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軍用馬 7

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 急に態度を改め、あまつさえ俺に向かって頭を下げた姿に唖然としていると、アギーから同行した方々も揃って頭を下げる。
 そんな中クオン様は顔を上げ、至極真面目に、真摯な瞳で言葉を続けた。

「姉は、幼き頃より剣を握り、あの環境の中で意思を貫き通しました。
 十一年です。剣を握って十一年……それでもアギーの地は、姉を受け入れませんでした。
 格式と血が、姉を縛っていました。それは私にも、言えることなのです」

 きゅっと、両脇に下された手が、拳を握る。
 俺に頭を下げ、口調を改めてまで、ここで文官をさせてほしいのだと訴える。

「あそこでは、きっと私の文官への道は閉ざされます。私がどれだけ足掻こうと、周りにも立場がありますから、私をお嬢様にしておかなければならないのです……。
 でもここなら……貴方なら、その垣根を越えてくれると……そう思いました。
 父には許可を得ました。クラリッサという名も、父の用意してくれたものです。
 レイシール様、セイバーンでどうか私を使ってください」

 格下の俺を、様付けで呼ぶほどの覚悟をしないでほしい……。
 なんでそう、茨の道に踏み込もうとするんだよ、俺の周りの女性は……。

 言葉を失い、溜息しか出てこない……。
 そんな中で、クオン様は懐から、ひとつの書簡を取り出した。

「こちらをご確認ください」

 サヤが受け取り、改めて俺に差し出されたそれは、当然、アギー公爵様からのもの。
 ただし名に、アギーとは記されていなかった。
 オズウァルト……個人的なお願いだという意味なのだろう。

 書簡を開くと、アギーの血を持ち込まぬという約束を違える気は無いということ。
 クオン様は、アルニオ男爵家のクラリッサとして扱ってもらって構わないということ。
 何か問題が生じた場合も、こちらには一切の責任を問わないこと。
 使えないと思えば、如何様にも処分してくれ……。と、そう記されていた……。

「……このアルニオ家というのは……」
「母のうちの一人が、アルニオ男爵家の者ですから。そこからお借りしました」

 つまり、合意の上でなのだな……。
 例えば俺がクオン様を伴って社交の場に出たとしても、アルニオ男爵家のクラリッサとして扱って良いと……。
 叱責で手打ちとなっても、手篭めにされるようなこととなっても、俺に公爵家からは、一切責任を問うつもりはないということなのだろう。
 いや、厳しいだろ。一番甘やかしている娘じゃなかったんですか、アギー公爵様……。

「…………意味分かって言ってますか?
 言っときますけど、これを受けるってことは、こっちもお嬢様扱いなんてしないってことですよ?」
「当然です。それ目的で来てるのだと、ずっとそう言ってるつもりなんですけど」

 不満いっぱいに、私が使えないっていうの⁉︎ と、表情に出して。
 だけど瞳の奥には必死の色があり、なんとか俺に承諾させよう、次はどんな態度に出るべきかと、思考を巡らしているのが見て取れた。
 アギー公爵様ほど、速くはないけれど……。

「駄目だとは言ってませんよ……」

 なにしてるんですか、アギー公爵様……。

 アギー公爵様が……ただ娘可愛さで許可を出したわけではないことは、書簡を見れば分かる。
 あの方が、見た目のように戯けたお調子者ではないことも、承知している。
 政治的な判断を伴う選択の結果なのだろう、これは。
 だからきっと、アギー公爵家のクオンティーヌ様も、アギー公爵様にそれなりの代償を差し出し、この立場を手に入れているはずだ……。

 この五年間を、何と引き換えにしたんですかクオン様。十五歳のすることじゃないでしょうそれ……。

「……縁を結んでいる方とか、いらっしゃいませんでしたっけ?」
「今話が出始めてるところだったのだけど、全部断ってもらったわ」
「草紙、どうするんですか……」
「ここで書くわよ。ある意味ここって情報の最前線だし、むしろここからの方が情報の摩耗や齟齬、時間差も無くて良いくらいだもの。
 余計な口出ししてくる人もいないだろうし」

