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絶望 5

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 その結論に、皆が慄いた。
 仲間だと思っていた隣人が、実は敵であるかもしれない。そんなことを言われて、平静を保てる人間が、どれほどいるだろう。
 皆が、お互いを不審の目で見渡す光景に、俺は……その方が危険だと感じた。

「浮き足立つな」

 そう言うと、はっと我に返る一同。

「大丈夫。ここの皆は違うよ。絶対に違う。それは俺が一番よく理解してる。
 これはさ……これすらも、相手の思惑のひとつなんだと、思う。
 俺たちがお互いを反目して、疑心暗鬼のあまりに瓦解したりする。それが狙いなんだ。
 だから……お願いだ。どうかここの皆は、そんな風にならないで……俺は皆を信頼しているし、そんなこと、何ひとつ心配していないんだ」

 そう言うと……皆が困ったような苦笑。
 だからそこに、更に言葉を重ねた。

「別に、楽天的に根拠もなく言ってるんじゃないから。
 俺が影を使うことは、もう結構な人が知っているはずだ。
 特にジェスルならば当然だろう。父上の奪還は、彼らあってこそ為し得た作戦だったんだから」
「……そうですね。僕の失言でした。
 元からこの拠点村に影が潜んでいる可能性は、相手も考えていたでしょう。
 だから、念のために陽動を兼ねた二部隊構成の作戦を取った。
 そして人員不足の我々は、それにまんまと引っ掛かってしまったんでしょうね。
 あと、要因の一つはやはり僕です。申し訳ありません。
 ちょっと調べたいことが多々あったので、吠狼の一部を情報収集に向かわせてしまいましたから、その分手薄になってしまったようです」

 マルがすかさずそう口を挟み、ホッとしたように、皆の肩から力が抜ける。

「もー……脅かさないでくださいよ……」
「まぁ、レイがそう言うなら大丈夫か……」

 と、口々に悪態をつき、場を誤魔化す。

 だけど本当のところ……村の中に埋伏の虫が潜む可能性がある……は、否定できなかった。
 でなければ、説明がつかないこともあったから。
 でも、それを前提にするのはまずい。内側から瓦解してしまうような、危険な状態になる。
 だからマルと目配せし合い、この話は誤魔化しておくことにした。

「とにかく、侵入は許したけれど、場は決して悪くない形で切り抜けられた。
 今はそれでよしとしよう。
 それに、次はこんなに簡単に、やられはしない。注意すべきことは色々見えた。だから、大丈夫だよ」

 微笑んでそう告げると、ガバリと頭を下げ、すまん!と、大きな声。

「俺が……一番理解していたはずなんだ。レイモンドがどれほど危険な人物であるか……。
 なのに俺は……っ」
「オブシズ 。レイモンドとお前を会わせないようにしようって考えたのは俺だし、マルも承諾したんだ。
 だから、オブシズが悪かったわけじゃない。そう言うなら、俺の判断が悪く、甘かったんだよ」

 そう言うと、グッと言葉に詰まり、苦しそうに表情を歪めた。
 その肩をポンとギルが叩く。

「ま。なんとか切り抜けたんだ、これに関してぐちゃぐちゃ言うのは今を最後にしようぜ。
 次はさせねぇ。それでいい。ちゃんと皆、無事だったんだからな」

 それにこくこくと頷くシザー。
 今回一番の重傷は彼だけれど、寧ろ守れなくてごめんと泣かれてしまって、逆に申し訳なかった。
 抵抗するなって指示したのは俺だったから。

「今後、村の守りは見直します。あと、表立った守りの人員を増やす。これは引き続きで。
 何にしても、少しずつ状況を改善していくしかありませんから」
「装備ももう少し改めよう。こういった時に対処できるよう、隠し武器はもうちょっと所持しときたい」
「吠狼の連携もな。潜伏組を、もうちょい使えりゃ、今回だって……。
 戦力にならねぇまでも、使いようはあったはずなンだよ」
「あの橋も考えものだな……やっぱ、近場に簡易の橋はまずかった」

