は多い。事情を伏せられた者も多い。でもその程度ならば調べ上げてしまうだろうに、あのマルが、見つけられない。
 何故、彼の痕跡は徹底的に消されているのだろう……。
 そもそも、そんなことができるものだろうか? 
 人一人の存在を抹消するなんて、人にできることだとは思えない。マルも言っていたことだ。それは神の御技だと………………?
 ふと、何か閃きかけた。

 何か……それに近い話を、どこかで聞いた。

 記憶を手繰るために、アレクのことをもっと深く、考えてみるべきか……。

 そうだ、ウォルテールは、アレクのことをどこまで知っているのだろう……?
 アレクに使われていた自覚はあるのだろうか?
 それとも慎重な彼のことだし、ウォルテールと直接接することはしていないのだろうか……。

 聞いてみたかったけれど、俺の近くに置くウォルテールに、あからさまな情報を残しているとは考えにくい。
 それに施設についてを聞けば当然、彼を苦しめるだろう……。

 そんなことを考えていたら、ウォルテールが身じろぎしたから、そちらに視線を移した。
 狼の脚を両腕で引き寄せ、膝に顔を半分埋めるみたいにして座っていたウォルテールは……。

「あんたはいつもそれだ……。
 あそこではもらえなかったものを、あんたが……あんたたちは、平然と俺にくれる……」

 なんのことについて言っているのか分からず、首を傾げた。
 けれどウォルテールはそれ以上を言わず、揺れる炎を見つめている……。

「あそこしか知らなかったから、あそこが全てだったんだ……」

 不意にぽつりと、そう零した。

「血が濃いは、褒め言葉で、薄いは、価値の無いことで、濃い俺は、それで良いんだと思ってた。価値ある獣だ。そう思ってたのに……。
 急に狭い場所に閉じ込められて、食事も貰えなくなって、なんでそうなったか分からなくて、気が狂いそうだった……。
 そこを出された時はほっとした。だけど、価値が無くなったから処分されるって言われて……だから、できるとこを見せなきゃって、思って……」

 ……誘導されたんだろう。食事や自由を絶って、彼の自我を追い詰めて。
 駒として使う者すら追い詰めるような、そのやり口……。やっぱりアレクだ。俺はそれを、何度も見てる……。

「価値を示すなんて、簡単なことだと思ってたよ。俺は血が濃いから、誰よりも優先される立場だったから。俺が言えば、皆が従うだろうって。
 なのにここは、みんな変な理由で変なことをした。俺の言うことを聞いてくれなくて、血が薄いくせに偉くて、濃い俺に反抗する……なんなんだよって思ってた……。
 荊縛の時だって、苦しいも痛いも自分でなんとかするしかない、死ぬやつは使えないやつだって、そう思ってた。
 なのに俺もそうなって、認めるしかなかった……。俺は……使えないやつになった……価値が無くなったからだって……。
 そう、思ったのにさ……」

 肩に両腕を回し、自らを抱きしめる。
 苦しいだろうに、それを押し殺して、言葉を語る。

「…………あ、あんな風に、優しくしてくれるなんて、夢みたいだったんだ……」

 そう言いながら、顔を伏せて、表情を膝と腕で隠してしまった。

「耳も尾も脚も、気持ち悪いって言わなかった……気にせず、触ってくれた……。頑張れって、死ぬなって言ってくれた。
 狼でも、俺だって分かってくれた。首を擦り付けても逃げないでくれた……。狼の姿を好きだって、言ってくれた……。
 あそこが、この人を欲しいって言う理由が、分かった気がした。
 俺も欲しかった。だから、なんとしてでも、持って帰りたいって……。
 ……いや、本当は独り占めしたかったのかな……。連れて帰ったら、きっと取られてしまうって……」

 やはりサヤを欲していたのか。
 神殿は、サヤを得て、かつての栄光を取り戻そうとしていたのか?
 なのに何故、それを諦めた……?
 今は、何を狙っているんだ……?

「ここで、色々教えてもらった……。獣じゃないとも、言ってもらった……。
 いつの間にか、帰りたくない、ここにいたいって思うようになってた。
 だから……本当に、大切にしたいと、思ってたんだよ。
 なのに俺…………どうしても、どうしても…………どうしても…………」

 どうしても、姉に逆らえなかったのだと……。

 失敗すれば、主である姉が困ることになると言われた。本当は一番、愛してほしい人だった。
 愛を知ってしまったからこそ余計、愛してほしいと、褒めてほしいと願ってしまった。求めてしまった。

 殺されそうになっていた時だって、抵抗しようとしなかったのは、どんな形でだって良い。役に立っていると、愛していると、言ってほしかった……。

 でも……。

 結局最後まで、姉の愛は得られなかった。
 大切なものが、姉だけではなくなったことにも、気付いてしまった……。

「俺は、本当はここに居ちゃいけないし、八つ裂きにされても文句は言えない……。
 それだけのことをしたって、分かってる。
 だから明日は、死なせた人たちの分、俺が働く……。償いをする。前で、戦う。
 絶対にもう、裏切らない……」

 決意を滲ませた硬い声。
 そんなウォルテールの頭に左腕を伸ばし、ぐしゃりと撫でた。そして引き寄せ、肩を抱く。

「…………そんな風には、しなくて良い」

 お前は、お前として生きるために戦ってくれ……。

「過去じゃなく、明日のために、戦おう。一人でも多くが幸せになれるように。
 お前だって、そうじゃなきゃ俺は……なんのための戦いかを、忘れてしまう……」

 お前を人にするための戦いなんだ。
 お前たちが、今より幸せだって思えるように、するための。
 誰かのために使われるのじゃなく、自分や、自分の愛する者たちのために命を使う。そんな時代を創るためだ。

「なぁ、考えておいてくれ。この戦いが終わったら、何になりたいかを。
 どんな仕事に就いて、どんな場所で暮らしたいか。
 この戦いが終わったら、次はそれを叶えよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...