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オゼロ官邸 1

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 貴族街へは馬車で向かう。
 馭者はジェイドが務めてくれ、オブシズは馬で後方に。
 サヤは本日、女従者のいでたちで、マルも珍しく、文官らしいきちんと見える服装だ。
 貴族街に入るための大門で、オゼロ公爵との約束があることを伝え、印綬を見せると、すんなり中に通され、そこから先はただ馬車を走らせるのみ。
 貴族街は歩行者が少ないし、道が空いている。馬車は軽快に進んだ。

「学舎って、貴族街にもはみ出しているんですね」
「うん。貴族街への外壁を、学舎が跨いでいる感じになる。学舎の中は、身分関係なく学ぶ場だったから、立地としても丁度良かったんだ」

 寮生活だったから、普段の俺たちは外に出る時、申請が必要だった。

「平民の場合、貴族街に抜けるには許可がいる。遊びに行きたい程度の理由では通してもらえない。
 また貴族の場合も、平民街に抜ける時は届出がいるんだよ。責任の所在をはっきりさせておかないといけないから」

 俺は陛下の替え玉を務める時以外は、ほとんど平民街に抜けていたから、平民街側の門番には顔を覚えられており、書類よりも顔で通されていた感があったな。
 そう呟いたら、それは違いますよとマルから訂正が入った。

「レイ様、提出書類がまるで印を押すみたいに、一字一句違わず同じ内容なんですもん。
 内容が常に一緒だから、日付けしか見てないって門番が言ってましたよ」
「だって何をしに行くにしても、まずはバート商会に立ち寄るから……」
「途中でハインが申請担当に変わって、それでもやっぱり文面が同じだって愚痴ってました」
「……ハインの書類内容まで知らないよ。
 ていうか、みんな毎回いちいち違う内容で申請を出すものなの?」
「違いますってば。なんで一字一句揃えるんですかって話ですよ」

 俺たちの問答に、クスクスと笑うサヤ。
 身を犠牲にしたけれど、場が和んだので良しとする。
 あの頃はほら……色々まだ手探りで、物事を深く考えたりしなかったんだよ……。
 問題無かったことなら、それを続ければ正解。そんな風にしていたから……。

 雑談してるうちに、街並みはより重厚なものに変わっていき、大きな屋敷ばかりが連なるようになり、外の風景を見ていたマルが「程なく到着します」と言った。
 マルの頭には王都の地図も入っているのだと思う。学舎に在学中、平民のマルが何度貴族街に出たかは知らないけれど、でもきっと、全て把握済みなのだ。

「公爵様との交渉はレイ様に任せ、僕は情報収集と補佐に徹します。サヤくんとオブシズは、周りの警戒。不審な音がある場合は、早めに知らせてください。
 レイ様も、あれに関しては、もう頭に叩き込んでますね?」
「大丈夫。
 でも切り出せるかは話の進み次第だな」
「そこは任せておけって言うところですってば」
「善処するよ」

 うん。集中はできているし、緊張も然程じゃない。
 なにより守るべきもののための戦いだから、尻込みなんてしていられない。
 この交渉は、ただ木炭を得るだけでは成功にならない。
 オゼロに、俺たちの研究を承知させ、協力を得なければ。
 その上で、レイモンドとその背後の繋がり……それを探る。
 ダウィート殿の配下とされているのだから、きっとそれなりに重要な立場を得ているだろうレイモンド。
 けれどオゼロの傘下でありつつ、ジェスルに与している可能性がある。つまり、ジェスルの間者である疑いだ。
 できるならばその狙いも探りたいところだが……今はそれよりも、サヤとオブシズ。そしてセイバーンを守ることが重要。
 レイモンドがオゼロの重要な位置にいては、今後、セイバーンとの関わりが生まれかねない。
 彼をオゼロから排除する。これが二つ目の、重要な目的。

 タン! と、不意に小窓が開いた。いきなりだったからびっくりしたのだけど。

「着くぞ」

 ジェイドの声。

「気合入れとけ」

 それに分かっているよと言葉を返し、俺は服装を改めて確認。
 今日はサヤが、自ら触れられる唯一の場所である俺の髪を、久しぶりに結ってくれた。
 まだ怖いのだろう、震える手で、それでも一生懸命、そうしてくれたのだ。
 後頭部から、麦の穂のように垂れる、長い三つ編み。
 そして襟にある真珠の襟飾が、俺の守りだ。

 馬車が止まった。暫く待っていると扉が開き、ジェイドが「どうぞ」と降車を促す。
 いつもならばハインがしてくれていることを、今日はジェイドがしてくれる。その小姓ぶりに全く違和感は無く、まるでずっと続けてきた職務であるみたいに馴染んでいた。

 まずはマルが降り、続いてサヤ。最後に俺が馬車を降りると、馬車の御者台にはオゼロの使用人が乗り、馬車を進めていく。
 オブシズもいつの間にか馬を降りており、もう誰かに託してきたよう。
 ピリッと緊張した様子のオブシズ。
 何やら不穏な様子に、オブシズの視線の先に目をやると、そこにはダウィート殿と……レイモンド。拠点村の時同様の、同じ三人が、出迎えに立ってくれていた。

「よくお越しくださいました。先日は、オゼロの者が失礼を致しましたそうで、私からもお詫び致します」
「ダウィート殿。その話はもう良いのです。
 お伝えしました通り、それをご理解いただけましたならば、それで……」

 拠点村での、レイモンドの振る舞い。それも先日の件に絡んでいるのだと匂わせたら、ダウィート殿の表情が険しくなる。
 何か複雑に思考を巡らせた後、スッと身を起こした。

「本日はそのお詫びも兼ねて、我が主がレイシール様をお待ちしております」

 やはりそう来たか……。

「直接公爵様へお目通りが叶うとは。ご配慮に感謝致します」

 礼を言って頭を下げ、そのついでに広を見る視線に切り替えた。
 視界の中にいるレイモンドを見ると、何やら彼は不機嫌そう。
 村に仕掛けた嫌がらせ。それが然程の効果を上げていないと悟ったからだろうか?
 それとも、今回の件で、村での不敬の数々を咎められでもしたのだろうか。
 事情は分からなかったけれど、とにかく視線は俺に集中しており、サヤに興味は無く、オブシズにも気付いていないようで、それに関しては、内心でホッと息を吐いた。

 やはり……。
 サヤに反応が無い。
 レイモンドが狙っていたのはあくまでカタリーナとジーナ。
 サヤを得ようとしていたのは、レイモンドと裏で繋がっている誰かだ。
 そしてその目的だけでなく、サヤを狙っていたことすらも、レイモンドには伝えられていない様子だ。

 俺の斜め後ろに立つオブシズの呼吸が、浅く、早い。
 久しぶりに目にしたレイモンドに、気持ちが揺さぶられているのだろう。
 オブシズが受けた仕打ちを思えば、その反応は当然だったけれど、後ろにまわした手で、そっとオブシズの拳に触れ、今は堪えろと伝えた。

 まだ、レイモンドには何も言わない。
 こちらがブリッジスとお前の繋がりに気付いていることも、わざわざ知らせてやるつもりはない。
 ……だけど…………。

 俺たちは、知っているからな。
 お前がオブシズにやったことを。
 拠点村にしたことを。
 俺たちは、分かっているからな。

 必ず、報いは受けてもらうし、お前から得られる情報は、全て搾り取ってやる。
 そして、サヤを守り切ってみせる。

 レイモンドの影に潜むお前。
 お前の尾も、じきに掴む……。
 待っていろ。
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