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反撃の狼煙 12

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「な……なんだって⁉︎」
「頭蓋の仮面を外し、素顔を晒してくれと言ったんだ。
 そして村に派遣する獣人は、その村や、近隣の村の出身者を優先して配置する。
 つまり……貴方がたの故郷を守ってもらう」

 その言葉に、今までより大きな動揺が場を占拠した。
 獣人らは、故郷を避けて活動してきているのだ。彼らは皆が狼の餌として荒野に捨てられる。つまりもう、死んだことになっている。
 なのに顔を晒せと言う。生きていることを、敢えて示せと。

「……何考えてやがる⁉︎ 俺たちは……」
「そうだ。獣人だと知れたら群れを追われるという、その掟を打ち捨ててもらう。
 どうせ知ってる人は、お前たちが獣人だと分かってるんだから、今更気にするな。そんなことを言ってられる状況でもないしね。
 守る村や町には、貴方たちがどこの誰かを知っている人がいるだろう……。もしくは、近隣の村々に、容姿の似た者たちの家庭があることを、知っているだろう。
 だから、貴方たちがただの獣人ではないと理解する。かつて捨てた、腹を痛めて産んだ愛し子たちだったと、理解するんだ」

 自ら打ち捨てた子らが、命を賭けて、捨てた側を守るのだ。
 その子らが傷付き、倒れ、果てていく姿を目にする……。それと共に、自分たちが貴方たちにどんな仕打ちをしてきたかを思い起こすだろう。

「揺さぶるんだよ。人の心を。
 本当の悪とは何か。自分たちのやってきた所業こそが悪ではなかったのか。それを叩きつけてやるんだ。
 罪悪感が、彼らの綺麗事へと逃げる気持ちを叱責するだろう。
 大抵の人は小心者で、善良だよ……だから余計に、これが堪えることになる。
 目を背けることなどできなくさせる。贖罪の気持ちは、貴方たちのことを言葉にすることを選ばせる。
 勿論、そうなるよう下準備も行うさ。逃がさない……語ってもらう、何が何でも。
 私の吠狼は、そういった情報に関してのことの専門家でもあるからね。必ずやり遂げると約束しよう」

 俺の言葉に表情を強張らせたまま、信じられないものを見る瞳を向けてくるルドワー。
 俺は周りを見渡して、更に畳み掛けた。

「その下準備を済ませた上で、神殿を告発する。
 私は悪魔の使徒として国を追われた身だが、国を守った側に立つことになる。悪とされてきた、貴方たち獣人の手を借りてだ。
 そうしてスヴェトランと手を組み国を売った神殿を、彼らこそが真の敵だと告げる。
 その証拠は国境の山脈の裏を探せば出てくるんだ。その時までに必ず見つけ出して見せよう。
 それを材料にして、神殿の自作自演を国に認めさせ、教義を撤回させる。我々が獣人としている者たちが、我々と同じものであると認めさせる。
 だから貴方たちは……」

 ぐっと腹に力を込めた。

「命さえ賭けてくれれば良い」

 戦ってくれ。命の限り。

「武勇を、これでもかと示してくれ。雄々しく戦って、あらん限り存在を叫び、散ってくれ……。そうしてこの国を守ってほしい。
 その後は、私が国と戦う。貴方たちを勝たせるために。
 今世の命を、無駄死ににはしないと誓う。必ず貴方たちを、国を守った勇者にする。
 そうして、散った貴方たちの来世が、人であろうが、獣人であろうが……もう、誰かの犠牲にならなくて良いものにしてみせる」

 真っ直ぐにルドワーの瞳を見返して、正直に言葉を告げた。
 獣人同士で血を流し、人のために命を捧げてくれと。
 その代わり、必ず貴方たちを人にする。俺の一生を賭けて。
 必ず、生きている限りそれを目指す。形となるまで、必ずだ。

 その宣言を、ルドワーとヘカルが無言で受け取った。
 獣人を束ねる主たちの、更に束役である彼らが是とすれば、荒野の獣人全てが従うことになる。
 彼らの号令で死にに行く。
 アヴァロンで失った以上の命を、俺の言葉が死なせるのだ。

