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オゼロ官邸 6
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信頼が置けるという女中が呼ばれて、サヤの手の傷に、応急処置が施された。
俺たちが誰もサヤに触れられなかったからだ。
恐縮するサヤの手を、女中は丁寧に洗い、処置してくれた。女性のサヤが、深い傷を身に負ったことに、とても心を痛めてくれた。
サヤが俺を庇い怪我をしたのは紛れもない事実で、エルピディオ様は、サヤに傷を負わせるに至ったことの詫びも述べてくださった。
サヤの手の傷はやはり深く、飛来する刃を握り止めたせいで、指数本と掌を傷付けていた。当面左手は使っちゃ駄目だよと言い聞かせたけれど、自由にさせておくと、つい動かしてしまいそうだったから、肩から腕を吊る形で固定してもらう。
「何で握っちゃったんだよ……」
「咄嗟です」
前にサヤは、飛来する矢を弾き飛ばしたことがあったけれど、この狭い場所で小刀を払っては、別の誰かを傷付けてしまうかもしれず、つい掴んでしまったとのこと。
咄嗟で掴めるものじゃないのだけどな、本来は……。
サヤだからこそできたことだけど、そのせいでまた、サヤを傷付けてしまった……。
「ごめん……ごめんな。いつも怪我をさせてばかりだ……」
「何を言ってるんですか。これが私の役目です」
サヤはそう言い笑ってくれた。
その笑顔を胸に掻き抱きたかったけれど、触れることすら、今はできない……。
苦しいまま、拳を握りしめた。
日を追うごとに、身の回りに危険が増えている気がする。
こう何度もサヤを怪我させることになるだなんて……。
俺たちはどんどん、危険な場所に踏み入っているのだろうか。だけど……俺たちの理想、俺たちの願いを形にするために、進むしか無い道でもあるのだ。
サヤを守る方法を、もっとちゃんと考えなければ……。サヤだけじゃない、皆を危険に晒さない方法を。
「私は、レイシール様をお守りできたので、良かったですよ?」
「……サヤだって守られる立場になるんだからね?」
だけど今回は、俺が皆に抵抗するなと言ったからこうなったのだ。
村を襲撃された時もそうだった。俺はつい、みなの危険を顧みず、あんな無茶な命令を飛ばしてしまう……。
「皆もごめん……。皆の身の安全を考えたら、抵抗するななんて、無茶な話なのに……」
「あの時も今回も、最良を選んだ結果じゃないですか」
「そのおかげで大事には至らなかった。
刃を交えていたら、途中で止めるなんて、きっとできなかったさ」
サヤとオブシズはそう言ってくれたけれど、ジェイドはムスッとむくれ顔。小刀に、万が一毒でも塗ってあれば後悔じゃ済まなかったンだからな⁉︎ と怒られた。
サヤの手当てが終わり、場が落ち着いたのを見計らって。
「……今一度、話を聞こうか……。
どうやらお互い、もう少し腹を割って話す必要がありそうだ」
エルピディオ様はそうおっしゃった。当然俺に否やは無い。
武官の一人はずっとマルを警戒しており、彼が虚との繋がりがあると認めたことで、警戒対象が俺からマルに移ったのだと分かった。
ジェイドはオゼロの目があるから、敢えて言及しなかったが、これは吠狼に対する裏切りと取られかねないことだ。
万が一マルが捉えられ、吠狼らのことを自白させられでもしたら、彼らは身の破滅。
だけどマルがそうしたのは、俺を庇うため。
エルピディオ様が虚との取引を言及してくるかもしれないが、彼らはもう俺の血肉。必ず守ると心に誓った。
「はい」
ジェスルの裏を知る者同士。お互い貴重な存在だろう。だからまずは、情報の共有を図る。
◆
その後、セイバーンに起こっていたことは、話せる範囲で、エルピディオ様に話した。
領主印のことは王家とアギー、セイバーンのみの秘密であるため伏せるしかなく、よって十六年前の、心中事件の辺りから、伝えることに。
それに加え、俺が持つ影が、マルを介して得た縁によるもので、ジェスルとは関係しないこと。
また、現在は虚から足を洗っており、俺の配下としてセイバーンに身を置いていることも伝えた。
「表向き、ジェスルとの縁は絶たれたセイバーンですが、簡単に安心できる相手ではないですからね……。
あちらが裏の顔を持ち、影を駆使する以上、こちらもそれに備えねばならなかったのです」
俺が影を持つに至った理由を、そのように説明した。エルピディオ様からも、一応の納得を得ることができた。
まぁ、自分たちも表沙汰にできない者らを使っているのだから、俺だけ咎めるわけにもいかない。
