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オゼロ 13
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「オブシズは割り切っている風にしてますけど、全然そんなことはないんでしょうね。
レイモンドに、オブシズがヴィルジールであることは悟られぬ方が良いでしょう。
なにせ目立つ瞳です。レイモンドだって、ヴィルジールを忘れてやしないでしょうし」
「……彼の瞳から、獣人関連の話を引っ張り出されても困る……が本音?」
「それも大いにあります。なにせ探られると困りますもんね、僕らの腹の中」
オブシズは獣人ではないけれど、ここには獣人が多く潜んでいる。
例えばレイモンドがオブシズを獣人だと罵ったとしたら、それを耳にしてしまった獣人らも精神を揺さぶられることになるだろう……。
「獣人は、精神面の制御に難があります」
感情制御が人よりも難しいとマルは言う。
まぁ確かに、激高しやすいよな。
「なので当日、オブシズはレイ様護衛の任を外れてもらいます。念のため、瞳も隠しておいてもらうべきでしょうね……」
「…………レイモンドは……カタリーナのことは、知っていると思う?」
「ブリッジスの知っていたことは当然あちらにも届いていると考えられます。
というか、逆かもしれません。レイモンドから、ブリッジスに連絡が入ったのかも……。それなら僕が察知できなくても頷けるんです。
どちらにしても、カタリーナを見つけ出すため、拠点村の中を散策したがることでしょう」
「…………カタリーナは避難させておく方が良いな。ジーナ共々」
「それなんですけどね……。
時間稼ぎにしかならないと思いますよ?
メバックでも、もう人探しは行われていません。つまりあちらは、カタリーナがここにいることを確定してきています。
隠したところで探しますし、諦めませんよ」
「…………時間稼ぎでも良い。
あちらは職務でこの地に来ているのだし、職務から外れて行動できない以上、時間制限を持っている。
その時間をやり過ごせば、また別口でここに来るしかなくなる……」
「何日滞在するか、分かりません。交渉の進み具合次第ですよそこは。あちらが難癖つけて引き延ばしにかかる可能性だってあるんです。
その間、なんと言ってカタリーナを納得させるんです?
だいたい…………なんでカタリーナに、レイモンドのことを掴んでいること、言わないんですか」
そう言われてしまった……。
なんでって……理由なんてひとつしかない。
「苦しませてしまうからに、決まってるだろ……。
カタリーナが俺への警戒を解かないのは、貴族が心底信用ならないからだよ。それだけ辛い経験をしてるってことだ。
そんな俺に何を言われたって、不安の種にしかならない。追い詰めてしまうだけになる」
今までの反応からして、俺がどんな関わり方をしようとも、カタリーナにとっては負担にしかならないだろう。
それでもまだ、かろうじてここにいるのは。身を潜めていられる場所がここしかないことと、俺がレイモンドのことを知らないと思っているからだ。
貴族の元であれば、貴族以外からは、守ってもらえる。ブリッジスの手からは、逃れられると……そう考えていると思う。
けどカタリーナは、俺が男爵家の成人前で、レイモンドが子爵家当主であるということを、きちんと理解している。
俺が立場的に、レイモンドに逆らえないということをだ。
「もし俺がレイモンドのことを知っていると分かれば、俺が二人をレイモンドに引き渡すと考えるよ……。
そうなれば、下手をしたら、ジーナと心中だって起こしかねない……。
いくら俺が、そんなことはしないと言ったって、信じれるものじゃないだろう……」
「貴方は過去に囚われすぎですよ……。
これだけ人目があるんですから、何かあっても直ぐ対処できます」
「何かあっては駄目なんだよ! 些細なことも、あっちゃ駄目なんだ!
下手をしたら、ジーナの一生を、ずっと苛むことになる……そんな事件には、したくないんだ!」
親に殺されかけるなんて記憶、ジーナに刻みつけたくない。杞憂かもしれない、滅多にあることじゃない、そんなことは、分かってるんだ!
