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終幕の足音 7

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 とりあえずの方針が定まり、皆がより一層忙しくなってから、俺はクララとクロードを呼んだ。
 礼を言っておかなければと思ったのだ。

「ありがとう……。だけど、陛下の許可が出ていないことまで、口にしてしまったんじゃないのか?」

 そう言うと、クロードの視線がクララに向き、クララは更にそっぽを向く。やっぱり……。クララが、口止めを無視したんだな。
 でも、クララを止めなかったクロードも、気持ちは一緒であったのだろうし……まぁ、同罪だ。

 多分だけど……陛下がセイバーンを疑っていないという部分、あれは本来伏せるべきことだったはず。
 もしくは俺の出方を伺うため、敢えて当面は伏せよと支持されたと思う。
 彼の方はしがらみ程度で俺を全面的に信用したりなんてしない。ご自分の立場を、そんな風に軽く捉えてはいらっしゃらない。
 国を背負っている自覚がある王だ。そしてそれを自ら選んだ方だ。

 俺がそういった部分を察知していると察したクララは、バツが悪そうに視線を逸らしたまま……ゴニョゴニョ言い訳を加えた。

「貴方が保身に走って調査を行わない方を選ぶなら、言わないつもりだったわよ……。
 陛下もそう仰ったの。そうするならば容赦なく調査するって。だけど……貴方はそうはしないだろうとも、おっしゃったし……そんなに強く言うなとは、言われなかったし……。
 でも良かったわ。貴方が陛下のおっしゃる通りで……。だから一応、今のところは、陛下に免じて信じてあげる」

 それに私、ここの文官でもあるもの……。と、クララ。
 言い訳がましく言っているけれど、俺の文官として、俺を信頼してくれたのだ……。

「俺も、お前たちに、恥じない主でありたいと、思ってるよ」

 そう伝えると、ふんっ! と、照れて、明後日の方向を向いてしまう。

 サヤの言うツンデレのツンだなと思いつつ、温かい気持ちで笑っていたのだけど……。

「レイシール様……」

 そこでクロードが、口を挟んだ。
 その表情は、クララとは少し違う。何か、決意を滲ませた……。

「…………レイシール様、私も貴方を主として、信頼しております」

 静かに口調でそう言ったクロードはしかし、そこで言葉を止めた。
 俺が唇の前に、指を立てたから……。

「うん。分かっているよ。だけどもう少し、時間が欲しい……」

 彼が何を言いたいのかは、分かっていた。だけどまだ、待ってほしい……。もう少し、もう少しだけどうか……。

「お前たちに、恥じない主でありたい。お前たちに報いるためにも、セイバーンの民のためにも……サヤのためにも、俺自身の、ためにも。
 約束は、忘れていない。だけどもう少しだけ……時間が欲しい」

 クララが不思議そうにクロードを見上げた。
 俺とクロードの約束を、彼女は知らないから……。
 クロードは少しもどかしそうに眉を寄せたけれど、瞳を伏せ、顔を上げた。

「……畏まりました…………」

 納得はできてない表情だったけれど、そのもう少しの言葉を、受け入れてくれた……。

 二人が退室し、とりあえずはこの苦難を乗り越えられたことに俺は、ホッと息を吐く。
 急なことで慌ててしまったけれど、とりあえず、やるべきことはできたはずだ。
 もしかしたら、ジェスルに何か仕掛けられているのかもしれないけれど、隙は与えなかったと思う。

 後は……反撃のための情報を得る。

 こちらが領主印を変更していることは、まだ知られてい……。領主印が二つある可能性に、気付いていることもだ。
 だからここで隙をつくことができれば、相手の正体を暴けるはず……。

 この時、マルがいてくれたならば……。
 きっとこの可能性を、もっと深く、正確に、掴めていたろう。
 敢えてこの時期を選びセイバーンを標的にした理由を、きっと彼なら気付けた。
 だけどそう考える意味は、きっと無い。
 これは、この形で今を選び、仕組まれた罠の、ほんの表層部分だった……。