責任については念押しされたけれど、それで一応の決着となった。
規模はさすがに伏せた。エルピディオ様は俺たちの持つ影が、まさか獣人を多く含み、数百人に及ぶ規模だとは思っていないだろう。
あの人数を、公爵家の行うような運営の仕方で養っていたのでは、たちどころに資金が枯渇する。
その先入観を逆手に取って、俺の影は拠点村に隠れ住む程度の人数……数十人程度だと思い込ませた。
正直な話、吠狼は半ば自立しているようなものだから、思いの外、資金は必要としていない。
彼らに必要だったのは、冬を越せる寝床と、狼の姿を受け入れてもらえる場所だった。
流れるしかない状況では、職を得ることも難しく、出費も嵩む。それで生活が苦しかっただけで、彼らには元々、働く能力は備わっていた。
村を持ち、そこに身を置けるようになってからの彼らは、それまでの憂さを晴らすみたいに、勤勉な働きぶりを見せている。
その喜びに満ちた、丁寧な仕事が良い品を作り、その品が、行商で人気と信頼を得て、収入に繋がる。
そんな風にロジェ村は、やっと回り始めたのだ……。
だから、まだ他の目を介入させたくない。
彼らの仕事が世に認められ、その能力が社会の仕組みの中に、歯車の一つとして組み込まれてから……。
獣人も人である。
その主張を始めるつもりでいる。
それまでは、俺の影の全貌を、他に漏らすわけにはいかないのだ。
そんな感じで、話せる事情を伝えるだけでも、結構な時間が掛かってしまった。
肝心の木炭についての話がほぼできぬうちに日没となってしまい、本日はこのまま戻り、明日また改めますと伝えたのだけど……。
「夜間の方が話しやすい」
とのこと。
人の出入りが制限されるため、その方が都合が良いという。
それで急遽、オゼロ官邸でお世話になることが決まり、ジェイドがバート商会まで走ってくれた。
こいつら本当に安全なのかよと、散々渋られたけれど、何とか説得してお願いした。
結局、戻ったジェイドは、知らせと共に、一泊に必要な荷物に加え、メイフェイアとハインを連れて戻って来た。俺たちの身の回りの世話に必要という名目で。
当然ハインには雷を落とされ、メイフェイアにまで無言の圧力を掛けられまくったが、まぁ……そこは甘んじて受け入れるしかない……。
「そんなことより二人が来て良かったの? 北の人には、獣人だってバレやすいんじゃ……」
くどくどとお小言が続くのも嫌だったので、帰らないかな……と、そんな風に話を振ってみたのだけど……。
「ハインは学舎にあれだけいてバレなかったんですから、平気ですよ。
メイフェイアも外見的な特徴はありませんし、もしそれでバレたとしたら臭いのせいでしょうから、その場合は相手だって獣人です」
マルは強気だ……。
まぁ、ロゼみたいに鼻のきく人間なんて、そうそういやしないだろうしな。
バート商会の留守番はクロードが担ってくれているそう。女中頭も残ってくれているし、まぁ大丈夫だろう。
公爵家の人に留守番をお願いするという異例の事態だが、ヴァーリンはジェスルの裏の顔を知らないのだし、仕方がない。
証拠があるわけでもないから、あまりおおっぴらに口にできることでもないしな。
晩餐の後、人払いを済ませたエルピディオ様の私室に招かれ、そこでオゼロの話を聞くこととなった。
公爵家の内部事情が絡むので、どこまでを連れて行くか、人選にはほんと悩まされたのだけど……、結局、俺とサヤ。そしてオブシズだけで行くことにした。
本当はマルも同席させたかったのだけど、流石に警戒されてしまうだろうと、マル自身が辞退。
マルは俺の責任の元で、一応の自由が許されている状況だ。
エルピディオ様の私室には、エルピディオ様ご本人と、永年仕え、信頼できる執事、従者、武官。そして文官として、ダウィート殿がいた。
「……ジェスルの裏というのは、本当に厄介でね……。
動く時は動くが、動かない時は全く動かない……。
いや、其方らのことを知り、動かないと見えるだけで、その時は別の場所を優先しているだけやも知れぬ可能性が出て来たがね。
オゼロは度々、何かしらの形でジェスルの虫を仕込まれることがあった。
それは、代々の領主らが、覚書として残しているのだが……。証拠等はほぼ無く、疑いの段階を出ない話が殆どだ。
そのせいで、我々は特にジェスルには注意を払う。それが不文律となった。
だがまぁ、当然ジェスルだけの話ではないな。他からだって色々と手は出される。ジェスルはそのうちの一つに過ぎなかったんだ。
私の代にこうなるとも、考えていなかった……。