だけど、レイモンドがジェスルに繋がっているのだとしたら、カタリーナにも、母に刻み込まれていたと同じような暗示が掛けられている可能性だって、あり得るだろう⁉︎
「もうあんな思いは沢山だ……。誰にだって、してほしくないんだよ……」
ジーナだけじゃない。カタリーナだって同じだ。子を抱きしめられなくなるような後悔を、刻みつけたくない。
だからそうなる前に、絶対に阻止したい…………。
「あぁもう……ほんと貴方って人はややこしいですねぇ」
「ごめん……」
「良いですよもぅ……そういった習性なんですから仕方ないです。
カタリーナを確実に守れる手段を確保できない以上、時間稼ぎするしかないですもん。
あー……本当ややこしいです。なんとか離縁させられないものか……」
離縁は基本的に、地位の高い方からしか行えない。同列であっても、基本的には男性優位となっている。
相当強気な女性なら、男性側を脅して無理やりにでも離縁状を書かせることができるかもしれないが、ブリッジスはあくまで取引としての婚姻を結んでいる。
レイモンドが承知しなければ、離縁を承諾させることも難しいだろう……。
「レイモンドに、カタリーナとブリッジスの離縁を認めさせ、今後一切関わらせない方法……か」
「牢獄にでも繋がれてくれれば話が早いんですけどねぇ……」
あぁ、この例外があるな。
夫が罪を犯した場合、妻は自ら離縁が可能だ。子がいるならば尚更、その傾向は強い。
「まぁ、そっちを考えるより先に、転売をどうにかすることを考えましょう。
一番手っ取り早いのは、どこかの老舗宝石商が、僕らとの取引を承諾してくれることなんですけどね。
僕らの考えに賛同してくれて、安価な商品の流通を担ってくれるような…………」
そう口にして行く間に、マルの瞳はだんだんと力を無くし、最後には視線を机に落とした……。
「でも老舗ってことは王都の大店。王都の大店ってことは貴族相手の商売。そうすると当然あの髪留めを扱うなんてことはないんですよねええぇぇ」
王都の貴族は大粒で見栄えのする宝石を好むのだ。宝石どころか、硝子玉や地金のみの質素な飾りの装飾品など、求めてないし、買い手だってつかない。
だから大店との取引など、頭から無理と言っているようなもので……。
「あー……」
でも、その条件に当てはまる店なら、ひとつ知ってる。
「イェルクとヨルグの宝石店、王都の一等地にできてるんだよね……」
「…………え?
イェルク……ヨルグ……って、ジョルダーナ宝石商の?」
「うん。王都で支店を出してた。店名は違ってたから、ほぼ独立?……ほら、サヤとの逢瀬で、首飾りを購入したんだ。
本店で本来は屑となる宝石を加工して、結構なものを作ってはいたんだけど…………やはり小粒だとほら……」
「あー……、王都の貴族はその傾向特に強いですしねぇ……」
店舗の家賃を工面するのも大変と言っていた。
だから、商談であれば話くらいは聞いてもらえるかもしれない。でも……。
「貴族相手の商売がうまくいっていない以上、あまり意味は無い……よな。
ヤロヴィの考えている転売先も、貴族なのだろうし……」
「ですねぇ……」
でも……何もやらないよりは、少しでも手を打ちたいところだ。
雨季明けには丁度王都へと出向く用もある。
長と大臣の集う、定期的な会議が催される予定なのだ。
その時に少し時間を作って、商談を持ちかけてみるのも良いかもしれない……。
そんな風に、考えていた時だ。
コンコンと、扉が叩かれた。
「……誰?」
「あの、私です」
え……。
「…………レイ様言ってくださいよ。
閨事の予定があったんなら、僕だってこんな時間までここに陣取ったりしませんって」
「い、いやっ無い! 違う!」
「違います!」
慌てて否定し、扉の外からも悲鳴に近い否定。
けれど、マルが巫山戯てわざとそう口にしたのだと、顔を見て察した。お、お前えええぇぇぇぇ⁉︎
「言って良い冗談と悪い冗談があるだろ⁉︎」
「それまだやってるんです? お互いもう納得したんなら良いじゃないですか」
「良くないっ!」
マルの襟元を締め上げていたら、扉の外から「あの……」と、またサヤの声。
「あ、ごめん、入っておいで」
改めて声を掛けると、扉が開き、サヤがとてもいたたまれないといった表情ながら、入室してきた。
髪は解いていたものの、サヤがちゃんと従者服であったことにホッと息を吐いてしまった俺に、マルがニヤニヤするからもうひと睨みしておく。
「どうしたの? 何か心配事があった?」
「…………お二人だけに、お話ししたいことがあって、来たんです」
…………俺とマルに?
