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均衡 7

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部屋の警備についていた男近衛も交え、リヴィ様が手ずから入れてくださったお茶でもって喉を潤しつつ、報告会となった。

 硝子筆や洗濯板習得を目指して集まった職人たちは、順調に育っている。今年中には、技術を体得して故郷に戻ることになるだろう。
 越冬中は、燃料不足の心配もあるし、硝子筆の職人は指導していられないと思うしな……。

「全工程を終えた職人も結構いるんですよ。今は数をこなして技術を手に馴染ませる段階です。
 買い取った試作品は幾つか持参しておりますから、良ければ……」
「買い取ろう」
「…………はい、ありがとうございます。何本ほど……」
「全部出せ」
「…………はい。五十本全部ですね」

 透明な、飾り気の全く無いものだけど、銀貨五枚という値段だ。決して安くないが……貴族ならば平気だろう。五十本だから金貨二十五枚……。良い収入になった。
 冬の会合も同じだけ持ってこい。増える分には一向に構わんぞと陛下。これはもう王宮の備品確定かな……。

「……冬を待たずとも、ギルがこちらに出張する際に託すこともできますが? それならば、送料が嵩みませんから」
「買おう」
「では、女近衛の方々にお使いがてら、バート商会へ立ち寄っていただきましょう」

 そう言いリヴィ様を見ると、心なしか頬を染めている。
 よしよし。こっちは恙無く、関係を深めているようで、嬉しい限りだ。

「隊長の筆⁉︎ いいなー、あれ私も欲しい」
「ディアはその前に、字の練習でござろう……」
「あれがあったら、もっと練習するよ⁉︎」
「木筆は引っかかるもの。どうやって上手に書けって言うのよって、いつも思うわよねぇ」
「ねぇ。本当それ」

 頬を膨らませたユーロディア殿。字を書くのはあまり得意でないよう。
 確かに木筆は難しい……。こだわりを持って、材質まで厳選し、自分の筆は自分で削るという者もいるほどだ。

「レイ様、私真っ青な筆が欲しいって言ったら、注文できる?」
「できるよ。だけど、量産型よりもだいぶん値が張るな。真っ青なだけ? 捻りなんかで飾りを入れたりしないなら、銀貨八枚程。墨皿が付いて金貨一枚くらいかな」
「……やっぱりまだ高いねー。近衛の給料なら払えるんだけど、高級品って感じで買いにくい……」
「今は服代も掛かるものね」
「毎月買うとねー。だけど、服も欲しい……っ。槍振り回して邪魔にならない服って最っ高!」

 とりあえずユーロディア殿の硝子筆は保留となったが、マルグレート様からは注文が入った。
 養父から資金をせしめると言っていた……。良いのかな……。

 次に、交易路計画の話。
 交易路計画は、発表でも述べた通り、今のところ順調。
 セイバーン騎士は、土嚢の有用性を氾濫の抑止で強く意識することができたが、他領ではそういった方向での理解度は高くないだろう。そこが課題かと思うと、意見を述べる。

「王宮騎士団の理解度は、案外深いと思うぞ。
 赤騎士団との合戦実習はいつも見ものだ。
 あ奴ら、土嚢であっという間に陣地を作りよるし、馬止め等もあの袋ひとつで立派な城壁さながらよ。
 最近は青が真似ておる。まだお遊び程度の粗末な作りではあるがな」
「土嚢壁作りにはコツがいりますからね……。
 リカルド様はとてもその辺りをご理解下さってます。規格を揃えることを徹底されているので、城壁のような完成度となるのでしょう」
「我々近衛も訓練は継続しておりますが、やはり訓練量は赤騎士団が突出しておりますね」

 近衛はセイバーン村での訓練を継続している形であるそう。
 ただ、赤騎士団はそれを応用する段階にまで、既に移行しており、真っ直ぐに土嚢を積むだけでなく、湾曲した形も綺麗に作り上げるのだそう。
 リカルド様のことだから……多分場所によって真っ直ぐに土嚢が詰めないことなんかも想定していたり、何か作り上げようとしていたりしそうだ。

