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決戦の地 5

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 そんな言葉を交わしているうちに、荷物は順調に運び出されていったようだ。
 荷を積んだ橇が二台ほど引いていかれ、それでヘカルらに渡す充分な量が確保できたそう。
 後は時間の許す限り、俺たちの使う分を作ってもらう。
 それともう一つ、俺の右手の調整だ。

「こちらになります」

 そう言い差し出されたものは、手の甲の部分から剣の生えたような籠手だった。
 剣は思った以上に幅があり、長い。刀身だけで一メートルはあるだろうか。
 腕の内側となる部分には幾本ものベルトが付けられているのだが、そのまま締め上げたのでは血を止めてしまうため、先に滑り止め用の柔らかい皮を巻き、それから籠手を装着するとのこと。

「手の先は少し空洞が空くようにし、そこに綿を入れたクッションというものを入れてありますが、刺突した場合など、衝撃が傷口に響くかもしれません。
 それから、あまり長時間の利用もお勧めしかねます。極力ベルトを増やし、圧迫を分散させるようには致しましたが、それでも血を止めるでしょう」

 そんな説明を聞きながら籠手を着けてもらうと、重さは然程でもなかった。自重ですっぽ抜けるということもなさそうだ。
 かつて飽きるほどに繰り返した剣の型を、ひと通りこなしてみたが、違和感も少ない。ただ……手首が無い分、できない動きも色々ある。

「馬上は適さぬでしょうね。ずっと抜き身の剣を右手につけておかねばなりませんから」
「そうだな。馬を傷付けてしまいかねないし……これはちょっと難しいか」

 まず自分で乗り降りできなくなるし、常に右手の位置を意識しなければならないだろう。
 慣れるまで馬の首を傷付けてしまわないかも心配だ。
 なにより……左手だけで馬に細かい指示を伝えるのは無理だろう。片手で手綱を操作できないわけではないが、戦場では特に、些細なことが命取りとなる。

「だけどそれでも……これで戦える」

 ただ守られるだけではない。前に立てる。
 今度こそ、足手纏いにはならない。剣が振れるなら、人並み程度の働きはできる。

「……籠手の部分は盾としても利用できます。
 見ての通り少しゴツゴツとしてますが、剣が腕の方に滑らないよう、このような仕様にしました」
「うん、ありがとう。後は慣れるよう、練習に励む」
「……主も戦場に立たれるのですか?」
「そうだね。お前たちは俺を主としてくれるけれど、リアルガーや他の狩猟民らにとっての俺は、信頼に足る相手ではない。
 だから、ちゃんと行動で示さなきゃならないと思う。俺が裏切っていないかどうか。言葉に偽りはないかをね」

 俺の作戦は、彼らが俺に疑いを抱いた時点で失敗する。
 だから俺は、前に出なければならないのだ。獣人を盾にすることなく共に戦う姿を、常に示さなければならない。
 そのためにも前線に立つ必要があるのだけど……馬を使えないというのは色々厄介だな。
 まぁ……雪の中ではどうせ難しいか。
 春までに何か、別の方法を模索しよう……例えば小型馬車とか……またサヤに相談かなぁ。

 そんなことを考えていたのだけれど。

「では……我々ですこし、提案したきものがあるのですが……。
 日中は人目がありますため、また夜間、お伺いしても宜しいでしょうか?」

 職人のそんな言葉で思考を中断した。

「……提案?」
「はい。犬笛で知らせていただければ伺います」
「分かった」

 それから三時間ほど、籠手を振る練習をさせてもらった。
 ずっと腕を締め付けておくとどうなるかも知りたかったから、敢えてだ。
 だが、かなり配慮され作られているのだと思う。三時間程では特に違和感も感じなかったため、そこで一区切り。
 籠手を外し、専用の鞄にしまう。鞘はまだ作っていないとのこと。

