上 下
1,011 / 1,121

少し前の話 24

しおりを挟む
「戦場…………?」
「開戦……スヴェトランと⁉︎」
「え、ちょっと待って……ください。我々の種の話がなんでいきなりそんな話に?」

 混乱で頭がついてこないといった様子の皆に、あーごめん……と、謝ったのは、俺も上手く説明する方法が思い浮かばなかったからだ。

「種の話をしたこととも、無関係ではないんだよ。
 神殿の裏の顔……これが狂信者と我々が呼んでいた相手であり、今回一連の首謀者だ。
 そして彼らは…………獣人を支配し、利用している」

 少なくとも五百年前からこれは続けられていた。
 王家の血を操ることをしたその人物が、ここの獣人らを濃縮していく方法も、模索したのだろう。

 もしくは…………それより更に、ずっと、前から……。

 だけど現状をややこしくするのは得策ではないと考えた。
 だから、とりあえず今は、国の今後を左右する問題を先に、皆に理解してもらう。

「その獣人らを利用し、スヴェトランと共謀して、フェルドナレンに攻め入るつもりなんだよ。この……荒野から」

 俺の言葉にウォルテールが身を強張らせ、青ざめた顔で視線を足元に落とす……。
 生まれた時から、狂信者は獣人らに、存在の秘密を徹底して叩き込むのだと、前にハインが教えてくれた……。
 だから俺がこの話に触れても、ウォルテールは視線を逸らして口を噤む。狂信者については何も語らないし、自ら触れることは一切しない。
 でもそうと知ったならば、彼の反応こそが、言えないということこそが、答えだ……。言葉にすることすら許されないほどに、支配されている……。

 俺の言葉により、一番早く状況を理解したのはオブシズ。

「……つまり、あの侍祭は……」
「裏の人間だろうね。動き的に……執行官と言われる役職であったんじゃないかな。
 大司教様は表の人間で、事情は知らないのだと、俺は考えてる」
「……成る程。状況的に、表も裏に操られていたっぽいですしね……」

 オブシズの言葉に、マルが首肯。

「まぁ証拠は確保していないので憶測なのですが、神殿の本当の頭脳は裏にあるのでしょう。
 そして表を傀儡として操り、今までも色々を演出していたのだと思います」
「色々……?」
「例えば今回我々がされたみたいなことですよ。
 あとは目障りな者を獣人に襲わせて始末したり、その獣人を成敗して正義を示したり……とかね」

 マルのその言葉に慌てて噛み付いたのはユスト。

「……じゃあ、あの一連が、神殿の自作自演だって訴えれば……!」

 それに対しマルは。

「証拠がありませんもん」
「それは……っ」

 その言葉でユストの視線がウォルテールに向いた。
 ……けれど、悔しそうに拳を握る……。彼では証拠にならないと理解したのだろう。
 たとえウォルテールが語る決意をしたとしても、獣人である彼では、証拠にはならない。野の獣が吠えただけの扱いだ。

「どちらにしても、ウォルテールは語れません。狂信者の元で造られた獣人は、教育を徹底されている。
 彼らにとって主と古巣の命令は絶対。
 正直、もう一度侍祭殿と対面した時……ウォルテールがまた奪われる危険性だってあると、僕は考えてます」

 マルの視線により一層、ウォルテールは身を縮こませる。

「……信頼云々の問題ではなく……獣人にとって主とはそれくらい強いしがらみなんですよ。
 自らの命よりも優先されるほどにね」

 明らかに自分を殺そうとしていた姉に、抗えなかった……。
 それくらい強い絆……。

 だがこれは、主と獣人の関係だけのことではないと、俺は思っている。

「…………支配されているのは、ウォルテールたち狂信者の元で生まれた獣人たちだけじゃないよ」

 俺の言葉に、皆の視線がこちらを向いた。
 その一人一人の顔を見て、今の現状を、正しく理解してもらうために「ここにいる俺たちも全て、支配されている」と告げた。

「信仰という形の支配だ……。
 俺たちも、獣人を悪としてきた。
 そんな世の中を作ることに加担してきたろ……。
 これだって支配だ」

 獣人の血は、自分の中にも流れている血の一部なのだ。
 今更切り離せない。これからもずっと、共に歩むものなのに。

「そう。重要なのは、そこなんです。
 神殿がこの遺伝というものの仕組みを、知っていたということ。
 獣人が悪魔の使徒なんかではなく、我々と同じ種であること……人と獣人は疾うの昔に交わり、ひとつになっていること。
 僕らがサヤくんから聞き、知ったことを……異界の者の特別な知識を、有していたということです。
 少なく見積もっても、五百年前から承知していたと思われます。
 けれど、神殿の構造を考えると……更にもっと昔にも、渡人の取り込みがあった可能性がある」
「あ、あの……その渡人……っていうのがよく、分からないんですけど……」