俺だけではなく、マルにもと言ったことで、サヤの話したいことというのが、サヤの国の知識に関連するものだということを察した。
それだけでなく、それは口にすることも憚られるような……皆には知られたくないことなのだ……。
「巫山戯ている場合じゃなかったですね」
「巫山戯てたのはお前だけだからな」
もう余計な口をきくなよと念を押して、サヤを長椅子に促した。
神妙な表情でやってきたサヤは、少しの間、決意を固めるように深呼吸。
「……お話ししたいことというのは……オゼロのことです。
その……オゼロの特殊な秘匿権、石鹸についてなんですけど……。
きちんとした石鹸を作るには、苛性ソーダが必要で、それが劇薬だって、この前伝えたと思うんですが……」
そこでまた、サヤは言い淀んだ。
しばらく押し黙って、葛藤するように……。
その様子がとても不安そうに見えたから……席を立って、サヤの隣に座り直した。
そうして、膝の上で握られていた手を、俺の手で包み込む。
案の定冷え切っていて、サヤがどれほど緊張しているのかが伝わってきて……。
マルがニヤつくから睨んで黙らせた。笑い事じゃ無いんだよ、これは。
「おおきに。
えっと……その、苛性ソーダという劇薬について、お話ししたくて……。
私の記憶違いでなければ……苛性ソーダって、簡単に作れるものじゃないんです……。あれを作るには、電気分解が必要で……」
「デンキブンカイ?」
そこでサヤはまた、口を閉ざした。
そして、少し震える唇で、深く息を吸い込んで……。
「前にレイ、私が言えることと言えへんこと、選んでるって、言うてたやろ?
その通り、私は選んでた……。私の世界は機械いうもんがぎょうさんあって、それはだいたい、電気で動いとる。
私、この世界には電気を利用した道具は無いと思うてた。そして……それはまだ早いんやて、考えてた……。
実際私の世界でも、電気が使われだしたんは然程前やない……二百年程度の歴史しかのうて……。
でもその電気が、動力として利用され始めたら…………文明の発展は、異常なくらいに、速度を上げた」
ブルリと身を震わせたサヤを、慌てて抱き締めた。
サヤが……カーリンの子をとりあげた時と同じくらいに震え、怯えている。それが腕に、身体に、伝わってくる。
「オゼロは、石鹸を、量産に持ち込むことは、できひんかったって……。
それはつまり、電気の製造方法には、まだ行き着いてない……いうことや。
けど、大災厄前の文明には、電気があった。
なぁ……オゼロは、木炭と、電気……動力を手中に抑えとる。
もし電気の製造方法に気付いたら……それを研究しとったら…………っ。
私の腕時計、あれを動かしてるんも、電気や……腕時計の中の電池、それが作り出してる電気。
…………私の腕時計………………もしかして、オゼロが……?」
レイモンドに、オブシズがヴィルジールであることは悟られぬ方が良いでしょう。
なにせ目立つ瞳です。レイモンドだって、ヴィルジールを忘れてやしないでしょうし」
「……彼の瞳から、獣人関連の話を引っ張り出されても困る……が本音?」
「それも大いにあります。なにせ探られると困りますもんね、僕らの腹の中」
オブシズは獣人ではないけれど、ここには獣人が多く潜んでいる。
例えばレイモンドがオブシズを獣人だと罵ったとしたら、それを耳にしてしまった獣人らも精神を揺さぶられることになるだろう……。
「獣人は、精神面の制御に難があります」
感情制御が人よりも難しいとマルは言う。
まぁ確かに、激高しやすいよな。
「なので当日、オブシズはレイ様護衛の任を外れてもらいます。念のため、瞳も隠しておいてもらうべきでしょうね……」
「…………レイモンドは……カタリーナのことは、知っていると思う?」
「ブリッジスの知っていたことは当然あちらにも届いていると考えられます。
というか、逆かもしれません。レイモンドから、ブリッジスに連絡が入ったのかも……。それなら僕が察知できなくても頷けるんです。
どちらにしても、カタリーナを見つけ出すため、拠点村の中を散策したがることでしょう」
「…………カタリーナは避難させておく方が良いな。ジーナ共々」
「それなんですけどね……。
時間稼ぎにしかならないと思いますよ?
メバックでも、もう人探しは行われていません。つまりあちらは、カタリーナがここにいることを確定してきています。
隠したところで探しますし、諦めませんよ」
「…………時間稼ぎでも良い。
あちらは職務でこの地に来ているのだし、職務から外れて行動できない以上、時間制限を持っている。
その時間をやり過ごせば、また別口でここに来るしかなくなる……」
「何日滞在するか、分かりません。交渉の進み具合次第ですよそこは。あちらが難癖つけて引き延ばしにかかる可能性だってあるんです。
その間、なんと言ってカタリーナを納得させるんです?
