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夜会の意味

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 そこからは、その日一日の職務を遂行するに専念した。
 ロレンとサヤの接点は、当面無いのだし、そこにヤキモキしても仕方がない。
 なによりサヤは、俺の妻となってくれることを、もう承諾してくれているのだ。
 観察する限り、ロレンの視線を意識している風でもなかったので……というか、こちらから何か言うのも違うよなぁ……と考えたら、何も口にできなかった。

 言えないよなぁ……ロレンが君に気があるようだけど、どう考えている?……なんて。

 若干もやもやした気持ちを抱えつつ、クレフィリア殿を招く晩餐の席となった。
 準備のため、一応身支度と称して時間を作る。
 そこでようやっと、サヤにこの晩餐における、俺の思惑を伝えることとなったのだけど……。

「こんなに唐突に⁉︎」
「うんまぁ、唐突といえば唐突だけど……夜会って本来、こういうものだからね」

 こういった、男女の機会を作るためのものだよね、夜会は。
 そう言うと、そういえばそうかと納得顔。
 今回は参加者ではなく、使用人の一人としてその場にいた相手を見染めたわけだけども……。これだって別に、珍しいことではない。
 本人を差し置いてこっちが勝手にやっているという面ではまぁ……あれだけども。
 まぁつまり……クレフィリア殿と、オブシズの……ね。その機会を得ようと企てた、晩餐の席なのだ。

「ヘイスベルトはとても乗り気なんだ。実際貴族の女性では、二十五を過ぎての結婚例って後妻くらいしか無い感じになってくるし……。
 下手をしたら、家が勝手に決めて、契約的に充てがわれたりもするんだよ。
 ただ、一度でも婚姻を結び、子を成した経歴があればまだ、良いんだけど……初婚はね……あまり良い結果を生まないことが多い」

 子を産めるという保証があれば、うちに来ていただいても構わないという家が、格段に増える。
 血を残す義務がある貴族はやはり、そこに価値を置くからだ。
 とはいえそこに愛情があることはあまり無く、あくまで後継を得るための保険のような考えで、娶られることになる。

 一方オブシズの方で考えるならば……。
 家と縁を絶っている以上、この一代で、オブシズの貴族としての地位は終わり、子に引き継がれることはない。引き継ぐ家名が無いからだ。
 オブシズの子が貴族となるか、平民となるかは妻となる方の地位と、状況次第だろう。貴族となるならば……どこかの家へ養子として引き取られることになる。
 つまり普通にしていれば、そのまま平民としての生活を余儀なくされるということで、これもこれで、妻を娶ることは難しいとなるのだ。

 クレフィリア殿は、後継を産む義務を課されることもないし、家を別にすることになるから、実家の家畜のように働く必要はなくなる。
 ただ、ハマーフェルドの財政状況を考えると、クレフィリア殿の収入を当てにしているふしがある。
 だからまだ、無理やり嫁がせるには至っていなかったようだけど……。それも時間の問題かなと考えていた。

 このまま未婚で生涯を過ごすにしても、後妻として他領に召されるにしても……それが彼女の幸せとはならない気がする。
 彼女が職務から退いた後、一子の兄が、彼女をどう扱うか……ヘイスベルトもそれを懸念していたのだと思うし……。
 庶子であるヘイスベルトには、家の運営について口を挟む権利が無いのだろう……ということは、さすがに察していた。

 クレフィリア殿は成人しているから、本人らに結婚の意思があるならば、家にとやかく言われることも無いだろう。
 だから、そのお相手としてオブシズはどうかな? と、思ったのだ。

「まぁ今日は、お互いの感触を見てみるだけでも良いと思うんだ。
 俺が見た感じ、クレフィリア殿はオブシズを意識してくれているように見えた。
 オブシズだって自分を慕ってくれる女性を、悪くは思わないんじゃないかなって思うし……」
「はぁ……。
 いえ、私も別に、反対ということではなく……。
 お、お見合い? ということですよね?
 経験が無いことなものですから、ついドキドキしてしまって……」

