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少し前の話 9
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その紙を、横からひょいと奪うリアルガー。
「…………ほー……こりゃ良いな。分かり易い。
なぁこれ、何枚用意できるんだ?」
「今ある紙はここにある十七枚のみなので……描き損じなければそれだけ用意できますよ」
「……狐高すぎないか?」
「普通の狐ならば高めですけど、青狐の毛皮は今、高価なんです。貴族間で流行していますから」
「それも初耳だな……」
リアルガーの呟きに、サヤは毛皮の価値基準も伝えておこうと思ったよう。
「毛皮は総じて、色の薄いものが高価とされ、同じ種類でも価格が跳ね上がります。
交渉の時も、色の薄い毛皮ほど、強気の交渉に出てください。勝率も上がりますから。
高価格になる優先順位としては、温かいもの、軽いもの、そして色が薄いもの……なのですけど……この基準は絵に落としにくくて……。
それで考えると、青狐はあたたかく、比較的軽く、色も薄い……かなり優秀な毛皮なんです」
意匠師であったサヤだから、俺以上にこの辺のことには詳しいのだが……。
俺はなんの説明もしていなかった。
なのに、ここでの話から、ちゃんと俺の意を汲んでくれたのだと思うと……たまらなく愛しく感じた。
「まあ、言ってみりゃ良いんじゃねぇか? ダメだと言われれば、下げりゃ良いんだ」
リアルガーがそれであっさり納得してしまい、長らは不満を示しながらも、否やは唱えなかった。
主の決定が絶対という獣人社会特有だな。だから俺も、ここを放り出されていないんだろうが……。
また描いたら届けます。と、サヤが約束し、その日はそれで解散となったのだが……。
「お疲れさん」
自分たちの天幕に戻る途中、俺への理解がある長の一人がポンと背を叩いて、俺たちを追い越し、先に行った。
他の長らの態度を、気にするな……それと、ありがとうな……といったところか。
「ありがとう。おやすみ」
そう言い背中に手を振ると、また別の一人がドンと俺にぶつかっていく。
少しよろけた俺を、慌ててサヤが支えてくれたけれど、それを笑う気配……。
「……レイ、大丈夫?」
「ぶつかっただけだし、平気だよ」
そう言い身を起こしたけれど、憂いに沈んだサヤの表情が見えてしまい……言葉に困った。
ここの皆のために、した話だ。
だけどそれが、伝わっていない……。人である……元貴族であるという立場が、足枷になる。
悔しい……そう思ってくれているのだろう。でも……この程度のこと、なんてことはないのだ。
獣人らに……国中にいる者たちに、俺がしてしまった仕打ちに比べたら……。
「大丈夫だよ。大抵のことは、初めこんなもんだったろ?」
今までだってそうだったと笑いかけると、サヤは瞳を潤ませたまま……それでも無理やり、笑ってくれた。
だけどその表情は……無理を必死で押し殺している表情は、胸に刺さった。
咄嗟に右手を上げてしまって、視界に入った手先を見てようやっと、頬に触れられないことに気付く。
しまった……もう無いと分かっているのに、あるような感覚で動いてしまう。
「…………大丈夫だから」
なんとかそう言い、手を誤魔化すように下ろすと、それは途中で受け止められ……。
「……うん」
手先の無い、被せに覆われた腕に、サヤは頬を擦り寄せ、潤んだ目元を誤魔化すように、口づけをくれた……。
◆
歩き去っていく背中。
行かないでくれ。
肩を掴もうと、もう少しで触れられそうな背中に手を伸ばしたのに、その手は何も掴めず、掴めないどころか、指も何もありはしなかった。
俺の右手……そうだ、もう無いんだ……。
ならばと、左手を伸ばす。
けれど、青髪の後ろ姿は、もうずっと先に進んでしまっている……。
ハイン!
呼びかけたけれど、振り向きすらしてもらえない……。
ハイン、行くな……ハイン!
血の臭い。
周り中に散らばる人の部位。
その中に俺の右手も紛れているはずだった。
でもそんなもの、どうだっていい。
ハイン、嫌だ……行くな、逝かないでくれ!
