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アギー再び 5

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 それからさほど待たず、荷物の整理は済んだよう。
 干し野菜も調理場に全て運び入れたと報告があった。

「それで、グラヴィスハイド様は?」
「直ぐに戻られたよ」

 ああっ、お礼を言い逃した! と、頭を抱えるヘイスベルト。

「大丈夫だよ。どうせまた夜会で会うからその時で良いじゃないか。
 ヘイスベルトは、俺と一緒に会場に入るだろ」

 自分でそう言って……気持ちが沈んだ。その時俺は女装なのだということを思い出したのだ……。

「そういえば先程、ヘイスベルトの姉上殿にお会いしましたよ」
「え、そうなの?」
「手伝いの女中の中にいらっしゃいまして、ご挨拶をいただきました。夜会には参加できないからと」
「あぁ……女中なのだものね」

 ヘイスベルトの姉上、クララの草紙を愛読していると言っていたよなと思い出す。
 オブシズに挨拶をしたという部分が引っ掛かったけれど、本日オブシズは瞳を隠していたし、気付かなかったのかな……?

「それにしましても。グラヴィスハイド様は、独り言の多い方でしたね」

 頓着しないハインには、あの状況の異様さは伝わりきっていないようだ……。

「……ハイン、あれは独り言じゃないんだよ……」

 けれど、どう説明したものか……。
 復活したサヤが、そのハインの言葉にそわりと身を揺らす。やはり、気になっているよな……。
 そんな風に、言葉を探しあぐねていた俺に変わって口を開いたのは、身内であるクララだった。

「ごめんなさいね。あの人、ちょっと変わってるから」
「あれはどういった状況だったんでしょう?」
「サヤと会話してたのよ。
 貴女、兄の言っていたこと、大体分かったんでしょう?」

 その言葉に、こくりと頷くサヤ。
 他の面々は、その説明に困惑顔。まだ首を傾げている。
 クララはその様子に、ひとつ溜息を吐いて……。

「……あの人、人の考えてることが周りに漂って見えるのですって。
 まぁ、見えるっていっても色で見えるらしいから、思考を全部見られてるってわけじゃ、ないそうなんだけど……。
 気分の良いものじゃないことは確かよね。
 だけど別に、あの人も見たくて見てるわけじゃないのよ。
 とりあえず、心の内を見透かされたくない人は、兄には近付かない方が良いわね。
 普通に接する分には、余計なこと言ってきたりもしないから、大丈夫よ」

 色で見える?
 あぁ、思い出した。戴冠式の時も、そうおっしゃっていたんだ……。

 私には、お前の思考までは見えない。表情と、瞳、感情の色で、おおよそを把握しているだけだから。
 隠し事があること、知られてはいけないことがあることは見えても、その中身までは分からない……。

 確か、そう……。

「すれ違うだけなら普通の人よ。わざわざ関わってこようなんて、しないでしょうし。
 だからまぁ……放っておいてあげてくれる? あまり触れ回られても困るし、聞かなかった方向で」

 あの人世捨て人だからと、クララ。

「クララは随分と仲が良いようだったね?」
「別に良くないわよ。仕組みが分かってるから、さほど警戒してないってだけで……あっちが勝手に話し掛けてくるのよ」

 その言葉で、先ほど引っかかったもう一つの言葉を、また思い出した。

 親しくなった人には、疎遠にされる……。

 確かに、たまに言葉を交わす程度なら、普通の人だろう。
 けれど親しくなって、あの人の能力を知ったら? 内心を読まれているのだと分かれば、あの人は当然、警戒されるよな……。
 俺だってそうして、あの人と距離を取っている。
 悪い人じゃないって分かってる。だけど世間全般に対して興味が薄く、あまり人と関わりたくない人だということも、分かってるから、それで……。

 世間に興味が薄い人、人と関わりたくない人が、夜会や人の集まりに、なんでわざわざ顔を出す?

 そう思い至った時、パンパンと、ハインが手を鳴らした。

「余計な話はそこまでです。
 皆、各自部屋の荷物を整理してください。でないと、今日中に仕度が終わりません」

 それでゾロゾロ、皆が各自の持ち場に戻っていった。
 ハインは今の話を聞き流し、自分の荷物整理を進めていたようで、ひとりだけ片付けが終わっているよう。

「ですので私は昼食を作ります」

 ハインの優秀さは、自分に必要ないと判断したものをすっぱりと切り捨てるから成り立つのだなと、再確認した。


 ◆


 部屋の片付けが終わらないうちに昼食だと呼ばれ、まずは食事を済ませることとなった。

「…………ま、まぁまぁね……」
「嫌なら食べずとも良いです」
「美味しいわよ! なによ貴方、料理までできるなんてマジでムカつく!
 嫌味くらい甘んじて受け入れなさいよ⁉︎」

 文官を目指すというクオンにとって、ハインはなかなかに難敵のよう。
 なにせ、文官としての仕事は全てそつなくこなせるし、剣の腕だってそこそこ。更に料理や洗濯、掃除に至るまでが出来てしまう。
 口の悪さだけは如何ともし難いが、それを補って余りあるほどハインは高性能だ。

