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少し前の話 24
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「戦場…………?」
「開戦……スヴェトランと⁉︎」
「え、ちょっと待って……ください。我々の種の話がなんでいきなりそんな話に?」
混乱で頭がついてこないといった様子の皆に、あーごめん……と、謝ったのは、俺も上手く説明する方法が思い浮かばなかったからだ。
「種の話をしたこととも、無関係ではないんだよ。
神殿の裏の顔……これが狂信者と我々が呼んでいた相手であり、今回一連の首謀者だ。
そして彼らは…………獣人を支配し、利用している」
少なくとも五百年前からこれは続けられていた。
王家の血を操ることをしたその人物が、ここの獣人らを濃縮していく方法も、模索したのだろう。
もしくは…………それより更に、ずっと、前から……。
だけど現状をややこしくするのは得策ではないと考えた。
だから、とりあえず今は、国の今後を左右する問題を先に、皆に理解してもらう。
「その獣人らを利用し、スヴェトランと共謀して、フェルドナレンに攻め入るつもりなんだよ。この……荒野から」
俺の言葉にウォルテールが身を強張らせ、青ざめた顔で視線を足元に落とす……。
生まれた時から、狂信者は獣人らに、存在の秘密を徹底して叩き込むのだと、前にハインが教えてくれた……。
だから俺がこの話に触れても、ウォルテールは視線を逸らして口を噤む。狂信者については何も語らないし、自ら触れることは一切しない。
でもそうと知ったならば、彼の反応こそが、言えないということこそが、答えだ……。言葉にすることすら許されないほどに、支配されている……。
俺の言葉により、一番早く状況を理解したのはオブシズ。
「……つまり、あの侍祭は……」
「裏の人間だろうね。動き的に……執行官と言われる役職であったんじゃないかな。
大司教様は表の人間で、事情は知らないのだと、俺は考えてる」
「……成る程。状況的に、表も裏に操られていたっぽいですしね……」
オブシズの言葉に、マルが首肯。
「まぁ証拠は確保していないので憶測なのですが、神殿の本当の頭脳は裏にあるのでしょう。
そして表を傀儡として操り、今までも色々を演出していたのだと思います」
「色々……?」
「例えば今回我々がされたみたいなことですよ。
あとは目障りな者を獣人に襲わせて始末したり、その獣人を成敗して正義を示したり……とかね」
マルのその言葉に慌てて噛み付いたのはユスト。
「……じゃあ、あの一連が、神殿の自作自演だって訴えれば……!」
それに対しマルは。
「証拠がありませんもん」
「それは……っ」
その言葉でユストの視線がウォルテールに向いた。
……けれど、悔しそうに拳を握る……。彼では証拠にならないと理解したのだろう。
たとえウォルテールが語る決意をしたとしても、獣人である彼では、証拠にはならない。野の獣が吠えただけの扱いだ。
「どちらにしても、ウォルテールは語れません。狂信者の元で造られた獣人は、教育を徹底されている。
彼らにとって主と古巣の命令は絶対。
正直、もう一度侍祭殿と対面した時……ウォルテールがまた奪われる危険性だってあると、僕は考えてます」
マルの視線により一層、ウォルテールは身を縮こませる。
「……信頼云々の問題ではなく……獣人にとって主とはそれくらい強い柵なんですよ。
自らの命よりも優先されるほどにね」
明らかに自分を殺そうとしていた姉に、抗えなかった……。
それくらい強い絆……。
だがこれは、主と獣人の関係だけのことではないと、俺は思っている。
「…………支配されているのは、ウォルテールたち狂信者の元で生まれた獣人たちだけじゃないよ」
俺の言葉に、皆の視線がこちらを向いた。
その一人一人の顔を見て、今の現状を、正しく理解してもらうために「ここにいる俺たちも全て、支配されている」と告げた。
