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終幕 18

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「お前はさっさとそいつらを屠りなさいよ!」

 そう言われたウォルテールは、四肢に力を込めた。
 抗うみたいに脚が震える。だけど姉の、主の言葉だから、嫌われたくない、愛されたいから、でも彼らだって、俺を愛してくれたのに……っ。
 混乱した思考が、狼の姿なのに見えたと思った。

「しなくていい」

 血を大切に思ってしまうお前の気持ちは痛いほど分かる。
 俺だって、愛されたかった。母が俺を厭うていると思っていたのにそれでも、愛されたかったから……。
 愛されたかったけれど、怖くて逃げた。気持ちを、ひっくり返した。自分から捨てれば、捨てられるより痛くないと、そう思ったんだ……。

「ウォルテール、したくないことはしなくていい……。お前にだって、人の血は流れているんだから……ちゃんと抗える」

 絆というものは、縛られるものじゃない。
 お互いが握り合っておくものだ。お前のそれは、違うんだよ……。
 腕を伸ばし頭を撫でると、ウォルテールは縋りつくように身を擦り寄せてきた……。

「お前はもう、気持ちを自分で管理できるようになったろう?」

 俺が触れているのに、逃げないウォルテールに、侍祭殿は更に形相を歪める。
 憎くて憎くてたまらないものを見る瞳だ…………。
 嫌わないと、自分を保てなかった……きっと、昔の俺と同じ瞳だ。
 ずっとあやふやに、証拠を残さないよう意識していたろう侍祭殿。ずっと避けていたろうに、従おうとしないウォルテールに痺れを切らした。

「三六九三八二!」

 呼ばれた番号に、ビクリと飛び上がるウォルテール。

「お前はもう、ウォルテールだ」

 情の深いお前たちは、俺たちひとより気持ちが強い。だからこの試練も、きっと耐えられる。

「三六九三八二!」

 侍祭殿の裏返った金切り声に、ウォルテールは従わなかった。
 その首元をぽんぽんと撫でると、緊張して硬く強ばる筋肉を感じた。まだ姉を、愛しているんだよな……。
 家族。それを失わせることになる。だけど、姉に死ねと言われるお前の人生が、幸せだとは思えない。
 お前を否定し続ける相手に、お前は従わなくていい……。

「あああぁぁぁっ、もういい、役立たず! はやく、こいつら全員、さっさと始末して‼︎」

 髪を振り乱し、頭を掻きむしった侍祭殿は、幼児のように地を踏み鳴らし、雄叫びを上げてから、とうとうその言葉を口にした。


 ◆


 木々の間からこちらを伺うイェーナが見えた。
 俺たちを助けるため、背後から飛びかかって隙を作ろうと考えているのか、ぐっと身を乗り出すのを、もう一人が引き止める。
 まだ気付かれていないならば……。

 来なくていい。

 一瞬だけ瞳を合わせて、首を微かに横に振った。

 だがここで起こったこと全てを聞いていてほしい。そして逃げ延びて、伝えてほしい。
 神殿は狂信者と繋がっている。ウォルテールがそこで創られた者で、侍祭殿がその姉であり、主ならば……彼らこそが狂信者だ。
 神殿は、獣人を人類の敵として創ることで何かを狙っている。
 それが分かれば、きっとマルが……神殿の目的を見つけ出してくれるだろう。

 群がるように迫ってくる兇手らに、裂帛れっぱくの気合いと共に振るわれる大剣。
 渾身の一撃で数名まとめて兇手を薙ぎ払い、更に翻し、斬る!
 身を起こしたハインも、剣を握っていたけれど……肩を負傷し、血の流れ続けている状態を、兇手が狙わないはずがない。
 フラついたところで斬り掛かってきた一人をハインは避けられず……と、見せかけ、力無く踏み込んだ脚が崩れることはなかった。その兇手を屠り、素知らぬ顔で剣の血を払い落とし、別の相手には懐から取り出した目潰しをぶつけて牽制。
 防戦一方の俺はというと、ウォルテールに助けられていた。
 全身を痛めつけられたウォルテールの動きはぎこちない。けれど、俺を襲う兇手らに牙や爪を振るい、時に身体で押し戻す。綺麗な毛皮は剣で刻まれ、血に染まり、見る影もないほどに傷付けられていたけれど、ウォルテールは俺の盾になり続けた。
 見えないオブシズとアイルが気掛かりだったけれど、まだ討ち取ったという声は上がらないから、生きてくれているのだと、信じる……。

