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オゼロ 11

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「だけどまぁ、そこはまた後で。とにかく今は、オブシズとレイモンドに因縁があるということだけ理解できれば充分です。
 つまりねぇ、現在のセーデン子爵家当主たるレイモンドは、かなり利己的なうえ手段を選ばない男なんですよ。
 しかも一度睨まれると一生根に持つ、粘着気質。僕がレイ様を関わらせたくなかったの、理解していただけました?」

 だけどその表情……。
 まだ話の半分も済ませてないって顔だ。つまり、もっと根深いものが、あるのだと思う。
 けれど今ここでそれを口にする気は無いのだろう。多分ヘイスベルトの耳には、入れないつもりの話なのだ。

「分かったけど、もちろんカタリーナは守るよ。そんな男だと知ったなら当然、帰すはずないだろ」
「そういうと思ってましたけどおおぉぉ!」
「でもごめんな、ヘイスベルトには寝耳に水の話だよな。
 万が一そのセーデン子爵家が絡んでくる事態になっても、対処は俺がするから。
 それとも……もう、ここは嫌になった?」

 なんだかボーッとしてるようなので、恐る恐るそう聞いたのだけど……。
 ヘイスベルトはぱちぱちと瞬きし、あ、いえ違います!と、慌てて否定した。

「その、実は私……あまり視力が……。
 なので、オブシズさんのお顔もぼんやりとしか見ていなかったもので、瞳の色がそんな風に特徴的だなんて、気付きもしていなかったんです」
「え、目が良くないの?」
「あっ、極端に悪いということではないんです!
 なんというかこう……目を眇めていないと風景がぼやけてしまい、二重三重にぶれるといいますか……」
「あ、乱視なんですね」

 パッと反応したサヤに、らんし?    と、首を傾げる俺たち。
 サヤは目の焦点が一箇所に定まらない感じですと説明してくれた。

「例えば月を見ても、横や縦にぼやけたものが並んで見えたりするんです。
 両方って人もいて、月が本体を中心に、二十個ぐらい重なりながらずらーっと見えるって、全方向に乱視を持つ友人が言ってました」
「それですそれです!    私は横のらんし?    ですね。オブシズさんが、常に重なり合った三人に見えてるんですよ」
「それはまた難儀だな……」

 弓とかできないんじゃないか?    どれが本物か見分けつかないだろうに。
 そう思ったのだけど、近付けばそのぼやけは少なくなっていくし、それが日常なので本体はだいたい分かっているのだそう。……本体って言い方も変な気がするけど……。

「だから、オブシズさんの瞳がまさか物語の主人公と同じとは、露ほどにも思っておりませんでした。
 いやぁ……姉が見たら喜んだろうな……と、場違いなことを考えていて……申し訳ないです……」

 ん?

「……物語?」
「あ、ご存知ありませんよね。
 アギーでは今、結構話題なんです。草紙の付録みたいな物語なんですけど……。私の異母姉が、たいそう気に入ってまして、発行部数が足りず買えない人が続出して、女中仲間で回し読みしてるって言ってたんですが」

 草紙…………そういえばクオン様、草紙のこと全く連絡してこないな…………?

 いや、なんとなく……草紙と聞いた時点で嫌な予感はしていたのだ。クオン様、オブシズの瞳に興味を持ってたなとか、思い出して……。
 珍しいオブシズの瞳だ。物語とはいえ普通は被らない……というか、そんな瞳の人が存在するなんて思わないだろう。なのに……。

「……つかぬことを伺うけど……まさか淑女草紙……?」
「ご存知でしたか!」
「……………………い、いや、知らないは知らないんだけど……」

 一同なんともいえない気持ちで顔を見合わせた……。特にオブシズは、混乱と驚愕と動揺……え、何それ聞いてない……と顔の全面に書いてある。

「確かに姉が入れ込むだけあってかっこいい主人公なんですよ。
 普段は目立たぬよう、前髪で瞳を隠したうえ、猫背で地味にしていて、同僚からも軟弱な根暗だって思われているんですけどね。女性が困っている時に、どこからともなく現れる宝石の瞳の美丈夫で、剣の腕も一流!    だけど美しい顔に大きな傷が走っていて……女性を助けた後は何も言わずサッと立ち去るんです。
 あれは何処の誰だって毎回話題になるんですけど、まさか地味にしている主人公だとは誰も思わなくてですね……」