だいたい…………なんでカタリーナに、レイモンドのことを掴んでいること、言わないんですか」
そう言われてしまった……。
なんでって……理由なんてひとつしかない。
「苦しませてしまうからに、決まってるだろ……。
カタリーナが俺への警戒を解かないのは、貴族が心底信用ならないからだよ。それだけ辛い経験をしてるってことだ。
そんな俺に何を言われたって、不安の種にしかならない。追い詰めてしまうだけになる」
今までの反応からして、俺がどんな関わり方をしようとも、カタリーナにとっては負担にしかならないだろう。
それでもまだ、かろうじてここにいるのは。身を潜めていられる場所がここしかないことと、俺がレイモンドのことを知らないと思っているからだ。
貴族の元であれば、貴族以外からは、守ってもらえる。ブリッジスの手からは、逃れられると……そう考えていると思う。
けどカタリーナは、俺が男爵家の成人前で、レイモンドが子爵家当主であるということを、きちんと理解している。
俺が立場的に、レイモンドに逆らえないということをだ。
「もし俺がレイモンドのことを知っていると分かれば、俺が二人をレイモンドに引き渡すと考えるよ……。
そうなれば、下手をしたら、ジーナと心中だって起こしかねない……。
いくら俺が、そんなことはしないと言ったって、信じれるものじゃないだろう……」
「貴方は過去に囚われすぎですよ……。
これだけ人目があるんですから、何かあっても直ぐ対処できます」
「何かあっては駄目なんだよ! 些細なことも、あっちゃ駄目なんだ!
下手をしたら、ジーナの一生を、ずっと苛むことになる……そんな事件には、したくないんだ!」
親に殺されかけるなんて記憶、ジーナに刻みつけたくない。杞憂かもしれない、滅多にあることじゃない、そんなことは、分かってるんだ!
だけど、レイモンドがジェスルに繋がっているのだとしたら、カタリーナにも、母に刻み込まれていたと同じような暗示が掛けられている可能性だって、あり得るだろう⁉︎
「もうあんな思いは沢山だ……。誰にだって、してほしくないんだよ……」
ジーナだけじゃない。カタリーナだって同じだ。子を抱きしめられなくなるような後悔を、刻みつけたくない。
だからそうなる前に、絶対に阻止したい…………。
「あぁもう……ほんと貴方って人はややこしいですねぇ」
「ごめん……」
「良いですよもぅ……そういった習性なんですから仕方ないです。
カタリーナを確実に守れる手段を確保できない以上、時間稼ぎするしかないですもん。
あー……本当ややこしいです。なんとか離縁させられないものか……」
離縁は基本的に、地位の高い方からしか行えない。同列であっても、基本的には男性優位となっている。
相当強気な女性なら、男性側を脅して無理やりにでも離縁状を書かせることができるかもしれないが、ブリッジスはあくまで取引としての婚姻を結んでいる。
レイモンドが承知しなければ、離縁を承諾させることも難しいだろう……。
「レイモンドに、カタリーナとブリッジスの離縁を認めさせ、今後一切関わらせない方法……か」
「牢獄にでも繋がれてくれれば話が早いんですけどねぇ……」
あぁ、この例外があるな。
夫が罪を犯した場合、妻は自ら離縁が可能だ。子がいるならば尚更、その傾向は強い。
「まぁ、そっちを考えるより先に、転売をどうにかすることを考えましょう。
一番手っ取り早いのは、どこかの老舗宝石商が、僕らとの取引を承諾してくれることなんですけどね。
僕らの考えに賛同してくれて、安価な商品の流通を担ってくれるような…………」
そう口にして行く間に、マルの瞳はだんだんと力を無くし、最後には視線を机に落とした……。
「でも老舗ってことは王都の大店。王都の大店ってことは貴族相手の商売。そうすると当然あの髪留めを扱うなんてことはないんですよねええぇぇ」
王都の貴族は大粒で見栄えのする宝石を好むのだ。宝石どころか、硝子玉や地金のみの質素な飾りの装飾品など、求めてないし、買い手だってつかない。
だから大店との取引など、頭から無理と言っているようなもので……。
「あー……」
でも、その条件に当てはまる店なら、ひとつ知ってる。
「イェルクとヨルグの宝石店、王都の一等地にできてるんだよね……」
「…………え?
