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終幕 10

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 ここの事業にも、少なからず影響が出てしまうだろうな……。

 職人たちにも、大変申し訳ないことをしてしまった。
 だけど、幸か不幸か、ここの事業自体は国の管理下に入った。
 元々俺が個人の裁量で処理していたことも無きに等しいし、ブンカケンは俺無しでもちゃんと回る。
 クロードを筆頭とした貴族関係者は、ここの重要性をきちんと弁えてくれているだろうし、動き出した以上、最低一年はこのままが維持されるだろう。
 なにより国内への影響を考えれば、続けざるを得ない。それだけの経済効果をもたらしているという自信はある。
 その一年があれば、ここが俺の存在とは関係なしに動いていることも、ここの事業を存続させる価値も理解してもらえる。なにより、離宮建設はきっと止まらない。陛下がここでご出産となった以上は。

 セイバーンは……当面陛下の管理下かな……。

 その後、適した貴族が選ばれ、領名を変えることになるだろう……。
 父上がご存命のうちは、セイバーンでいれた……それがせめてもの救いだったなと思う。
 せっかくサヤが守ってくれたセイバーンの名も、結局俺自身が潰してしまったな……。

 獣人らの安らげる場所も、俺が壊した。

 せっかくアイルが忠告してくれたのに、俺はそれを活かせなかった。
 最悪の結果を招いてしまった。
 戸惑うべきじゃなかった。俺は即座に、こんな配下を持った覚えは無いと、口にすべきだった。
 そうすれば犠牲にするものは今よりずっと少なかったと思う。ウォルテール一人を切り捨てれば、全て丸く収まっていたのに!

 …………収まっていたか?

 ズキズキと痛みを伝えてくる右肩……突き立ったままの小刀。
 そこに視線を落とし、今の俺にできることは考えることだけだ……と、そう思った。
 最悪の結果を、本当の最悪にしないために、考えることだけだ……。

 あの状況……あそこには、表に出ていない第三者の存在が、確かにあった。
 その決定的な証拠がこの小刀……。俺の命を刈り取る目的で放たれたこれだ。

 ホライエンと神殿に、それをする理由は無い。
 何故なら彼らは、自分たちが正しいことを、知っている。
 正当な理由を持ち、堂々と俺を裁ける立ち位置を取ってあそこにいたのだから、俺を誅するのに隠れる必要は無いし、実際そう動いた。

 ……あの兇手らは、昨日今日で潜ませたものじゃない……。何日も掛けて、少しずつ送り込まれていたはずだ……。
 そう考えれば……どっちみち何かの形で、この状態になっていたようにも思える。現状を考えると彼らの目的は、俺たちの始末……命を取るという意味だけでなく、社会的にも……ということだったろうから。
 そしてできるなら最後まで、その存在を他には悟らせないつもりでいたはずだ。町人に扮していたのはそれもあってのことだろう。

 あそこで俺が死んでいたとしたら。
 あの兇手らは町人のふりに戻り、何食わぬ顔で逃げる民らに紛れただろう。
 セイバーン側は俺の死を、ホライエンか神殿の手だと考え、逆にホライエン側は、口封じ、濡れ衣を着せられたと主張し、お互いが譲ることをせず、ただ状況を混乱させるだけの結果を招いた可能性が高い。
 その後俺たち不在のまま、俺たちは悪魔の使徒に仕立て上げられ、討伐が完了したということで、万事解決……。まぁ色々ごちゃごちゃして時間は掛かるだろうが、民らの不安を払拭することが優先され、その結末で落ち着くだろう。

 こうして俺が死ななかった場合も……。
 俺が吠狼を使い、住人らを殺戮し始めたように演出した……。
 サヤは悪魔として神殿に狙われ、俺はその使徒を操る手先に仕立て上げられ、獣人らと共に、全国民を敵に回す。
 本来なら考えられない与太話だけれど、実際に獣人がおり、獣化までして見せたんだ……疑いようもない。
 クロードたちは、もう俺を罪人と定めたろうし、追手もかかるだろう。

