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婚姻の儀 7

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 死刑宣告と似た感じだよね。
 それを覚悟した三年前の方が、よっぽど冷静であれたような気がするけども。

 致すのに使うであろう、あからさますぎるものを小机の引き出しに放り込んで封印し、なんか雰囲気よろしく暗めにされてる部屋の行灯に、これでもかと火を入れてまわり、寝台に取り付けられた紗の覆いも引き千切ってやろうかと掴んだけれど、他の視線を遮るには役立つだろうし……と、手を止めた。
 立会人はいらないと言ったけれど……潜ませてくる可能性は捨て切れないもんな……。
 ハインは俺のこととなると容赦ないし、口でああ言いつつ、必要だと思えば俺の意思など無視するだろう……。
 ……サヤは、今から風呂だろうし、俺以上に磨かれるんだろうし……来るのは多分、一時間以上先……。

「…………はぁ」

 その間に気持ちを固めよう。無心になれ。心よ凪げ。
 なに、別に今日契れなくっても良いのだ。
 これから一生涯という時間がある。焦る必要なんて全然無い。
 無い…………のに……。

「……期待してる自分が嫌だアアァァ」

 そう。怖いし、逃げ出したいと思っているのに、期待している自分もいるのだ。
 サヤに触れる大義名分ができてしまった。
 もう耐える必要も、止める必要も無いのだと思うと、サヤの気持ちなんて無視して突き進みそうで怖い。
 今までだって、何度枷を引き千切りそうになったことか!
 枷があってすらそうだったのに、失くなったら制御きかないんじゃないの⁉︎
 サヤが泣いてても止められず、欲望を叩きつけてしまうのでは⁉︎
 それすら見てみたいって気持ちが少なからずあるのがなんかもう犯罪に近い!
 否定してるそばからサヤにあれやこれやしてるの想像しちゃうしっ。
 正直俺は、自分の理性なんか、全っ然、これっぽっちも、信用できない!

「…………あっ」

 そうだ。
 万が一そうなってしまった場合、サヤがせめて痛かったり、苦しかったりしないようにってギルに渡されたあれ、出しておかねば。
 王公爵家御用達の最高級品とかご大層に言われるから、若干怯んでしまって、下手な場所に隠すとハインが見つけ出しそうだしで、執務机の引き出し奥に押し込ん……っ。

「いや、そうじゃなくて!」

 何用意してんだよ⁉︎
 取り出したそれを放り捨て、慌てて拾い、良からぬものを押し込めた小机の引き出しに封印し直し、なんかどっと疲れて長椅子に倒れ込んだ。
 何やってんだ俺……。あまりにも馬鹿馬鹿しい。喜劇ばりに一人で翻弄されて、はたから見てたら相当笑えると思うぞこれ。
 どこまで浮ついてんだ、俺の馬鹿野郎……。

「…………くそっ」

 だって、それだけ彼女が特別なのだ。
 それだけ今日を待ち望んだ。
 俺にとって唯一無二で、女神で、絶対に手放せない……手に入れたかった人なのだ。
 その手に入れる権利を、今日、得てしまった。

「……あああぁぁぁ、だからなんだっ⁉︎ それでどうするかって話だろ⁉︎」

 ずっと思考がぐるぐるしている。
 同じ内容を何度自問自答しても、角度を変えて別方向から試みても、自分が信用できる要素が出てこない。
 どうしよう。万が一があっては駄目なのに。
 とにかく何か、自分を制御できる方法を見つけ出さないと。こんなことでは一時間なんてあっという間に……。

「レイ、寝るんやったらちゃんと寝台に入ろ?」

 そんな言葉とともに肩を揺すられて、ハッと意識が覚醒した。
 視線を上げると覆いの付いた寝台が目に飛び込んできて、なにこれっ⁉︎ と、一瞬頭が混乱。
 だけどその直後に、そうだ、今日は婚姻の儀があって……と、そう思考が繋がって、色々を高速で思い出し、そういえば初夜である。という現実に行きつき…………っ⁉︎

「寝てた⁉︎」

 貴重な一時間、対策を講じることもせず寝てたのか俺は⁉︎

「今日一日色々ありすぎたし、仕方ない思う。
 私もお風呂でうたた寝してしもうて、遅ぅなったし」

 …………。
 詰んだ。
 サヤの声が、横からする……!

 視線をやれない。
 だって絶対俺と同じく、初夜用に用意されていたあれこれを身につけているのだ。そんなものを見たら俺がやばい!

「いや、サヤは何も……俺がその……ちょっと気が緩んだというか……」

 何を言っているのか自分で分からない!

