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少し前の話 18

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 ちゃんと上手くできるのかとか、そういったことを考えている余裕すら無かったのだと思う。

 闇も、状況も、時間も、念頭から忘却した。手触りだけを頼りに、ずっと求めてきたそれを、手に入れたい一心で食らいついた。
 右手が無い不便にイラつき、思うように体勢を維持できないことに焦り、だけどとうとうこの掌中の珠を、本当の意味で手に入れたのだという気持ちの昂りから、今まで体験したことのない快楽に溺れ、乱れ……。
 腕の中の柔くしっとりとした熱いものが、俺の首に縋り付いて耳元に押し殺した声を零す。その声に追い立てられるように、無我夢中で何度も身を重ねて……。
 ただひたすら、貪ることに必死だった。

 いつどうやって眠ったのかも覚えていない。
 誰かの話し声を聞いた気がして、ふと思い立って確かめた時、腕の中にあったはずの、柔らかくふわふわしていた温かいものが、いつの間にか失せていて……手探りでそれを探しているうちに、ぼんやりと意識が浮上してきていたのだと思う。

「……んぅ?」

 ない…………。

 この肌触りは、寝床の毛皮で、サヤの髪じゃない……。
 不満に眉を顰めて右腕を動かしていたら、近付いてくる気配。

「レイ起きたん? 朝食食べる?」

 違った。反対側だったんだ。

 左腕を伸ばすと触れた。
 くびれた細い腰に腕を引っ掛けて引き寄せると、あっ。という慌てたような声と、探していた温もりが肌の上に落ちてくる。
 何度も舌を這わせたその感覚のまま、声の出所を頼りに唇を寄せて首を食むと、また声が上がり、味をしめてもっと聞きたいと胸元へ伝っていくと「ちょ、もう朝っ」と、焦る声と共に、頬を押されて妨害された。

 今更照れなくても。もう何度もこうしたじゃないか……。

 仰向けだった体勢をゴロンとうつ伏せにして身体を入れ替え、右腕で抵抗する腕を押さえて封じ、そのままもぞもぞ懐の中へ顔を進めていくと「もうあかんっ、朝、来てるから!」と、上擦った声の更なる抗議。

「レイっ、起きて、もうみんな起き…………っ、駄目っ、あっ、朝!」
「あさ…………」

 いや、まだ夕飯すら食べてなぃ……のに…………朝⁉︎

 目が覚めた‼︎

 ガバリと顔を上げると、自分の身体の下に人の肌と、紅痕。
 仰向けに転がっているというのに見事な双丘が、半ばはだけられてしまった短衣から溢れそうになっていて、現実感の無いものがいきなり突きつけられた現実という現実感の無さに頭が真っ白になった……。

 肌…………女性の胸…………が、何故か目の前……⁉︎

 いや落ち着け。前にもあった。前にもあったぞ似たようなことが! 俺が自失してしまった時に、夜着のサヤに抱えられていた時だ!
 いや、あの時は後ろからで……背後を確認した時に丁度こんな光景が……っていうか、なんでこんな紅い斑点…………っ、鎖骨にあるのはまさか歯形⁉︎
 赤みどころか青くなっている所まであり、かなり強引に、遠慮無しに、無茶なことをされたのだということが、想像するまでもなく………………。

 昨日、確か獣人女性二人にしなだれかかられた…………っ、後、俺……っ⁉︎

 半ば投げ捨てていた思考が脳裏に蘇り、考えたくなかったけれど、考えないわけにもいかず……。
 まさかサヤ以外の女性に欲情した挙句、間違いを犯してしまったのではという最悪の可能性に血の気が引いた。
 違う……、俺がこうしたかったのは、あくまでサヤで…………決して、裏切りでは……っ、俺はずっと、サヤを抱いてるつもりで……っ。

 いやまずそこからおかしいよ!

