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探れない過去 3

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 とはいえ、身元の定かでない孤児を、アギーの官邸に連れ込むわけにもいかない。
 俺たちはそのまま馬車を都の近郊部に向けた。
 プローホルを囲う街壁に近付くほど下層の者らの生活空間となっていくのだが、その中のひとつの宿……。
 アイルが待機している場所だ。

「どうした?」

 近くで小さく犬笛を吹いたのだけど、聞こえたよう。直ぐに出てきてくれた。あまり使いたくなかったのだけど、仕方がない。

「ごめんアイル。この子を頼まれてほしいんだ。
 孤児院に連れ帰るつもりなんだけど、アギー官邸に連れて行くわけにもいかないし、まずは手当てしてやりたい……」

 早く綺麗にしてやらないと、傷口から悪いものが入ってしまうかもしれない。
 そう言うと、宿の裏口に回るように言われた。貴族の格好をした俺たちでは、悪目立ちしてしまうからだ。

 サヤがユストを呼びに行くと言ってくれ、オブシズと二人、馬車で官邸に向かった。
 俺、シザー、ルフスは宿の裏手に回る。すると、アイルと共に来ていた様子の吠狼がもう一名、俺たちを待ち受けていた。
 小柄で年齢不詳……。若く見えるのだが、妙な落ち着きがあるため判別が難しい感じだ。
 赤紫の髪には手拭いを巻いていて、それが目深なため眉が隠れており、表情の判別が難しい……。
 初めて見る顔であったけれど、直ぐに「……っス」と、小さな声。

「サヤさんが戻られましたら案内しまスんで、気にせず中へ」
「あぁ、ありがとう」
「とんでもねぇっス」

 彼がここに残り、サヤが戻ったら知らせてくれるらしい。

「初めて見る顔だったな」
「あれは外が多い」

 ぽそりと呟いたのに、アイルから返事があった。
 外が多いというのは、野外活動担当ということかな。

 そうしている間にも足を進め、宿の裏口から中へ。
 従業員用の通路と思しき、乱雑に物が置かれた廊下を進んだ。ルフスが顔をしかめていたけれど、気にするなと声を掛ける。
 急な要請に融通をきかせてくれたのだから、有難いくらいだ。

 案内された部屋で、寝台に子を下ろした。
 十二……三、もう少し上か? 細い身体は栄養状態の悪さを物語っており、小さいのもそのためではないかと推測できる。
 ぼろ切れ同然の衣服は小刀で破いて取り除く。すると、骨の浮き出た身体があらわになった。
 ……こう言ってはなんだけれど、懐かしい。ハインも、こんな風だったから……。

「湯をもらってこよう」
「あ、あと……適当な古着も確保できないかな」

 私がしますからと焦るルフスに、俺は応急処置もできるからと言い訳して、子供の世話を引き受けた。
 切傷が無いかをまず丹念に確認する……。
 肌が汚らしいから分かりにくかったけれど、ほぼ打ち身ばかりである様子にホッとする。
 多少唇が切れたりはしているけれど、刃物傷のようなものは見受けられない……。

 程なくして、アイルが桶を抱えて戻った。
 熱湯であったから、ついでに水ももらい、薄めてから使用。
 手拭いを何枚も湯に放り込んだ。

 ここからは、根気のいる作業だ。
 垢と汚れは子供の身体にこびりついている。
 それを濡らした手拭いを当ててふやかしつつ、やんわりと拭っていくのだ。
 打ち身が酷いから、ごしごし擦れば痛いだろうから。

 湯は三回入れ替え、髪も丹念に拭った。
 おかげで、褐色だと思っていた髪が、濃緑色だったことが判明。
 唇を持ち上げると、折れた歯があることにも気付く……。まだ幼いのに……そう思うと、なんとも苦しい気持ちになる。
 幸いだったのは、打ち身の場所。それが、急所等の危険な箇所には無かったことだ。
 折檻と言っていたし、さすがに急所は避けていたのかもしれない。

