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最後の夏 8

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 夏の会合を終え、あとは世話になった職人への挨拶へ向かった。
 本来は職人を呼びだすのが貴族なのだけど、その辺りのやりとりをしてると、平気で三日くらい掛かってしまう。そのため、自ら足を向けた。

 大浴場を手掛けたのは、赤騎士団の湯屋を建設したのと同じ大工らだ。
 俺が直々に顔を出したものだから慌てさせてしまったけれど、ついでに寄っただけだからと伝えて、陛下からの褒賞品を手渡す。

 大きな施設であるから、他にも沢山の大工を招集したようだけれど、彼らが取り纏めてくれたため安心できた。
 マルとも書簡等で、綿密にやりとりしていたよう。

 陛下からの品を、畏って受け取った頭領だったけれど……。

「前もって注意事項が届きますから、皆首を傾げていたのですよ。まるで工程を見られているみたいだと」

 マルの少し先を行く指示に驚嘆したそう。
 まぁ……吠狼を使っていたろうし、似たようなものだろう。

 工事内容がかなりの規模であったため、構造がひとつ完成するごとに支払いを挟む形でやっていたのだが、それも大工らの士気を支え、最後まで意欲的に進められたそう。
 そういった配慮が有難かったと、礼を言われた。

「こちらこそ。素晴らしいものを期日内に完成させてくれたその腕前、采配全てに、賛辞を贈る。
 なかなか汲み上げ機を用意できず、色々迷惑を掛けたと思うが……」
「いやいや。とても良い経験、縁を繋げていただけました……ありがとうございます」

 湯屋の経験を数多く積めたため、公爵家の官邸などからも注文が入っているというので、どんどん造ってくれと伝えることも忘れなかった。
 これが将来的に、民間まで広がれば良いなと思っている。

 ついでにバート商会とグライン宝飾店の経営状況も確認したけれど、問題なく順調な様子。

「思っていたよりは、経営状況も安定しているよ」
「女近衛の方々が出入りしてくださるのが、良い話題になっているからねぇ」

 前より若干ふっくらしたイェルクと、幼子を抱くスランバートさん。
 アルバートさんは今職務を離れられないので、この二人から報告を受けていた。

 バート商会に二人目の孫が生まれてからは、隠居しているスランバートさんは、こうして孫を抱き、店先で子守をしていることが増えたそう。
 それだけで集客が上がるんだからまた凄い。それもこれも、この新たな看板息子のおかげなのだ。

 くりくり巻き毛の、ふくふくとした可愛い男の子。
 やっぱり金髪に碧眼だったよね。バート商会の人たちは、この色の要素がよほど強いのだろう。

「明らかに容姿端麗……」
「この歳にして……」

 後方に控え、戦慄する研修官たち。
 うん。顔の要素も強いよね。

「トール、また来るね」

 トールバートと名付けられてるこの子は、俺が頬を撫でるとくすぐったそうに身を捩る。
 その姿がもうたまらなく可愛い。やばい。この家系の子としては少々引っ込み思案なのか、照れてモジモジするのだが、それが最強に可愛い。

「レイくんの婚姻の儀に立ち会えないのは申し訳ないが……」
「王都からわざわざ良いですよ。トールはまだ幼いのに、長旅させるのは可愛そうだし。
 それに、ギルとルーシーも参列してくれます」

 支店店主と次期本店店主が参列してくれるのだから充分だ。

「俺も参加したかったなぁ。
 でも、こっちも忙しくなってるし、商売に専念するよ。
 そのかわり、うち渾身の作品をよろしく」

 宣伝効果期待してると茶化して言ったのはイェルク。さすが商売人。
 俺の婚姻の儀に合わせて、グライン宝飾店は新たな新作の提案を行うのだ。
 売り出す飾りの名前は肩飾り。

 サヤの国の婚儀を行うにしても、こちらの国の習慣を多少は取り入れておかないと、反発を招く可能性もあるよと指摘してくれたイェルク。
 特にサヤは天涯孤独の身だから、血族から贈られる祝金が無い。
 花嫁は衣装に祝金を縫い込んで嫁ぐものなのに、それが無いとなると、色々言う者が出てくるだろうと。

