上 下
885 / 1,121

ロレン

しおりを挟む
 前に聞いていた話であれば、彼にしか見えない彼女は、士族の娘であるはず。
 サヤもまだ貴族入りしていない。だから、庶民同士でのやりとりであるのに、ロレンはそう言った。
 この場合の挨拶とは、当然、貴族同士の懇意な方で行う、小指の先に口づけするあれのことだろう。
 ロレンはキラキラの、潤んだ瞳で熱くサヤを見つめていて、恋をしているのだと、その熱視線がありありと語っていた。

 対象間違ってるだろ! サヤも女性ですけど⁉︎ なんでよりによってサヤ⁉︎

 言いたいことは色々あったけれど、思考が上手く纏まらない。何をどうすれば良いのかが、何を言えば良いのかが、分からない。
 そんな中サヤは、無警戒にも俺の影から身を晒して……っ。

「ロレンさん、私はまだ貴族入りしておりませんし、お役目どころか、正式採用もいただいていない成人前。立場は貴女と同じです。
 ですから、様付けしなくても良いですし、敬う必要もないですよ。どうかサヤと呼んでください。
 挨拶ならば……握手をしましょう」

 そう言い差し出されたサヤの手を(多少がっかりしたものの)嬉々として両手で包み、握りしめるロレン。そしてそこに、感極まったというように額を寄せる。

「ありがとう……嬉しくて、胸が張り裂けそうですっ」

 駄目だ……どうやっても男性がサヤに思慕しているようにしか見えない……。女性らしさ……女性らしさはどこだ。

 だいぶ失礼なことを考えている自覚はあったけれど、俺は未だ混乱の渦中だ。

 ロレンは、クオン様の草紙で活躍しそうな、騎士そのものだった。
 面相は、確かに女性風ではある。柔らかい曲線の輪郭が、女性だと言われればそうかもしれないと思う程度に。
 けれど、切れ長の瞳に、薄い唇……。口元には小さなほくろ。体格は細いが弱々しくなく、背も高く、振る舞い方や、仕草、感情表現……。そんな存在の在り方が、本当に女性? と、首を傾げてしまう。
 服装も、敢えてなのか男装。まぁこれは、バート商会が王都とメバックにしか支店を置いてないのだから、仕方がないのだろうけれど……。
 先ほどからずっと俺が、見つめているのだが、彼女は俺を全力で無視している。
 とにかくサヤと二人の世界に浸りたいらしい。
 サヤは大丈夫なのだろうか? と、視線をやってみたが……ロレンを警戒する様子は無い。特に問題は無いよう……。
 …………明らかサヤに、熱を上げているけどな……? 女性の視線だからなのか、思慕はあれど、肉体的なことは望まれていないのか……。

「こうしてみると、レイ殿とどこか似ているな」
「まぁ、レイ殿のような男がいるのだから、逆もいるか」

 うんうんと納得顔の外野。その納得の仕方どうなの。
 そんな中も二人は楽しそうに、言葉を交わしている。

「今すぐ始めますか?」
「はい、是非! でもあの……サヤ、さんは、本当に無手で? ボクは小剣と短棒を使うのですが、短棒に致しましょうか? 刃物は流石に……」
「構いませんよ。他の皆様とだって、何度も手合わせをさせていただいていますから」

 女性に対し刃物を向けることを躊躇ったロレン。しかしサヤは、当然のことというように、受け入れ体勢。
 そして、それに同調したのはディート殿。

「ロレン、サヤは抜身の剣であろうが、問題としない。挑んでみれば良い。剣と拳で、俺と互角にやり合うのだからな」

 かかと笑って言い、互角は言い過ぎですよ。と、サヤ。
 何を言う、無手であの勝率ならば互角ではないか。と、そんな気安い言葉のやりとり。
 しかしそこに、厳しい言葉が差し込まれた。