 そうこうしてる間にサヤが戻り、連れてこられたユストが改めて傷を確認してくれた。

「骨は折れてない。打撲痕、擦傷少量、切傷も無し。これなら大丈夫」
「そうか、良かった……」

 だけどそこで、何か考えるように沈黙したユスト。
 暫くしてから、子どもの唇を押し上げるようにして口をこじ開け、顔を近づけて中もしっかりと見回した。

「………………うん。とりあえずは様子見。食べ物を与える時は、固形物はまず避けたほうが良いと思う。
 口内は切ってる箇所があるから、ぬるめのものから」
「分かった。では一日ここで預かろう。明日は落ち合う予定の場所で合流する」
「申し訳ないけど頼むな」
「オーキス、食事の手配ができるか主人に確認してきてくれ」
「っス」

 そんなやりとりの中も、子供は目を覚さないまま。
 何をされても起きなかったから少し気になっていたのだけど、それは帰りの馬車で一応の答えをもらった。

「多分……眠り薬が使われていたと思います」

 思ってもいなかったユストの言葉。口中に苦味のある香りがあり、医師のよく使うものであるという。

「…………孤児に、眠り薬?」
「痛みで騒いだから、医師に処置してもらったとかでしょうか……?」

 首を傾げてサヤが言う。けれど、それでわざわざ医師を呼ぶとは思えないよな……。
 顔を見合わせた俺たちに、ユストも同意のよう。

「まぁ、もしかしたら痛み止めと、休ませることを目的として飲まされた可能性もあるので、なんともいえませんが……」

 その独特な香りの眠り薬は、少々の麻酔効果もあるらしい。どちらにしろ高価だし、切開や抜歯等に用いるものであるらしいから、打撲程度なら使わないという。
 そしてユストは、もう一つ気になったんですと、言葉を続けた。

「あの打撲痕も……なんかこう、違和感ありませんでした?」
「……折檻だから、急所は外してたんじゃないのかな?」

 確かに、危険な場所は殴られていないようで、ホッとしたのだけど……。

「神殿の素人に、そんな機転がきくんですかね……?」

 そんな風に言われると、途端におかしな気がしてくるから不思議だ。

「まぁ、あの子が本能的に避けていた可能性もあるので……でも、それにしては綺麗に当たってない気がして……。
 なんとなく、見た目だけ痛めつけたみたいな印象で、ちょっと気持ち悪いなぁと、思ってしまって……」

 ……と、収まり悪い感じにユスト。

「……けど、打撲は打撲だ」
「えぇ、あそこまで殴られてますから……」

 執拗に、攻撃され続けた様子。見せかけのためにしては、傷が酷すぎる……。
 肌に残った黒痕等、暴力が常態化している跡も見受けられた……。
 なによりあの垢にまみれて、痩せ細った身体は……ほんの数日でどうこうできるものじゃない。冗談抜きで、追い詰められた生活をしていた証拠だろう。
 俺の返答に、また考え込んだユスト。
 彼自身も、何かしらの確信があって言葉を発しているのではないのだろう。
 どことなくある違和感を、つい言葉にしてみたというだけで……。

「まぁ、拠点村に連れ帰るということは、孤児院ですよね?」
「そうだな」
「神殿でここまで折檻されるって、うちでも脱走しなきゃ良いですけどねぇ……連れてこられた子たち、だいたいはじめ何かしら、やらかしますから」

 毎年、少数ずつだが孤児を引き受けていっている。そういった子らは、慣れるまでに何かしら問題を起こす。
 とはいえ、腹いっぱい食べられる環境というものの魅力は抗い難いらしく、脱走者はまだ出ていない。
 そして、生活していくうちにそこに馴染み、友を作っていくのだ。

 ……よく考えたら収容できる人数、大丈夫だよな?
 今年は、孤児院を卒業した子もいるから、少しくらい増えたって問題無いだろう……多分。

「馴染めると良いんだけどな……」

 まぁ、脱走したとしても、吠狼の守りがあるからな。

 必ず見つかるだろう。
 そんな風に楽観視していた。
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