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馬事師 4

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 拠点村に入る手前、試験畑の間を通っていたら、見覚えのある姿を発見。つい、足を止めた。

「ロゼ……と、コダン?」

 何しているんだ……?

 コダンがどう見ても土に顔を突っ込んでいる……。
 そしてそれを興味深げに見入っているロゼ。

 最近。コダンの奇行も減ったと思ってたのだけど……そんなこともなかったようだ。目につかなかっただけかな。
 だけどなんでロゼがここにいるんだろう?

 一応状況の確認だけど思い、馬を向けた。しかし、こちらから声をかける前に、ロゼが気付いてブンブンと手を振る……が、ハッとして動きを止め、バツの悪そうな表情。
 貴族が出歩いている時はお仕事。を、思い出したのだろう。
 だけどこの状況を放置しておくわけにもいかないよね……。

「ロゼ、帰りの準備は大丈夫?」
「うん。ロゼは支度終わったしね。呼びに来るまで遊んでて良いってトーチャ言ってたから」

 ホセの許可を得ていたようだ。

「……コダンと遊んでるの?」
「ううん。匂い嗅いでるの!」

 …………?
 コダンが土に顔を突っ込んでいるのは、匂いを嗅いでいるのだそう。

「川と同じ匂いの土を作りたいんだって」
「???」
「ロゼが混ぜた土ね、匂って覚えるんだって!」

 意味が分かりません……。

「ロゼこの匂い好きー。美味しい麦畑の匂いだよね。お腹が空く匂い!」
「……土の匂いが?」
「うんっ!」

 そうか?
 土の匂いは別に、食欲はそそられないよなぁ?

 試しに適当な土を一掴みして匂ってみたけれど、やはり土臭い匂いしかしない……。
 まぁ……良いか。

「そっか。お腹空く匂いか」
「うんっ!」
「ところでエルランドは何時頃出発するって言ってた?」
「お弁当できてからって言ってた!」

 これは急いだ方が良さそうだ……。
 お弁当ってことは、たぶん食事処に頼んでいるのだろう。道中で早めの夕食を済ませて、メバックでは素泊まりという方針だな。

「ありがとう、ちょっと行ってみるよ」

 とりあえずコダンは、放っておいても大丈夫だろう……。


 ◆


 ウーヴェとシザーに、簡易かまどと無水鍋を持ってくるようお願いして、先に館まで走ってもらった。
 俺たちは直接宿に直行。まだエルランドたちは残っているということでホッとして、面会希望を伝え、食事処へと移動。
 二階の部屋を借りて、少し待っていると、エルランドが到着した。

「どうされましたか?」
「身支度中にごめんな。エルランドたちに、試験利用してほしい道具があって、今ちょっと、取りに行ってるんだ」

 彼らに使ってもらって良い反応ならば、製品として売り出しても良いだろう。無償開示できるかは、需要次第になるだろうけれど。
 説明をしている間に二人が戻り、エルランドに簡易かまどと無水鍋を見せた。
 ただ残念ながら、傭兵は基本的に大食らい。この品では小さすぎるとのこと。

「そうかぁ……」

 もっと大鍋を仕掛けられるものとなると、重量も嵩むし、ただ大きくしたのでは駄目だろうしなぁ……。一人で上げ下ろしできないなんてなったら、本末転倒だ。
 エルランドの返答に、サヤは思案顔。

「単純な三脚や、自在鉤みたいなものの方が良いのかもしれませんね」

 また何か、別の形を考えているようだ……彼女の頭は本当に無限の泉だな。

「あぁでも……地面に直接火を置かないというのは良いですね。
 行商をしておりますと、雨の後と朝食の支度は結構難儀するんです。地面がしけりますから」

 少しでも湿っていると、薪に火が付きにくくなってしまうし煙も増える。

「成る程……。じゃあ、薪を地面に直起きしないようなものが良いんですね」
「まぁそうですね……でも基本的に、現地で石でも積めばかまどは作れますから、さして苦労はしていないのですが」
「? 石を探す必要がなく、草地でも河原でも、すぐに火が焚けるって便利じゃないですか?」
「……それは確かに! まずかまどを作れる場所を探さずとも良いと。……そんなこと考えたこともありませんでしたね……」

 そうなのだ。大抵俺たちにはそれが当たり前のことで、考えないのだよなぁ。

「まあかまどは残念でしたが、また次を作ったら、お願いします」
「え? 使いますよ。皆の食事量は賄えませんが、少量を作りたい時や、それこそかまどを作れない時に使えば良いのでしょう?」
「はっはい! あと、暖炉として使ってもらうのも良いです。
 夜営の時など、火の番が必要ですよね。これなら多少雨が降っても消えにくいですし、最悪、火を付けたまま多少の移動も可能です」
「それは良いですね!」

 使い道はありそうということで、結局試してもらえるようだ。荷物を増やしてしまうが、また次に寄った時、使用感を教えてくれとお願いしておいた。
 そうこうしてる間に、ガウリィから弁当ができたと連絡が入る。

「あぁ。では出立ですね」
「ギリギリで荷物を増やしてしまって申し訳ない」
「いえ、ここからはアギーに戻るだけなのですから、労力などさしてございませんよ」

 ホセに呼ばれたロゼも戻ってきて、嗅覚師の女性もやって来た。
 彼女は、このままアギーに同行し、次の荷物を受け取る際まで、エルランドらの世話になるそう。ついでに村の頼まれ物を買い付けるのだという。

「女性の同行は有難いですね。我々も旅の料理には慣れているのですが、やはり違います。
 男は口に入れば良いとなりがちですからね」

 これは荷車と共にやってきたヘルガーの談。
 胃に入れば良いと調理を怠ったり、干し肉を齧るだけだったり、ちょっと場が整えられないとなると、準備に手間をかけない方を選んでしまうそう。しかし、彼女は使う時間が同じでも、より良い食事を提供してくれるらしい。

「少し、所帯を持ちたい気持ちが刺激されてしまいますけど」

 ……やっぱり傭兵って、あまりそういうことを考えないようにしているのだな。
 つい考えが顔に出てしまっていたのだろう。ヘルガーはあっけらかんと、明るい口調で付け足した。

「傭兵というのは、明日をも知れぬ命ですからね。
 何かあった場合、残された者を苦しませることになる。物理的にも……」

 稼ぎ頭を失うのだから当然だ。

「……でも、オブシズはもう違うのですから、どうかお願いします」
「うん……分かった」

 それが、彼らの選んだ生き方なのだ……。


 ◆


 エルランドらの出立を見送ってから、館に戻った。
 午後からの政務に励みながら、コダンの久しぶりの奇行に驚いたと雑談を楽しんだのだけど……。

「土の匂いですか……前食べてるのも見かけましたね」

 なんでもないことみたいに呟かれたマルの言葉に慌てた。

「うえぇ⁉︎ 土だろ⁉︎」
「土の性質を味で覚えるのだそうですよ」

 え……土の味で?

「胃に収めるのではないですって。あくまで味です。
 良い土の味を覚えて、その土の質を再現するのだって言ってましたけど」

 書類を記しながらそう言われ、研究者って変なことするんだなと感心した。
 そもそも味の違いなんてあるの? 土に?

「あるんじゃないですかぁ。育つ植物だって違うんですもん」
「……そんなもの? 区別つくの?」
「つくくらい色々食べるってことじゃないですかね?」

 なんにしても、その行動力が凄いと思うよ……。
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