上 下
828 / 1,121

軍用馬 8

しおりを挟む
 そして本日も、この時間がやって来た。

「やぁ」

 仮小屋。四回目の訪問もまずしたことは窓辺の確認。そうすると、縫いぐるみたちは綺麗に等間隔に並べられ、座っていた。

「今日も友達を連れて来たよ」

 猫の縫いぐるみを、同じくらいの幅に揃えて座らせる。なかなか壮観になってきた。

「時間は足りたかい? もしまだ難しいと言うなら、もう少し待っても構わない。
 しっかり話し合って、皆が納得できる答えをもらいたいからね」

 そう声を掛けると、いつもの男が、なにも言わず立ち上がった。
 やはり彼が代表として口を開くようだ。
 緊張した面持ちで、暫く俺を睨んでいたのだが……。

「……流民女性数名と、話をさせてもらった」
「うん」
「……女子供だけ、攫ったのだと聞いていたが……元々、母子であった場合の者だけがあそこに集められていると聞いた」
「うん、そうだね」

 頷くと、眉間に深いシワを寄せて、暫く黙った後……。

「……何故、彼女らを……?」
「男手の無い家計の流民が最も生活が困窮していると考えたからだよ。
 あの時期は近く、交易路計画により、多くの男手に職を得られる機会が用意されていた。
 けれど、肉体労働の現場に子供を抱えた女性や、孤児の雇用は望めない。
 だから、孤児と母子を優先し、この村で保護、その間に職を得てもらい、自立を促すという方策を取ることとなった」
「じゃあ……」

 本当に、ただ保護したのか……と、男が言うから、頷いた。

「彼女らも、この村にいられるのは数年だよ。
 その間に手に職をつけて、収入を得られるようになってもらう。
 そうしているうちに子もある程度育って、手が掛からなくなるだろうし……そうすればまた、好きな場所に移住できる。ここに縛るつもりは無いからね。
 彼女らが自立していったら、また新たな流民を保護することになるだろう」

 この村を自由に出ても構わないのだという言葉に、男は拍子抜けしたような顔になった。
 あっさり答えた俺にも驚いたのだろう。簡単に事情を聞けるとは、思っていなかったのかもしれない。
 そして更に、孤児は……? と、聞くから、彼らは身寄りがないため、セイバーンで育てると告げた。
 十五までは孤児院で過ごし、その間に読み書きを覚えて、やりたい職務を見つけてもらう。その後で、世に送り出すのだと。

「孤児院も見学できるよ。
 ただ、あの子たちをここに連れてくるのは……まだ幼い子らだからね……できれば出向いて欲しいのだけど」

 大人に呼び出されての質問責めでは緊張するだろうからと伝えると、納得した様子。
 そうして、背後の仲間をちらりと振り返り……。

「……俺たちを、引き剥がすつもりも、ない?」
「うん。君らは女性も含め皆、それぞれに役割を担っているのだろう?
 誰が欠けても、職務遂行が難しいのだと聞いている」

 そう答えると、ふぅ……と、長く息を吐いた男。
 どうやら、俺たちの召集を断れば、男は切り捨てられ、女は攫われる……という、例の噂の中でもかなり悪いものを疑っていたようだ。
 だがここに来ても待遇はそのままで、何の変化もない……行動を決めあぐねていたと、そういうことのよう。

 あと……俺が貴族ってことが、大きな懸念なんだろうな……。

 多分貴族との契約は、誤解が解けたとしても結びたがらないだろう……と、マルも言っていた。
 彼らが流民となった経緯に貴族が関係しているだろうから。

 だから、俺たちとの直接契約は見合わせて、別の手段を練り上げたのだが……。
 さて。彼らがそれを、聞いてくれる気になるかだよな。

 俺が思考を巡らせている間に、男らは俺の言葉が信用に足るかどうか、吟味していたよう。
 けれど、結果は難航。結論が出なかったようだ。

「……その言葉を信じて良いのか……まだ、解らない……」

 やっと吐き出されたのが、その言葉。

「信じなくても良いよ」

 そう返すと、訝しげに俺を見た。

「会って四回目。しかも数時間の邂逅……そんな相手を、信じなくても良い。
 我々を信じれるかどうかは、これから時間を掛けて吟味すれば良いんだよ。
 その信じがたい相手と渡り合うために、契約があるんじゃないか。不安は全部払拭して、絶対に不利にならないよう、細部まで拘って働き方を決めて、お互い納得して仕事ができるようにしよう。
 そうすれば、そのうち信頼し合うことも適う……そういうものだろう?」
「……俺たちと、契約を交わす……?」

