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魔手 4

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「おい、中は」
「目標の子供の方が姿を隠して見当たんないって、今も探し回ってる。まだ見つからないから、一応報告してこいって言われて……」
「チッ、使えねぇ……っ、お前も顔知ってるんだろうが、探して来い!」
「中はもう結構人数が入ってる。残りの三人も中にいるし。あらかた探したんだから、もう見つかるよ」
「ならそこの獲物、回収しとけ。村側の奴らが来たら直ぐに出れるように準備しろ。ハヴェル、テメェは橋の確保だ!……聞いてんのか?    返事ぃ!」
「はっはいいぃぃ!」

 脅されたハヴェルは、縮み上がって悲鳴のような返事をした。
 そして俺やサヤを見ないように視線を逸らし、慌てて垣根の方に足を急がせる。
 もつれそうになる足で、必死に急ぐ……。

「……あいつほんとビビリだから……」

 耳に届いた、トゥーレの呟き。
 そうして、暫く沈黙したトゥーレは、俺を見た。

「…………トゥー……」

 トゥーレは俺を無視して歩み寄り、腰帯を弄った。
 そうして小刀を見つけ出し、鞘ごと引っ張り出す。

 最後の頼みまで、奪われてしまう……っ。

 またそうやって絶望が、俺に手を伸ばしたと思った……。

「これひとつきり?」

 そう聞いてきたトゥーレは、返事をしない俺の腰帯を丹念に探り……。

「そっちの人も持ってる?」

 シザーにそう聞いたものの、シザーも答えなかった。開いている瞳に怒りをたたえ、黙ってトゥーレをじっと見つめる。
 それで質問を諦めたトゥーレは、シザーの腰帯も触り、自らの手で確認した。長靴の中も忘れずに。
 そうしつつ、ボソボソと「抵抗しないほうがいいよ」と、小声で囁く。

「下手に騒ぎ立てるなよ。あんたたちがここで何か手をワズラわせたら、孤児院の中にセイサイが行くんだからな」
「っ⁉︎」
「脅しじゃないから。頭はそういう人。分かったら、このままじっとしてて。中は今の所、皆無事。だから余計にことを、荒立てるなよ」

 淡々とした口調が、トゥーレの言葉が嘘ではないことを感じさせた。
 実際孤児院の中は静かで、野盗が押しかけているとは思えない静寂を保っている。
 灯りの数を抑えていたし、きっと本来は、見つからないようひっそりと行われたであろう、カタリーナたちの奪還。
 陽動だってそう長時間保たないだろうから、手早く引き上げるためにも、わざわざ殺しを行うような手間はかけないとは、思うが……。
 だが、あの男が子供らに酷いことをしているのじゃないか……そう考えると、じりじりとした焦りが胸を焦がす。
 それはシザーも同じであるのだろう。
 ただ転がされているだけであるのに、闘気が凄まじい……。

 そうやっている間にも、トゥーレの手は、俺たちの持ち物を確認し終えたよう。

「無い……なんだよ、小刀これひとつっきり?」

 迷うようにそう言い、思案するかのように、沈黙したのだが……。
 背後からの苛立つ声に、小さく舌打ちした。

「トゥーレ!    何してやがる⁉︎」
「……ブソウカイジョ。ほら、貴族とかって小刀をよく、隠し持ってるから」

 そう言い、今しがた俺から奪った小刀を掲げてみせると、男も舌打ち。

「チッ、時間掛けんな!」

 気を利かせたトゥーレに褒め言葉も無し……。
 ……そうか。これが、トゥーレ達のいた世界……。恐怖に縛られ、怯え、強者に従うしか選択肢の無い、先細りの道……。
 ハヴェルの怯えようと、頭と呼ばれた男の態度。それにより、決して子供らが、本意で協力しているのではないのだということは、感じることができた。
 一番怖がりなハヴェル。刃物沙汰の事件を引き起こした時も、真っ先に武器を手離して、謝ったものな……。
 彼らの裏切りは仕方がないことだったのだと、そう思うしかないのだろう……。恐怖に抗う難しさは、俺が、一番よく知っている。

 だけど……。

 冷めた表情のトゥーレを見て、胸が苦しくなる。
 お前は、そんな顔を最近、見せなかったはずなのにと思う。
 恥ずかしさからか、どこか斜に構えた態度ではあったけれど、それでもお前はもっと、穏やかな顔をしていた。

 それで良いのか?    そこに戻ることが、お前たちにとって良いことだなんて、俺は到底思えない。
 虐げられた分を、また弱者から取り立てる。そんな生活は先が無い。それは分かっているはずだ。

 そうしていつか、お前達もあんな風に、平然と人を虐げる……そんな大人になってしまうのか……?

