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終幕 3

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 夕刻になり、荷が到着したとの知らせが入った。
 アイルとジークはまだ戻らず、村門が閉まる時刻であることを考えると、帰ってくるのは明日になるだろう。
 幸いにも、本日ホライエンの来訪は無く、考える時間を確保する余裕もある。

 丁度手の空いたメイフェイアと、手の空かないサヤ。それでメイフェイアとオブシズを伴い、荷の確認に向かうことに。

 ロジェ村から越冬用の干し野菜を大量に運んできてくれたのは、いつものエルランドたちだ。
 収納木箱を利用するようになってから、無駄無く荷が詰め込めるよになったため、荷車の積載量が増えた。今回もぴっちり四列四段、同じ規格の木箱が整然と並んでいる。
 そして荷と共に……

「とーちゃ!」
「ロゼ!」

 久しぶりの親娘再会。
 スザナに連れられて来たロゼが飛びつくと、ホセはガッチリと受け止め、抱き上げた。

「頑張ってたか」
「うん!」

 麦畑の関係と越冬準備を兼ねて、早くから家族と離れ、アヴァロンに来ていたロゼ。叔母のスザナが一緒とはいえ、心細かったり、不安を感じていたりしたに違いない。
 それでも元気にそう返事をしたのは、ホセに心配をかけまいという気持ちゆえだろう。

 親子の団欒を堪能してもらおうと、目くばせしあってエルランドとその場を離れた。
 荷の運び込みを部下らに任せたエルランドは、そのまま俺の元までやって来て……。

「…………お加減が優れないのでしょうか?」
「いや、ここのところ立て込んでいたから、少々寝不足でね」

 言葉を選んでくれるエルランドは大人だよ……。

 あまりご無理はされませんようにと心配してくれる彼に、一応一区切りはついたから大丈夫と伝え、書類の受け渡し。
 新たな疑惑等で胸はざわついていたけれど、あくまで可能性の話で、まだ口にできることではないから、気持ちを切り替えるように努めた。
 ロジェ村近隣は、俺の私兵である吠狼の直轄地であるから、エルランドは俺と直接やり取りをする立場を得ている。玄武岩の仕入れも続いており、今は交易路ではなく、アヴァロンの街路補装用に仕入れていた。冬前のこの時期は、ロジェ村とその近隣で作られた、試作保存食を運んでもらう契約になっている。

 そして、彼は数少ない……獣人を受け入れてくれている、理解者でもあった。
 だから、村の近況を書類と共に教えてくれる。
 俺の大変貴重な、癒しの時間……。
 気を利かせたメイフェイアとオブシズも、それとなく距離を取ってくれた。

「サナリは片言にですが喋るようになりました。もう可愛いのなんの。
 ただ、やんちゃが日を増すごとに酷くなってきまして、村の女性らは手を焼いています。口々に言っておりますよ、ロゼの再来だって」
「ははは、ロゼもやんちゃそうだったもんな。……で、レイルは相変わらず?」
「はい。狼のなりのままですが、不思議とサナリとは意思疎通できているみたいですよ。
 そうそう、サナリは器用にレイルに乗るんです」
「二歳にして騎狼って、……とんでもなく英才養育だな……」

 そう言うと、エルランドは声を上げて笑った。
 二人の戯れあっている姿は、英才教育とは程遠い雰囲気なんだろう。

「下の妹……カロンもよく乳を飲み、ふくふく育っております」
「あぁ……カロン……まだ会えてないんだよな……早く会いたいのに……」

 会いに行く時間が無い。赤子の幼い時は、一瞬で過ぎてしまうというのに。

 カロンも獣人であったそうだが、見た目には影響が出ていないという。
 ただ、まだ幼いがゆえに、特徴が目立たないだけであるかもしれないと言っていた。

「このカロンがねぇ、またサナリの真似をしたがるというか、レイルに興味津々なんです。
 レイルもそれが分かっているのか、尻尾で遊んでやったりしている姿がもう……幼いなりに、妹だという認識はしているみたいですね。
 ただそれをしてると、サナリがカロンに嫉妬するみたいで」