「……リカルド様に相談してみては如何でしょう? 多分あの方……土嚢壁の利用法を模索してらっしゃるのだと思います。
 たまにうちにも書簡が届きまして、いろいろ質問されたりしてますし。
 用法が纏まれば、周知のために発表されると思いますが、事前に知っておく方が突出できるでしょうし、立場的にも有利かと。
 訓練に協力するならば、無下にはされないと思いますよ」

 そう言うと、渋面になる近衛の方。

「……レイシール殿はリカルド様に全く抵抗が無いのですな……」

 顔ほど怖くないですよ、リカルド様は。

「私からも、兄に進言しておきます」

 クロードがそう申し出てくれて、では隊長と相談してみますとなった。

 赤騎士団の土嚢作り習得は、かなり順調に進んでいる様子。
 別の騎士団でも模索を始めているとは嬉しい話だ。

 一応報告がひと段落ついたところで、雑談の時間となった。

「それにしても、騎士団から汲み上げ機のゴリ押しとは……。上が規則を守らねば下も当然緩むというに」

 会合前の一幕に、近衛の方が困ったものだと表情を曇らせる。

「でも、赤騎士団訓練場の湯屋は、かなり人気なんだよ。
 あれを利用したさに、他の騎士団から合同練習が途絶えなくなったって、友達も言ってた」
「あれがある分、過酷とも、言ってた」
「土砂降りの日でも訓練があるって泣いてたわよねぇ。でも、後で湯屋であったまれるって分かってるから、頑張れるけどぉって」

 そして、女性陣は声を揃えて「湯屋良いよねぇ~」と、溜息。
 彼女らも当然汗を掻くのだし、その思いは切実である様子。

「ここじゃ水浴びだって、川に飛び込むわけにいかないしねぇ」
「踊女時代は、娼館の風呂場を利用させてもらえてたんだけど、流石に近衛になってからは行けないのよね」

 そんなことしてたんですか……。

「そういうわけでレイシール、追加注文となる。手押し汲み上げ機三機と、湯屋の建設だ。
 前の二機は周知を兼ね、調理場等、裏庭と、下働きの者らが多い場所に設置したのでな、今度は近衛用の湯屋と、女近衛用を誂えたいのだが……」
「陛下最高ー!」

 キャー‼︎ と、大きな歓声をあげた女近衛。おおぉっと、男近衛からも喜びの声が上がったのだが。

「あ、あの……っ。部署ごとに湯屋を造るのは、あまり、効率的ではないと思います!」

 さっと挙手をしたサヤの言葉に、皆の動きが止まった。
 ユーロディア殿が、えええぇぇ、湯屋使いたいよぅ! と、不満の声を上げるが、それは背後からロレッタ殿に塞がれる。

「いえあの……造ることに、反対は無いんです。その……部署ごとに湯屋を作っていたら、王宮内がお風呂だらけになってしまうなって、思いますし……今は汲み上げ機の生産量にも制限があり、一年以上待っていただく必要がありますし……。
 それでは、希望場所に湯屋を設置するのに、何十年かかるか分かりません。
 それよりはその……一日中運営する大きめの湯屋をひとつ作り、時間ごとに区切るとか、部署ごとに区切るとかして、使い回す方が良いのではないでしょうか。
 そうすれば、造る湯屋はひとつでも、沢山の人が利用できて、不満も少なくなると思うのです。
 ようは、現在赤騎士団の湯屋が、赤騎士団のものであるから、他の騎士団の方々に不満があるのですよね?」

 サヤはそう言い、何か紙をいただけますか? と、辺りを見渡す。
 すると、サッと動いたマルグレート様が、執務机から失敗書類と木筆を持って来た。

「ありがとうございます。
 私の国の湯屋……スパって呼ばれるものがあるのですが、そこには幾種類かの湯船があり、洗い場があり、一定の料金を払えば、全ての湯船を堪能できるんです」
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