 ◆


「レイ、まだ休まへんの?」

 その日の夜、自室で書き物を続けていたらサヤにそう問われ、顔を上げた。
 風呂を使ってきたサヤが俺の手元を覗き込んでいる……。桜色になった肌としっとり濡れた髪が艶めかしくて、ちょっと視線のやり場に困る姿……。
 ちゃんと肌を極力隠す夜着だし、上に厚手の羽織も纏っているから、何がどうってわけでもないのだけど……ううぅ、煩悩を捨てきれない自分が悪いだけです。

 この館の風呂は現在王宮に倣い、性別ごとに使用日が入れ替わる形に変更され、本日は女性の日。サヤも当然皆と共にそこを利用していた。
 俺たち男爵家だけが使う小さな風呂もあるけれど、これは現在陛下専用。
 父上がご存命の時は、介添が必要な父上専用としていた。
 陛下の場合も、最近までご懐妊を伏せていたこともあり、風呂は利用せず湯浴みをされていたのだが、主だった役職の者には伝えたから、調整しやすくなったので切り替えたのだ。
 もう、利用する者もいなくなってしまったしね……。

 貴族が使用人らと風呂を共有するのはどうかと思われるかもしれないが、風呂……もとい湯屋は、そういう使い方をするために作ったものだ。
 身分の隔たり関係なく、規則に則って皆が使う。そこに意味がある。
 使用人らと談笑したり、相談に乗ったり、情報収集の場としても結構有用なのだ。
 だから、貴族出身者でも使っている者は案外いる。
 家庭のあるクロードや宿舎を出たオブシズは利用していないものの、研修官らやヘイスベルト……クララも使ってる。まぁ……彼女は前から湯屋に興味津々だったし……ここに来た当初から嬉々として利用していたよね……。

 女性は、仲の良い者と連れ立って湯を使うことが多いようだ。そこにロレンが加わっていると思うとちょっと色々モヤモヤするものがあるのだけど……。

 いかんいかん、芋づる式に余計なことを考えそうになる思考は遮断せよ。
 というわけで、サヤの質問に答えるため、意識を切り替えた。

「うん。きちんと纏めておこうと思って……」
「何を?」
「白の病と、人から獣人が生まれることの類似性についてをね」

 そう言うと。サヤの瞳が見開かれ、少し固まってからまた、口を開く……。

「……せやけどそれ……」
「うん……当初は秘密を守るために、頭の中だけに留めておくとしていたのだけどね……。
 そろそろ、準備を始めておこうと思って……」
「陛下に、獣人さんらのことを、直訴する準備?」
「うん」

 そういうことにしておこうと思う。
 正直に言うと、サヤを不安にさせてしまうだろうから。
 本当は、万が一を考え、記しておこうと思ったのだ……。
 何かしらの形で、俺が陛下にこれを伝えられなくなる可能性もあるだろう……。それが見えてしまったから。

 今回の件、お咎め無しとなったけれど、場合によっては投獄もあり得た。
 裏切り行為だものな……。俺が行っていないと判断されたから良かったものの、父上がご存命であれば、免れることはできなかったと思う。
 実際に裏切り行為が行われていたかどうか……これは調べてみなければ分からないけれど、不測の事態が起こった時でも、俺たちの得たこの情報を、陛下に通す形を作っておきたいと思ったのだ。
 罪人となれば、何かを訴える権利など無くなってしまうわけだから。

 王家の白の病と、獣人が人より生まれ出ること……。
 この二つは、どちらも同じ理屈で成り立っている。
 もっと言うなら、俺たちが親に似た部分を持って生まれることも同じ原理だろう。
 この、親に似た形で生まれること自体は、誰もが知っている当然のこと。自然の摂理というものだ。

 だがこれは、相当複雑な、神の奇跡の重なりを得て起こるものなのだと、俺はサヤに教えられた……。
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