上 下
1,027 / 1,121

決戦の地 3

しおりを挟む
 そんな表面上は和やかな時間を過ごしていたのだが……席を外していたクレフィリアとメイフェイアが戻ってきたため、一旦切り上げ。どうやら大掃除が終わったようだ。

「お部屋の準備が、整いましてございます」
「長旅お疲れでしょうから、もうお休みになられますか?」
「あっ、そうですよね⁉︎ こんな季節にこんな僻地まで……気が回らず申し訳ない!」

 慌てて立ち上がったエリクスの向こうから、年配の女性もやって来る。マルの母親だ。
 先程はバタバタとした中でも丁寧なご挨拶をいただいた。
 湯浴みの準備を済ませてありますとおっしゃる奥方に、サヤの表情が輝く。

「まずは奥様からどうぞ。誠に申し訳ございませんが……部屋数に余裕が無く、身支度は時間を分けてしていただくしかないのです。何卒ご容赦いただければ……」

 深々と頭を下げての謝罪から始まるものだから、サヤが慌てて立ち上がった。

「いえ! このような時期に急に押しかけたのですから、お気になさらず!
 それに、私もレイシール様も、身支度には然程時間の掛からないたちなので、ご心配には及びません」
「ですが……」
「セイバーンも男爵家です。格式等への拘りはあまり無い方ですし、本当に、平気ですよ」

 にこりと笑って、では私、先に身支度に参りますとサヤが俺に言う。母親に気を使い、率先して動く事にしたのだろう。

「うん、ゆっくりしておいで。
 私は、もっとここの話を聞いておきたいし」

 そう言うと、はい。と、良い返事。
 サヤはメイフェイアに促され、小走りにそちらへ駆け寄った。
「どうせですから、女性陣は一緒に済ませましょう」と、そんな話し声の中、嬉しそうに表情を綻ばせているのが見える。

 ……天幕生活では、湯浴みもなかなかさせてやれなかったものな。

 近くに小川が流れているとはいえ、水は貴重で飲むなら煮沸必須。
 食事に使うのが優先されるので、せいぜい水や湯で濡らした手拭いで、身体を拭くくらいしかできない日々だったのだ。
 特に獣人らは、おとない無しに天幕に入ってくるので、下手に衣服を脱いでいるととんでもないことになるため、本当に気を使って身繕いするしかなかった。
 毎日風呂を使っていたという綺麗好き民族でもあるサヤには、相当堪えることだったろうに、その辺のことも何ひとつ、文句を聞いていない……。
 短くなった髪も、だいぶん艶を失ってしまっていたけれど……それにすら何も言いはしなかった。

 櫛も、油も置いてきてしまった……。もう、あの櫛は……取り戻してやれないかもしれない……。

 それどころではなかったとはいえ、本当、苦労ばかりかけ、悲しい思いばかりさせている。
 そうして今度は戦だものな……。戦場は何があるか分からないから、サヤを伴いたくない……。だけど彼女は、ついてくると言うだろう……。
 そんな風に考えて、つい表情を陰らせていた時だ。

「そうそう。この町の建造物、壁や屋根は贅沢にも丸太をそのまま加工しておりましてね、壁の厚みだけはしっかりしてるんです。
 外の冷気が中に伝わらないようにそうされているのですが、防音効果も高いんですよ」

 と、マル。

「うん……うん?」

 密談にはうってつけの構造ということか?
 後で作戦会議をするって意味だろうか……と、そう考えていたのだが。

「旅の最中や天幕では色々気を遣いましたよねぇ。あまり睦めなかったでしょうから、ここでは存分にどうぞ」

 …………⁉︎

「大丈夫。お二人の部屋はちゃんと分けてありますから、心置きなく!」

 いや、そうじゃないだろ!

