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魔手 2

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 まさか村の中でそんなことになっているなど、思いもよらない。
 あまりな事態に一瞬思考が混乱した。
 けれど、外が慌ただしくなり、聞き覚えのある叫び声が近付いてきて、我に返る。

「私も被害者なのですよ⁉︎    見たでしょう、使用人を何人も斬り殺されたのです!」
「知るか!    今はそンなン確認してられねぇのに煩わせンな!」
「手をお離しください!」
「この場で切り捨てられたくなきゃ、今は黙って従ってろ!」

 そんな暴言の応酬と共に、兵舎へと縛られた男が担ぎ込まれた。
 床に投げ出され、したたかに顔を打つブリッジス。

「乱暴はおやめください!」
「煩え!   おい、 こいつらをどっかに放り込ンどいてくれ!」

 そうして次々に、縛られた使用人らしき者らが放り込まれていく。
 中には傷を負った者もいる……なんだこれ、どういう……?
 呆然と見ていると、ブリッジスを投げ捨てたジェイドが俺に噛み付いてきた。

「この忙しい時に呼ぶなよ⁉︎    見て分かンだろ、今手一杯でやってンだよこっちは!」

 先程吹いた笛のことらしい。
 けれど、そう叫ばれたことで、頭が一気に動き出す。
 村の中で動いた者たち……このでだ。
 外に逃げる道は限られ、堀と見紛うほどの水路に囲まれているにも関わらず、中を選び動くのは、動く意味があるからだ。
 つまり、北の灯りが、その答え。

 すぐ外に向かおうとするジェイドの腕を掴んで止めたら、イラついた顔が俺を睨む。

「あぁ⁉︎」
「陽動だ……」

 村の中の騒動は、本命じゃない……。

「村の裏手に別働隊がいる」

 そう言うと、床に倒れていたブリッジスの表情が動いたのが、視界の端に見えた。

「孤児院だ!    その裏手にいる!    さっき部屋から、灯りが見えた!」
「…………マジで言ってンのか?」

 顔色を変えたジェイド。だが……村の方に視線をやったのは、そちらだって大変だからだ。
 村には、無防備な村民が沢山いる……。それに対しこの村の守りは、数の少ない衛兵と騎士、そして吠狼。
 けれど、村民として姿を偽り、村人として過ごしている吠狼は、まだそれを晒すべきではない。
 特に今は。これは、炙り出しの可能性もある。

 何を優先すべきかを、選択しなければならない。
 瞳を伏せ、余計な情報は遮断した。俺は……選ばなきゃならない立場の人間だ。

「ジェイドは吠狼、今動ける騎士らと共に村の中を頼む。
 騎士全員に命ずる、準備が済み次第お前たちも村の中へ!    村民の安全を最優先!    治療院の安全確保に一班迎え!
 負傷者は、治療院、但し兵は重傷のみ、軽傷はここで確保者の警護、連絡を担え!    俺の配下が駆けつけた際は、孤児院へ来いと伝えろ!    医官はここで軽症者の対処だ!
 村門の騎士はそのまま外の警戒を継続!    別働隊が一つとは限らないぞ!
 シザー、お前は俺と孤児院。堀を越えられる前に抑える!」


 村は水路に囲まれている。
 水路を越えた先、村の内側は更に、低い垣根で覆われている。
 板を渡して渡れば水路は越えられるだろうが、そうそう簡単にできる構造にはしていない。更にも渡ったとしても垣根が進路を阻み時間を稼ぐ。これを越えようとすれば目立つし、当然吠狼の目にとまる。
 そう思っていたのに、陽動で吠狼を村内に集められてしまった。だから、裏手の灯りに、誰も気付いていなかった。

 これは、影が……吠狼がこの村を守っていることを、知っている者が動いているのか……?
 本来なら万全のはずの吠狼の守り、それをかいくぐっていることが気にかかる。

 そして今日動いたのは、強風と豪雨で、視界が制限され、音すら掻き消されるからだろう。
 だから急げ。越えてくる前に。渡りきる前に。入れてはいけない!