もう豆粒ほどに小さくなった後ろ姿。進みたい、追いかけたいのに、人の部位に埋もれた脚は、一歩すら踏み出せない。
なのにまだ増えていく。降ってくる。人の部位……手や、足や、尾や、耳…………っ。
聞こえないのか? なんで振り返らない。
「ハイン‼︎」
自分の声量に驚いて、跳ね起きた。
まだ闇に染まった天幕の中……囲炉裏の熾火がほんのりとした熱を伝えてきていたけれど、天幕の中は随分と冷えている……。
鼻の奥に、血の臭い…………。
日中の……リアルガーの天幕で嗅いだ臭いが、まだ纏わりついているのか……。
「…………ハイン……」
ハインも、血の臭いをまとわりつかせ、倒れたのか……。
俺を逃すために、たった独りで、死出の旅路と分かって道を選んだのか……。
最期に、何を思った? 何を言った? 俺は、それすら拾ってやれず…………っ。
苦しい息を吐き出すと、横から伸びた手が、俺の肩を抱きこんだ。
そのまま寝床の上に倒されて、ぎゅっと身体を、絡み付かせてくる。
「……また、見たん?」
耳元で、囁くような問い……。
黙っていると、もぞもぞと動いたサヤが、俺の頭を胸元に抱え込む。
「サヤ……」
「寒いから……嫌な夢を見ただけ……」
ギュッと押しつけられる、温かい胸。体温と、鼓動……。
左腕を、サヤの腰に回して抱き寄せた。
するとサヤの右腕が、跳ね除けられていた上掛けを引っ張り、俺の肩が冷えぬように、包み直す。
たまに、うなされるのだ……。
その度にサヤは、こうして俺を包む。抱きしめてくれる……。
「あったこうして……もうすこし、やすも」
思うことはあるだろう。
だけどそれには触れず……。
「あすも、いそがしいから……」
「…………うん」
微睡の中から囁かれる言葉に、俺もまた、微睡の中に身を沈めた……。
◆
「…………え、この熊が欲しい?」
「うん。一頭買い取らせてもらえないか」
「いや……金は貰ってもしょうがねぇよ?」
猟に出ていた長の一人が立派な熊を仕留めてきたと聞いたから、足を伸ばした。
狩りに出られない俺は、獲物を得る方法が無い……。もし出られたとしても、兎くらいなら小刀で仕留められるかもしれないが……雪の降る中では人の俺など、いとも容易く自分の居場所を見失うだろう。
「……じゃぁ……何か必要なものはあるかな? 持っているものなら、交換できるけど」
「俺に言われてもなぁ……リアルガーが譲るって言えば、譲ってやれるけど……」
「分かった」
やっぱり個人的に買うというのは無理か。
リアルガーが戻ったら、熊一頭を譲って欲しい旨を伝えようと心に決め、来た道を戻ることとなった。
やっぱりここは、オーキスかジェイド辺りに頼んで、何か大型の獣を確保してほしいと頼む…………べきか?
シザーやオブシズでも良いのだけど、彼らは人で、客扱いだ。狩った獲物は全部一緒に行動した組のものになるだろう。
だから、単独行動ができる吠狼の面々にしか頼めない……。
マルたちが戻れば、彼らにもお願いできるんだけどなぁ……。
残念ながら、彼らはまだ別の目的のため動いている最中だった。
そんな風に、思案しつつ天幕に戻ると……。
稽古を続けておくように言っておいた子供らが、何かソワソワしている。
「ねぇ、なんで熊欲しいの?」
何故かそんな質問が飛んだ。
「…………ほー……こりゃ良いな。分かり易い。
なぁこれ、何枚用意できるんだ?」
「今ある紙はここにある十七枚のみなので……描き損じなければそれだけ用意できますよ」
「……狐高すぎないか?」
「普通の狐ならば高めですけど、青狐の毛皮は今、高価なんです。貴族間で流行していますから」
「それも初耳だな……」
リアルガーの呟きに、サヤは毛皮の価値基準も伝えておこうと思ったよう。
「毛皮は総じて、色の薄いものが高価とされ、同じ種類でも価格が跳ね上がります。
交渉の時も、色の薄い毛皮ほど、強気の交渉に出てください。勝率も上がりますから。
高価格になる優先順位としては、温かいもの、軽いもの、そして色が薄いもの……なのですけど……この基準は絵に落としにくくて……。
それで考えると、青狐はあたたかく、比較的軽く、色も薄い……かなり優秀な毛皮なんです」
意匠師であったサヤだから、俺以上にこの辺のことには詳しいのだが……。
俺はなんの説明もしていなかった。
なのに、ここでの話から、ちゃんと俺の意を汲んでくれたのだと思うと……たまらなく愛しく感じた。
「まあ、言ってみりゃ良いんじゃねぇか? ダメだと言われれば、下げりゃ良いんだ」
リアルガーがそれであっさり納得してしまい、長らは不満を示しながらも、否やは唱えなかった。
主の決定が絶対という獣人社会特有だな。だから俺も、ここを放り出されていないんだろうが……。
また描いたら届けます。と、サヤが約束し、その日はそれで解散となったのだが……。
「お疲れさん」
自分たちの天幕に戻る途中、俺への理解がある長の一人がポンと背を叩いて、俺たちを追い越し、先に行った。
他の長らの態度を、気にするな……それと、ありがとうな……といったところか。
「ありがとう。おやすみ」
そう言い背中に手を振ると、また別の一人がドンと俺にぶつかっていく。
少しよろけた俺を、慌ててサヤが支えてくれたけれど、それを笑う気配……。
「……レイ、大丈夫?」
「ぶつかっただけだし、平気だよ」
そう言い身を起こしたけれど、憂いに沈んだサヤの表情が見えてしまい……言葉に困った。
ここの皆のために、した話だ。
だけどそれが、伝わっていない……。人である……元貴族であるという立場が、足枷になる。
悔しい……そう思ってくれているのだろう。でも……この程度のこと、なんてことはないのだ。
獣人らに……国中にいる者たちに、俺がしてしまった仕打ちに比べたら……。
「大丈夫だよ。大抵のことは、初めこんなもんだったろ?」
今までだってそうだったと笑いかけると、サヤは瞳を潤ませたまま……それでも無理やり、笑ってくれた。
だけどその表情は……無理を必死で押し殺している表情は、胸に刺さった。
咄嗟に右手を上げてしまって、視界に入った手先を見てようやっと、頬に触れられないことに気付く。
しまった……もう無いと分かっているのに、あるような感覚で動いてしまう。
「…………大丈夫だから」
なんとかそう言い、手を誤魔化すように下ろすと、それは途中で受け止められ……。
「……うん」
手先の無い、被せに覆われた腕に、サヤは頬を擦り寄せ、潤んだ目元を誤魔化すように、口づけをくれた……。
◆
歩き去っていく背中。
行かないでくれ。
肩を掴もうと、もう少しで触れられそうな背中に手を伸ばしたのに、その手は何も掴めず、掴めないどころか、指も何もありはしなかった。
俺の右手……そうだ、もう無いんだ……。
ならばと、左手を伸ばす。
けれど、青髪の後ろ姿は、もうずっと先に進んでしまっている……。
ハイン!