「信仰という形の支配だ……。
俺たちも、獣人を悪としてきた。
そんな世の中を作ることに加担してきたろ……。
これだって支配だ」
獣人の血は、自分の中にも流れている血の一部なのだ。
今更切り離せない。これからもずっと、共に歩むものなのに。
「そう。重要なのは、そこなんです。
神殿がこの遺伝というものの仕組みを、知っていたということ。
獣人が悪魔の使徒なんかではなく、我々と同じ種であること……人と獣人は疾うの昔に交わり、ひとつになっていること。
僕らがサヤくんから聞き、知ったことを……異界の者の特別な知識を、有していたということです。
少なく見積もっても、五百年前から承知していたと思われます。
けれど、神殿の構造を考えると……更にもっと昔にも、渡人の取り込みがあった可能性がある」
「あ、あの……その渡人……っていうのがよく、分からないんですけど……」
おずおずとそう言葉を口にしたのはイェーナ。そしてそれに頷くウォルテール。
ウォルテールもサヤが狙われる理由は理解していなかったよう。獣人は、手駒でさえあれば良いということなのだろうな。
「そうですね。その説明もしなければ。
渡人。と、いうのは……」
そうしてマルは、サヤという奇跡の存在についての説明を始めた。
四年近く前……俺がたまたま出会い、引き入れてしまった、異世界の民であるということをだ。
そしてどうやらそれは、サヤが初めてというわけではないらしい……。
「この地方の伝承や御伽噺。特に馬事師らの関わる話に出てきた異国の民を、ここらでは渡人と呼んでいました。
てっきりスヴェトランやジェンティローニ……または、ジェンティローニの更に向こう側の、海の彼方から流れてきた流民だと考えていたのですけどね。
馬事師らの中では伝説的な人で、今では創作人物とまで考えられていたその渡人が、サヤくんと同じく、異界からこの世界に迷い込んだ人であったようです。
名前も何もかもが不明とされていますけれど、馬事師らの逸話には、渡人のサトゥルとか、サト……コハーシュやコハシ……といった、いくつかの名が出てきます。
その渡人が、伝説の名馬を生み出し、今の馬事師らの礎を築いたという物語でね……。
その渡人は、サヤくんと同じく、生命の神秘である、遺伝の仕組みを知っていたのでしょう。
種の設計図に優先度があることを利用して名馬を産み出し、それを足掛かりとして神殿に取り入り、出世を繰り返した。
そして王家の婚姻までも左右するほどの立場となった。
……本来、貴族でないうえ流民ならば、そこまでの地位が与えられることはありません。
それでも彼は出世した。それだけの貢献を神殿にしたとみなされていたのでしょうね。
その貢献の中に……獣人の再現も含まれていたのではないかと、僕は考えてます」
マルの言葉にごくりと唾を飲み込む一同。
この北の地が……獣人を集め易い構造になっていたのは、五百年よりも更に前から……。
それこそ、大災厄直後からかもしれず、少しずつこの形になっていったのだとしても、そこに関わった渡人がいたからこそ、こうなったのかもしれない……。と、そう考えているということ。
「つまり神殿は……獣人を利用し続けてきているわけです。そして今回も、そのつもりだ。勿論、手放すつもりなんて無いんです。
彼らにとって獣人は、人の敵であってほしい存在なのでしょう。
まぁ、教義を考えればそれは当然です。獣人は、堕ちた人の成れの果て。絶対的な悪であると謳っています。
ここを覆されてしまうと、神殿は成り立ちませんからね」
「これからも、覆すつもりは無い……」
「当然そうでしょう。そして今回は上手い具合に使える人物……そう、僕らがいたわけです。
僕らが獣人を使う悪。
スヴェトランと内通し、国を裏切り、戦を仕掛けてきたとしたわけですね。
今後をどうすると考えているか……結果は大まかに二つでしょう。
フェルドナレンの勝ちか、スヴェトランの勝ち。
前者の場合は、裏切り者の僕らを討伐することで、僕らの主張を打破し、フェルドナレンの中枢に返り咲く。