 あの公爵様は、絶対そういうのも考えてこの人、出してきてるよなああぁぁ……。

「……クオンはクラリッサの愛称としてはまずいですよ……。
 アギーの奥様にアルニオ家の方がいらっしゃることは、公然の事実なんですから」

 クオンティーヌ様であることを嗅ぎつけてくる輩はいるだろう。
 そう言うとクオン様はにまりと笑った。
 俺が、引き受けるの前提で色々を確認していると、理解したのだ。

「じゃあ、良いのを付けてくれない?」
「……サヤっ」

 無茶振りされたんだけど何かない⁉︎

「えっと……クラリス……クリス……あっ」
「もうそれで良いわ。クリス姉様とかぶっちゃうけど」
「ややこしいのは駄目です!」
「じ、じゃあ、リサっ、あっでもリタさんと被りそうですよね……」
「ほらぁ、面倒くさいじゃない」
「え、えっと……クララ! クララでどうですか⁉︎」

 なんとかそう捻り出したサヤに、クララ、クララ……と、口の中で名を転がしてみて……。

「良いわ、それで。
 じゃあ今日からクララでお願いね」

 クオン様を改め、クララはにっこりと微笑んだのだった。


 ◆


 朝からなんだが頭が重い……。いや、頭というか、胃というか……。

「と、いうわけで、アギー派遣官の方々が本日より共に職務をこなすこととなった。
 まず行ってもらう職務内容は我々の補佐。
 ヘイスベルトは一足先にこちらにいて慣れているだろうから、彼らの手助けを頼むよ。配置は慣れてもらってからまた考えるから、まずは一通り体験してもらう。
 で、見習い従者の二人は、ウーヴェとサヤにお願いする。
 武官も二名派遣して頂けたから、これから遠出の際は最低一名、武官を付けていってくれ」

 簡単な紹介と配置説明等を行い、朝から浮き足立っている執務室。
 それというのも、ヘイスベルトとルーシーが崇拝する神を前にしたが如く、舞い上がってしまっているからだ。
 逆にオブシズとウーヴェは屍のようになっているが。

「クラリッサ……え……いや、どう見ても……⁉︎」
「クオンティーヌ様ですよね⁉︎ 春にお会いしたばかりなのに、流石に忘れてません。
 キャー! 私草紙読んでますぅ!」
「わっ私も拝読させていただいております!」
「良いから、何も言わずクララってことにしておいてくれる⁉︎」

 クララを任されることになって死にかけているウーヴェにも、見習い扱いで良いからと念を押す。

「ごめんなウーヴェ……でも近々オゼロの方もいらっしゃるし、エヴェラルド様も……。
 ここ、これから貴族どんどん増えそうなんだ……。もう割り切って慣れてしまう方が良いよ」
「割り切る……どうすれば、レイ様並に心臓に剛毛が生えそろうのでしょうか……」
「…………いや、俺も通常の、平均的な心臓だと思うよ」

 毛は生えてないと思う。
 するとそれにクララ当人が……。

「ていうか、爵位なんて放り捨ててもらって構わないのよ。そのために来てるんだし。
 そもそも、クロード様だってここで普通に平の文官してるじゃない。
 あんな方がいるんだから、私くらい平気でしょ」
「クララ言葉使い! 平民でもウーヴェが上司なんだから!」

 マルは全然気にしていないけれど、やはり学舎での慣れもあるだろう。
 耐性の無いウーヴェとかにはだいぶん重いよな……と、改めて実感。

 まぁでも、そうだろうと思って。
 そのために本日、ここの規則を書き出したものを用意した。

「拠点村に出自は持ち込むべからず!
 どの身分のどんな血も、ここでは考慮しない。働く上では対等!」

 それをバン! と、壁に貼り付ける。

「学舎と同じだと思ってもらえれば良い。
 人として失礼があってはならないと思うけれど、血の地位は職務に支障をきたすため排除だ。
 納得いかなければ帰郷していただいて構わない。
 同じく、村の職人も、研究員も、ここで働く者たちだ。
 良い品を生み出すために、時には彼らが俺たちに物申す場合もある。それを不敬だと手打ちにするなど、以ての外だ!
 どうにも我慢ならないという場合は、まず俺に報告! 双方の意見を聞いた上で、俺が判断を下す。
 これ、王都にも送って陛下の許可をいただこうと思っているから、そのつもりで!」

 国の頂点がそうせよと言えば、誰も文句は言うまい!