 暫くの沈黙の後……。

「……最後にもうひとつ聞くが……」

 ルドワーは、そう言って。

「お前が獣人にそうまで求め、行動する理由は何だ」

 俺に問うた。

「……人生の半分を、共に歩んできた従者がいたんだ。彼が、獣人だった。
 ここに来る時、俺を生かすために死んだ」

 盾の襟飾を与えた、俺の初めての従者で、俺が初めて選んだ運命。
 ハインが自分を嫌わないでいられる世界を作るんだ。せめて……来世くらいは。

 その言葉でルドワーは腕を組んだ。
 俯いて、熟考……。
 ヘカルも視線をどこか遠く……西の方に据えていた。

「……俺たちが人の住処に出入りすることを、人は受け入れると思うのか?」
「そのための下準備も始めている。
 貴方たちにも、同じようにしてもらえば受け入れるようになるだろう。
 無論、調査も兼ねて、吠狼からその交渉や準備ができる者を向かわせる。
 あと仮面は、当日までは被っていて構わないよ。
 戦いの時にだけ、外してくれたら良い」
「……襲撃してくる相手も狩猟民の仮姿でやって来るでしょうからね。
 下手に顔を隠していたら、同士討ちになりかねないという理由もあります」

 マルの補足に、俯けていた顔を天に向けたルドワーは、深く眉間に皺を刻んで唸った。そして……。

「西の。どう思う」
「初めっから選択肢は無いって言ったのはあんただろ」
「そうじゃねぇ。この戯言の方だ」
「だからそう言ってる。その襲撃を叩かなきゃあたしらは殺られる側一択なんだろ。なら、殺る側に立つよ。中身が何だろうが関係ないね」

 西のヘカルは話を受けてくれるようだ。
 その手にはずっとクロスボウがあり、いたく気に入ってくれた様子。
 その返答にチッと舌打ちしたルドワーは、次に視線をリアルガーに向けた。

「……坊主、勝機はあるのか」
「地の利はこっちにある。
 その上あっちは山脈越えで体力を消耗してるからな」
「…………村の奴らが、俺らの背中を刺さねぇ補償なんざねぇだろ」

 吐き捨てるように言った。
 もしかしたら……どこかの村と確執があるのかもしれない。
 獣人らを見渡してみても、不安そうに視線を落とす姿が多かった。

「それに俺ぁ……あの連中を庇ってやる気には、これっぽっちもならねぇよ」
「……うん。だから、人を守れとは言わない」

 そう答えたら、また「はぁ⁉︎」という声。

「おま……っ、人の村守って戦えっつったろ⁉︎」
「うん。けれど、人を守る必要は無い。村を奪われないことが肝心なんだ。
 そこをスヴェトラン側の拠点にされては困るんだよ」
「…………人は、ほっといて良いってんだな?」
「貴方たちにしてきたことの報いだと納得してもらうさ。
 肝心なのは、貴方がたが獣人と戦うこと。そして村を奪われないことだ。人の命までは求めない。
 ……まぁ、全て死なれてしまっては、貴方たちのことを伝える者がいなくなるからね……ある程度は残してほしいけど」

 敢えて突き放した言い方をしたのは、彼らにそこまで求めるのは勝手すぎると思ったからだ。
 獣人にだけ血を流せだなんて……言えない。

「だが……どうかお前たちの未来のために、受けてくれ」

 そう言い頭を下げると、はぁ……という、重い溜息が聞こえた。

「…………チッ、どうせ受けない選択肢はねぇくせによ……」
「それでも。貴方たちの言葉で承諾を頂きたい」

 そうして頭を下げたまま、暫く待った。
 どれくらいそうしたか……もう呼吸の数でも数えようかと思い始めた時……。

「わぁったよ! 受けりゃいいんだろ」

 と、半ば投げやり気味に、ルドワーは吐き捨てた。
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