「何いらない配慮してるんだよ⁉︎」
「いらなくないでしょ。貴方たち、婚姻結んでどれだけ経ったと思ってるんです?」

 真顔で言われた。
 その横で、エリクスがまんまるに瞳を見開いて俺を凝視してる。やめろ、なんで今、その話を持ってきた⁉

「ひ、人の家に来てまですることじゃないだろ。そんなことより……」
「話を逸らそうとしたって駄目です、ちゃんと真面目に聞いてください」
「っ⁉︎」

 ︎話を変えようとしたのに、それすら素気無くあしらわれる。いやだから、なんでそれを今、弟の前で当たり前の話題みたいに選ぶ……っ⁉︎
 ネタを変えろと必死で合図を送ったのだが……。

「貴方、一回こっきり交配したくらいでサヤ様が孕むと思ってんですか。人ってそんなに簡単には受胎しないんですよ」
「いっ……⁉︎」

 それを、なんでここで、暴露する⁉︎

「僕がいない間にもう少し進展してると思ってたのに、なんなんです。ほぼ全く、何も進んでなかったそうじゃないですか。
 僕、貴方たちの子にはとてつもない期待をしてるんです。お二人は人類の歩みを調べる絶好の検体なんですよ⁉︎」
「進んだよ! ちゃんと婚姻結んだし、もう夫婦になっただろ⁉︎
 ていうか、俺たちを実験材料にするのはやめろって!」

 そういうことかっ!
 サヤが純粋な人かもしれないから、誰かと交配させてその子の匂いを云々言ってたやつだな⁉︎ 諦めてなかったのかよ‼︎

「俺たちの部屋を分けるくらいなら、よっぽどオブシズを分けてやった方が良くないか⁉︎」
「ちょっ、巻き込まないで⁉︎」
「新婚なのは一緒じゃないか、しかもお前たちの方がよっぽど……」
「わー! 言わない! 言うんじゃないそんなこと!」

 ぎゃーっと大騒ぎになった俺たちを、半ば呆然とエリクスが見ている。
 取り繕うこともできず、困ったように笑われて居た堪れなさしかない! ほんとお前は、口の出し方考えてくれよ!
 常々そう言ってるのに全く、何も配慮してくれない。全然話を打ち切りにできないまま更に言い募ってくるからほんとたちが悪い。
 それどころか、まるで常識を説くみたいに言いやがった。

「あのですね、オブシズは良いんですよ。家名捨ててるんですから、後継とか全然気にしなくて良いんで。
 だけど、貴方は違うでしょ。励んでもらわないと困るんですよ」

 いや、もう立場は追われたんだから一緒だろ!

「これから忙しくなるっていうのに、一体どこで種付けするつもりなんですか」
「種付けとか言うな! そっとしといてくれ! 大体俺たち子は……」
「そっとしといたら半年間何もしなかったって聞きましたよ⁉︎」
「誰だ、こいつにいらないこと言ったのは!」

 とりあえずマルを引っ掴んで部屋の隅に移動した。
 俺たち子はできないかもしれないって言ったよな。だから養子を考えてるって言ったじゃん! お前も承知したじゃん! と、小声で必死に説明をする。
 まさか忘れてないよな⁉︎

「や。それとヤるかどうかは別問題でしょ」
「言うなって言ってるだろー‼︎」

 なんなのお前、なんでそんなに波風立てたがるー⁉︎
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?

妹に陥れられ処刑決定したのでブチギレることにします

リオール
恋愛
実の妹を殺そうとした罪で、私は処刑されることとなった。 違うと言っても、事実無根だとどれだけ訴えても。 真実を調べることもなく、私の処刑は決定となったのだ。 ──あ、そう?じゃあもう我慢しなくていいですね。 大人しくしてたら随分なめられた事態になってしまったようで。 いいでしょう、それではご期待通りに悪女となってみせますよ! 淑女の時間は終わりました。 これからは──ブチギレタイムと致します!! ====== 筆者定番の勢いだけで書いた小説。 主人公は大人しく、悲劇のヒロイン…ではありません。 処刑されたら時間が戻ってやり直し…なんて手間もかけません。とっととやっちゃいます。 矛盾点とか指摘したら負けです(?) 何でもオッケーな心の広い方向けです。

処理中です...