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八の月の終わり

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セイバーンに戻り、さほど経たぬうちに九の月が目前となった。
サヤの手の傷はきちんと塞がり、赤い筋は残っているものの、もう日常の生活をほぼ取り戻している。
一年前の腕の傷も、うっすらと白い線が入っているのみになったから、これも来年の今頃には、あまり目立たなくなっていると思う。

拠点村に戻ってすぐに、カタリーナやエーミルトが研究員に加わり、コダンも拠点村へと移住した。

そのコダンの住居なのだが……。
何故か孤児院の管理室だったりする……。

「子供受けが良いって本当だったんだなぁ……」

コダンを取り囲む幼い子ら。
幼年院の前庭、水路沿いににある、木々を植えた小さな木陰。ここで子供らは、コダンの手が生み出す細工の完成を待っているのだ。
コダンの短く太い指が、木切れや竹を器用に削り、そう待たぬうちにまたひとつ、何かできたようだ。

「ありがとう!」

少年はそれを受け取り、口に加えて思い切り吹く。
けれど、音が出ない……。

「違う。反対を、指で塞いで……そう。それで吹く。穴を調節すれば、音が変わる」

程なくして、調子っぱずれに変化する音が、庭に響き渡るようになった。

コダンを孤児院の管理人に加えたいとマルに言われた時は、何を考えているのだと、唖然としたものだったが。

「あの人、飢饉で妻と幼子を亡くしてるんですよ。それがきっかけで、食料を増やす研究に没頭しだしたんです。
コダン、ああ見えて前職はオーストの文官なんですよ。
彼が、職務で家を離れている間のことでした」

マルにそう聞き、あの鬼気迫る様子の理由を、知った。

「子供にはとことん優しいですよ。
元々手先は器用なんでしょうね。我が子にしてやれなかったからなのか……遊び道具を作ってくれると、子らにはそれで人気なんです。
まぁ……そんな所が余計、前の村では警戒されてたんですよ……怪しさしか無いですから……」

…………そうか。
謎なことばかりする男が、子供にものを与えて手懐ける……。その光景は、普通に考えれば怖いかもしれない……。
だけど、それが怪しいかどうかは、子らの喜ぶ様子を見ていれば、分かることじゃないのか……。

「後ろめたかったんでしょう……」

それに対するマルの返答がその言葉で、飢饉による妻子の死が、ただ運が悪かったという話ではないのだと、理解した。

「食糧が足りない。それが全ての元凶だと、その結論に達したんでしょうね、彼は。
その怒りや悲しみをああして、研究にぶつけていたんですよ。
だけど過去に囚われて、研究だけに没頭していても身が腐りますからねぇ。
カーリンの実家は、あの男に丁度良かったんです」

何かに没頭していても身が腐る……か。
マルが言うと、余計重みを感じる……。
寝食を忘れて獣人の研究に没頭していた時の彼は、きっとコダンとおんなじ風だったのだろうから。
彼がオーストからコダンを連れ帰ったのは、これが理由なのかもしれない。
思えば唐突だったものな。
いくらオーストに出向いたついでとはいえ、急にコダンを連れ帰ってきたのだもの。
もしかしたら、コダンの置かれていた境遇に、何かしら思うところがあったのかもしれない。

セイバーン村にいる間、彼は借家にいたのだけど、食事や身の回りの世話は、カーリンの実家が引き受けてくれていた。
兄弟の多いカーリンの家は、幼い弟や妹がいたから、研究に没頭しつつも家の中では、コダンも大人しかったそう。
飽きずに子供らの遊びに付き合ってやり、手作りの玩具まで作ってやっていたという。

