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軍用馬 4

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 相当な広さの施設建設が予定され、それを受け入れられる広大な平地が余っている。ということに、男たちは驚いている様子だったから、まずはそこから説明することにした。
 頻発する氾濫により閉ざされていたこの地は、長年人の手を跳ね除けてきていたというだけで、特別な意味は無いのだけどな。

「……だもんだから、場所は正直好きに選べる。
 とはいえ、西廻りの道はまだ開通してないから、道のできている所までしか資材を搬入できないのが痛い所なのだよね。
 まぁでも、一応この辺り……立地的に、ここら辺が適しているのじゃないかと思ってる。あまり村から離れすぎても不便だろうから。
 それで、こっちが馬房と馬場の図面。あと貯蔵塔」

 ……貯蔵塔?
 男がその言葉に反応したのが分かった。

「牧草を貯めておく施設だと聞いたけれど、北では呼び名が違うのかな。
 北では地下に潜っていることが多いのだろう? だがこの辺りは水脈が多くてね、地中は牧草貯蔵に適さないと判断した。
 それで塔の形となっているんだ。南の地域はだいたいこの形か、半地下みたいだけどね、構造や機能としては同じらしいよ」

 マルの知識と、シェルトに呼ばれた遍歴の石工から得た情報を基に書かれた図面だ。石工は貯蔵塔を何度も手掛けた経験があると言っていたから、信頼に足ると思う。
 一応、馬の育成について必要なものも一通り聞いたが、馬事師によっては必要無いと考えていたりするものもあるそうだから、そこは聞いてみないと分からないとのこと。

「あと、ここいらは小麦の産地だから、藁の入手には困らない。
 その代わり木屑はあまり無いから、馬房の寝床は藁を中心にしてもらうことになる。
 馬の餌に燕麦が必要であるなら栽培しよう。この辺は基本的に小麦が中心だから。
 施設に問題が無いなら、予定地を視察してほしいと考えている。馬に害のある草が蔓延している場合もあると聞いた。
 じゃあ次、建材に関して。ここら辺の一般的なものが……」

 一通り話し終え、顔を上げたら、男がなんとも形容し難い視線を俺に向けていることに気付いた。
 途中からつい、話すことに必死になっていて、男の様子を確認するのを忘れていたのだ。

「すまない、気付かなくて。何か気になる部分があったろうか? どこの部分かな」

 そう問うと、男は警戒も露わに俺の顔を睨みつけ、それでも黙っておけなかったのだろう……。

「………………あんたは人の心を読むのか」

 ……いや、意味が分からないんですけど。

「読めないし、読めたら貴方が何に驚いているのか分かったろうね。
 だけど、多少のことは顔を見れば察することができるものだろう?」
「だが、俺が口にしないことまで説明した」
「察しただけだよ」

 反応した言葉くらいは、見ていれば分かるのだから。
 だけど俺の返事に、男はますます警戒を強くしたようだ。
 じりじりと後方に後退り、何かあっても、すぐに女性らを守れるような位置に移動しようとしている……。

「……お前の目的も分からん。
 軍用馬を作れと言った。にも関わらず、抜きん出る必要はないとも言った。
 なのに、この図面……ここまでのものを用意するのに、どれほど金が掛かると思っている……?
 それとも、金勘定のできない馬鹿なのか……」
「口を慎め!」

 だがここで、ハインの我慢が限界を迎えたようだ。
 俺を威嚇するため、不敬を承知で敢えて口調を改めていなかっただろう男の態度に、ハインがキレた。

「ハイン、彼はまだうちの領民じゃない」
「ですが、不敬は不敬です!」
「敬う理由が無いのだから仕方がない。とりあえず、ややこしくなるから黙っていなさい」
「……レイシール様っ」
「分かっているけれどね、今は良いんだ」

 彼らの俺に対する態度は、きっと北で関わった貴族が関係しているのだろうから。
 身を守るために俺を警戒するのは当然だろうと思っている。

 納得いかない様子のハインを、オブシズが押し留めて俺に視線を寄越す。見ておくからとのこと。
 彼に頼むよと目配せして、俺は男に向き直った。

「……金が掛かるのは承知しているが、ここでケチっても仕方がないだろう?
 君らに任せたいと思っているこの施設は、今後のセイバーンの礎を支える……要となる事業だと、俺は思っているんだよ。
 だから、まずは成功例を作らなければならない。
 この形が上手く機能すれば、馬事師の生き方にも選択肢ができるだろうし、こんな形が各地に広がれば良いなと思っているんだ。だから、必ず成功させたい」