「チッ、早くしろヨォ、さっさとずらかりてぇのにヨォ……」

 一人、戻ってきた。

「なぁ、これ俺持ってて良い?    武器無しじゃ、こいつが暴れたとき困るんだよ」

 その男に語りかけ、先程の小刀を見せるトゥーレ。すると「好きにしてろヨォ、後で売るし、そん時は出せヨ」と、男。
 うん。と、返事したトゥーレは、その小刀を一度鞘から引き抜いた。

「思ってたより普通の小刀なのな。貴族は金持ちだから、鞘までゴテゴテした高価そうなの使ってると、思ってたのに」

 そう呟いてトゥーレは、溜息を吐いて、俺を立たせる。

「立って……あんたは動くな!    レイ様、あんただけだよ」
「…………」

 身じろぎしたシザーを、俺に小刀を突きつけることで黙らせたトゥーレ。それに従い俺は立ち上がり、言われるままに足を進めた……。

「レイ……っ」
「大丈夫……」

 肩と下着を晒し、ぬかるんだ地面に座り込んだ、あられもない姿のサヤ。ずぶ濡れの夜着は用をなしておらず、身体に張り付き、サヤの輪郭がまざまざと晒されている……。
 戦利品と言われたことで、自分がこの後、どんな扱いを受けるかも理解しているだろう。泣き叫びたいくらい怖いだろうに、俺に心配をかけまいと、震えつつも、必死で気力を振り絞り、耐えている……。

 サヤだけでも、どうにかできないか……。

 俺はどうなったって良い。それくらいの覚悟は常に固めている。だけどサヤは……。彼女だけは……。
 そう思うのに、俺は今、トゥーレの促しに従い、足を進めることしかできない……。
 そうして垣根の手前まで移動させられ、そこに膝をつくよう指示された。

「あー!    早くしてくれヨォ、こっちは連日女日照りに耐えてるっつうのに……こんなん、投げ出しとくなヨォ、目の毒だろうが」

 先程の男がまた、言い訳するように喚いた。
 そうして、地面に座り込んだサヤの前へぶらぶらと進み……前を行ったり来たりと彷徨きだす。
 まるで発情期の獣のよう……サヤを視界から外すことができない……そんな様子でいたのだけれど、急に方向を変え、彼女を跨ぐように立った。

「…………」
「早く引き上げて、こいつの調子を確かめてぇってのにヨォ……」
「っ、…………」
「うっわ、かっわいいなおい。怯えちゃってる?    まぁなぁ、怖ぇよなぁ?」

 期待するような、弾む口調。
 そして堪えきれなくなったのか、しゃがみ込み、サヤの顎を掴むから、俺はつい叫んでしまった。

「やめろ!」

 そうすると男は、俺を振り返ってニヤリと笑う。

「そういや、あんたの婚約者っつってたかな、あの野郎……。
 お貴族様っつったらアレだよな……純白の白き蕾じゃねぇと駄目なんだろ?
 残念だったナァ、俺らに輪姦まわされて嬲り倒されちゃ、命が助かったところで貴族にゃもう、なれねえナァ」

 自らの言葉で、更に興奮したのだろう。
 サヤに手を伸ばし、晒された肩を、いやらしく撫でる……っ。
 恐怖にひきつるサヤの表情に煽られ、ギラつく視線でサヤを舐め回し、サヤの両肩に腕が伸びた。

「殺すなって言われてんだ……でも、好きにしていいとも言われてる……。あんたが手に入るなら、未通かどうかは問わねぇってヨォ。
 あんたも可哀想に。お貴族様の婚約者になっちまったせいで、とんだ貧乏くじだ」
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