「なので、あの男の生活を安定させようと思ったら、子供らの中に放り込むのが一番かと」
「放り込む……」
「だってほら、丁度良かったじゃないですか」

孤児院の幼子らと風呂に入り、食事を共にし、夜泣きする幼子を寝かしつける間に自らも寝てしまう……。そんな生活をしていたからか、コダンの顔色は拠点村に来てから、随分と良くなった。
子供らが幼年院に行っている間に、自らは畑に出向き、土の研究に没頭し、子供らが迎えに来て、孤児院に帰る。
そんな一風変わった生活が日常となってきているのだが、本日は仕事が早く終わったようだ。自ら戻ってきて、庭で遊ぶ子供らに混じってしまった。
また、研究に没頭すると、身の回りのことをそっちのけにしてしまうコダンを、子供らも心配したのか、あれこれと構いに行くのだ。
ボサボサだった髪も整えられ、生え放題だった無精髭も整えられてしまい、もうかつての面影は無い。

「あんなに若いとは思ってなかったよね、実際……」

コダン、老人の域に達していると思っていたのだけど、髪を整え、髭を剃ってしっかり寝たら、まだ四十代といった程度だったのだ……。

「それに、ジーナが思った以上に懐いてる」

あぐらをかいて座り、竹を薄く削いでいるコダンの、手元をじっと見るジーナ。その位置は、コダンのあぐらの上だ。
膝にちょこんと座って小さくなり、ただ無心にコダンの手元を見つめているのだ。
そうして、作業の合間にコダンの手が、ジーナの頭を撫でたりするのを、じっと待っている。

カタリーナとジーナは孤児院を出たのだが、女長屋の元の部屋に戻っており、そこの子らと幼年院に通って来る生活を送っている。
カタリーナは学習舎で教員の一人として働いており、ジーナは文字や計算を習った後、カタリーナの仕事が終わるまで、この幼年院の前庭で待っている。
それを知っているから、コダンや孤児院の子らは、ジーナを構いに来る。
ジーナは、前みたいな天真爛漫さは、まだ取り戻せてないけれど、それでも少しずつ、表情が動くようになっていると感じていた。

「あっ、レイ様だー!」
「レイ様鬼ごっこしよう!」
「あ、見つかってしまった……」

木陰からこっそり見ていたのだけど、子供の一人に見つかったが最後、あっという間に取り囲まれてしまった。
護衛についてきていたシザーも同然見つかる。

「シザーだ! シザー、高いのしてっ」
「ぶんぶんがいい、ぶんぶんして!」

何気にシザーも人気者。
高く放り投げたり、身体を持って振り回したりという、なかなかに危なっかしい遊びを行ってくれるものだから、やんちゃな連中に、特に人気なのだ。
小心者のシザーだから、危ない遊びといっても、絶対怪我をさせないように気をつける。その辺りを子供らも理解しているのだろう。
子供は彼の肌の色にだって頓着しないし、遠慮もしない。

「シザー、夏でも冬でも真っ黒だよね」
「皮むけないの? 僕鼻の頭がもうむけてきちゃったよ」

……そういえば、シザーの皮がむけるの見たことがない気がするな……。
子供って、よく見てるなぁと感心していたら、ツンツンと服の裾が引かれた。

「レイ様、ぼくもう名前かけるようになったよ」
「おっ、凄いじゃないか。次は母様の名前だな」
「母様じゃない、かぁちゃんだよ」
「レイ様ーっ、冬になったら新しい雪遊びがあるって本当⁉︎」
「……まだ夏だよ。随分先の話だ……。うん、でもあるよ。そり遊びのことだろう?」
「ビューンっ!って、すっげー速いんだぜ!」
「みんなで乗れるのもあるんだぞっ!」

孤児院の子らに混じって、幼年院通いの子らも遊んでいる様子。親がまだ仕事なのだ。
その子らが、去年の冬の話をしたのだろう。

「今年の冬は大きな雪山を作って、そり滑りをしなきゃなぁ」
「すげぇ!」
「たのしそうっ!」

キャッキャとはしゃぎ、遊ぶ子らに翻弄されつつ、俺も少しだけ、付き合うことにした。
うーん、これだけ元気が有り余ってると……何かもう少し、遊び道具を増やしてやりたいな。
サヤにそれも、相談してみようかな。

そして一緒にいたはずのマルはどこにいったのだろうと、視線を彷徨わせてみたのだが……いつの間にやら逃げ出していた。
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