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最後の逢瀬 2

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 種を思う分量拾い終えてから、昼手前に泉まで戻ってきた。
 馬でアヴァロンに戻れば、昼を少し過ぎるか……だけどセイバーン村で食事をしていくと、村人らにも捕まるだろうし、帰るのがきっと遅くなるよなぁ……。
 そんな風に考えていたら、サヤがまた、簡易かまどの準備を始めた。

「お茶だけ入れよ。戻る前にちょっとだけお腹に入れておこ」

 準備してきたしとにっこり微笑むうちの女神が最高です!

「…………え……」
「うん。これがそのどら焼き」

 ニコニコの笑顔で差し出されたそれを見た時は、ちょっと言葉に詰まってしまったけども。

 荷物の中に残されていた、別の油紙に包まれたもの……。
 それは、こんな風な時間になることを見越して、サヤが用意してくれた間食……どら焼きだった……。

 ……サヤの美味しいって言葉を、疑うわけじゃない、けど……。

 半分以上潰してあったが、色的に小豆だろう。正直豆は冬場の貴重な食料ではあるが、普段はあまり食べたいとは思わない食材だった。
 どうやって調理してもいまいち料理に馴染まないのが、豆の一般的な印象だろう。
 ぽそぽそするし主張するし……癖が強いのだよな。

「みんな豆はあんまり好きやない様子やったし、本当はこし餡にしたかったんやけどな……急やったし時間無くて。
 その代わり、栗の甘露煮をな、保存食研究で作ってたん、少し入れさせてもろた。栗の食感で、豆の食感はある程度相殺される思うし、栗入りのどら焼きは更に美味しいから、安心して食べて」

 さっきの意趣返しとばかりに譲る気の無さそうなサヤは、満面の笑顔で油紙に包まれたそれを、俺の手に押し付けてくる。
 そして俺が食べるまで自分も食べませんとばかりに、じっと見つめてきて…………っ。

「…………」

 油紙につつまれたそれ。赤茶色のぶつぶつとしたものに、黄色く、照りのある角切りにされた栗が見え隠れして、小さく焼かれたホットケーキに挟まれている。
 冷めているから匂いは然程無く、味を推し量ることはできなかった。うう……本当に甘いのかこれ……甘い豆ってどうなんだ? 更に妙な味なのでは?
 あの主張してくるところに甘みが加わるんだろ、あの主張が甘み如きで緩和できるのか?
 正直疑いが晴れず、じっと手の中のものを見つめていたのだが……。

「食べて」

 若干覇気を纏い念押しされ、急いで目を瞑って噛み付いた。
 もう味とか気にせず喉に流し込もう! そう思ったのだけど……っ。

「……ん?」

 独特のえぐみというか、豆の馴染まない何かが、無い……。
 いや、無いことはない……が、それは極めて大人しくなっていた。
 優しい甘みとふんわりした生地の食感、そこに少し硬い栗の歯触り……。豆はあるが、馴染み、纏まっており、間違いなく美味で、違う三つの甘味が合わさるそれは、全く別のものっ!

「………………⁉︎」

 何これ⁉︎
 豆じゃない何かになっているが⁉︎

「それが餡子。
 みんなが嫌な豆の風味って、多分灰汁のことやろうなって思うたし、いつもより一回多く灰汁抜きしといたん。
 本当はもう少し豆らしさがある方が、うちの味なんやけど」

 怖さの無い、いつものふんわり優しい笑顔に戻ったサヤが、そう言って自分のどら焼きをぱくりと食む。

「…………うちの味?」
「……お正月にはお餅を食べるのが、うちの恒例やってん。みんなに配るし、ご近所さんや、着付け教室の生徒さんらにも手伝ってもろうてな、年末の二十八日には、一日中お餅をつく。
 うちは古い家やったし、裏手にまだ竈門が残ってたから、そこでもち米を炊いてな、餡子は中の台所……調理場で作ってた。
 できたてのお餅からその日の賄いも出すんやで。餡子もたくさん炊いて、そこにお餅を千切って放り込むん。
 砂糖醤油やきな粉や、大根おろしやな、色々具材。お汁粉も用意してな。
 せやし、餡子は毎年炊いてたから、よう覚えてる。他の豆でもできるんやけど、小豆が一番馴染む気ぃするし、味の癖も抜けるし」

 そう言ってからサヤは、周りを見渡した。

「吠狼のみんなも、少し休憩。良かったら食べてみる?」

 そう声をかけると、暫くして……方々からいくつかの人影が出てきた。

「ひぃふぅ……六人? 良かった。半分ずつになってしまうけど……味見だけどうぞ。
 また今度、しっかり沢山作るしな」

 六人もいてちょっと驚いてしまった。せいぜい二人くらいだと思ってたのに……。
 現れたのは、女性の吠狼がおもで、男性は一人のみ。
 サヤにも想定外の人数だったようで、どら焼きの残りは三つしかなかったし、半分ずつに割って渡した。

 獣人らの鼻には充分甘い香りだったようで、皆は躊躇なく齧り付いた。
 恍惚とした表情。甘いものは贅沢品なのだ。特に女性は甘味を好むものが多いしな。
 一人だけ紛れた男はウォルテールで、久しぶりのサヤの手料理に瞳をキラキラさせている。
 ん……だけど……。