 なんで⁉︎ なんで抱けると思った⁉︎ そういうことして許される状況じゃないだろ! ここは天幕だし、大自然の中だし、何もかもが周りに筒抜けになってる、初夜の見届け役どころの話じゃない状況なんだぞ⁉︎
 でももうこれはしてしまってる、ていうか記憶がある……感覚も覚えてる……っ、え、じゃあもう進退窮まってるんじゃん、サヤになんて言えばいい⁉︎
 どう謝ったら許されるのこれ……許されるの⁉︎ 首括るとか腹を斬るとかしなきゃいけないくらいのことしてしまったんでは⁉︎

 暴走する思考、ただならぬ絶望感にぐらぐらする視界。ちょっと冷静になりたい。余分な情報を遮断して、ゆっくり考え直したい。だってなんか思考が空回ってる!
 でも今目の前にあるのは女性の胸……誰の胸⁉︎ これ前にして落ち着けるはずないよね⁉︎
 とにかくっ、ここはいったいどこだろうかというところから一回考え直そう。寝て起きたところからもう一回……っ。
 と、思っていた矢先。

「ど、退いてレイ……」

 見えていた胸の向こうから、か細い震え声。

「恥ずかしい。から、そんな……み、見んといて……」

 寝床の上に乱れて広がる黒髪に、やっと気付き……。
 そう言いながらも俺を押し退けることはなく、されるがままになっているのがサヤなのだと理解した時、自分が何をしたか飲み込めた。直前の、何がどうなったかを、ようやっと思い出して。

 サヤだ……。サヤを抱いたんだ俺……っ。

 肌の感触、乱れた声、紺色の視界に黒く動く影や、ぬめる汗や、それ以外の匂い。打ちつけた身体の下で上がる悲鳴。何度も名を呼ばれ、待ってと言われたのに、それを無視して、がむしゃらに行為を続けた……っ、何度も何度も!

「…………ごめん……」

 ごめんで済むのか、これ……。こんなに、傷付けて……。
 こんな強引に無理やりじゃなく、もっと大切に、丁寧に、ちゃんと手順を踏んでと思っていたはずなのに。
 俺は己の欲望を抑えきれず、ただひたすら自分の快楽を押し付けるようなやり方で、サヤを無茶苦茶にしてしまった!

「……い、痛い?」

 そう聞いたけれど、当たり前だろうがと自分を心の中で殴り飛ばす。
 痛くないはずはない。こんなに傷だらけになるまで、痛めつけられてる。
 だけどサヤは、そう聞くと頬を朱に染めた。

「き、聞かんといて……」

 視線を逸らして、口元を戦慄かせる姿が、衝撃的なくらい艶っぽい。
 俺がのしかかっているせいで動けないからか、片手で必死に短衣の前見頃を引っ張って、胸元を隠しながら、腰を捩る姿が、今まで以上に女性を意識させる仕草に見え……。
 慌てて身をもぎ離すと、自分もまだ全裸であるという現実に直面し、急いで上掛けを引き寄せ下半身を隠す。

 うあ……どうしよう。どうすれば……あっ、ふ、服を着よう! どこだ俺の服⁉︎

 でもそうやって見渡すと、天幕の中に散乱している衣服や、短衣を羽織っただけだったサヤの状況も見えてしまった。
 その短衣だってどうやら俺のもの……とっさに近くにあったのを着込んだだけなのだろう。釦だって殆ど留められていない。
 身体に沿わない衣服……しかも俺のを着てる……と、考えただけでまたぐわっと気持ちが炙られた。
 ギリギリ見えるか見えないかという秘部に視線が張り付きそうになって、一晩何やってたと思ってんだ俺⁉︎ と、罵りながら視線をもぎ離し……。

 俺きっと、まだ混乱してる……。とにかく、落ち着こう。落ち着いて状況把握……。

 囲炉裏に火は入っていたけれど、天幕の中は空気すら冷たい……。取り敢えず起きて、火を付けただけなのか?
 でもそうだとすると、入り口の棚に置かれた盆に違和感がある……。湯気を立てているのは汁物……?

 ……は?
 …………汁物?

 嫌な予感がした。
 入口を見て黙ったままの俺を、サヤはどう思ったのか……急いで身を起こしながら早口に、「お、お腹空きましたよねっ」と。
 畏まった口調に戻ってしまっているのは、羞恥心を誤魔化すため?
 右手で胸元を、左手で服の裾を引っ張って太ももを隠そうとしているが、圧倒的に丈が足りていないから、なんか余計に艶かしい……。

「あ……あの……つい先程メイフェイアさんが、朝食を持ってきてくださいまして…………。
 今日は、ゆっくり休んで構わないと……その、言伝を、いただいて……ま、す……」

 ………………死刑宣告じゃん。

 あ、はい。そうです…………よね。
 みんな、知ってるんですね、やっぱり……そんな気がしてました…………はは、は……。
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