 敵の人数は把握できていない。
 けれど、動かないわけにはいかない。短剣しか使えない俺に何ができるのかと、一瞬脳裏にそんな思考がちらりと除いたけれど、捨てた。
 行って、できることをやる。あそこには、子供らがいるんだ!
 サヤやハイン、オブシズもきっとすぐに駆けつけてくれる。だからそれまでを持ちこたえれば……っ。

 敷地を繋ぐ横道を走りながら、雨で張り付き、視界を遮ってくる髪を手で払った。
 夜着がまとわりついてくる。くそっ、邪魔だ……。だけど腰帯には短剣と小刀を挟んでいるから、脱いでいる余裕がない。
 シザーが俺の前に出た。夜番であったからきちんと武装している。彼が当番の日で良かった。シザーは、ここの中で誰よりも強い。守ることに関してなら、一番強いのだ。
 だから、きっと大丈夫。水路さえ越えさせなければ……時間を稼げれば、どうにかなる。
 村の中に全ての戦力を向かわせたのは、そちらを短期決戦とするため。村の安全が確保できれば、こちら側も対処できる。
 そう、思ったのに…………っ。

 孤児院に着いてみれば、ハヴェルの首元に剣が突きつけられていた。

 孤児院の裏手側、垣根の一部に設置してある、鉢植えの部分。
 いざという時、退路をつくるためのそれ、簡易の橋が、何故か渡されていた……。
 その橋は、内側からしか用意できないもの……。この村の者たちにだって、伝えていない仕掛け。普段は気付かれないように隠されており、吠狼が日々管理して、見回りの度に確認しているはずなのに。

「べっぴんさんが一番にお出ましとはなぁ」

 雨除けの外套を纏い、顔の見えない男が、開口一番に舌舐めずりしつつ、そう呟いた。


 ◆


 なんでハヴェルが捕まってる。

 そう思ったが、大剣を抜いたシザーに「待て!」と、指示した。
 動いたら、ハヴェルが傷付けられる……っ、下手をしたら、怪我じゃ済まない……。
 ハヴェルに剣を突きつけたやつの後ろから、まだザワザワと人の気配。

 選択を間違えたかもしれない……。

 俺が見た灯りは、ひとつだけだった。
 ヤロヴィの傭兵団が全員レイモンドの手勢なのだとしたら、村の中に結構な人数がいたはず。
 逃げ場がない場所で暴れる役だ。それなりの人手が必要。でなければ、あっという間に制圧される。
 それに対し、孤児院にいるのは、子供と少数の職員のみ。
 だから、こちらの人数は少なく配置されていると判断していたのに。

「その子を離せ……。
 村の中は間もなく制圧されるし、ここにも兵が来る。お前たちの作戦はもう瓦解した」

 怯えきった、今にも泣きそうな表情のハヴェル。彼を助けなければと、とにかく時間を稼ぐために、そう、言葉を口にした。
 雨のせいで瞳を開いておくことすら困難で、視界がきかない……焦りそうになる自分を、必死で叱咤する。
 しかし男は目深に被った頭巾の中で笑った。

「へぇ。あんたがそんなナリでここにいる……ってことが、人手不足を露呈してんのになぁ」

 ……くっ。言葉では踊らないか。
 それにこの落ち着きぶり、戦力配置……こっちの内情は把握済みだと言わんばかりだ。

 通常の村は衛兵により警備されている。
 しかしこの村の村門を守るのは騎士。普通は、本来以上の戦力を携えていると考えそうなものなのに。

 ブリッジスやレイモンドらの探索は、内情把握を兼ねていたってことか……?

 そう思ったものの、焦りを顔に出しては駄目だと、折れそうになる気持ちを必死で奮い立たせた。
 焦るな。ハヴェルを取り戻せば、まだなんとでもなる……っ。
 こうしている間だって、時間を稼げている。焦るな。折れるな。とにかく口を動かし、頭を使え!

「その子を離し、投降しろ!    そうすれば、命を取るまではしない。
 取り調べは受けてもらうが、服役して……」
「おい、反対側の入り口から中へ行け。場所は分かるな。先に目標を確保しろ」

 っ⁉︎

 俺の言葉を無視して、背後の仲間に指示を飛ばす男。
 俺に時間稼ぎの意図があることも、理解している。それどころか建物の構造すらも。どこにカタリーナたちの部屋があるかすらも。

 全部が筒抜け……なんでだ……なんでだよ⁉︎
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