「だけど、サヤの国の婚姻は、純白の衣装なんだよ」
「うん。それは良いと思うよ。でも、装飾品だって身につけるんでしょう?」
「……うん。それも全部白だと聞いてるけど……」
「じゃあさ、衣装はそのままで、白い装飾品で衣装を更に飾るってどう? 丁度良いのがあるんだ」

 貴族の婚姻は、衣装に祝金の硬貨を縫い付ける代わりに、宝石を縫い付けたりする。だから、宝石が散りばめてあるように飾れば良いのでは? と。
 それで提案されたのが、サヤの国では、ショルダーネックレスと呼ばれているものだった。
 サヤが描いてくれた意匠案の中に混ざっていたという。

 形状は、首元に沿う首飾りから、肩や胸に流れる長い飾りが垂れているというもの。
 面白いのは、肩に掛かる飾りは、金具を使って後付けされている点。つまり、位置や本数を変えられるのだ。

「祝金次第で本数を増やせる。
 貴族の婚姻にうってつけだと思うんだよねー」

 垂れる飾りが増えれば、それだけ祝いの声が大きいということだ。
 真っ白の飾り気が無い衣装に、宝石の肩掛けを纏うようなものだろう。

「このままだと上着の内側に隠れてしまうから、上着の上、肩に回す形で改良する。
 太めの、帯のような飾りを肩に飾るような……こんな風にね。で、そこに祝金代わりの宝石を縫いつけて、真珠の連なりを幾本も取り付けるようにする」

 イェルクの描いたサヤ用の飾りは、素晴らしかった。
「宝石編みはうちのウリだしねー」と、笑って言い、最高のものを作ると、言ってくれた。

 結果、肩に掛ける部分は、銀糸を使った帯状の飾りとなり、そこには小粒の宝石を集めて花や小鳥が表現された。
 そしてその帯には、宝石編みの刺繍のような飾りが飾られる。そこに真珠の連なりを取り付け、肩に何重にも垂れるように調整。
 その真珠は、ギルからの誕生祝いが再利用され、更に追加された。
 敢えて大粒と小粒を織り混ぜることによって、不規則さをそのまま出したのだが、それにより大粒の真珠がより映えて見える、良い出来となった。
 この品はまだサヤが試着していないから、当日喜んでくれると良いなと思う……。


 ◆


 王都ですべきことを全て終えて、俺たちは帰路についた。
 セイバーンからは、父上危篤の連絡も入らないまま。
 それにはホッとしていたのだけど、帰り着くまでは気を抜けない。
 そうして、九の月に入る直前に、なんとかセイバーンへと帰り着いた。
 けれど、帰り着いてもやるべきことがまだ残っている。

「急いでお迎えの準備を進める!
 陛下ご到着は、五日後の予定だから、慌てなくて良いけれど、早く済めば気持ち的にも余裕が持てるだろう。
 料理人もお連れになるそうだけど、陛下はうちのサンドイッチと乳茶がお好みだから、どこかでご用意することになると思う。食材の手配も進めておこう。
 その他、留守の間に何も無かった? マルからの連絡は……まだ無いんだな……。うん、仕方がない。
 あっ、あと……クロード。シルヴィの準備は整っているだろうか?」

 次々に指示を飛ばす中、最後にそう問うと、クロードは少々緊張した面持ちで「はい。万事ぬかりございません」と返事を返してくれた。
 極力ふだん通りに振る舞っているようだけど、やはり表情の強張りがある。他の皆に悟らせないようにしているのは凄いけれど、それではクロードがひとり苦しくなってしまうのじゃないか?

「緊張しなくて良いよ……。
 感触的にも、陛下はシルヴィをどうこうしようなんて思ってない。
 同じ病であるから、気に掛けてらっしゃるだけだ」
「はい……」

 まぁ、分かってはいても、緊張するよな。
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