「必要でしょうね、やはり……」
「そうだなぁ。一度つけたら抜き身のままうろうろすることになるんだろう?」
「革か木製の鞘が良いでしょうね。金属では重くなり、腕の負担となるでしょうし」

 細かい要望を伝えてとりあえず本日はそれまでとなった。

 鍛治場の外に向かうと、いつの間にやら雪が結構な勢いで降っており、朝の晴れた空はどこに行ってしまったのかというほど、空が烟っている。

「ではまた伺うよ」

 そう言い残してから、待機していたシザーとユストを促し、マルの家に戻るため、雪の中に足を踏み出した。


 ◆


 マルの家に帰り、窓を潜って雪払い用の小部屋に入ってみると……。

「お帰りなさいませ」

 音を聞きつけたのか、サヤが迎えに来てくれた。
 俺の左手から雪払い用の櫛を取り、丁寧に櫛をかけてくれる。
 左手一本だと、左側は自分でできないからな……。

 皆がちゃんと元気であったことや、ウォルテールや俺を責めることなく、どちらかというと、肯定してくれたことをぽつぽつと話しているうち、シザーとユストは先に中へ。
 外套を纏わないサヤが酷く寒そうなことに、そこでようやっと気付き、俺たちも家の中へと移動した。

「暖炉の部屋に行きましょう。外套も乾かさないといけませんし」
「そうだね。だけど先に、これを寝室に置いてくる」

 小手の入った鞄を持つと、サヤも見たいと、そう言うから……。

「料理教室はもう良いの?」
「今はクレフィリアさんの麵麭教室なんです。私の方は、一区切りしました」

 とのこと。

 もしかして、皆が気を使って、時間を作ってくれているのかな……。

 そんな風に考え、だから余計なことは思考するなよと頭の中を振り払った。
 俺たちの寝室としてあてがわれた部屋に籠手を持っていき、寝台の上に置いた。
 鞄……と、言ってはいるが、ほぼ箱に近い形のそれの上部にある留め金を外すと、両側に綿の詰まった敷布が敷かれており、挟まれていた籠手が出てくる。
 サヤはそれを手に取り、使用感は如何でしたかと俺に問うた。

「問題無さそうだったよ。まぁ……慣れるまでは色々あるだろうけれど、それは承知しているし。
 今まで使えないつもりで、使ってこなかった右だから、筋力や体力的な問題の方が多々あると思うけど……それも練習次第だろう」

 そう言ったけれど、返ってくる返事は無く……。

「……有難いことだよ。振れなかった剣を、また右で振れる日がくるだなんて……」

 サヤは、やはり何も言わない……。

「怖い?……サヤの国は、平和な場所だったのだもんな……」
「……そんなん、ここやってそう。レイかて戦争なんて、今までしたことないやろ」

 やっとそう返事が返り、籠手が鞄に戻された。
 そうしてパチンと留め金が留められ……。

「…………大災厄にせんように、ここで戦わな、あかんのんやもんね……」

 そう言い、一つ息を吐いてから顔をあげると、笑顔の仮面のサヤは、朗らかに言った。

「試食、残してありますよ。食べますか?」

 その平和な国の、洗練された武器をこの世界に持ち込む葛藤が、サヤに無かったはずがない。
 その武器が人を殺し、人を殺させるということを、考えていないはずがなかった。
 だけどそれは飲み込んで、笑う。
 その表情がたまらず、腕を引いて抱きしめた。

「……有難う。戦う方法を与えてくれて」

 そんなこと言われても、嬉しくなんてないだろう。
 それでもサヤがくれたものの意味や価値が、こんな言葉でしか伝えられない。

 一人を切り捨てられなくて、多くを死なせて、今度はより多くのために、また死なせる者らを選んだ。
 だからせめて、その死なせる側の中に、俺も立たなければと思うんだ。
 どこで間違ったのかとか、何を違えてしまったのかとか、どうすれば良かったのかとか……今まで俺は、得られない答えを求めてきたけれど、それができるほどの余裕も今は無い。
 元から、どうすればなんて無かった。何があろうと俺は、選べたものから選んできた。
 そしてどんなことも、その結果を受け入れるしかないと、今更ながら理解した。
 あぁ、だから……後悔しないように……か。