 このフェルドナレンに俺たちの居場所は無くなった。
 俺たちの退路を断つこと、信頼を失墜させること、悪魔の使徒に仕立て上げることには、見事成功しているから、どのみちこの第三者の目的は達成されているのだろう。
 どこに逃げたって追われるだけだろうし、俺たちがあとどれくらい生きていられるかも、時間の問題……。
 どっちに転ぼうと、損はしない。失敗しない。そんな風に設定されていたということ……。

 第三者は、容赦無く、そして頭のキレる相手なのだろう。
 生きて帰らない可能性が高いと分かっていただろうに、それを承知で、結構な人数の兇手を投入してきている。
 駒は駒……。消耗することも厭わない……いや、必要ならばそう使うし、それを痛いとも思ってもいないのか……。
 それだけの数を持っている……そうじゃないな……そもそも駒に駒であること以外を求めてない……。
 使うべき時に、使いたい方法で使う。消耗して当然と思っている。
 そんな風に考えている相手だということが、嫌でも伝わってくる……。

 駒は駒……なら当然、ウォルテールのこの先は……。

 逃げるのに必死で、彼がその後どうなったかが、分からない……。
 でも、このままであれば、彼の先は容易に想像できた。
 どの勢力に捕まろうと、命を失うことだけは確か。待っているのは来世への旅立ちだけだ。
 そう思ったら、ギュッと、胸が締め付けられた。

 …………この後に及んで……っ。

 俺は何を考えているのだろう。
 ウォルテールは群れを裏切った。俺が何を言ったところで、もう吠狼の中に彼の居場所は無いだろう……。
 それは分かっているのに、何故か気持ちが振り払えない。
 ウォルテールをこのままにしたくない……。
 裏切り者に構ってる余裕がある状況じゃないって、分かっているのに。

 世界はこの形でできているんだよ。

 そう言った時の必死な表情に、嘘があったなんて、未だに思えないのだ……。

「主、乗って。頃合いを見て出るから」

 悶々と考えていたら、走り寄って来たイェーナがそう言い、俺は慌てて立ち上がろうとした。
 けれど、失血と痛みにくらりと頭が揺れ、身体が傾ぐ。それを横から伸びたハインの手が支えてくれた。
 だらりと下げたままになっている腕を伝い、ぽたりと滴った血。
 それを見たイェーナが、眉を寄せ、くしゃりと顔を歪める。

「ごめんなさい……本当は私が、真っ先に気付いてなきゃいけなかった……」
「そんなわけないじゃないか。あれは俺にだって予想できてなかったし……避けられなかったのは、俺の失敗。
 それにイェーナは、俺を助けてくれたろう? ありがとう……君は命の恩人だ」

 手を汚させてしまった……。
 だけどアイルはそれを「よくやった」と褒めた。
 彼女に今後襲い来る後悔や葛藤を、そうやって肯定することで、引き受けた。
 だから俺も、彼女に言うべきはごめんじゃなくて、ありがとうだ。
 それに、あれはどう考えたってイェーナの責任ではない。小刀の投擲者は本職の兇手だ。
 イェーナはまだ吠狼となったばかりで経験も浅い。街の警備以外の職務経験は殆ど無いに等しいのだ。見破るのは困難だったろう。

 足を進めようとして。

「でも、私は察せなきゃ駄目だった……」

 小さなイェーナの呟きに、ふと思い出したのは……。
 イェーナは人だ……だけど、身内に狼になれる獣人を持っていたからその関係か、鳴き声や仕草、表情等から、狼らの言いたいことを察することができた。
 イェーナと初めて顔を合わせた時、狼姿だったウォルテールの言いたいことを俺たちに訳してくれたのも、彼女だった……。
 イェーナの察せなきゃいけなかったは、ウォルテールの咆哮の意味?
 先程も、あの場に彼女はいたのだ……。っ、なら、もしかして……っ。
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