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探れない過去 4

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 官邸に戻ると、サヤから事情を聞いていたマルが、渋い顔で待っていた……。
 あぁ、来るなこれは……。

「あの人との関わりは最小限にしてほしいんですけどねぇ……」

 あの人とは勿論、アレクのことである。

「してるよ。だけど神殿にコネはあった方が良いし、程よく上層部の人だし、こっちにだって色々融通きかせてくれてる。
 マルはいつまでもアレクを疑ってるなぁ」
「アレク⁉︎ また距離詰めてきましたよこの人は!
 貴方全然、僕の言うこと聞いてませんよね⁉︎」

 この三年で、マルはアレクへの警戒を更に強めている。
 それというのも、アレクの過去がようとして不明であるからだ。
 大抵の情報は拾ってきてしまうマルだったけれど、アレクは相当特殊であるよう。
 途中で髪色が変わってしまっているということもあって、神殿に来た経緯がどうにも掴めないのだという。

 当初から、アレクは貴族出身者であろうと考えていた。
 彼の洗練された所作や、貴族社会に身を置いていなければ身につかないような、細やかな習慣の癖……。
 俺の印象と、マルの印象は一致していたのだ。
 そのはずなのに、それらしい人物が存在しない。
 また、アレクが神殿の中で存在を知られ始めたのは、司祭となってからだそう。
 あの目立つ髪なのに、神官であったはずの期間が、全く、晒されていないのだ。

 彼が幼き頃に生死を彷徨う怪我を負い、その後髪色が白に変わったというのは、神殿では有名な話であるのだそう。
 ではその前の色が何だったかというのは、色々説があって分からない。本人も口にしないという。
 そして、彼の生死を彷徨うほどの怪我というのは、体に節々に痕跡が刻まれていると聞いた。
 至る所を炙られたような火傷だそうで、火災等に巻き込まれたのかは、定かではない。実際火傷かどうかというのも、はっきりしないが、火傷だという話が一番多いのだ。
 それも、本人が人前に肌を晒すことを極端なほどに嫌うため、見知っている者からの伝聞として伝えられている。

 で。実際のところどうかという部分を、マルは当然調べたのだけど……。
 それだけの怪我を負うような火災や事件が、見当たらない……。
 ならば、貴族ではない可能性は? となり、貴族に仕えていた使用人の情報を虱潰しにしたらしい。
 そしてやっぱり、彼の存在を絞り込むことは叶わなかった……。

「これってどう考えても怪しすぎでしょう⁉︎
 明らかに、誰かの手によって意図的に隠蔽されているんですよ、あの人の過去は!」
「でも……そんな大怪我を負うような事件に巻き込まれたのだとしたら、情報を伏せるのは身の安全のためじゃないか?」

 命を狙われればやむなしだと思う。
 だってオブシズだって、そのために名を偽ってきた。
 過去を隠していると言うならば、吠狼の皆だって、過去を知られたくない者、隠している者の宝庫だろう。
 そうするしか生きる道が無かったのなら、仕方がないことだと思う。

「そもそも、幼い頃のアレクに何の罪があるっていうんだ?
 あるとしたら身内の罪に、アレクが巻き込まれた可能性じゃないか?」
「どっちにしたってね、未だそれを隠している以上、危険な人物ってことでしょうよ」
「そうかな……俺はそうは、思わないんだけど……」
「貴方は常に危機感かなぐり捨ててますからね!
 懐に入れたらとことん甘い。良いように見ようとしかしないんですから!」
「それは……だって、それを言えば、俺だってそうだった。
 関わるべきじゃない危険人物だったじゃないか」

 そう言うと、マルはぐっと言葉に詰まり、俺を睨む。
 俺だってアレクと大差無い危険人物だったのに、マルもギルもハインも、関わってくれた。諦めないでいてくれたじゃないか。

「だから、そういうのを理由にしたくないんだよ……。
 アレクはそんなに悪い印象? 確かに色々、厄介な人だとは思うけど……それでも良くあろうとしてる……。
 今回だって、孤児の命を助けようとした。
 そんなこと考えず、決まりだからって割り切れば良いことなのに、あの人は、戦ってるよ……」
「……貴方は本当……」

 俺の言葉に、マルはげんなりと肩を落とす。
 この人にこの手の話をしても無駄なんだよなぁ……みたいな思考が透けて見えた。それでも、敢えて口にしたのは……。

「あのですね、その性善説みたいなの辞めましょう。
 よからぬことをしている人の大半はね、人の目に映る場所では、良く見えるように自分を取り繕っているんですよ」

 貴方に取り入るために、良く見えるよう振る舞っているだけだと、なんで考えられないんですかねぇ……と、呆れた声。
 だけど俺はそれに、素直に頷くことはできなかった。

「でも闇雲に疑うことの意味を、俺は見出せない。
 三年だよ? 三年接して、あの人がそんなに悪い人だなんて思えないんだ……」
「だけどその三年、貴方は、あの人の内面を、見れていないんでしょう?」

 そう言われると、言い返せない……。

 確かにあの人は、内面を晒さない。
 俺がアレクの心を覗き見れたのは、三年前の、王都での一度きりだ。

 渦巻き、荒れ狂っていた負の感情。
 ほんの一瞬のことであったけれど、とてつもない……おぞましさすら感じるほどのものだった。
 あれをマルに伝えたならば、それみたことか! と、なるのだと思う。
 そんな危険人物に関わるべきではないのだと、そう……。

 あれをマルには伝えていない……。
 あの人にとってあれは、絶対に他には知られたくないものであるだろうから。

 俺の納得しない様子に、マルはイライラを募らせている。
 分かってるんだ……。大抵のことには寛容なマルが、こうまで警戒するというのが、どういうことか。

 彼が探り出せないということは、組織的に隠蔽されている情報だということ。
 公爵家やジェスルのような、大きな影を持つ何かが、関わっているということ。
 現在、アギー・ヴァーリン・オゼロとは、良好な関係を築けている。けれどアレクがこの三家の闇に関わっていた場合、下手をすれば何とか築き上げた信頼関係を損いかねないし、男爵家という、貴族最下位の地位でしかない俺には、身を守る術が無いに等しい。
 そして、まだ関係を築けていないベイエルに絡んでいた場合、公爵家をひとつ、敵に回すことになる。

 ……まぁ、俺もマルも十中八九、アレクはジェスルの関係者だと思っているけどね。
 グラヴィスハイド様の見解もそうだったし……。
 だからこそ、俺から彼を、切り離したいのだろう。
 もう俺を、あの家に関わらせたくない。
 それだけ危険な家なのだと、そういうこと……。

 だけどマルは、もうひとつ踏み込んでくる。
 納得しない俺を頭ごなしに、押さえつけようとする。

「……いい加減、頭にきました。どうも勘違いされているようですから、言います。えぇ、もう言ってやりますとも。
 貴方、未だにご自分の能力を過小評価しますよねぇ……。
 でもね、貴方の読みって、相当ですからね? 公爵家の長とだって渡り合えてしまう。最悪の札は全て回避してしまう。相当なんですよこれは!」

 貴方に思考を読ませないでいられる人ってほんと少数でしょう? そこ理解してますか? と、マル。
 見えない人、見えない場合なんて山ほどあるのに、それでも。

「アレクセイは、その貴方をもってしても読ませない。仮面だと理解していてなお、見せないんです。
 それがどういうことか、もう少しちゃんと考えてくださいませんか。
 三年、何ひとつ与えていない。貴方を信頼していないんですよ、あの男はね!」
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