「ロレン。女は斬れぬ……などと言っていては、職務は遂行できぬ」

 ピシリと言い放ったのは、リカルド様。

「心配せずとも、其方はサヤに、かすり傷ひとつ負わすことさえ叶わぬ。
 私は、その実力差を知れと言っている」

 サヤに相手をしてやってほしい……と、言っておきながら……。
 リカルド様は、手厳しい一言を言い放つ。

 女性としては大柄で、だったの三年程度で頭角を現し、女近衛へと抜擢された。それは当然、凄いことであるのだが、女性武芸者の少なさも大きく関わっている。
 きっとこの方は、ロレンが慢心しないようにと釘を刺しているのだろう。
 女性としては強くとも、男性に混じってしまえば、大抵は埋れてしまうのだ……。
 けれど、それを言い訳にしていてはいけない。女近衛は、それでもなお抜きん出るものを、持っていなければならない。
 今女近衛に所属する者たちは、そうやって己の存在を認めさせていっているのだ。

「そもそも……今サヤの実力を読めていない時点で、お前がサヤに勝つ要素など無い」

 すっぱり言い切られて、少々不満顔のロレン。
 それで結局、小剣でサヤと試合うこととなった。
 結果は……。

「…………お、恐れ入り、ました……」

 圧倒的な実力差を見せたのは、当然サヤ。
 サヤは、いつもの最低限の動きでもって剣を避け、ロレンの懐に飛び込み、足を引っ掛けて後方に倒れ込んだところで急所を抑え、一本となった。

 無手で、剣を恐れもせず踏み込んで来られる体験というのは、本当に貴重だと思う。
 どんな武器でも言えることだが、間合いの内側というのは案外隙だらけなのだ。
 滅多に無いことだからこそ、経験値不足で対処できない場合が多い。だから皆、サヤとの鍛錬を希望する……。
 そして、ロレンの剣術の腕は、一般騎士と同等といったところだった……。
 今からの伸び代を期待しての抜擢であり、サヤとの手合わせなのだろう。
 もしくは、もうひとつの短棒……こちらの実力の方か上なのか……。

 なんにしても、リカルド様からの借りを、無事返すことができたようだ。

 そこからもう数試合、サヤの手合わせを見学することとなった。
 その合間に、俺はアギーの騎士らと交流。

「今年の馬は不作気味だな」
「下町の区画整理が検討されているらしい……」
「交易路が通り、アギーからヴェルテまでに掛かる日数が、一日分も短縮されたと、帰郷した妻がはしゃいでいてな」

 他愛無い会話を楽しみつつ、サヤが怪我を負ってしまわないかハラハラと見守っていたのだけど……。

「珍しく、右往左往しなかったのだな」

 背後からそんな声が飛んできた。

「してますけど?」
「今ではない。ロレンと試合う時だ」

 やって来たのはディート殿。自身の試合はひと段落ついたよう。
 レイ殿のことだから、てっきり危険だと大騒ぎすると思ったのだがなと言われ……。

「借りをお返しせねばなりませんでしたし……。
 それに、サヤがロレンに遅れを取るとは、考えていなかったので」

 リカルド様のおっしゃる通り、サヤがあの者に傷付けられるとは考えなかった。
 たった三年であそこまで腕を磨いたというのは凄いことだと思うけれど、俺の目から見ても、その実力差ははっきりとしていたから。

「あれくらいならばサヤは傷など負わないって、分かっている……。
 …………だけど近衛の方々との鍛錬は、そう気安く考えてられない…………」

 近衛にはこの国の猛者が集っているのだ。わさわさいるその強い方々に、どんどん体力を削られていくサヤを見てるなんて、心臓に悪すぎる。
 そう言った俺に、ディート殿は笑ってバンバンと、俺の背を叩いた。まぁ頑張れ! と、いうことだろう……。

 そうして許される時間いっぱいを過ごした頃、ハインが「そろそろお支度の時間です」と、俺たちを呼び戻しに来た。

「本日はありがとうございました」
「また明日、時間があるようならば伺います」

 皆様に見送られる中、ロレンの視線が気になったけれど、今は流す。
 特に喧嘩を売ってくる様子も無かったし……何も言わないならば、こちらから言うこともないだろう。

 …………はぁ。
 なんで俺、女性に睨まれるんだろうな……。

 リヴィ様の時といい……俺、女難の気でもあるのだろうか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...