オゼロが、既に巣食われていると自覚したのは、それこそ二十年前。全てが終わってしまった後だったよ」
俺たちが誰もサヤに触れられなかったからだ。
恐縮するサヤの手を、女中は丁寧に洗い、処置してくれた。女性のサヤが、深い傷を身に負ったことに、とても心を痛めてくれた。
サヤが俺を庇い怪我をしたのは紛れもない事実で、エルピディオ様は、サヤに傷を負わせるに至ったことの詫びも述べてくださった。
サヤの手の傷はやはり深く、飛来する刃を握り止めたせいで、指数本と掌を傷付けていた。当面左手は使っちゃ駄目だよと言い聞かせたけれど、自由にさせておくと、つい動かしてしまいそうだったから、肩から腕を吊る形で固定してもらう。
「何で握っちゃったんだよ……」
「咄嗟です」
前にサヤは、飛来する矢を弾き飛ばしたことがあったけれど、この狭い場所で小刀を払っては、別の誰かを傷付けてしまうかもしれず、つい掴んでしまったとのこと。
咄嗟で掴めるものじゃないのだけどな、本来は……。
サヤだからこそできたことだけど、そのせいでまた、サヤを傷付けてしまった……。
「ごめん……ごめんな。いつも怪我をさせてばかりだ……」
「何を言ってるんですか。これが私の役目です」
サヤはそう言い笑ってくれた。
その笑顔を胸に掻き抱きたかったけれど、触れることすら、今はできない……。
苦しいまま、拳を握りしめた。
日を追うごとに、身の回りに危険が増えている気がする。
こう何度もサヤを怪我させることになるだなんて……。
俺たちはどんどん、危険な場所に踏み入っているのだろうか。だけど……俺たちの理想、俺たちの願いを形にするために、進むしか無い道でもあるのだ。
サヤを守る方法を、もっとちゃんと考えなければ……。サヤだけじゃない、皆を危険に晒さない方法を。
「私は、レイシール様をお守りできたので、良かったですよ?」
「……サヤだって守られる立場になるんだからね?」
だけど今回は、俺が皆に抵抗するなと言ったからこうなったのだ。
村を襲撃された時もそうだった。俺はつい、みなの危険を顧みず、あんな無茶な命令を飛ばしてしまう……。
「皆もごめん……。皆の身の安全を考えたら、抵抗するななんて、無茶な話なのに……」
「あの時も今回も、最良を選んだ結果じゃないですか」
「そのおかげで大事には至らなかった。
刃を交えていたら、途中で止めるなんて、きっとできなかったさ」
サヤとオブシズはそう言ってくれたけれど、ジェイドはムスッとむくれ顔。小刀に、万が一毒でも塗ってあれば後悔じゃ済まなかったンだからな⁉︎ と怒られた。
サヤの手当てが終わり、場が落ち着いたのを見計らって。
「……今一度、話を聞こうか……。
どうやらお互い、もう少し腹を割って話す必要がありそうだ」
エルピディオ様はそうおっしゃった。当然俺に否やは無い。
武官の一人はずっとマルを警戒しており、彼が虚との繋がりがあると認めたことで、警戒対象が俺からマルに移ったのだと分かった。
ジェイドはオゼロの目があるから、敢えて言及しなかったが、これは吠狼に対する裏切りと取られかねないことだ。
万が一マルが捉えられ、吠狼らのことを自白させられでもしたら、彼らは身の破滅。
だけどマルがそうしたのは、俺を庇うため。
エルピディオ様が虚との取引を言及してくるかもしれないが、彼らはもう俺の血肉。必ず守ると心に誓った。
「はい」
ジェスルの裏を知る者同士。お互い貴重な存在だろう。だからまずは、情報の共有を図る。
◆
その後、セイバーンに起こっていたことは、話せる範囲で、エルピディオ様に話した。
領主印のことは王家とアギー、セイバーンのみの秘密であるため伏せるしかなく、よって十六年前の、心中事件の辺りから、伝えることに。
それに加え、俺が持つ影が、マルを介して得た縁によるもので、ジェスルとは関係しないこと。
また、現在は虚から足を洗っており、俺の配下としてセイバーンに身を置いていることも伝えた。
「表向き、ジェスルとの縁は絶たれたセイバーンですが、簡単に安心できる相手ではないですからね……。
あちらが裏の顔を持ち、影を駆使する以上、こちらもそれに備えねばならなかったのです」
俺が影を持つに至った理由を、そのように説明した。エルピディオ様からも、一応の納得を得ることができた。
まぁ、自分たちも表沙汰にできない者らを使っているのだから、俺だけ咎めるわけにもいかない。
責任については念押しされたけれど、それで一応の決着となった。
規模はさすがに伏せた。エルピディオ様は俺たちの持つ影が、まさか獣人を多く含み、数百人に及ぶ規模だとは思っていないだろう。