 まずは、事業の形を説明すべきだったかもしれないな。だけど……。

「いきなりこっちを話しても、きっと信用してもらえないと思ったんだよ……。
 私はね、セイバーンの騎士試験から馬の所持という項目を外したいと思っている。
 そのための事業の形を考えたんだ。とりあえず、それを聞くかい?
 軍用馬を育てて欲しいけれど、馬格は求めないと言った理由も、それで理解してもらえると思う」

 そう言うと、男は一瞬、困ったように顔を歪めた。
 どう返答すべきか迷ったのだろう。
 けれど……今の表情と、後方の仲間の反応……。

 きっとまだ、踏み込むのは無理だ。

「分かった。
 では、明日までにどうするか、皆で話し合って決めてくれたら良いよ。
 聞いてもらえれば有難いけれど、断っても構わない。その場合は、馬事師としての仕事を仲介するのは無理だが、他の生き方を模索する手助けはする。
 ……これは保護した流民全てに行うことだから、見返り等は求めないと誓う。気負わずとも良いよ。
 じゃぁ、また明日……パンダを持って来るから」

 最後の一言は、一番後ろで隠されているのだろう、幼子に向かって言った。
 警戒心が強くて、心を開いてくれない彼らの中で唯一、俺に興味を示してくれた声。まぁ……俺じゃなくて縫いぐるみにかも、しれないけれど。

 仮小屋の外に向かい掛けて、もう一つ、伝え忘れていることに気が付いた。

「あぁ、それから……先に保護された流民と面会したいならば、警備に一声掛けてくれ。
 君らは引き剥がされるのを特に気にするようだから、彼女らにここに来てもらえるよう、手配しよう。
 もし、知人等いたのなら、名を教えてもらえれば、その人を呼べるよ」

 図面は中に残した。
 他の人たちにも見てもらいたかったから。
 あの熊の縫いぐるみ同様、見ていないうちでも良いから、触れてもらえると、嬉しいな……。


 ◆


 まぁ……警戒されるのは仕方のないことだと思う。
 北の馬事師らの環境はマルに聞いたし、彼らが受けたであろう仕打ちも、それとなく察している。
 だけど普段、どちらかと言うと気安く皆に接してもらえていて、嫌われていないのだと感じていると、たまに無性に……あの手の視線に傷付いてしまうのだ。

「俺ってそんなに信用ならない顔してるのかな……」
「知りません」

 さっき意見を退けられたハインがいつも以上に冷たいっ。

「まぁ先に保護したのが、孤児と母子のみでしたからねぇ。
 あちらでは良からぬ目的のために連れ去られたって噂も、ちらほら囁かれていますから……」
「身に覚え無いぞ⁉︎」
「そんなの分かってますよ。
 所詮下町の根も葉もない噂話なんですから、何したって似たようなのが流れます。
 そのうち誤解も解けるでしょうから、気にする必要無いですって」

 マルはなんでも無いことのように言い、こちらに視線も寄越さない。
 だけどな……それで割り切れたら傷付いてない!

 マルの言うことはもっともだと思うのだが、だからって傷付かないではいられなかったのだ。
 だってあからさまに女性と子供を必死で守ってた……。俺がそういう、無体を働くのじゃないかって警戒されてるってことだ。
 俺って、そういうことしそうに見えてるんだ……。と、衝撃を受けたのだ。
 あの場では顔に出さないようにしたけれど、サヤが未だに俺を警戒するのも、もしかして俺から、そういったことを致したい欲望が見えているのかなとか、いや、無いとは言わないけど分別くらい付けるのにとか、色々いらないところまで考えたらどんどん落ち込んできて……。

「鬱陶しいです!
 落ち込むなら部屋でやってください!」

 結局執務室から追い出され、部屋に放り込まれてしまった。
 でもまぁ、いじいじした俺を見たって皆も気分良く無いだろうし、一人で落ち込んで一人で立ち直るしかないんだよなと納得する。
 仕方なしに長椅子に座って、座面に置かれていた……サヤの残していった兎の縫いぐるみを手に取り、胸に抱いた。
 サヤの手が縫い上げたものだと思えば、少しは慰めになるかと思ったのだ。

「お前は良いよなぁ……幼子にも、きっと怖がられないよな。こんなに可愛らしいもんな」

 仮小屋に置いてきた小さな兎は、今頃遊んでもらっているだろうか?
 あの兎はぴんと耳を立てていたけれど、俺の腕の兎はへたりと垂れた耳をしており、そこはかとなく、同情されているように見える……。