 双子の片割れを自分の一部と認識しているのかもしれない。
 そんな微笑ましい様子を聞くにつれ、いつもなら切り替えができ、頑張ろうと思えてくるのに……今回ばかりは、だんだんと気持ちが沈んでしまった……。
 彼らの生活を守りたい……。人と獣人は、ちゃんと共にあれるのだと、その夢のような姿を、もう一度見たい……信じたい……。

「もうすぐ三歳……丸三年か……。……レイルは……ちゃんと人の姿を得られる日が、来るのかなぁ……。
 狼の姿だって、きちんと愛しんでもらえていると分かっているけれど……このままあの姿だけで一生を過ごすのだと思うと……なんだか少し、やるせない気持ちになる。
 ホセやノエミは覚悟して受け入れているのに、俺がどうこう言うことじゃないんだと……分かっているんだけど……」

 つい零してしまった愚痴。
 だけど、獣人の現状を目の当たりにして、気持ちが少し塞いでいた……。
 狼の姿しか持たない彼を、人は狼としてしか見ないだろう……彼はホセの息子だけど、そう思ってもらえるのはあの村の中だけ。
 世間に出れば、レイルは家族に数えられない……。
 育ったサナリが村を出ても、レイルだけは、ずっとあの村から、外には出られない……。

 それは……本当に幸せか?
 これで良いと、言えるのか……?

 言えるわけがない。だけど、でも、それでもあそこは、楽園なのだ……。
 獣人らにとって、あの箱庭だけが、楽園なのだ…………。

「……レイ様?」
「っ、ごめんっ。ちょっと……いけないな、俺がこんなこと言ってたんじゃ。
 大丈夫。諦めたりとか、そういうんじゃないんだ。ただちょっと、思うようにいかないことが重なって…………」

 エルランドに、つい甘えてしまった。
 父上はもうおらず、配下の皆に弱音など吐けない。サヤを不安にさせたくない。
 だから皆の前で口にするわけにはいかず、エルランドは大人で、秘密を共有していて、口の堅い信頼できる相手で……俺の倍の年月を、生きてきた人……。
 それでするりと、口が滑ってしまった。

「いや、そうではなく……、あの……覚悟とは? レイルは何か……よもや人型になれない病か何かで⁉︎」

 二人からは何も聞いていないと、慌てた様子で聞かれ、返す言葉を失った。
 え……いや……獣人らは理解していることなのだろう?

「狼の姿で生まれてくると、人になれないままであることが、多いんじゃないのか? 確かそう聞いたが……」
「初耳です! そもそもあの村で、狼の姿で生まれてきたのは、レイルが初めてと聞いていますが⁉︎」
「は?」

 だけど、用例があるような口ぶりだった……。

「狼になると、思考が少し鈍るのだと……それで、初めから狼で生まれ落ちると、人の自分を認識できないまま、狼のままであることが多いのだと……そう……。
 え……ちょっと待て、初めて? でもこれは…………っ」

 ウォルテールが教えてくれたんだぞ?

 その言葉を咄嗟に飲み込んだ。
 あの時ウォルテール、なんて言った? 誰にも言うなって、内緒だって言った……よな? でもそれは……。
 人の姿を得られるとは限らない。できなかった時、皆をがっかりさせてしまうからって……。
 だけど、見て、当たり前に思えたら、いつか気付くかもしれないって、そう……。
 足の指が四本しか無かったウォルテールと違い、レイルには五本目の指があった。だから、望みがあるかもしれないと…………。

 だからお願い、内緒にして……って……。

 ………………そうだ、ウォルテール……。
 彼は、いったいどこで育った?
 どこでそれを、知ったんだ?
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