「うううぅ、悔しい、美味しい……これ身につけるのに割いた時間は如何程なの……⁉︎
 私、今からここに到達できるのかしら……」

 本気で悔しがっているクララにたいし、ツンとすましたハイン。
 そんなハインを惚れ惚れと眺めるサヤ…………。

「ハインさん、やっぱりカマーエプロン凄く似合う……」

 …………っ。
 俺としても、料理に不満は無いのだが……サヤがハインに見惚れているのが、嬉しくないっ。

 今回料理を担当するにあたり、ハインが持参したのは、誕生の祝いに贈られた、カマーエプロンなる前掛けだった。
 料理というのは、衣類が汚れてしまうようなことがしばしば起こる。
 ならば、汚れても良い格好に着替えれば良いのでは? と、簡単にはいかないのが従者という職務で、来客があれば一番に飛んで行き、迎える必要があるのだが、そのためには常に、従者の装いをしておかなければならないのだ。

「これでは、ハインさんは好きな料理が堪能できないです」

 休日という日をかなぐり捨てているハインだから、空いた時間がいつできるとも限らず、最近は料理も楽しめてないように見受けられたと言った。

 それでサヤが考案したのが、このカマーエプロン。
 中衣と前掛けが合体したような形のもので、色は黒。首は穴に通し、腰の長い紐を後ろで交差させ、前で結ぶ。その首穴の部分には開く形の襟が付いており、上半身だけ見ていれば、小洒落た中衣にしか見えない。
 上着だけ脱ぎ、袖まくりしておけば、人目に晒される場所の汚れはこれがほぼ受け止めてくれるだろう。
 来客時はエプロンを外し、袖を戻して上着を羽織るだけで準備が完了するし、こうしてエプロン姿で表に出てきたとしても違和感が無いくらい、形が洗練されている。色も黒いから、汚れすら見えない……。

 サヤが、ギルやルーシーと協力して共同製作したらしい。帆布をわざわざ染色して使ったらしく、硬くて人の手で縫うのは大変だったそう。
 なんで帆布なんかをと聞いたら、サヤの国では頑丈な布として、袋や前掛け等にもよく使われる素材であるということだった。

「水仕事には強い布地ですし、絶対似合うと思ってたんです」

 悔しいが……身の引き締まったハインが袖まくりをしてその前掛けを身につけているのは、確かに申し分なく似合っている……。
 なんなんだ。腰の紐に手拭いとかまで引っ掛けてあって、実用性が前面に押し出されているってのに、野暮ったさが皆無……。

 …………。いかん。切り替えよう。
 これ以上ハインに嫉妬してもしょうがないので、打ちひしがれるクララを擁護しておくことにした。

「…………クララ、従者や文官って普通、料理とか身につけなくて良いからね……」

 できて困ることはないけれど、できなくて困ることもないよきっと……。なにせクララはアギーのお嬢様だし、アギーの没落は我々の代ではまず起こらぬだろうから。

「クララは人を使う立場になるのだろうから、ヘイスベルトを見習う方が良いと思う」
「え、わ、私ですか⁉︎」

 急に名前を出されたヘイスベルトは汁物を吹き出しそうになっていたけれど、俺は真面目に言ってるよ、これ。

「うん。人を使うこと自体はね、立場が上なら誰にだってできることだけれど……。
 それだけじゃ駄目なことは、もうクララは体感しているだろう?」

 気持ちよく仕事をしてもらい、尚且つそれが、良い仕事になるよう心を配るって、大変なことだよ。
 でもヘイスベルトはそこのところがとても上手い。
 上位の人にも、下位の人にも。彼に仕事を指示されて、気分を害する人はあまりいないと思うな。
 また、ハインの物言いは大分配慮が足りないのだが、そこを上手く擁護してくれるのがホント、有難いです…….。

「…………そうね。ハインこのひと目指すのもなんか違うわよね」
「で、でも私はちょっと、どうなんでしょう⁉︎」

 慌てるヘイスベルトだったが、クララは俺の言わんとしていることを理解したよう。

 と、いうか……。

 二年近くをクララと共に過ごし、色々と気付いたことがある。
 彼女が文官を目指しているというのは、あくまで先ずは……ということなのだと。
 だから、彼女が今後必要とするだろうと思うものを、一応先に、その立場となったからこそ、伝えるべきだと思っている。

 クララは女性だから、ただ女性だってだけで侮りの対象になる。
 そういった相手にいちいち怒って突っかかっても仕方がないのだ。
 そしてそれが職務遂行の妨げになるのは尚悪い。
 どれだけ腹が立とうが、嫌だろうが、使えるものがそれしかないならば使うしかないのが上に立つということ。
 また彼女は、俺なんかの比じゃない場所に立たねばならないのだ……。

 老婆心ながら、少しでも力になれればと、思っている。
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