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終幕の足音 3

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 陛下とホライエン伯爵様、大司教様との謁見は、二時間に及んだ……。
 陛下が身重であることがバレやしないか、体調に影響が出ないものかとハラハラしていたのだけど、陛下の元を辞してきたホライエン伯爵様が、謁見に臨んだ時より更にご立腹だったことで、とんでもない問題が起こっているのだと理解した。そしてホライエン伯爵様もそう認識されているのだろう。俺と視線が合うや、その矛先は俺に向いた。

「貴様……っ!」
「ホライエン様!」

 即座に止めに入った配下の方々。大司教様からも制止の声が鋭く飛び、ギリギリで踏み止まるホライエン伯爵様。俺の前にも飛び出してきたシザーとハイン、そしてクロードが立ちはだかり、一触即発の雰囲気。
 ホライエン伯爵様の怒りは、明らかに俺を標的だと示していた……。

 なんだ……? なんで俺を?

「堪えてください!」
「今はいけません。それに、早く手を打ちませんと……」

 配下の方々のそんな声。
 ホライエン伯爵様は憤怒の表情を隠そうともせず俺を睨め付け、それ以上は何も言わず外を目指した。
 お戻りになるのだ……。手を打たなければと言っていたし、急を有する事態なのだな。
 もうこちらに見向きもせず、大股で足を進めるホライエン伯爵様を見送っていたら、別方向から声が掛かった。

「レイシール様、大変失礼いたしました。しかし我々は急ぐため、どうかご容赦くだされ」

 そう言ったのは大司教様だ。
 思うところはあったけれど、この方に当たり散らすのも憚られる。俺は「帰りのご無事をお祈りしております」と、無難な言葉を選んだ。
 ホライエン様の度が過ぎた態度について触れなかったことで、あれは無かったものとして扱ったと分かった大司教様は……。

「セイバーンの血にアミの加護があらんことを……」

 袖の中に両手を隠す独特の姿勢で祝福をくださった。

「ありがとうございます……では、お気をつけて」

 …………。

 何故、今祈りを?
 セイバーンの血……それとも、地かな?

 語調は血だと告げていたけれど、訛りか何かで若干音が逸れたのかもしれない。

「なんだったんでしょう……?」
「…………さぁ、ちょっと分からない……」

 半ば呆然と呟かれたヘイスベルトの言葉にそう返したものの……嫌な予感はしていた。
 ホライエン伯爵様は、何故大司教様を伴ってこられたのだろう? 
 ここで神殿が大物を寄越したことが気にかかる……まさか、マルが神殿を調べていることに関係していたりするのか?

 マルと吠狼の皆は無事だろうか……。

 そこと繋げて考えてしまったら、不安が膨れ上がった。
 こちらの動きを、何か知られたのかもしれない……。だけど大司教様は特別慌てた様子も、警戒している風でもなかったよな……?
 それに一言も発しなかったけれど、あの女性侍祭……そういえば、名を伺った覚えはない……。

 もやもやと広がる不安……。
 ホライエン伯爵様は、何故セイバーンにお越しになったんだろう?
 俺をああまで敵視した理由はなんだ?

 ホライエン伯爵様に、陛下のご懐妊が知られてしまったかどうかの確認もした方が良いかな。
 それから……ホライエン伯爵様の要件……お聞きできないか、陛下に尋ねてみようか……。

 そんなことを考えていたら、リヴィ様がいらっしゃった。
 珍しい! この方が陛下のお傍を離れるなんて。

「あの……レイ殿、クオンとクロード殿を少々、お貸しいただけないかしら?」

 開口一番、そう言われたことで、また不安が膨らんだ。
 クララではなく、クオン……。公爵家のお二人をご所望ということは、それだけの問題が発生しているということだ。

「二人とも、職務は後回しで良い。緊急のものだけ俺に預けて行ってきてくれ」

 そう伝えると、二人は即座に動いた。
 俺の元に書類を運んできたクララ。確認をお願いしますと差し出したそれの一番上にあったのは書き損じの裏紙。
 隙間に雑な字で走り書きがされていた。

 それなりにさぐってくるから、まってなさい

 状況を静観していたものの、気にしていたらしい。そして俺のことを気遣ってくれたんだな……。

 それにより、少し焦り、混乱していた気持ちを落ち着けようと意識できた。
 何も分からないうちから焦ったところで仕方がないのだ。まずは情報収集……。マルのことだって、心配したところでアイルに確認してみるくらいしか、俺にできることはない。

 クララに渡された急ぎの書類をとりあえずは済ませ、約束通りハインにも声を掛け、外へ。
 犬笛を吹くと、アイルは即座に現れた。

「神殿は何を言ってきた……」

 俺の顔を見るなりそう言ったアイル。
 だけど、何を言ってきた……か。つまり、マルたちの方からはまだ何も、知らせ等は入っていないのだな。

「まだ分からない。ただ……マルたちが心配になって……。
 そっちにも、何の知らせも入っていないのだよな?」
「入っていない。妙な侵入者や情報等も特には無い」

 一応それで納得はできた。ホライエン伯爵様らより、吠狼の足が遅いなんてことはあり得ないし、ならばきっと別件だ。
 一つ息を吐いて、情報収集に割ける人手はあるかと確認すると、難しいという返答……。さもありなん。俺が全力で探れってマルに言ったんだし、しょうがない。

「すまない……」
「いや、念のための確認だから気にしないで良いよ。
 ただ……定期連絡等で、もしホライエン伯爵領とジェンティローニの情報があったら、一応気にしておいて欲しい。
 俺もまだ何も掴んでいないから、どんな情報かも分からないんだけど……伯爵様がわざわざここまで足を運ぶ事態だ。直ぐにそれと分かるだろう」
「承知した」
「こちらから探ることはしなくて良い。それは、マルが帰ってからだ」

 それで話を打ち切った。急いで執務室に戻ると、まだクロードたちは戻っていない様子。
 ルフスに何もなかったかと確認を取ったが、一度クロードが何かしらの資料を取りに戻ったのみだという。

「そうか……あ、サヤもまだ戻らない?」
「はい。まだ……お急ぎですか?」
「いや、確認してみただけだから」

 本日のサヤは、職人の所だ。
 オブシズと共に、ルーシー、ヨルグ、ウーヴェを伴い、新たな物づくりの経過確認に赴いている。
 そろそろ完成と言っていたし、もしかしたら微調整に時間が掛かっているのかな。
 忙しくしている時に、ちょっと不安だからってサヤをいちいち呼び戻していたら、邪魔をしてしまうことになるだろう。

 そう……ちょっとした、不安だ。たいしたことじゃない。
 神殿が関わってきたことと、ホライエン伯爵様の態度。それがなんとなく、過去をひっばり出してきたから、不安が増しているだけ……。
 大丈夫。俺はもう乗り越えた。
 ジェスルの鎖は断ち切られ、異母様は幽閉の身。父上も兄上も来世へと旅立ち、あの頃の俺を知る者すらいない……。
 過去はもう、関係無い……。

 だけどもし罰が、また俺の足に絡み付いていたとしたら……。

 いつも……いつもそうだった。断ち切れると思ったら、また絡め取られる。逃れられると思ったら、それまで以上の枷が、鎖が、俺を捕えに来る。
 抜け出したと思っても、それはただの勘違い……。そうやって俺は……。

「レイシール様?」

 訝しげなハインの声に、慌てて意識をもぎ離す。

「なんでもない」

 大丈夫だ。罰なんて、無い。
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