 混乱の極みというのはこういうことなのだろう。確かに!
 いや、そこ納得してだからどうだって話でっ。
 あああぁぁぁ、俺もう駄目だ……。

「ごめん……なんかちょっとまだ、寝惚けてるかもしれない……」

 無理矢理誤魔化し、顔を両手で覆った。
 見れない。
 見たらたがが外れる気がする。声を聞いてるだけで色々やばい。身体まで反応しそう……っ。
 そう思っているのに、手の隙間からサヤを探してる自分がいてどうしようもない。
 今日まで、極力思考しないようにしてたのが裏目に出てるのか?
 もっとこういった場合どうするかを検討しておくべきだった。
 だけどそんなことしたら、我慢なんてきかない気がしたのだ。
 今日までって。なんとかそこまではって。だからその先のことまで考えていなかった……っ。
 ここからをどうやって我慢すれば良いのかが、分からない……。

「…………分かってるし、大丈夫」

 そこでサヤが、俺の思考を遮った。
 膝の上にサヤの手が触れたのが、視界に入る。当然感触も。
 夜着越しにじんわりと伝わってくる熱と同時に、強い花の香りが鼻腔を掠めた。
 いかにもといった、甘く刺激的な香り。普段香油なんて、サヤは使わない…………。

「今日がそういう日やっていうのんはな、分かってる。
 私も色々準備とか、勉強とか、したし……みんなが気ぃ使うてくれてな、怖く無いようにって、言葉を尽くしてくれた」

 セレイアさんにも習ったけど、エレノラさんとか、ナジェスタさんもな、クララも心配してくれて……と、言葉が続いた。
 その間もずっと、膝の上の手は小刻みに震えていた。それが、俺の膝をさわりと撫でる。

「今日までって約束やった」

 そう言われて心臓が跳ねた。

「本当の二十歳はもう過ぎてる……あっちの世界の時間でなら私、春にはもう、成人してた」

 太腿の方に移動してきた手。サヤの気配が、声が、近くなる。呼吸が頬に掛かる。

「なのに今日まで待ってもらった……せやし……」
「前にっ、説明したかどうか、覚えてないんだけど!」

 皆まで言わせず、言葉を遮った。
 なけなしの気力を振り絞って。

 そうじゃないだろ。
 そういう約束じゃなかった。俺のした約束は、そういうんじゃない!

「婚姻を結べば、もう、耳飾りを両耳に付けて良いんだ。
 そうすれば、既成事実とかそういうのはもう、関係無い。家同士の契約は成立するから!
 それを今日、皆の前で証明してみせた。それで、充分なんだ……」

 婚姻前は、割り込みができる。サヤを横から奪い取られる可能性があった。
 だけどもう、それは無い。
 公爵四家が、王家が、俺たちの婚姻を認めたのだから、それで充分、成立する。

「特に俺とサヤの場合、その証明に関してとやかく言うような親族なんていないだろ?
 だから、今日じゃなくて良い。無理して我慢する必要なんて無い。
 俺が繋がりたいのは身体じゃなくて心だって、前にもそう言った」

 義務とか、責任としてなんて、求めていない。
 本当にサヤがしたいと思うなら勿論、そうしたいけれど、我慢はここまでだなんて風に、約束したんじゃない。
 俺はサヤが、我慢しなくても良い存在になりたいんだ。心安らげる存在に……っ。

 俺の吐き出す言葉を聞いていたサヤは、そのまま暫く黙っていた。
 だけどそのうち膝の手が外され、それがするりと頬を撫でる。

「…………私も前に、言うた……」

 その手がぐいと、俺の顔の向きを強引に変えてきて、直後に唇を塞がれた。
 唇を食み、舌が差し込まれて、そのまま俺と絡み合う。
 頭が沸騰しそうな誘惑。そこに紛れる何か、刺激物。
 必死で身をもぎ離すと、朱に染まりつつも真剣な、だけどとろりと熱に溶けたような眼をしたサヤが、視界に飛び込んでくる。
 それがいけなかった。

「レイなら嫌やないって言うた。
 怖かったのは、こういうこと自体が初めてで、どういったものか、その想像もつかへんかったから」

 いつもの簡素な、男物と変わらぬ夜着じゃなかった……。

 花嫁衣装よろしく、またもや純白。光沢ある絹羽織は半分落ちかけており、右肩が半ば露出していた。
 細い肩紐のみで支えられるたわわな胸部。頼りない布地が、今にもこぼれ落ちそうな膨らみをなんとか包み支えている。
 脇の深い切れ込みから太腿と、括られた下穿きの細い紐が見えており、想定すらしていなかった扇情的な姿に、神経が焼き切れるかと思うほどの衝撃をくらった。

 誰だ。こんなものを用意したのは。

 サヤが選ぶはずのない、女を武器にする夜着。
 この蕾はもう花開いているのだと、手折って良いのだと、甘い香りが脳に刺さる。
 見せつけるみたいに張り出していた胸が腕に押しつけられ、柔らかい膨らみがいびつに歪むのを呆然と見下ろす……。

「もう、ちゃんと学んだし、大人になった」

 顔にかかる呼気。そこに独特の香り。
 披露宴でサヤが口にしていた、ベイエルの……。

「…………やめてくれ」
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