 頬を染めてソワソワしだしたサヤ。その反応が可愛いなぁと思ってしまう。
 とにかくそういうことだから、それとなく、二人に話せる時間を作りたいんだよと言うと、頑張ります! と、拳を握った。
 いや……サヤがそんなに気負わなくても良いんだけどね……まぁ…………うん。

 あとは、グラヴィスハイド様だ。
 とりあえず呼び出すことには成功したけれど、今一度、俺たちとの縁を繋いでくれる気持ちになっていただけるかどうか……。
 それはサヤの知識にかかっているとも言える。
 ……いつもサヤに頼ってばかり、助けられてばかりだな……。

「色々負担をかけてすまないな……」

 あれやこれやが頭をよぎり、ついそう、言葉を溢してしまったのだけど。
 サヤは俺を見上げ、にこりと笑って「夫婦になるって、それが日常ではないですか?」と、言った。

 そうしてそっと、俺の胸に手を添えて、身を寄せてくる……。

「私かてレイに色々、してもろてる……。負担なんやないかって、思うたりもする……。
 それでもレイは、私と一緒にいたいって、それを幸せやて、言うてくれるやろ。
 せやし、こうやって、お互いで支え合うていけば、ええんや思うし、私もそれを負担やなんて、思わへん……」

 抱き締めて良いという意思表示。
 最近はたまに、こうして自ら求めてくれることがある……。
 それが、この三年で俺が、得られたもの……。サヤの俺への気持ちを、感じる瞬間……。
 嬉しくなって、サヤを両腕の中に包み込んだ。
 すぐ目前にある額にチュッと音を立てて口づけすると、途端に恥ずかしがって俯いてしまったが……。

「みんなで幸せになるんが、レイの望みやろ」

 だから、そのために必要なことを、するのだと……。

 ギルの時も、同じように思い悩んだ記憶がある。
 ハインを含む獣人らとの関わり。その秘密があるから、深く繋がる縁を望まないことを、ギルはあの時選んだのだけど……。
 あれから三年を得て、獣人らと過ごす時間が増えれば増えるほど、思うことがある。

 やはり彼らは、ただ獣人であるだけの、人なのだということ。
 そして平穏に、心安らかに、暮らしたいだけなのだということ。
 俺の人生から、彼らを切り離すということはもう、考えられもしないほど、彼らの存在は、俺の生活の一部だ。

 だからこそ、俺たちが彼らを特別に扱い、その秘密を守ることに犠牲を強いるのは、違うと感じている。
 皆で幸せになるためには、この秘密を後生大事に抱えて、隠しておくだけでは駄目なのだ。
 少しずつでも、理解者を増やさなければ。
 そのための一歩を踏み出す時が、刻々と近づいてきていると感じている。
 獣人の皆が幸せだと思える時を得た時、俺たちがそうでなければ彼らだって、幸せにはなってくれないのだろう……。

 だから、本当にみんなで、幸せになれるように、やるべきと思ったことは、やれば良いのだと……。

 …………うん。サヤがこんな風に、俺を想ってくれるなら……。
 俺が外からのことに、いちいち気持ちを乱される必要は無いのだろう。
 春の会合と、夏の会合。その二回を越えれば、サヤは俺の妻になる。

 …………うん、それにロレンは女性だって話だし。大丈夫、大丈夫……。

「サヤ、こっちを向いて?」
「あかん」
「…………なんで」
「口づけはあかんっ。これから、大事な、晩餐の席!」

 俺の求めるものがバレてしまっていたようだ……。
 仕方がないので、ギュッと力一杯抱きしめ、サヤの首元に顔を埋めて、香りを堪能することで我慢することにした。
 首元が弱いサヤの反応を楽しむのも、俺にはご褒美。
 そして勿論、一日が終わってからならばという了承を得る努力は、怠らなかったと報告しておく。
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