「……お前も俺のこと情けないと思ってる?」

 俺は縫いぐるみの兎にも憐まれているのだろうか……。

「…………駄目だ。気持ちがとことん後ろ向きだ!」
「久しぶりやってね。レイがそこまで、落ち込むの」

 声がして……。
 ハッとそちらを向くと、サヤがいた。
 眉の下がった笑顔で、いつの間にか部屋の入り口に立っている……。

「ハインさん、昔はしょっちゅうやってたって言うてはったけど、全部隠して、人前ではなんでもない顔しかしいひんから、もの凄う、苛々したって言うてはった。
 出すようになっただけ、成長しましたが……って」
「…………それ今言ってたの?」
「うん。それで私に、様子を見てきてください。って」

 おまっ……っ、それ、嫌がらせだろう⁉︎
 サヤにだけは情けないところ見せたくなかったのに!
 サヤが席を外していたから口にしたのだ。なのにあいつは……っ、それすら分かっててサヤを寄越したろう⁉︎

「ごめんっ、情けないこと言って!」

 とりあえずまず謝ったけれど、頭の中は大混乱だった。
 だってサヤは……耳が、良いのだ……。
 部屋の外にいる時から、俺の呟きは聞こえていたろう……。
 ならば、縫いぐるみに語りかけていたのも、きか、聞かれ…………っ。

 あの顔、絶対に聞かれてる……。

 どうしようといった感じに、眉の下がっていたあの笑顔。
 サヤも、俺を情けないと思ったのかもしれない。そう考えたら、なんとも苦しかった。
 いや、情けないところは散々見せてきているし、今更と言えば今更なんだけども!

「……言おうか、どうしようか悩んでたんやけど……」

 そんな俺に、サヤがまた、口を開いた。

「その兎……持って帰ってもええ? それ……私が持っておきたい」
「どうぞ……」

 サヤに兎を差し出したら、それはすぐに受け取られ、両手が空に浮いた。
 その両手をサッと引っ込めて、ついでに顔も伏せる。この情けない顔を、見られたくなかったから。

 縫いぐるみの兎に語り掛ける男は気持ち悪いだろうし、ここに置いておきたくなかったんだな……。
 そう思ったら、またもや気持ちが凹んだ。いや、抉れたと言うべきか……。

「その子……レイのつもりで作ったから……私が持っておきたい……し」

 …………?

「気付かへんかった? 色……」

 ストンとサヤが、俺の視線の先……長椅子に腰を下ろしたのが、視界の端に入った。

「ロップイヤーの兎にしたんもな、レイのイメージはこっちやと思うた……優しい、可愛い感じが、近いなって……」

 俺に見立てて作ったと言う兎を、腕にギュッと抱きしめたサヤが、こちらを向いて、どこか恥ずかしそうに、言葉を紡いでいる……。

「情けないとか、思うてない……思うわけあらへん……」

 少しだけ視線をあげると、両腕にギュッと抱きしめられた兎が、俺を見ていた。
 その腕の先……兎の頭の部分に、サヤの口元は隠されていて、そこに、染まった頬……。

「優しいから傷付くし、見せへんように落ち込む……。私は、そう言うレイが…………す、好きや、と、思うた、し……」

 ギュッと、腕の中の兎が締め付けられて、頭を退け反らせた。
 声が出せたなら、ぐえぇとでも、呻いていたかもしれない。
 灰色と、薄い紫の布地が使われた、兎。
 首には太めの刺繍飾り紐が蝶結びにされ、冴えた青い中衣を纏い、瞳も……青い、包み釦…………。
 俺…………?
 俺だと思って、抱きしめてるの?

「同じ色で、作ったってこと?」
「レイに慣れる練習用や思うて作ったけど……結構気に入ってる、し……」
「…………俺も欲しいんだけど、サヤの縫いぐるみ」
「……縫いぐるみに言わんと、私に言うてくれるなら……考える」

 なにこの可愛い人……。

 その時の俺の気持ちを表す言葉があるなら教えて欲しい! なにこれどうすれば良い⁉︎

 落ち込んでたのも何もかも吹き飛んだ。
 そしてそれにとって変わったのは、抱きしめたいという衝動。
 だけどそれが、許されない…………っ!

「………………サヤ、触れさせて……っ」

 唇に。
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