 ここに来た人は誰でもまず補佐から。一通りの仕事を体験してもらってから、希望と適性を考えて配置する。と、告げた。
 クララは見習いだから、他の見習い女従者と同じ扱いで、サヤの元に。で、そうなるとウーヴェも関わるよなっていう配置だ。

「……ということは……クララさんが、私の同僚……」
「まぁうん……そうなるね……」
「最高です!」

 自分も研究員になるとゴリ押しして研究員に加わったルーシーは、役得とばかりに大喜びだ……。

「じゃあ、今日はまず執務室の仕事内容を確認してもらおうか。
 文官といえど、ここでは結構外の仕事もあるからね。
 クロード。ヘイスベルトと一緒に、派遣官の指導を頼める?」

 いきなり平民のマルが、遠慮無い口調で始めるよりは良いだろう。
 そうせよと言われたからって、簡単に気持ちはついていかないものだろうし。

「心得ました。ではイエレミアーシュ、今日の現場は頼めるかな」
「そのつもりですよ」
「戻って早々、申し訳ない」
「いつものことです」

 クロードとアーシュが普通に会話を交わしていることに、派遣官の方々は面食らっている様子であるけれど、これからはこれが日常になる。
 それどころか、クロードだって平民のマルを上役として扱い、接しているのだ。
 貴族社会の常識は取っ払ってもらうしかない。……ん、貴族社会の常識……。

 ……あっ! あともうひとつ確認しとかなきゃならないことがあるっ。

「貴族の皆は越冬時期と社交界、どういった予定が入ってる⁉︎」

 俺に社交界の準備が必要ってことは、皆にも必要だろ⁉︎
 冬前に帰郷してもらわなきゃいけない人は先に言っておいてよ⁉︎

「どうと申されましても……レイシール様に従いますが?」
「えええぇぇ……」

 アーシュの素っ気ない返事に、頭を抱える。俺に決めろってことですか……。

「あぁ、男爵家では基本的にあまり無い事例ですね」

 俺の困惑ぶりに、ここが男爵家であったことを思い出した様子のクロード。

「我が家の場合、家族と共にこちらに移り住みましたので、ヴァーリンへ戻る必要はございませんよ。
 ヴァーリンの社交義務からも外されておりますので、考慮は必要ございません。なので、こちらで越冬させていただきます。
 アギーの社交界に付き従うかどうかは、レイシール様の指示に従いますが……レイシール様の場合、立場強化も兼ねて、私が文官としてお傍に控えた方が宜しいかとは思います。
 ヘイスベルト殿か、派遣官の方を共に伴えば、あちらに角も立たぬかと」
「クロード殿が付き従うならば、オゼロ傘下の家系である私は留守居役に回るべきでしょうね。
 派遣官の方々を、報告兼ねて同行された方が宜しいのでは? 領主様が今年も社交界に同行されるようでしたら、そちらの補佐に回っても構いません」
「報告は季節ごとに一度。書簡で構わないと仰せつかっております。その辺りは職務内容次第だろうとも」
「私は……戻れるならば戻れば良い……くらいの感じです。
 とはいえ、こちらで仕事をさせてもらえている方が……収入的に助かります」

 其々の発言が一通り出揃った後、それまで話を聞き流すだけだったマルがやっと口を開いた。

「まぁ、その辺りはおいおい調節していきましょう。
 どうせこの職場、大抵が初の試みで前例なんて無いんですから、どの形に収めても問題ありませんよ」

 ごもっとも。
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