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反撃の狼煙 3

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「貴族社会は大を選び小を切り捨てる。
 今まで通りを選ぶ可能性が、極めて高い。
 例え王家の危機に対する進言を、有難いと受け取ったとしても……ね」

 利用はするが、見返りは期待できないと……。

「フェルドナレンに三方向からの進撃がある以上、戦力を三分割することはやむを得ない。
 そうなると、この広い荒野に割く兵力は望めないよ……。訴えたところで、ここに兵は派遣されないだろう……」

 当初の読み通りの返答。
 北の荒野は広大すぎる……。そこに少々兵を派遣したところで焼け石に水。
 だからこそ荒野を捨て、防衛戦は内側に敷かれるだろうと、俺たちも判断した。

「無論承知。ですから俺が求めているのは、兵力を割いていただくことではございません」

 そう言うと、意外そうな表情をしたのはグラヴィスハイド様だけではなかった。
 警備の方々も、オブシズたちもだ。

「…………? では、陛下の御身のためだけの、進言なのかい?」

 その言葉に俺はグッと、腹に力を込める。
 これが肝心。今回の肝になる。

「国が勝利した暁には、かつてのお約束である、褒賞をいただきたい……と、そうお伝え願えませんか」

 その言葉に、グラヴィスハイド様は瞳を見開き、共の方々は唖然と口を開いた。
 国を追われた者が、国に褒賞を願い出るだなんておかしな話だものな。

 けれど陛下は、この言葉で思い出すだろう。
 嘗て自分自身が、今の地位に立てぬ身であったこと。それを振り切り、国王となった経緯を。

「……その褒賞で、兵の派遣を要請するのかい?」
「いいえ。荒野からの侵略は、『我々』が阻止します。褒賞はその後、俺が職務に戻ってからですね」

 戻る気なのか⁉︎ と、警護の方々が、呆気に取られた表情で口を半開きにして、俺を見る。
 そりゃ戻るさ。戻らなけばならない……。

「侵略を阻止……できるのか?」
「するつもりです。我々だってフェルドナレンの民だ。国を荒らされることを、快く思うはずがございません」
「……お前はその国に、追われているのに?」

 その言葉に俺は肩を竦めてみせた。

「なに、ちょっとした誤解が生じているだけですよ」

 そのうえで、左胸の前に、手先の失くなった右腕を添えて居住まいを正す。

 本来ならば、右手で心の臓を表すのだけれど……それはもうできない。
 けれど俺の誠は、この心臓に賭けて、言葉で伝える。

「私は陛下にお仕えすると任命式で誓いました。その言葉は、今現在においても嘘偽ございません。
 私はまだ、陛下の臣。陛下に忠誠を誓っております。
 私は今日まで、常にフェルドナレンの未来を、『皆で幸せになれる未来』を模索してきました。
 ただその皆は……ここの皆獣人も含む『皆』なのです」

 ずっと前から同じ目的なのだ。何も変わっていない。
 初めから、そのために俺たちは歩んできた。この時だって、歩みを止めるつもりは無い。

「獣人らだって、フェルドナレンの民なのです。だから、ここを守るために戦う。我々フェルドナレン国民全ての、幸福な未来のために。
 そのことをどうか、ご理解いただきたい。目を背けないでいただきたい。そして、それを成し得た時は、良くやったと、讃えていただきたい。
 我々は国への忠義を、命を賭けて示します。それを、どうか無いものとして扱わないでほしい……」

 獣だと、切り捨てないで……。

「ここの獣人らは、生活の苦しい北の地を支えるため、今までずっと、命懸けでフェルドナレンを支えてきました。
 彼らがあったから、今のこの国がある。何百年とそうしてきた獣人らに、これ以上の犠牲を強いる世を、陛下はお望みでしょうか。
 獣人を悪にしてきたのは、我々です。そしてこれからはそうしない。そこを正すのも、我々でなければなりません。
 そんな豊かな国を作る。それも我々だ。
 誰かが犠牲にならなければならない世は、陛下に相応しくございません」