 各々問題点だと思うことを挙げてもらい、改善を試みようと話を纏めた。
 とりあえず思いつくことを試していくしかない。

 そうして、この話がひと段落したら、今回の件での要注意事項。

「あの野盗団……カタリーナたちだけではなく、サヤも標的に含めていたと思う。
 俺が、あの決断に至った理由がそれなんだ。万が一にも、サヤを彼方の手に渡すことを阻止したかった」

 あの状況を、孤児院からの犠牲者無しで切り抜けられたのは、ある意味サヤのおかげだと、俺は考えていた。
 野盗団の頭は、あの場を早く切り抜けたかったのだと思う。サヤに乱暴を働こうとした男を退けたのも、時間を気にしたからではないか。
 転がり込んだ幸運を手放すまいと、手間のかかる色々を切り捨てた。そんな気がしてならない。
 サヤを馬車に閉じ込めた。あの時の笑み……。あの嬉々としていた表情が、忘れられない……。

「あの野盗団の頭目が、ただの夜盗だったかどうか、正直危ぶんでいるんだよ、俺は。
 あの男、シザーの太腿の急所を躊躇いなく狙った。それなりに深く刺し貫かなきゃならない場所だ。
 心臓や首でなかったのは、返り血を浴びないためと、防具があったからだろうけれど、ここを狙うのは玄人だと思う」

 シザーはギリギリで急所を逸らしたけれど、普通ならほぼ絶命に近い。血管を断ち切られていたら、確実に助からない場所なのだ。
 何故ならここは、圧迫による止血すらできない。

 通常の野盗というのは、基本的に学が無い。
 大抵は、食い詰めた流民やゴロツキが、徒党を組んで集団化したものが野盗であるからだ。
 傭兵崩れという場合もあるが、それだけの技を身に付けているならば、普通に傭兵で食っていけるだろう。
 俺みたいな遠距離用の武器を使う者でも、深く突き刺さなければならないあの急所はあまり狙わない。太腿は位置も低いしよく動く。狙いにくいのだ。
 まぁ、何にしても例外というものはあるから、俺が気にし過ぎなだけかもしれないけれど……。

「刺突用の急所は傭兵がそう多用するものだとは思えないんだが……オブシズはどう思う?」
「まぁそうだな……そりゃ、場所としては知っているし、必要であれば狙うが……使用慣れしてる得物の、利用頻度次第かな。
 だが傭兵に刺突系の武器を好む人間、使用する人間が少ないのは確かだ」

 傭兵であれば、斬る急所を狙う方が圧倒的に多いだろう。不特定多数を相手にする場合、そのほうが効率良い。
 人を一刺しで殺す的確な急所をきちんと理解し、それを躊躇なく実行するなんてこと、いくら実戦慣れしていたとしても、野盗の仕事じゃないと思う。
 狩人も違うだろう。矢では狙いにくい。無論、投擲……小刀でも同じくだ。深さに難がある。
 そうなるとあの場所を狙うのは、圧倒的に短剣使いとなる。

「……うつろだろうぜ」

 そう言ったのはジェイドだった。
 自身が元兇手きょうしゅ……虚なのだ。

 やっぱりか……。

 野盗の頭はずっと顔を隠していた……。それも習慣だったのだろう。
 遺体を回収し、身元を調べたり色調を調べたり等はしてみたが、これと言って特徴的なものはなく、また、所持していた道具類に至っても徹底的に一般の劣悪品。きっちりと野盗になりすましていたようだった。

 一撃で仕留められたのは、色々と運が味方してくれたのだろうなと思う。
 貴族の俺が、投擲をするっていうのがそもそも異例なことだし、隙をつけたというのもあるだろう。なにより俺は、小刀を持っていないと想定されていたのだ。トゥーレの機転のおかげで掴めた、奇跡の糸口。