後者の場合はスヴェトランを据えた新たな国を興す……です」
「開戦……スヴェトランと⁉︎」
「え、ちょっと待って……ください。我々の種の話がなんでいきなりそんな話に?」
混乱で頭がついてこないといった様子の皆に、あーごめん……と、謝ったのは、俺も上手く説明する方法が思い浮かばなかったからだ。
「種の話をしたこととも、無関係ではないんだよ。
神殿の裏の顔……これが狂信者と我々が呼んでいた相手であり、今回一連の首謀者だ。
そして彼らは…………獣人を支配し、利用している」
少なくとも五百年前からこれは続けられていた。
王家の血を操ることをしたその人物が、ここの獣人らを濃縮していく方法も、模索したのだろう。
もしくは…………それより更に、ずっと、前から……。
だけど現状をややこしくするのは得策ではないと考えた。
だから、とりあえず今は、国の今後を左右する問題を先に、皆に理解してもらう。
「その獣人らを利用し、スヴェトランと共謀して、フェルドナレンに攻め入るつもりなんだよ。この……荒野から」
俺の言葉にウォルテールが身を強張らせ、青ざめた顔で視線を足元に落とす……。
生まれた時から、狂信者は獣人らに、存在の秘密を徹底して叩き込むのだと、前にハインが教えてくれた……。
だから俺がこの話に触れても、ウォルテールは視線を逸らして口を噤む。狂信者については何も語らないし、自ら触れることは一切しない。
でもそうと知ったならば、彼の反応こそが、言えないということこそが、答えだ……。言葉にすることすら許されないほどに、支配されている……。
俺の言葉により、一番早く状況を理解したのはオブシズ。
「……つまり、あの侍祭は……」
「裏の人間だろうね。動き的に……執行官と言われる役職であったんじゃないかな。
大司教様は表の人間で、事情は知らないのだと、俺は考えてる」
「……成る程。状況的に、表も裏に操られていたっぽいですしね……」
オブシズの言葉に、マルが首肯。
「まぁ証拠は確保していないので憶測なのですが、神殿の本当の頭脳は裏にあるのでしょう。
そして表を傀儡として操り、今までも色々を演出していたのだと思います」
「色々……?」
「例えば今回我々がされたみたいなことですよ。
あとは目障りな者を獣人に襲わせて始末したり、その獣人を成敗して正義を示したり……とかね」
マルのその言葉に慌てて噛み付いたのはユスト。
「……じゃあ、あの一連が、神殿の自作自演だって訴えれば……!」
それに対しマルは。
「証拠がありませんもん」
「それは……っ」
その言葉でユストの視線がウォルテールに向いた。
……けれど、悔しそうに拳を握る……。彼では証拠にならないと理解したのだろう。
たとえウォルテールが語る決意をしたとしても、獣人である彼では、証拠にはならない。野の獣が吠えただけの扱いだ。
「どちらにしても、ウォルテールは語れません。狂信者の元で造られた獣人は、教育を徹底されている。
彼らにとって主と古巣の命令は絶対。
正直、もう一度侍祭殿と対面した時……ウォルテールがまた奪われる危険性だってあると、僕は考えてます」
マルの視線により一層、ウォルテールは身を縮こませる。
「……信頼云々の問題ではなく……獣人にとって主とはそれくらい強い柵なんですよ。
自らの命よりも優先されるほどにね」
明らかに自分を殺そうとしていた姉に、抗えなかった……。
それくらい強い絆……。
だがこれは、主と獣人の関係だけのことではないと、俺は思っている。
「…………支配されているのは、ウォルテールたち狂信者の元で生まれた獣人たちだけじゃないよ」
俺の言葉に、皆の視線がこちらを向いた。
その一人一人の顔を見て、今の現状を、正しく理解してもらうために「ここにいる俺たちも全て、支配されている」と告げた。
「信仰という形の支配だ……。
俺たちも、獣人を悪としてきた。
そんな世の中を作ることに加担してきたろ……。
これだって支配だ」
獣人の血は、自分の中にも流れている血の一部なのだ。
