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オゼロ官邸 7

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 オゼロの秘匿権は常に狙われているという。
 間者などどこからでも入ってくるし、信頼できると思っていた者でも裏切ることがある。
 貴族にはよくあることだが、唯一無二の金の卵を持つこの地では、それが一層顕著だという。

「仔細を伝えるわけにはいかんのだよ。これは、長きにわたってオゼロ領主が守ってきたものだからね」

 そう言いつつもエルピディオ様は、二十年前、ある秘匿権の製造過程を担当する者から、裏切りがあったのだと告げた。
 その発端は、二十年前より、更に十年以上を遡る。

「他家より婿養子に入ったある男の裏切りだった。
 婚姻を結ぶ折に当然調べていた。その男の素性や、交友関係……前歴に至るまで。
 そこにジェスルの名は無く、妻を立てる良い男で、その家族にとっては好条件のものだった。
 その娘は末の生まれで、可愛がられていたから尚のこと、手元を離したくないという親の気持ちが大きかったのさ。
 一子には直ぐに恵まれた。二人とも、後継を考えるような立ち位置ではなかったから、子の数にはあまり拘らなかった。
 その婿も順調に出世して、秘匿権の関わる重要な立場を任されるようになった。
 けれどそれが全部計画の上のことだったのさ。
 その者は、オゼロの貴重な情報を得るために、色々な策略を巡らせていたよ。そのうちの一つがラッセルに絡まっていた。
 彼を職場から遠去けるために、その家族へも手が伸ばされていた……。
 結果として、情報を守ることはできたものの、幾人かの犠牲が出た。
 我々は表面的な事件に振り回され、本質を見極めるまでに無駄な時間を費やしてしまった。
 その計画は、何年もかけて周到に練られていたよ。まるで関係無い事柄を重ねるようにして。その切れ端を全て掻き集めるまで、何も見えてこないようなね……」

 何か、引っかかる話だった。
 何だろう……前に聞いていたような気がしてしまうのは、何だ?
 少し考えて、マルの話してくれた、神隠しの話と被るのだと気付いた。
 確か、存在を消したのは第二夫人の末娘……。家族全てが、存在を消したという話だったはず。
 …………そう、か。お身内の方……。血が代々受け継ぎ守って来たものだったからこそ…………その責任として、存在を消す処置となったのか……。

「ラッセルを巻き込んだあの策略を突き止めたのは、ラッセル等人の没後……あれの残してくれた資料が助けとなった。
 己より地位の高い相手だったその者を調べているなど、口が裂けても言えなかったのだろうな……。もしくは、完璧に言い逃れなどできぬ証拠を、掴もうとしていたのか……。
 あれの身に変化が起き始めた頃から、細かく記録が残されていた。あれはそういうことを、厭わず行ってくれる、良き文官だった」

 息子や、彼本人にも課せられた汚名。それにより、一度は役職を退けられたラッセルだったが、新たに与えられた職場で地道に職務を遂行することで疑いを晴らし、二年という年月をかけ、元の職場に復帰した。けれど、それから僅か半年で体調を崩し、さして経たぬうちに、病没したそうだ……。

 結局、一番の主犯格であった婿養子は処分したものの、全てを狩り尽くせば、また別の虫が湧くだろう……。
 それで、害の少ないと見越した虫は、残すことになったそうだ。

「状況を理解し、対処した後に、ヴィルジールそなたのことも探したのだがね……。見つけ出すことが叶わず、長らく苦渋を舐めさせることとなってしまった。
 本当に、申し訳なく思っているよ」

 だがそれは、致し方なかったのだろう。なにせオブシズは、見つけられることなどないように、動いていたのだから。
 彼が傭兵という道を選んだのは、傭兵は定住しないからだ。
 偽名を名乗るなど当たり前で、身元を問われることもない職業というのは、案外少ない。
 父の言いつけをを守るため、処分を望む身内から逃れるために、オブシズは敢えて、その過酷な道を選択したのだろう。
 オゼロ領を避け、国中……下手をしたら異国まで出向いていたろうオブシズを見つけ出すことは、実際難しかった。目立つ瞳は、ずっと隠していたろうしな……。

「今からでも、其方の父の名誉を回復することはできる。其方の瞳に対する嫌疑も当て付け同然のものであるし、晴らすことはできよう。
 どうだろう。オゼロへ戻って来てはくれまいか?」

 不意に飛び出した、エルピディオ様の言葉にドキリとした。
 その可能性を全く考えていなかったのだ。オブシズの名誉が回復するならば……ヴィルジールと名乗ることに支障が無くなったのならば、それも当然のこと。
 オブシズがセイバーンにいてくれたのは、たまたまなのだし……。

 再会した時から、共にいてくれることが当たり前のように思っていて、オブシズがいなくなるかもしれないのだということに、正直かなりの衝撃を受けていたけれど、それがオブシズの幸せならば、受け入れなければと思った。
 もう父と再会することは叶わないけれど、母は健在かもしれないし、それならばきっと、オゼロ領内にいらっしゃるだろう。学舎での友人たちとだって、関係を築き直すべきだよな。
 なにより、父上の墓前を訪れることができるようになるのは喜ばしいことだ。

 俺は内心を隠すために顔を伏せた。
 オブシズの思うようにしてほしいと思ったから。

「……有難いお言葉ではありますが……。私は、バルカルセを捨てました。今更あの家名を名乗りたいとも思わないのです。
 父も……きっと家名など、特に拘ってはいなかったでしょう……。ですから、オゼロ様の中で父の名誉が回復しているならば、私はそれだけで……」

 今後も、家名を名乗る気は無いと、オブシズは言った。
 疑いは晴れたとしても、身内から処分を望まれた事実は変わらない。
 元々仲が良いわけでもなかったですしねと苦笑。戻ったところで、お互い居心地が悪いだけだろう。

「それに、今の状況では……またレイモンドが何をしでかすか分かりません。
 オゼロ様。そのレイモンドの件で、少々お伺いしたいことがあるのですが……」

 今回レイモンドを使者に加えた経緯を、お聞かせ願えませんか。と、オブシズは問うた。
 確かに。価格操作が俺たちとレイモンドの関係を見るためというのは、いささか順番がおかしい気がする。
 するとエルピディオ様は、少々バツが悪そうに頭を掻いた。

「もとはといえば、あの汲み上げ機の製造を牽制するためだよ。
 あれはとんでもない代物だ。それこそ、我々の木炭に匹敵する逸品だよ。
 なにせ、人の生活を支配する水に、大きく絡む」

 人が生活する上で欠かせないもの。それが火であり水だ。あの汲み上げ機が広まれば、きっと人の生活は大きく様変わりする。
 その急激な変化をもたらす品が、たかだか金貨二十七枚だと、エルピディオ様。

「元々我々は、常に秘匿権の動きに目を光らせている。
 日常的に情報を狙われている身なのでね。あそこを警戒しておくのが手っ取り早いんだよ。
 昨年、急にセイバーンの名が多く上がるようになり、その違和感は元から持っていた。
 急激な変化は、人の世を乱しかねない。
 セイバーンに、ジェスルの者が嫁いでいたことも知っていたが……なにもジェスルの者が、全て裏に絡んでいるというわけでもない。
 特別注目もしていなかったのだが……その妙に動き出したことが気になった」

 結局その、妙に動き出したものが俺だったわけだ。
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