呼びかけたけれど、振り向きすらしてもらえない……。
ハイン、行くな……ハイン!
血の臭い。
周り中に散らばる人の部位。
その中に俺の右手も紛れているはずだった。
でもそんなもの、どうだっていい。
ハイン、嫌だ……行くな、逝かないでくれ!
もう豆粒ほどに小さくなった後ろ姿。進みたい、追いかけたいのに、人の部位に埋もれた脚は、一歩すら踏み出せない。
なのにまだ増えていく。降ってくる。人の部位……手や、足や、尾や、耳…………っ。
聞こえないのか? なんで振り返らない。
「ハイン‼︎」
自分の声量に驚いて、跳ね起きた。
まだ闇に染まった天幕の中……囲炉裏の熾火がほんのりとした熱を伝えてきていたけれど、天幕の中は随分と冷えている……。
鼻の奥に、血の臭い…………。
日中の……リアルガーの天幕で嗅いだ臭いが、まだ纏わりついているのか……。
「…………ハイン……」
ハインも、血の臭いをまとわりつかせ、倒れたのか……。
俺を逃すために、たった独りで、死出の旅路と分かって道を選んだのか……。
最期に、何を思った? 何を言った? 俺は、それすら拾ってやれず…………っ。
苦しい息を吐き出すと、横から伸びた手が、俺の肩を抱きこんだ。
そのまま寝床の上に倒されて、ぎゅっと身体を、絡み付かせてくる。
「……また、見たん?」
耳元で、囁くような問い……。
黙っていると、もぞもぞと動いたサヤが、俺の頭を胸元に抱え込む。
「サヤ……」
「寒いから……嫌な夢を見ただけ……」
ギュッと押しつけられる、温かい胸。体温と、鼓動……。
左腕を、サヤの腰に回して抱き寄せた。
するとサヤの右腕が、跳ね除けられていた上掛けを引っ張り、俺の肩が冷えぬように、包み直す。
たまに、うなされるのだ……。
その度にサヤは、こうして俺を包む。抱きしめてくれる……。
「あったこうして……もうすこし、やすも」
思うことはあるだろう。
だけどそれには触れず……。
「あすも、いそがしいから……」
「…………うん」
微睡の中から囁かれる言葉に、俺もまた、微睡の中に身を沈めた……。
◆
「…………え、この熊が欲しい?」
「うん。一頭買い取らせてもらえないか」
「いや……金は貰ってもしょうがねぇよ?」
猟に出ていた長の一人が立派な熊を仕留めてきたと聞いたから、足を伸ばした。
狩りに出られない俺は、獲物を得る方法が無い……。もし出られたとしても、兎くらいなら小刀で仕留められるかもしれないが……雪の降る中では人の俺など、いとも容易く自分の居場所を見失うだろう。
「……じゃぁ……何か必要なものはあるかな? 持っているものなら、交換できるけど」
「俺に言われてもなぁ……リアルガーが譲るって言えば、譲ってやれるけど……」
「分かった」
やっぱり個人的に買うというのは無理か。
リアルガーが戻ったら、熊一頭を譲って欲しい旨を伝えようと心に決め、来た道を戻ることとなった。
やっぱりここは、オーキスかジェイド辺りに頼んで、何か大型の獣を確保してほしいと頼む…………べきか?
シザーやオブシズでも良いのだけど、彼らは人で、客扱いだ。狩った獲物は全部一緒に行動した組のものになるだろう。
だから、単独行動ができる吠狼の面々にしか頼めない……。
マルたちが戻れば、彼らにもお願いできるんだけどなぁ……。
残念ながら、彼らはまだ別の目的のため動いている最中だった。
そんな風に、思案しつつ天幕に戻ると……。
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★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
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