今更切り離せない。これからもずっと、共に歩むものなのに。
「そう。重要なのは、そこなんです。
神殿がこの遺伝というものの仕組みを、知っていたということ。
獣人が悪魔の使徒なんかではなく、我々と同じ種であること……人と獣人は疾うの昔に交わり、ひとつになっていること。
僕らがサヤくんから聞き、知ったことを……異界の者の特別な知識を、有していたということです。
少なく見積もっても、五百年前から承知していたと思われます。
けれど、神殿の構造を考えると……更にもっと昔にも、渡人の取り込みがあった可能性がある」
「あ、あの……その渡人……っていうのがよく、分からないんですけど……」
おずおずとそう言葉を口にしたのはイェーナ。そしてそれに頷くウォルテール。
ウォルテールもサヤが狙われる理由は理解していなかったよう。獣人は、手駒でさえあれば良いということなのだろうな。
「そうですね。その説明もしなければ。
渡人。と、いうのは……」
そうしてマルは、サヤという奇跡の存在についての説明を始めた。
四年近く前……俺がたまたま出会い、引き入れてしまった、異世界の民であるということをだ。
そしてどうやらそれは、サヤが初めてというわけではないらしい……。
「この地方の伝承や御伽噺。特に馬事師らの関わる話に出てきた異国の民を、ここらでは渡人と呼んでいました。
てっきりスヴェトランやジェンティローニ……または、ジェンティローニの更に向こう側の、海の彼方から流れてきた流民だと考えていたのですけどね。
馬事師らの中では伝説的な人で、今では創作人物とまで考えられていたその渡人が、サヤくんと同じく、異界からこの世界に迷い込んだ人であったようです。
名前も何もかもが不明とされていますけれど、馬事師らの逸話には、渡人のサトゥルとか、サト……コハーシュやコハシ……といった、いくつかの名が出てきます。
その渡人が、伝説の名馬を生み出し、今の馬事師らの礎を築いたという物語でね……。
その渡人は、サヤくんと同じく、生命の神秘である、遺伝の仕組みを知っていたのでしょう。
種の設計図に優先度があることを利用して名馬を産み出し、それを足掛かりとして神殿に取り入り、出世を繰り返した。
そして王家の婚姻までも左右するほどの立場となった。
……本来、貴族でないうえ流民ならば、そこまでの地位が与えられることはありません。
それでも彼は出世した。それだけの貢献を神殿にしたとみなされていたのでしょうね。
その貢献の中に……獣人の再現も含まれていたのではないかと、僕は考えてます」
マルの言葉にごくりと唾を飲み込む一同。
この北の地が……獣人を集め易い構造になっていたのは、五百年よりも更に前から……。
それこそ、大災厄直後からかもしれず、少しずつこの形になっていったのだとしても、そこに関わった渡人がいたからこそ、こうなったのかもしれない……。と、そう考えているということ。
「つまり神殿は……獣人を利用し続けてきているわけです。そして今回も、そのつもりだ。勿論、手放すつもりなんて無いんです。
彼らにとって獣人は、人の敵であってほしい存在なのでしょう。
まぁ、教義を考えればそれは当然です。獣人は、堕ちた人の成れの果て。絶対的な悪であると謳っています。
ここを覆されてしまうと、神殿は成り立ちませんからね」
「これからも、覆すつもりは無い……」
「当然そうでしょう。そして今回は上手い具合に使える人物……そう、僕らがいたわけです。
僕らが獣人を使う悪。
スヴェトランと内通し、国を裏切り、戦を仕掛けてきたとしたわけですね。
今後をどうすると考えているか……結果は大まかに二つでしょう。
フェルドナレンの勝ちか、スヴェトランの勝ち。
前者の場合は、裏切り者の僕らを討伐することで、僕らの主張を打破し、フェルドナレンの中枢に返り咲く。
後者の場合はスヴェトランを据えた新たな国を興す……です」
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