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反撃の狼煙 5

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 マルの持ち帰った荷物は主に武器類。橇三台にたっぷりと積まれていた。
 よくこの時期にこれだけ確保してきたものだと呆気に取られていたのだが……。
 その中に見慣れない構造のものがいくつかあり、まずはそれのひとつを手に取った。

「……弓?」

 弓の一種なのは分かる。だが胴体は極端に小さく、中心に長い棒状の部品が取り付けられていた。金具が幾つか飛び出した不思議な構造。
 形としては弩に近いが、それにしては小さく…………って、これは……。

「サヤの国の武器?」
「クロスボウと言うそうですよ。まだ試作品なんですけど、構造は意外と簡単なものだったので、なんとかひとつ間に合わせました」

 いやぁ、鋳造できると色々が楽で良いですよねぇと、当たり前のように言ったけれど……っ。

「アヴァロンまで行ってきたのか⁉︎」

 い、いや……それでは十日だと頑張っても片道分だし……そもそも俺たちはお尋ね者状態。行けば捕縛は免れなかったろう。
 だけど鋳造のできる炉がある場所って、そうそう無いよな⁉︎
 なにせ耐火煉瓦は言ってもまだ高価だし、そもそも石炭は必ずオゼロから購入しなければならない。そうなれば当然目立つわけで…………っ!

「そんなわけないじゃないですか。これは、近くのとある町から確保してきました」
「…………町」

 近くにそんな町、あったか?

「僕の生まれた町ですよ。まぁつまり……アヴァロンの飛び地です」
「と、飛び地⁉︎」

 聞いてないよ⁉︎

 あっさりと言われたけれど、全く記憶に無い。許可をした覚えも無い!
 ていうかそれ以前に他の領地に飛び地とか勝手に作っちゃ駄目だろ⁉︎

「領地ったって荒野は単にくっついてるだけの扱いですし良いんですよ。
 だいたい、今日に至るまで誰も何も言ってきませんし……」
「言われる時は領地侵害で訴えられる時だろ⁉︎」

 それはアヴァロンに敵を作った時だよ! 何してくれてんだよ、前からちょいちょいそういうのあったけども‼︎
 ここに来て頭を抱えることになるとは思わなかった……。どうしよう。なんて言い訳すれば良いんだ。他領に勝手に飛び地作ったって!

「どういうことか一応説明してくれるのかな⁉︎」
「はいはい。なに、簡単なことですよ。
 オゼロからアヴァロンって遠いじゃないですか。そして木炭と違い、石炭や耐火煉瓦の製造量は、まだ然程多くありません。
 それをいちいちアヴァロンまで送ってたのじゃ、人件費ばかり嵩むんですよ。
 それで……僕の町を集積地として、荷を一定量になるまで保管させてもらうことにしました。
 その手続きは当然しておりますし、レイ様に許可も頂いてます。保管費用もアヴァロンより支払ってましたよね」

 それは覚えている……。一定量が確保されるまで立地的に近いマルの出身地で倉庫を確保する方が、断然費用が抑えられたのだ。
 マルの出身地を利用したのも、信頼度の関係で。そしで荷物等の受け取りに不備はなかったし……特に問題も起きていなかったはず……。
 ならば石炭が送られる前で、たっぷり確保されていたのを、この際だからと利用したということなのだろう。
 だけど問題は耐火煉瓦だ。
 帳簿上は差異など出てなかったはず。マルが勝手に使っていた耐火煉瓦はどこから捻出された?

「送るったって全部まるっと運び出す必要無いんでねぇ。
 一部、倉庫にあることになってる分と、破損したとして破棄した分と……その辺りを使わせてもらいまして、理論上作れるはずの小型高温炉を試験的に作ってみちゃったというか」

 ちょろまかしてたのかよ⁉︎
 小型と言っても炉だろ、結構な量使うよな⁉︎

「前に、サヤくんが面白いことを教えてくれたんですよ。
 かつて彼女の世界では、半分地下に埋まった高温炉を利用していたらしいって。
 成る程と思ったんです。地下を利用して保温力を維持するとは流石だなと。高低差・温度差を利用して自然な空気の循環も起こりますし。
 で、北はセイバーンみたいに地下水等にも恵まれてませんからねぇ。と、いうことは、炉には適している。
 実際サヤくんの世界でも、緯度の高めの場所で、その炉は多く見つかっているそうで……。
 ただ、問題はやはり送風。自然の循環だけで足りるわけがありません。
 効率良く高温を維持するためには、更なる空気の循環が必要なんです」

