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決戦の地 4

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結局弟に口を塞がれたマル。
 情緒も配慮もない兄で本当に申し訳ない! と、平謝りするエリクスを宥め、マルに人前でそんな話するなと説教すること半時間……。
 サヤが戻り、居た堪れない雰囲気を誤魔化しつつ俺も、身支度に向かった。
 サヤが若干居心地悪そうにしてたのは、あの大騒ぎが聞こえているからだろう……ううぅ、防音効果がどうだろうがサヤの耳には筒抜けなんだよ! 後で部屋でどんな顔して休めっていうんだ⁉︎

 まぁそれはともかく、ハインを失い、ルフスもいない状況だから、俺の従者は現在サヤのみ。しかも片手であるので自分のこともなかなか自分でできない身だ。
 そこでこの町の中では、ユストが従者の真似事をしてくれることになっていた。
 いつもはウォルテールが手伝ってくれているのだけど、獣人の特徴が顕著な彼は、流石に町の中にまで連れて来れない。

「というか、サヤ様にしてもらえば良いと思うんですけどねぇ」
「お前まで言うなよ⁉︎ そんなことしたらどうなるか分かるだろう!」

 俺の我慢がきくと思うのか⁉︎

「いや……なんで我慢するのかって話じゃないですか?」

 夫婦なんですし……湯浴みくらい、一緒にされたら良いんじゃないですか? と、ユスト。
 正直聞きたくなかったが、耳を塞ごうにも片手しかないのでそれもできないし、不貞腐れるしかない。
 そっぽを向く俺に、ユストはなんでそんな頑ななんですかと苦笑い……。

 そんなの……この前思いっきり怪我させてるからに決まってる!
 まだ半月しか経ってないのに、傷が癒えてる保証無いだろ⁉︎

 心の中では大音量で叫んでいたのだが、口に出すことは憚られ、ぐぬぬと口を閉ざすと、しょうがないものを見る目で見られ、あまつさえ溜息……。

「いや、サヤ様を大切にされているのは重々承知してるんですよ? ですけどほら……これから、あれじゃないですか」

 戦になれば、共にいることも難しくなるんですよ。と、ユスト。
 そうしてそれまでの笑みを引っ込め、真剣な表情で……。

「万が一ということも、可能性としてはあるんです……。
 なのに、サヤ様に何も……残さないおつもりですか」

 そう言われた。

「戦が何年続くかも分からないんですよ? お互いに、何があるかも分からない……。
 ならせめて今のうちにって、マルさんも考えたんだと思います」
「だからってあの言い方はないと思う!」
「はい、まぁ……言い方は良くなかったですけど……」

 肩からざばりと湯を掛けられた。
 部屋は暖かかったけれど、それでも北国の冬だ、寒い……。
 さっさと済ませて、濡れた身体を拭いてもらい、夜着を身につけた。
 それを手伝いつつ、それ以上は黙っていたユストだったのだが……。

「俺も、こんなことは言いたくないんです。万が一なんて、絶対にあってはならないんですから。
 でも……やっぱり、マルさんの言うことも、一理あると思います……。
 折角今、共にいられるんですから。
 次が本当にあるかなんて、誰にも分からないんですから……」

 肩に羽織りを掛けられ、ポンと両腕を包むように叩かれた。
 その視線が俺の右手に注がれており、これを失った時、命も失っていたかもしれないことを、再確認する。

 そうして少しだけ、人生を先に歩く先達としての助言ですと、俺に……。

「後継云々は抜きにして、愛しているということを伝える手段は、多いに越したことはないです。
 言えないままぐるぐるして、離れ離れになってから後悔したくないでしょう?」

 そういう衝動が失せたわけじゃないんでしょうし。と、ユスト。求める方が健全な夫婦ですよと言われた。
 そりゃまぁ……と、いうか……思い出すのすらやばいと思うくらいに、あれは至福の時間だった。……俺にとってはだけど……。
 でもサヤは、もう嫌だと思っているかもしれない。

「一回許していただけたんですから、二回も三回も変わりませんよ」
「ゔ……だって……」

 ここではほぼ常に視線があった……それに子供らに全部筒抜けてると思うと……色々とこう……やりにくかったのだ。

 …………いや、やっぱり言い訳かな……。

 こんな状況にサヤを置いている。右手まで失って、いちいち全て、サヤの世話になっているということも、引け目になっている。

「サヤ様も待ってらっしゃると思いますけどね……。
 あかんって言ってても……本気で拒否されてたことなんて、無いじゃないですか。
 あの方も色々気を使う方です。貴方の負担になってはいけないとか、余計なことを気にされてると思いますよ……」