イェルク……ヨルグ……って、ジョルダーナ宝石商の?」
「うん。王都で支店を出してた。店名は違ってたから、ほぼ独立?……ほら、サヤとの逢瀬で、首飾りを購入したんだ。
本店で本来は屑となる宝石を加工して、結構なものを作ってはいたんだけど…………やはり小粒だとほら……」
「あー……、王都の貴族はその傾向特に強いですしねぇ……」
店舗の家賃を工面するのも大変と言っていた。
だから、商談であれば話くらいは聞いてもらえるかもしれない。でも……。
「貴族相手の商売がうまくいっていない以上、あまり意味は無い……よな。
ヤロヴィの考えている転売先も、貴族なのだろうし……」
「ですねぇ……」
でも……何もやらないよりは、少しでも手を打ちたいところだ。
雨季明けには丁度王都へと出向く用もある。
長と大臣の集う、定期的な会議が催される予定なのだ。
その時に少し時間を作って、商談を持ちかけてみるのも良いかもしれない……。
そんな風に、考えていた時だ。
コンコンと、扉が叩かれた。
「……誰?」
「あの、私です」
え……。
「…………レイ様言ってくださいよ。
閨事の予定があったんなら、僕だってこんな時間までここに陣取ったりしませんって」
「い、いやっ無い! 違う!」
「違います!」
慌てて否定し、扉の外からも悲鳴に近い否定。
けれど、マルが巫山戯てわざとそう口にしたのだと、顔を見て察した。お、お前えええぇぇぇぇ⁉︎
「言って良い冗談と悪い冗談があるだろ⁉︎」
「それまだやってるんです? お互いもう納得したんなら良いじゃないですか」
「良くないっ!」
マルの襟元を締め上げていたら、扉の外から「あの……」と、またサヤの声。
「あ、ごめん、入っておいで」
改めて声を掛けると、扉が開き、サヤがとてもいたたまれないといった表情ながら、入室してきた。
髪は解いていたものの、サヤがちゃんと従者服であったことにホッと息を吐いてしまった俺に、マルがニヤニヤするからもうひと睨みしておく。
「どうしたの? 何か心配事があった?」
「…………お二人だけに、お話ししたいことがあって、来たんです」
…………俺とマルに?
俺だけではなく、マルにもと言ったことで、サヤの話したいことというのが、サヤの国の知識に関連するものだということを察した。
それだけでなく、それは口にすることも憚られるような……皆には知られたくないことなのだ……。
「巫山戯ている場合じゃなかったですね」
「巫山戯てたのはお前だけだからな」
もう余計な口をきくなよと念を押して、サヤを長椅子に促した。
神妙な表情でやってきたサヤは、少しの間、決意を固めるように深呼吸。
「……お話ししたいことというのは……オゼロのことです。
その……オゼロの特殊な秘匿権、石鹸についてなんですけど……。
きちんとした石鹸を作るには、苛性ソーダが必要で、それが劇薬だって、この前伝えたと思うんですが……」
そこでまた、サヤは言い淀んだ。
しばらく押し黙って、葛藤するように……。
その様子がとても不安そうに見えたから……席を立って、サヤの隣に座り直した。
そうして、膝の上で握られていた手を、俺の手で包み込む。
案の定冷え切っていて、サヤがどれほど緊張しているのかが伝わってきて……。
マルがニヤつくから睨んで黙らせた。笑い事じゃ無いんだよ、これは。
「おおきに。
えっと……その、苛性ソーダという劇薬について、お話ししたくて……。
私の記憶違いでなければ……苛性ソーダって、簡単に作れるものじゃないんです……。あれを作るには、電気分解が必要で……」
「デンキブンカイ?」
そこでサヤはまた、口を閉ざした。
そして、少し震える唇で、深く息を吸い込んで……。
「前にレイ、私が言えることと言えへんこと、選んでるって、言うてたやろ?
その通り、私は選んでた……。私の世界は機械いうもんがぎょうさんあって、それはだいたい、電気で動いとる。
私、この世界には電気を利用した道具は無いと思うてた。そして……それはまだ早いんやて、考えてた……。
実際私の世界でも、電気が使われだしたんは然程前やない……二百年程度の歴史しかのうて……。
でもその電気が、動力として利用され始めたら…………文明の発展は、異常なくらいに、速度を上げた」
ブルリと身を震わせたサヤを、慌てて抱き締めた。
サヤが……カーリンの子をとりあげた時と同じくらいに震え、怯えている。それが腕に、身体に、伝わってくる。
「オゼロは、石鹸を、量産に持ち込むことは、できひんかったって……。
それはつまり、電気の製造方法には、まだ行き着いてない……いうことや。
けど、大災厄前の文明には、電気があった。
なぁ……オゼロは、木炭と、電気……動力を手中に抑えとる。
もし電気の製造方法に気付いたら……それを研究しとったら…………っ。
私の腕時計、あれを動かしてるんも、電気や……腕時計の中の電池、それが作り出してる電気。
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★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
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