 頭を抱える俺など意に介さず、マルは絶好調に言葉を並べた。

「で、相談しましたら、サヤくんの国では人力の吹子から、異国より伝来した水車を利用した吹子に切り替え、飛躍的に製鉄産業を活性化させたというじゃないですか。
 僕の町は谷間にあるので、ここら辺じゃ珍しく小規模ながら滝がある。山脈の雪解け水が地中を通って流れ出ているので、この季節でも凍りません。こりゃ使わないとと思いましてね!
 あと僕って一応あそこじゃ名士扱いなんですよ。だから町では結構勝手ができるんです。
 セイバーンの威光も効くんですよ。なにせ自領の領主よりよっぽど利益をもたらしてくれますから。
 それで荒野の利点を活かして、色々進めさせてもらいました。アヴァロンに職人も研修に出してましたし。
 今はアヴァロンから避難した獣人の職人も匿ってもらってまして、働き手も確保できてるんですよねぇ」

 話してる規模的に、ここ最近のことじゃない……。これはかなり前から、色々をやらかしてる……。
 ていうか拠点村を興す時点からきっと着々と進められていたに違いない。
 研修の職人も、マルを頼り、マルも率先して受け入れていたのだろう。
 まぁ分かるよ。北が農耕に適さない地である以上、牧畜か、加工品で生活を支えていくしかないのに、立地が荒野だ。

 北の荒野は、スヴェトランとの国境沿いに東西へと横たわる山脈。その根本に広く、帯状に広がっている。
 面積としては広いが、実際に『北の荒野』という地域は存在しない。それぞれの領地の、領土の一部ということになっている。
 ようは見放された土地……ロジェ村のような、捨て場に近い扱いだった。
 山脈沿いに張り付いた、草しか生えない、役に立たない部分……。
 農耕に適さず、水源にも然程恵まれていない。雪は馬鹿みたいに降り、夏は短い……。
 山脈の根元に多少の森林があるものの、あとはだだっ広い草地が広がるだけの場所。間違っても住みやすい土地ではない。
 では何故人は荒野に住むのか……。

 荒野では土地の税金は求められない。住むのは勝手で、土地も好きに利用して良いからだ。
 だが、代わりに、領地からの援助も無い。牧畜を生業とするから、草地が必要だからそこにいるしかないだけだ。
 そして条件の良い場所を得られなかったのなら、行ける場所に行って住むしかない。

 狩猟民らから獣を買って食い繋ぐ村には、そんな村が幾つもあり、マルの出身地もそのうちのひとつだったはずだ。

「町の現在の代表者は僕の弟です。
 だから、弟が黙っていれば、領主は知りようがないんですよ」

 体格に恵まれず、地元では死ぬと判断されたマルの代わりに、役人であった親の家業を引き継いだのは、ひとつ下の弟と聞いていた。つまり……。

「町ぐるみってことか……」
「そういうことです」

 そんな規模にしてよく周りにバレてないな……。

 そう言いたかった俺の気持ちを、マルは言葉にせずとも汲んだらしい。
 にんまりと笑って。

「条件が揃った土地柄なんです」

 と……。
 全く反省してないな、これは……。
 だけど…………。

「……今回に関しては、良かった……と、思おう」

 割り切ることにした。どうせ今更嘆いたところで仕方がない。
 なにより鋳造のできる炉と、その燃料を確保できているというのは、相当な強みになる。
 それに今後、どうせのことなのだ……ならば、遅いか早いかだけの話だ。
 無理矢理そう自分を納得させることにした。無理矢理である。なのにマルときたら……。

「レイ様の胆力、更に磨きがかかってきた感ありますねぇ」

 誰のせいだよ……っ!
 ていうか、勝手に研磨されていくんであって、磨いてるんじゃないからね⁉︎

「…………今度から実行するにしてももう少し早く、相談ないし報告して……」
「畏まりましたぁ」

 軽く言われたけれど、絶対に畏まってないやつだなというのは、表情を見なくても分かった……。
 まぁ良い……とにかく、これだけの武器を確保できたっていうのは大きい。
 これを足掛かりにして、他の狩猟民たちと取引できる。

「試作品の使用感は確認済み?」
「えぇ。そちらも問題無く。飛距離と威力、精度等は別紙に纏めています」
「分かった……じゃあまずは確認させてもらう。……有り難く使わせてもらうな……」
「はい。それから、材料がある限り、武器の製造は指示してきました。レイ様の仰った通り、遠距離武器に比重を置いて」
「うん」

 獣人らのこれからの生活を考え、ついでにスヴェトランからの進撃も防ぐため、マルの手に入れてきてくれた武器を使って交渉するのは、俺の役目だ。
 先ずはサヤを呼んで、この新たな武器について教えてもらうことにした。

「あと、レイ様の義手ですが、流石に本人無しで調節はできないとのことで、やっぱり出向くしかないみたいです」

 マルの言う伝手はつまり、マルの町だったらしい。
 そこで俺の義手も製作を進めていると……。

「……分かった。ここのことが一区切りついたら、出向けるよう調整しよう」

 早く手に入れたい。少しでも身体を慣らす時間を確保したいから。

「夜の会合……できるだけ早く決着がつくよう、頑張ってみよう」

 できれば一日で話を纏めたいんだがな……。
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