あの人数を、公爵家の行うような運営の仕方で養っていたのでは、たちどころに資金が枯渇する。
その先入観を逆手に取って、俺の影は拠点村に隠れ住む程度の人数……数十人程度だと思い込ませた。
正直な話、吠狼は半ば自立しているようなものだから、思いの外、資金は必要としていない。
彼らに必要だったのは、冬を越せる寝床と、狼の姿を受け入れてもらえる場所だった。
流れるしかない状況では、職を得ることも難しく、出費も嵩む。それで生活が苦しかっただけで、彼らには元々、働く能力は備わっていた。
村を持ち、そこに身を置けるようになってからの彼らは、それまでの憂さを晴らすみたいに、勤勉な働きぶりを見せている。
その喜びに満ちた、丁寧な仕事が良い品を作り、その品が、行商で人気と信頼を得て、収入に繋がる。
そんな風にロジェ村は、やっと回り始めたのだ……。
だから、まだ他の目を介入させたくない。
彼らの仕事が世に認められ、その能力が社会の仕組みの中に、歯車の一つとして組み込まれてから……。
獣人も人である。
その主張を始めるつもりでいる。
それまでは、俺の影の全貌を、他に漏らすわけにはいかないのだ。
そんな感じで、話せる事情を伝えるだけでも、結構な時間が掛かってしまった。
肝心の木炭についての話がほぼできぬうちに日没となってしまい、本日はこのまま戻り、明日また改めますと伝えたのだけど……。
「夜間の方が話しやすい」
とのこと。
人の出入りが制限されるため、その方が都合が良いという。
それで急遽、オゼロ官邸でお世話になることが決まり、ジェイドがバート商会まで走ってくれた。
こいつら本当に安全なのかよと、散々渋られたけれど、何とか説得してお願いした。
結局、戻ったジェイドは、知らせと共に、一泊に必要な荷物に加え、メイフェイアとハインを連れて戻って来た。俺たちの身の回りの世話に必要という名目で。
当然ハインには雷を落とされ、メイフェイアにまで無言の圧力を掛けられまくったが、まぁ……そこは甘んじて受け入れるしかない……。
「そんなことより二人が来て良かったの? 北の人には、獣人だってバレやすいんじゃ……」
くどくどとお小言が続くのも嫌だったので、帰らないかな……と、そんな風に話を振ってみたのだけど……。
「ハインは学舎にあれだけいてバレなかったんですから、平気ですよ。
メイフェイアも外見的な特徴はありませんし、もしそれでバレたとしたら臭いのせいでしょうから、その場合は相手だって獣人です」
マルは強気だ……。
まぁ、ロゼみたいに鼻のきく人間なんて、そうそういやしないだろうしな。
バート商会の留守番はクロードが担ってくれているそう。女中頭も残ってくれているし、まぁ大丈夫だろう。
公爵家の人に留守番をお願いするという異例の事態だが、ヴァーリンはジェスルの裏の顔を知らないのだし、仕方がない。
証拠があるわけでもないから、あまりおおっぴらに口にできることでもないしな。
晩餐の後、人払いを済ませたエルピディオ様の私室に招かれ、そこでオゼロの話を聞くこととなった。
公爵家の内部事情が絡むので、どこまでを連れて行くか、人選にはほんと悩まされたのだけど……、結局、俺とサヤ。そしてオブシズだけで行くことにした。
本当はマルも同席させたかったのだけど、流石に警戒されてしまうだろうと、マル自身が辞退。
マルは俺の責任の元で、一応の自由が許されている状況だ。
エルピディオ様の私室には、エルピディオ様ご本人と、永年仕え、信頼できる執事、従者、武官。そして文官として、ダウィート殿がいた。
「……ジェスルの裏というのは、本当に厄介でね……。
動く時は動くが、動かない時は全く動かない……。
いや、其方らのことを知り、動かないと見えるだけで、その時は別の場所を優先しているだけやも知れぬ可能性が出て来たがね。
オゼロは度々、何かしらの形でジェスルの虫を仕込まれることがあった。
それは、代々の領主らが、覚書として残しているのだが……。証拠等はほぼ無く、疑いの段階を出ない話が殆どだ。
そのせいで、我々は特にジェスルには注意を払う。それが不文律となった。
だがまぁ、当然ジェスルだけの話ではないな。他からだって色々と手は出される。ジェスルはそのうちの一つに過ぎなかったんだ。
私の代にこうなるとも、考えていなかった……。
オゼロが、既に巣食われていると自覚したのは、それこそ二十年前。全てが終わってしまった後だったよ」
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