 やっぱり何か、元気……無いな。

 嬉しそうにしていたけれど、何か少し……引っ掛かる。
 血の濃いウォルテールは、感情表現もはっきりとしている。獣人はあまり深くまで思考を巡らせない。難しい判断は群れの長の仕事で、個人はさっさと思考放棄し、役割を任されるのを待つと、ハインを見てきた経験則で知っている……。
 だけど今彼は、何かの思考に囚われているように見えた……。喉に刺さった小骨のように、何かがずっとつっかえているような……。
 とはいえ、ささやかなものだ。
 サヤは気付いていないようで、そういえば、アイルからの報告を、サヤには伝えていなかったなと今更気付く。

 まぁ、用があるのは俺って話だったしな……。余計な心配をさせることもないか。

「サヤ、ちょっと不浄を清めてくるから、少し待ってて。
 ウォルテール、頼めるか」

 そう声を掛けると、どら焼きの残りを慌てて口に放り込むウォルテール。
 その近くにいた女性もこちらに足を向けたけれど、逡巡するように足を止めた。

「こっちは良いから、サヤを頼む」

 吠狼らと談笑していたサヤは、俺の言葉に特に疑問は挟まず、「はい」と、了承。
 まぁそうだろう。追求しないだろうと思ったから、これをネタに使ったのだ。不浄を清めるとはつまり、一般的に言うならば用を足すこと。
 女性吠狼を避けたのも当然と誰もが思ったのか、特に異論は無い様子。
 想定していた通りの結果に、これならば大丈夫だろうと、自分の推理に確信を強めた。

 護衛が六人もいたのは、経験不足の人員が多いからだな……。
 普段ならば、きっと理由など関係無しに、問答無用で護衛が付くし、そもそも性別だってこんなに偏らない。
 アヴァロンの警護を手薄にはできないから、苦肉の策としての人数確保なのだと思う。
 今回に関しては、おかげて助かった。
 サヤは耳が良いから、俺が極力距離を取ることも、疑われることはないだろう。

 そうしてウォルテールだけを伴って場を外した。
 アイルが俺に報告に来たことは伝わっていないのか、ウォルテールもとくに警戒した様子は無い。
 これくらい離れれば良いかなと思う距離を取ってから、俺はウォルテールに向き直った。

「話を聞こう」

 きょとんとした顔で俺を見たウォルテールだったけれど、次の瞬間ザッと顔色を無くす。慌てるにしては度を越した、大きな恐怖と混乱が渦巻くのを見て、こちらが慌ててしまった。

「あっ、いやっなんか、やっぱりまだ気にしてるような雰囲気だったしっ。
 ごめんっ、言いたくないなら、それでも良いんだぞ⁉︎」

 どうした⁉︎
 何故ウォルテールがそんな風に混乱したのかが、咄嗟に分からない。

「別に、まだ何も聞いてない! ウォルテールが俺に何か相談したがってるかもって言われただけだ。
 何か俺に言いたいことがあったんだろう? 今なら多少の時間を取れるから、聞くよ」

 そう言い直すと、少し気持ちを落ち着けたよう。
 聞いてない……と、繰り返してから、ホッとしたように脱力した。

「そ、そっか……。うん……いや、まだ、纏まってないっていうか……」

 そわりと視線を彷徨わせる。
 随分と成長し、俺と変わらぬほどに背が伸び、筋肉や骨格に至っては明らかに秀でている今のウォルテールは、まだ多少動揺しているのか、言葉遣いが昔に戻っていた。
 不安そうに視線が場所を移す。その様子は、纏まってないというよりは……言葉を探している風だ。
 焦っている……? まだ迷っている……。いや、言えないことをどうやって言うかを、迷っているのか……。

「あの……さ、最近になって、やっと聞いて……。
 その……俺たちのこと、あの街……アヴァロンに住まわせてくれるって話、あっただろ」

 あぁ……。

「うん。だけどそれ……ちょっと難しくなってな。
 ごめん……期待してくれていたのか?」

 人の前に姿を晒すことを恐れない獣人など、いない。
 皆怖がっているのだ、知られてしまうことを。特に獣人の特徴を持つ者たちは。
 だけどウォルテールは期待してくれていた? そう思ったのだけど、彼は首を横に振った。

「いや、そっちじゃなくて……。
 ごめん……予定通り行かないの、実はちょっとホッとしてる」

 申し訳なさそうにそう言い、視線を逸らして……。
 だけど、自分の発言に罪悪感を感じているのか、おずおずとこちらを伺う素振りを見せる。

 ほっとしたというのは、獣人らの本音かもしれないと思った。
 皆、俺に従う。
 救ってもらった命を同じく命で返そうとする獣人らは、身の危険を顧みず、俺に協力してくれると言ったけれど……。
 深くを考えないようにする彼らだって、全く考えないわけではない。やっぱり心の奥底では不安を燻らせていたのかもしれない。
 俺とマルの計画に、皆を巻き込んでいる自覚はあるから、知らず表情を曇らせてしまったら、気付いたウォルテールは、バツが悪そうに視線をそらしてから、意を結したようにもう一度、俺を見た。

「やめよう」
「……何を?」
「じ、獣人を……人だと、世間に認めさせるっていう、あれ……っ、や、やめた方が良い!」

 獣人である彼にそう言われることは、些か堪えた。

 余計なことをするなと、そう言われているも同じだったから……。
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