 なんとか耐え忍んだのは数分……だけど兇手の数はまだまだ多く、疲労で手脚がいうことを聞いてくれない……。脇腹に痛みが走り、突き出された剣が掠めたのだと分かったけれど、踏み締めたはずの脚に力は入らず、そのまま身が崩れた。

「レイシール様⁉︎」
「掠っただけ……」

 俺を庇うためにウォルテールが前に立った。
 全身を赤く染めていて、俺どころじゃなく傷付いているのに……。
 ウォルテールは、三方からの攻撃を前にし、一人は尾で払い、一人を爪で薙ぎ、一人に食らいついた。
 だけどそんなの、捌き切れるものじゃない……己の震える太腿を叩き感覚を奮い起こし、なんとか立って、尾で払われた一人の、再度の攻撃を、代わりに受ける。よろけた……ウォルテールが体当たりで、俺の前の兇手を押しやり、それをシザーが切り捨てる。

 シザーの身体から立ち登る闘気と、白い靄となって蒸発する汗。シザーも刻まれていた……。防御には適さない重い大剣を振り回すのだから当然で、体力も消耗しているだろう。けれどシザーは揺るがない。太刀筋も衰えない。俺やハインを時に庇いながら、闘神の如き働きを見せる。
 と、視界の端に短弓をつがえた者が見え、咄嗟に短剣を捨て、懐から引き抜いた小刀を放った。
 首に深く刺さり崩れる兇手。
 ほっとしたのも束の間、無防備に防御を捨てた俺に兇手の意識が集中し、近付いてくる一番手前の一人に右手で小刀を放ったけれど、首を掠っただけで逸れていく。

 くそっ。

 右では外れると思ったから、左を使った……。その選択は間違っていなかったと思うけれど、結局こうだ……。
 もう一度短剣を拾うよりはと、懐の小刀をまた引き抜く。あと何本か……もう半分以上を使っている。無駄撃ちできないから、小刀は全て左で処理しようと決めた。
 俺に向かい右から来た一名を、ハインが代わりに身を捩じ込ませて受ける。
 そこでピクリと、ウォルテールの耳が小刻みな動きを見せた。
 ふわっと揺れた尾。気を取られたような動き方だ。

「ウォルテール!」

 迫ってくる一名がウォルテールに向かっていたから、鋭く名を呼ぶと、我に返る。
 一瞬遅れた反応を突く別方向からの攻撃に、小刀を投擲。隣に胸元から礫を取り出し右手で同時に二つ放つ。小石など意に介さぬと剣の腹で受けた兇手に腰からのもうひとつ。
 それも剣で受けたが、砕けて撒き散らされた目潰しに、周りの数名が巻き込まれた。
 それでなんとか、崩れかけた状況を立て直したけれど……聞こえてきた鋭い声……。

 やばい……っ。

 ルカの声に聞こえた。まさかもう戻って……? クロードたちがそれを許すとは思えない。なら独断⁉︎
 焦りが、手元を狂わせ、右で投げた礫がまた外れる。
 ゔっ……と、くぐもって押し殺された声に横を見ると、俺を狙って放たれたろう小刀を、腕で庇って受けたシザーが。
 ギャン! と、甲高い悲鳴。ウォルテールが背に手酷い一撃を食らい、別方向からの一手に斬られた耳の先が飛んだ。

 更に振り上げられた長剣。

 駄目だ。ウォルテールは見てない。
 腹の痛みによろめいて、フラついた首に、振り下ろされ…………っ。

「ウォルテール‼︎」

 今から何か放っても、剣は止まらないと思った。
 ただ振り下ろされるだけで、ウォルテールの首は飛ぶ。
 そう思ったら、もう手が動いていた。そして……。

 血飛沫と激烈な痛み。

 ぼとりと落ちた自分の右手首。
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