「俺は、この道を選んだんだ。
 求めた道を歩んできたんだ。今からも、その道を歩む」

 サヤの与えてくれた武器で殺す。だけどそれは、俺が望んだことだ。
 その中で殺されるかもしれないけれど、できる限り、足掻く。サヤの所に戻るために、こうして抱きしめるために、生き残るために殺す。それが全部、俺の選んだことだ。

「……ちゃんと連れてきてくれたから、ええよ」

 腕の中のサヤも、その覚悟をしているのだろう。
 だから、殺し殺される、俺と同じ場所に身を置くことを、選んだ。
 何があっても生き残り、幸せになってほしいと願っているけれど……殺す手段を与えることを選んだサヤだって、きっともう、その結果を捨てることはできない。

 ごめん……こんな世界に引き込んでしまって。
 あの時あの手に触れなければ、こんなことには巻き込まなかったろう……。
 だけど、ありがとう。この世界に来てくれて。
 サヤと一緒に知った色々が、俺の世界をこんなに豊かにしてくれた。

 きっと死ぬ時も、俺はそう思える。

「…………一応、念のために言っておくけど……。
 俺が先に死んだとしても、待ってるよ……。サヤと一緒に、来世に逝く」

 この世界の魂ではないサヤは、きっと次の行き先を知らないから……。
 迷わないよう、一緒に行く。

「サヤが先だったとしても、待っていてくれ。必ず迎えに行くから」

 必ず探し出して共に行くからとそう言う。縁起でもないと怒られるだろうか? と、そう思ったけれど……。

「……うん、約束」

 と、返事はそれだけだった。

 やっぱりサヤも、分かっているのだ……。今から起こることが、どういったことかが。
 本当はこんなこと、可能性だって考えさせたくなかった。
 だけどこんなつまらない約束でも、サヤに与えたかった。どんな細やかなものでも。ほんの爪の先ほどの安堵にしかならなくても。

「そんな風にはしないけどね……。あくまで一応、念のためだよ?」

 俺より先に、サヤが死ぬことだけは無い。サヤを待たせるようなことは、それだけは、絶対にしないよ……。
 そんな風にはしない。の、本当の意味は伏せて心の中だけで告げ、左手をサヤの顎に添えると、上向いたサヤが少しだけ唇を開いて瞳を閉じる。
 唇を重ねて、舌を絡めてお互いを深く触れ合わせるうちに、サヤの腕も俺の背に回された。

「……サヤ……もうどこも痛まない?」

 唇を触れ合わせたままそう聞くと、ぎゅっと背に回された手に力が加わる。

「前は、酷いことをしてしまって悪かった……。もう、そんな風にはしないから……。
 もう一度、機会を与えてもらえないか……」

 繋がることを、痛く怖いだけの記憶として残したくなくて、勇気を振り絞ってそう聞いたら、唇を離したサヤは、慌てて俯き、顔を隠してしまう。

「今度こそきちんと、大切にする……ごめん、こんな時にこんなこと言って……」

 昨日あれだけ騒いでおいて、結局何もできず、今更死ぬかもしれないからなんて理由で、こんなことを言う……。
 だけどどうか、お願いします。

「今夜……いい?」

 伏せてしまった頭の上からそう問いかけると、サヤは暫く黙っていたものの……ハッとしたように顔を上げて、扉の方に視線を向けた。

「…………レイ、リアルガーさん」

 え?

「リアルガーさんが、呼んではる」

 ……サヤは犬笛は、聞こえないよな……? なら……っ!

 急いで部屋の外に向かった。
 来るはずのない彼が、目立つべきでないといっていた本人が、自ら故郷に足を踏み入れたのならば、その理由は、その時が来たということでしかない。
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