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晴天の霹靂 4

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 言葉が上手く染み込んでこなかったというように、暫く沈黙……。
 それまで和やかだった場の雰囲気も、一瞬にして凍り付いた。

 婚姻の儀への不参加は、クレフィリア殿からも伺っていたし、驚きは特に無かったのだけど……また異国に遊学するという話は聞いていない。
 クレフィリア殿の態度的に、彼女も知らないことだったのだろう。

「…………聞いておりません」

 呆然とそう呟くクレフィリア殿に、肩を竦めたグラヴィスハイド様は、なんでもないことのように言う。

「まぁね。私も先日思い立ったから」
「どちらに行かれるのですか? ジェンティローニ以外の異国は、友好国とは言い難いではないですか」
「うんまぁね。だから遊学ではなく、旅人のふりをしてみようかと思ってるよ」
「どちらの国へ? シエルストレームスでございますか? ですがあの国は、あまり情報も入らず……まさか、スヴェトランだなんて、おっしゃいませんわよね⁉︎」

 食い下がるクレフィリア殿。
 グラヴィスハイド様がまた遊学に出られるということは、女中長の任を解かれるということだろうし、そんなことを急に言われてもと思うのは分かる。
 けれど彼女の口調や態度は、そういった自身のことは微塵も含んではおらず、ただグラヴィスハイド様を案じての言葉だと、分かりすぎるくらいに伝わった。
 そんな彼女にグラヴィスハイド様は苦笑顔。

「とりあえず、早急にお前の身のふりを考えなければね。
 お前は私に振り回されて、婚期まで逃してしまったから、私もちょっと責任を感じているんだよ」

 その言葉で、更に表情を強張らせる。

 切りにきたのだ……。
 グラヴィスハイド様は、長く続いてきていた彼女との縁も、絶つ選択をした。
 そしてそれを、彼女も瞬時に理解した。

「…………何故?」

 その何故は、何故私を切るのですか? という問いかけ。
 それは当然分かっているのに、グラヴィスハイド様は受け取らない。

「何故もなにも……お前はそろそろ、私のことから離れて我が身について考えた方が良いよ。
 実家は兄が継いだのだろう? ならばお前ももう、解放されて良いということだ。
 お前は気立ても良いし、細かいことを言わずとも色々良くしてくれる、優秀な女中だよ。
 だからきっと家庭に入っても、良い母になるだろう」

 サラリとそう言って、視線をオブシズに向けるグラヴィスハイド様。

「彼女、かつてはいくつも打診を受けていたのだけどね、私付きの女中が務まる者は限られていたから、その当時はそれらを全て断らせてしまった。
 良い縁があれば、長を辞しても構わなかったのだけど……彼女は責任感も強くてね。後任が得られぬうちはと頑なで。
 その上で私が長を解かずに遊学へ出てしまったものだから……その状態で彼女を娶る者は現れなかった。
 本当、あの時の私は、彼女の忠義に泥を塗ってしまったよね」

 そうなの? と、ヘイスベルトに視線をやったけれど、彼も知らないことであったよう。知りません!と、首を振る。
 彼女が恋人に裏切られたのも、その辺りが原因だったのかもしれない。

「職務を持つ女性は嫌煙される……これ、この国の悪習の最もたるものだよ。
 花嫁修行だなんて言い訳をしなければならないのも、どうかと思う。
 その点、セイバーンは先進的だ。女性従者、女性近衛、女性文官まで抱え、育てようとしている」

 そう言ったグラヴィスハイド様が、俺に視線を向けた。
 瞳が真っ直ぐに、俺を見据え、彼女を引き受けて欲しいと、そう……………………。

「……うちは構いませんよ」

 そう言った俺に、クレフィリア殿の非難の視線と、サヤたちの困惑の視線……。

「まぁうちとしては、女中として来ていただくよりは……オブシズとの縁を望みたいのですが」
「っ⁉︎ えっ、おっ……レイシール様⁉︎」

 急に名前を出されて慌てるオブシズ。

 こら。もっとゆるやかに事を進めたいと思っていたのに、お前は何を言い出すんだい?

 そんな視線を俺に寄越すグラヴィスハイド様。

 いや、それは駄目ですよ……。
 そんな言い方をしたら、彼女はきっと傷付くし、気にしてしまいます。

 縁を切るのだと示したのは、彼女のためを思ってなのだろうけれど……その選択をするのは、どう考えても間違っています。
 だって彼女は、なにをしたって貴方を嫌ったりなんて、できない人でしょう?
 この先ずっと、あなたを思い出す度傷付いて、心配して、心で涙を流し続けるなんてこと、貴方も望みませんよね。

「誤解を招くような言い方はどうかと思いますよ、グラヴィスハイド様。
 それじゃ彼女が困惑して当然じゃないですか……。
 そんな風にするくらいなら、正直に言う方がマシです。
 クレフィリア殿。実は貴女とうちのオブシズとの縁を望んでいるのです。俺と、グラヴィスハイド様は。
 だけど貴女は責任感のある方ですから、ただ縁を繋ごうとしても、仕事を理由に拒否される可能性が高いとおっしゃいましてね。
 良い案があるって自信満々に言うから任せたのですが……愚策ですよそれ、本当に」

 おや手厳しい。と、舌を出すグラヴィスハイド様。
 俺の内心は読んでいらっしゃるだろうし、俺に合わせようとしてくれているのだろう。
 彼女との縁を切れるならば、形は問わないと考えたのだ。
 だけど俺は、それを許すつもりはないんですよ。

 と、そんな俺たちの攻防を知らないオブシズは、酷く慌てた様子で立ち上がる。
 あぁ、こっちも落ち着かせないとな……。

「れ、レイシール! 俺はその手の予定は……」
「家名を捨てているから、貴族としての地位は今代で終わりですが、貴女はそこに拘らないと、俺は考えてます。
 傭兵として長く放浪していたということもあり、職業的な理由で彼も婚姻の機会を得てきませんでした。
 でも傭兵は引退したし……こうして俺の元に戻ってくれた」
「勝手に進めるな!」
「家のしがらみはもう、お前を縛りはしないんだよ、ヴィルジール。
 婚姻は、オゼロ様もきっと喜ばれると思う。
 と、いうか……オゼロ様にお前を取り戻したい意志があるのは承知しているだろう?
 放っておくと、あちらからも縁談が舞い込むと思うから、先手を打たせてもらった。
 俺だって、お前を失うのは困るんだ。だからどうか、セイバーンで縁を繋ぎ、この地に根を下ろしてほしいと、俺は願っているのだけどね」
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