 その言葉に警戒を強くしたから、ハインに合図し、外に控えたウーヴェとリタを呼んでもらった。
 実は前回も、後方に待機してもらっていたのだけど、出番が巡って来なかった。
 ここに警戒を強めるということは、やはりマルの言っていた事例通りなのだと思うから、彼にきちんと対応してもらう方が良いだろう。

「勿論、最終的に契約は交わしたいと思っている。だけど勘違いしないで欲しい。
 貴族との契約と、君らがここで事業を興すこととは別。こちらが一方的に有利になるような、そんな契約を結ぶんじゃないから。
 まず君らは、流民という扱いにはならない。ここは拠点村で、交易路計画に必要な物資を一時的に管理するために作られた村なんだ。
 将来的に解体される予定だから、入村したいという人がなかなか少なくてね。
 それで、この村が村として機能する間の協力者として、どうか来ていただけないかと我々から要請された、馬事師の職人集団。それが君たちだ」

 流民を拾うことと、要請してセイバーンに呼ぶのとでは、契約の金額に大きな差が出る。
 当然、流民ならば買い叩けるわけで、なのにそうしないと言われた男は、意味が理解できなかったように、瞳を彷徨わせた。

「…………どういう意味だ?」
「私は意のままに操れる馬事師が欲しいんじゃないんだ。ちゃんと職務を遂行してくれる、馬事師という職人を雇いたいんだよ。
 だから、きちんと仕事のできる環境を用意し、君たちを招くんだ。
 職人扱いをしてくれない相手と、契約なんてするつもりないだろう?」
「は……え…………?」
「だから君らのことは、この拠点村に請われて来た職人集団という扱いにする。
 手順はちゃんと踏んでる。雇いたいと告げた場所がアギーの下町だっただけだ」

 実際マルとアーシュはそう告げて彼らを保護したのだしな。信じてもらえなかっただけで。

「この拠点村に来た君らは、堂々と私に、こんな馬場や馬房が必要だと要求できる。
 これが無ければ仕事にならないのだと、そう主張すれば良い。その資格を持っているんだから。
 それを揃えることが、我々が君らと取引できる条件でもある。
 また、遠方からの移動には大金が掛かるから、馬の大半は手放しているよね。
 前払いする契約金で、必要な馬をある程度買い揃えることができると思う。セイバーンの名のもとに軍馬を買い付けるけど、我々の目と君らの目では、必要な馬の質に差があるかもれしない。買い付けの時には、君らに目利きをしてもらう方が良いかな。
 そこまでは君らが、ここに移住するための準備だ。
 その上で、私との契約となるのだけど……私が欲しているのは、軍用馬を必要とする、新たな事業。それの協力者なんだ。
 言うなれば、軍用馬の賃借業。新任騎士に、軍馬を買える資金が貯まるまで、軍馬を借しつける事業。それを興したいと考えている。
 だからね……この事業に必要な軍用馬の馬格は青や黄で充分なんだよ。
 赤や黒の馬が生まれた場合は、君らの裁量で好きにしてもらったら良い。それを、この事業に協力する君らへの報酬にすると、契約に明記しよう。
 どうかな、話を聞いてみる気は出た?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に引っ越しする予定じゃなかったのに

ブラックベリィ
恋愛
主人公は、高校二年生の女の子 名前は、吉原舞花 よしはら まい 母親の再婚の為に、引っ越しすることになったコトから始まる物語り。

義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~

咲宮
恋愛
 没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。  ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。  育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?  これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。 ※毎日更新を予定しております。

「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
 ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。  チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。  なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!  こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。  ※注:すべてわかった上で自重してません。

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!

結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)  でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない! 何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ………… ……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ? え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い… え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back… ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子? 無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布! って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない! イヤー!!!!!助けてお兄ー様!

【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活

野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。 この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。 ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。 ◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。 ◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...