 く、クオン様ああああぁぁぁぁ⁉︎

「その主人公、盲目なうえに未亡人であるお嬢様と公にできぬ恋をしていまして、その未亡人も同じ想いなんですが、近く他領へと嫁ぎ、後妻に入る予定なんです。でも、その相手がとんでもない悪党で!
 だからお互いの気持ちは公にできず、主人公はお嬢様を守るために、なんとか悪党が悪事を働いている証拠を探しているんですが……。
 あっ、二人が想いあっていることはお互いが承知しておりまして、心だけはいつも共にあると、耳飾と襟飾で心を届けあっていてですね……」

「やっぱりかあああああぁぁぁっ」
「えっ⁉︎」

 唸った突っ伏した俺に慌てるヘイスベルト。
 ちょっとクオン様、発行したならこちらに連絡一つでも寄越すべきじゃないですか⁉︎

「えっ……と……次号が、この二人の馴れ初めで、主人公が顔に大きな傷を負った理由となっているんですが……姫が盲目になった原因にも繋がっているって予告されていて……」
「…………えらく壮大ですねぇ……」
「耳飾と襟飾、おまけ程度になってやしませんか?」

 ボソボソと呟かれるマルとハインの会話。
 俺とオブシズは頭を抱え、シザーは安定のオロオロ。
 え?    え?    と、困惑するヘイスベルトと、苦笑するサヤ……。

「ヘイスベルトさんの異母姉は、アギーの使用人なのですか?」
「あ、はい。……実は私もだったんですが……あまりこう、要領の良い方ではなく、あそこは色々が忙しない場所で……こちらの方が私に適しているのではないかと推薦されたのです」
「なんでそれを言わなかった⁉︎」
「あ…………その……、その方に……言わない方が良いと言われ……そういうの無しでも、ちゃんと見てくれるからって。
 不安でしたが、本当にその通りでした」

 俺を知っててそういうこと言う人、あそこには心当たりがある!

「それ、その人ってまさか……グラヴィスハイド様……?」
「はい」

 やっぱりかああああぁぁぁぁ!

「……あの方、まだアギーに留まってらっしゃるんだ……」
「もう遊学は飽きたっておっしゃいまして……」

 なんか、ヘイスベルトの発言色々に精神を削られてしまい、この話は一旦保留で解散となった……。
 深刻な話をしていたはずなのに…………。
 なんか、なんだろう……それ以上に精神が削れたというか…………あそこの兄妹はあああぁぁぁぁっ!


 ◆


「意図していたわけじゃないですけど、うまく話が逸れて良かったですねぇ」
「良くない……なんで草紙に…………っ、クオンティーヌ様は一体何を考えて…………」
「ネタとしてしかオブシズを見ていなかったということですね」
「そんな注目はしてほしくなかった!」

 深夜。
 俺の部屋に、いつもの会議へと集まった一同だったけれど、オブシズは意気消沈したままだ。まぁ、気持ちは分かる。ごめんな……ネタにされそうだとは思ってたけど、本当にされているとは……。

「なんかとんでもないことがあった感じですね……」
「そうか?」

 昼間は同席していなかったユストとウーヴェ、ジェイドらには分からない話であったから、そこから説明していくことになって。
 同じ内容をもう一度耳に刻みつけることとなってしまったオブシズは、先程から長椅子で屍と化している……。

「ははっ、とンだ災難」
「悪目立ちも甚だしいな」

 容赦ないジェイドとアイルの感想です。
 因みにユストとウーヴェはなんとも不憫でどう声を掛けて良いやらといった感じです。

「まぁ、面白おかしく話すのはその辺までにしましょうか」
「何も面白くないっ!」

 目立たないよう二十年近く隠してきた瞳がこんな形で貴族に広まるなんて、想像の斜め上どころじゃないよな……。
 そんな風に和やかに始まった会議であったけれど、マルの次の発言で、場の空気は一気に凍り付いた。

「その当時のレイモンド、付き合っている人脈に、ジェスル傘下の家系が含まれているんです」
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