 おずおずとそう言葉を口にしたのはイェーナ。そしてそれに頷くウォルテール。
 ウォルテールもサヤが狙われる理由は理解していなかったよう。獣人は、手駒でさえあれば良いということなのだろうな。

「そうですね。その説明もしなければ。
 渡人。と、いうのは……」

 そうしてマルは、サヤという奇跡の存在についての説明を始めた。
 四年近く前……俺がたまたま出会い、引き入れてしまった、異世界の民であるということをだ。
 そしてどうやらそれは、サヤが初めてというわけではないらしい……。

「この地方の伝承や御伽噺。特に馬事師らの関わる話に出てきた異国の民を、ここらでは渡人わたりびとと呼んでいました。
 てっきりスヴェトランやジェンティローニ……または、ジェンティローニの更に向こう側の、海の彼方から流れてきた流民だと考えていたのですけどね。
 馬事師らの中では伝説的な人で、今では創作人物とまで考えられていたその渡人が、サヤくんと同じく、異界からこの世界に迷い込んだ人であったようです。
 名前も何もかもが不明とされていますけれど、馬事師らの逸話には、渡人のサトゥルとか、サト……コハーシュやコハシ……といった、いくつかの名が出てきます。
 その渡人が、伝説の名馬を生み出し、今の馬事師らの礎を築いたという物語でね……。
 その渡人は、サヤくんと同じく、生命の神秘である、遺伝の仕組みを知っていたのでしょう。
 種の設計図に優先度があることを利用して名馬を産み出し、それを足掛かりとして神殿に取り入り、出世を繰り返した。
 そして王家の婚姻までも左右するほどの立場となった。
 ……本来、貴族でないうえ流民ならば、そこまでの地位が与えられることはありません。
 それでも彼は出世した。それだけの貢献を神殿にしたとみなされていたのでしょうね。
 その貢献の中に……獣人の再現も含まれていたのではないかと、僕は考えてます」

 マルの言葉にごくりと唾を飲み込む一同。
 この北の地が……獣人を集め易い構造になっていたのは、五百年よりも更に前から……。
 それこそ、大災厄直後からかもしれず、少しずつこの形になっていったのだとしても、そこに関わった渡人がいたからこそ、こうなったのかもしれない……。と、そう考えているということ。

「つまり神殿は……獣人を利用し続けてきているわけです。そして今回も、そのつもりだ。勿論、手放すつもりなんて無いんです。
 彼らにとって獣人は、人の敵であってほしい存在なのでしょう。
 まぁ、教義を考えればそれは当然です。獣人は、堕ちた人の成れの果て。絶対的な悪であると謳っています。
 ここを覆されてしまうと、神殿は成り立ちませんからね」
「これからも、覆すつもりは無い……」
「当然そうでしょう。そして今回は上手い具合に使える人物……そう、僕らがいたわけです。
 僕らが獣人を使う悪。
 スヴェトランと内通し、国を裏切り、戦を仕掛けてきたとしたわけですね。
 今後をどうすると考えているか……結果は大まかに二つでしょう。
 フェルドナレンの勝ちか、スヴェトランの勝ち。
 前者の場合は、裏切り者の僕らを討伐することで、僕らの主張を打破し、フェルドナレンの中枢に返り咲く。
 後者の場合はスヴェトランを据えた新たな国を興す……です」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

旦那様、私は全てを知っているのですよ?

やぎや
恋愛
私の愛しい旦那様が、一緒にお茶をしようと誘ってくださいました。 普段食事も一緒にしないような仲ですのに、珍しいこと。 私はそれに応じました。 テラスへと行き、旦那様が引いてくださった椅子に座って、ティーセットを誰かが持ってきてくれるのを待ちました。 旦那がお話しするのは、日常のたわいもないこと。 ………でも、旦那様? 脂汗をかいていましてよ……? それに、可笑しな表情をしていらっしゃるわ。 私は侍女がティーセットを運んできた時、なぜ旦那様が可笑しな様子なのか、全てに気がつきました。 その侍女は、私が嫁入りする際についてきてもらった侍女。 ーーー旦那様と恋仲だと、噂されている、私の専属侍女。 旦那様はいつも菓子に手を付けませんので、大方私の好きな甘い菓子に毒でも入ってあるのでしょう。 …………それほどまでに、この子に入れ込んでいるのね。 馬鹿な旦那様。 でも、もう、いいわ……。 私は旦那様を愛しているから、騙されてあげる。 そうして私は菓子を口に入れた。 R15は保険です。 小説家になろう様にも投稿しております。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

処理中です...