「生かしておいて情報を……なンて、欲を出してなくて良かったな。そんな生優しいもンじゃ、なかったろうぜ」

 ジェイドにそう言われ。本当になと息を吐いた。

「ふむ。野盗に見せかけていた可能性ありですか……。
 他の捕縛に成功した連中から、何か得られれば良いですが……望み薄ですかねぇ……」
「サヤのこと、命があれば良い、貞操は問わない……という風なことを、賊のひとりが口にしていた。
 だから、多少は見込めるんじゃないかな。頭とやり取りしていた人物くらいは見ていると思う。
 兇手であったことは、多分……伏せられていたろう。野盗として振る舞っていたはずだ。それも長期間」
「そうでしょうね。アギーで活動していた野盗団……それが実は兇手の仮姿……興味深いことです」
「だから皆、くれぐれもサヤの周辺に注意してやって。
 尋問中の連中から新たな情報が入れば、また伝える」

 こくりと頷く一同。
 お手数をお掛けしますと頭を下げるサヤに、仲間を守るのは当然のことだと、皆が言ってくれた。

 まだ曖昧だったことが、これではっきりとしたのだ。サヤを明確に危険に晒しているということが。
 サヤを狙っている相手が何処かはまだ絞り込めないが、北の地であることはほぼ確定だろう。
 その人物が、サヤの人格も尊厳も、全く尊重する気が無いのだということも。
 間違っても、そんな奴にサヤを渡してはならない。彼女は絶対に、守らなければ。

 そのためにも早く、相手の絞り込みと、目的を知らなきゃな……。
 十中八九腕時計が絡むのだろうが、あれをどう見て、サヤを得ようとしているのか……。

 得られた情報で、何が変わるわけでもない。だけど今まで通り、サヤと共に生きていく。それをこのまま続けていくために、できることをする。
 今は……。それしかできない……。
 内心では少々焦りを感じていたけれど、悪戯に焦って皆を浮き足立たせることになってもいけない。
 焦ったって利益は産まないと自分に言い聞かせていたら、それまでの空気をぶった切ってハインが口を開いた。

「それで、マル……。わざわざこの時期に、敢えて巣篭もりを優先した理由というのを、いい加減、聞かせていただきましょうか」

 こんな時に趣味に走ったんだ。しょうもない理由だったらただじゃおかねぇからな……と、とても悪い顔だ。
 それに対しマルは、趣味じゃなくて仕事の方ですよと、苦笑を返す。

「あぁ、それね。今のうちにやっとかないと、八の月の会合に間に合わない可能性があったもので申し訳ないです。
 けれど、サヤくんが良い足掛かりを授けてくれたので、思いの外捗りましたよ」

 村の守りを手薄にしてでも調べあげたかったこと。
 この時期に、あの状況でだ。
 それなりの日数を使っているけれど、遠方であるオゼロの情報収集。普通は、こんな日数では足りない。ダウィート殿はまだ、オゼロに帰りついてすらいないだろう。
 と、いうことは、確実に狼も利用している。
 そうまでしてマルが得ようとしたもの……。

「いえねぇ。オゼロ公爵様の目的、一応ですけど、分かったと思うんですよねー、僕。
 長年オゼロが抱えている問題と、神隠しの因果関係も。
 それで、上手くすればオゼロをこちら側に引き込めるんじゃないかって、思ってるんですけど……」

 にまにまと、どこか黒い笑顔のマル……。

「神隠し……?」
「オゼロの抱える問題?」

 神隠しの話は俺とサヤしか聞かされていなかったから、皆さっぱり理解できていないという顔だ。
 とりあえずそこから説明しなきゃならないな。とはいえ、全部伝えるのも難しい。……うーん……。
 皆に何をどこまで話すか考えつつ「会合で話をつけようと思っているの?」と、聞いてみた。
 すると、「勿論そのつもりなんですけどね……」と、瞳を細める。楽しそうに。

「木炭をこちらに都合よく融通していただきつつ、良好な関係を築けるように、ひと芝居いきませんか?」
「……それって俺がってこと?」

 嫌な予感しかしない……。あの口の回るオゼロ公、エルピディオ様相手にひと芝居って……。

「まぁ何にしても、まずは情報共有ですよ。視察の方々、どうでした?」
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