 王家だって、その犠牲の一端を担っていた……。
 それを陛下は、自覚していらっしゃる。
 かつての貴女と同じ立場である者たちを、貴女は切り捨てるのですか? と、貴女の背を押した俺が聞くのだ。
 無視しないでくださいね……と。

「それに私は有用ですよ。
 今まで以上に、この国を豊かにするとお約束します。
 獣人を礎から解き放ったとしても揺るがない、フェルドナレンの新たな礎を、創り上げてご覧に入れましょう。
 そのためにはまず、このフェルドナレンが、フェルドナレンでなければならない。
 だから褒賞を頂くのは、国の平和を確保し、私が職務に戻った後です」

 シンと静まった天幕の中で、パチンと囲炉裏の薪が爆ぜた。
 俺が語る間、ただ黙って俺を……俺の色を見ていたグラヴィスハイド様は、ひとつだけ静かに、息を吐いてから……。

「……命乞いをするでもなく、弁明をするでもなく、国の未来の話なのかい?」

 と、俺に問うた。

「私にとって今の立場それは、取るに足らない瑣末ごとですから」

 このために俺は歩んできた。これからも歩むのだ。
 そしてそんな平和で幸福な世界が、サヤと俺の、幸せだ。


 ◆


 晩は、幾人かの獣人らも交えての会食を行い、俺の客とだけ説明したグラヴィスハイド様らに子供たちが群がっていたのだが……その光景はなんとも不思議なものだった。

「耳や尾を触っても良いかな?」
「痛くしない?」
「しないよ勿論。……うわぁ……ふかふかだね」
「くすぐったいっ」
「お兄さんは僕らが嫌じゃない?」
「嫌じゃないよ」
「お兄さんの友達のお兄さんも、優しいんだねぇ」

 物怖じしない子供らはグラヴィスハイド様に興味津々で群がり、護衛の方々も生きた心地がしない様子であったものの……そのうち段々と、微妙な表情になっていった。
 幼子らはただひたすら無邪気。生まれてすぐ捨てられてここに来るから、人の怖さを知らない者も多い。
 そして幼い子ほど、その傾向が強い。
 最近は特に、交換に出向いた先でも良くしてくれる人がいるものだから……普段以上に警戒の垣根が低かった。
 グラヴィスハイド様の表情が、とても柔らかかったことも関係しているだろう。
 内面が色で見えてしまうグラヴィスハイド様に、子供らはどう見えているのだろうな。

 護衛の方々もはじめはやはり表情が固く、緊張している様子ではあったけれど、武装した大人のいない場所で、子供相手に武器を抜くわけにもいかない。
 何より護衛対象のグラヴィスハイド様が率先して子供らに構うものだから、手や口を出しあぐねているようだった。
 その戯れる子供らと護衛の方々の間に、耳を一部切り落とされ、身体中が刃物傷だらけのウォルテールが座り、無言で食事を口に掻き込んでいるのを、なんともいえぬ顔で見ている。
 まさかアヴァロンでの獣化事件張本人ですよとも言えず、とりあえず放置してたのだけど……。

「海? 見たことあるよ」
「ほんとう⁉︎」
「塩味なの?」
「濃すぎる味がするかな……辛いと言うより、えぐい……苦い?」
「海全部がそんな味なの? お魚は苦くならないの?」

 ウォルテールが決して、心穏やかに食事を楽しんでいたわけではないことも、理解していたと思う。
 何も言わなくとも、万が一、子供らに危害を加えられぬよう、全身で緊張し、庇う位置に陣取っているのだと。
 それでも……子供らの好きにさせているのだと……。

 何も知らない……。
 この雪原の外を、一度も見たことがない。
 そんな子らがいるかと思えば、よく命があったと思わずにはいられないような、傷だらけの者もいる……。
 年寄りは存在せず、体の部位を欠損しているのが、俺一人なんてこともなく……。
 ここがどういう場所か、その目と耳と身体で、彼らは理解してくれたろう。
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