 そう言われ、髪のことも、湯浴みのことも、不満ひとつ溢さないサヤが、どれだけ我慢を重ねているのだろうかと、また考えた。

 それに俺は……華折りすら他にけしかけられ、その上でサヤに、手引きされたようなものだったものな。
 男としてはかなり情けないことだったよな、やっぱり……。
 いや、でも言われたからって仕切り直しするのも…………。
 あああぁぁ、またそういうことぐだぐだ考える。だからヘタレだって言うんだよっ。

「まぁ今すぐとは言いませんから……。そのうちに」
「…………うん、まぁ……そのうち……」
「えぇ。そのうちに」

 にっこりと微笑みそう言われ、こうやって筒抜けるから余計にやりにくいんだよな……と、まだぐだぐだ考えている俺の思考を、頭の中でぶん殴った。


 ◆


 そして翌日より、先ずは武器の運び出し。
 朝からサヤとは離れ、シザーとユストを伴って鍛冶場に向かった。
 サヤには、村の女性らとの交流任務が課せられていた。クレフィリアと共に、料理教室を開くとのこと。

 そうして小型高温炉の設置された鍛冶場へと訪れた俺は、ヘカルに届ける荷を使用人に扮した吠狼の面々が運び出す間、職人たちとの再会を果たすことも叶った。

「レイ様……っ」
「主、よくご無事で!」

 職人の代表者と、隣接している休憩室を借りての対面。
 俺たちがアヴァロンを追われたことは伏せているから、大っぴらに話すことも憚られたからだ。

「このようなことになってしまい、大変申し訳なく思っている。その上更に……」
「やめましょう! 貴方は何も悪くない!」
「そうですとも。あれは貴方を陥れる策謀だった。不意を突かれたのは皆同じです」

 職人の彼らも吠狼の一員であるから、事情はきちんと通っているようだ。
 そう言ってくれる彼らに、ありがとうと言葉を続けた。
 このような状況を招きながらも慕ってくれる……それがどれほど有難いことか……。

「それに……主は約束を違えたりしておりませんよ」
「えぇ。我らが獣人であることを公にすることは、アヴァロンに入る時から仰っておられました。
 そして公にした時は、こうなる可能性もあると、我々はちゃんとうかがっておりました」
「このような結果になったのは残念なことですが……それでも我々は、貴方が獣人を裏切り者の駒として切り捨てなかったことに、感謝しかございません」

 ウォルテールが裏切っていたことも、それが主に縛られての所業であったことも、全て聞いたという。その上で彼らは、そう言ってくれた。

「ウォルテールを切り捨てないでくださった……」
「たとえ縛られていても、彼はもう我らの仲間でした。だから……あれを守ってくださったことには、感謝しかございません」
「主との関係性や群れの約束事を貴方は尊重してくださる。けれどその上で、彼を守るとしてくれました」

 主が切り捨てるとしたのなら、獣人は逆らわない。けれど、切り捨てない方を選んでもらえたことが何故か、我がことのように嬉しいのだと、彼らは言ってくれた。
 駒と割り切って済ませることの方が、正しかったとしても。

「どう表現すれば良いか……言葉が上手く見つかりませんが……。来世を望めない我らには、今しかないのです……。
 ですから、何も残せない死ほど、恐ろしいものはない。
 仲間のため、後世のためと思えるならばまだ良い。けれど、主から存在することすらを否定され死ぬのは、生まれ出たことすら認めないと言われたようなもの……」
「役割の中で死ねることは幸せです。
 この命にも求められるもの、存在の価値があったということ。それを成すために命を燃やしたということです。
 ですから、あのお役目の中で命を失った者らにも、どうか詫びないでください。代わりに、よくやったと褒めてやってくださいませんか」

 そう言ってくれる彼らに……俺が今から、返せるものはなんだろう……。
 やはり、彼らの死を、無駄な死にしないことだよな……。

「……この戦いを乗り切ることができれば……お前たちだって来世を望める時代になる。
 命を賭して役目を全うしてくれた者たちにも、来世を贈るよ。
 次の人生こそ、平和に、思うままに生きられるようにしよう。
 必ず勝って、そうするから」

 誓いを、そう言葉にすると、彼らは、はい。と、力強い返事を返してくれた。
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