723 / 1,121
閑話 孤児院
しおりを挟む
雨季に入った。
雨になり三日目。今日やっと、孤児院が完成した。
少し予定が押してしまったけれど、まぁそんなこともある。とにかく今日、家移りだ。
「うわー!」
「なにここ、うそ、できたて⁉︎」
「新築って言うんだよ」
雨の中を、仮小屋からここに移動してきた子供らは、皆びしょ濡れ。
もういいやとあえてそうしてもらったのは、このまま風呂に直行させるつもりだったからだ。
「まず女子! 行っておいで!」
「男子は校庭で遊んで待つぞー!」
もうどうせ濡れてるし、夏だしな。俺も校庭に出て、ジーク共々子供らと鬼ごっこ。
「大人卑怯だぞ!」
「文句あったらでかくなれよ!」
「くそっ、お前らそっち回り込め!」
足の長さを駆使して子供らから逃げまくってやった。
まあ最後には取りつかれて引き倒され、服も髪も泥まみれにされてしまったが……。
「つかまえたーっ!」
俺に上に乗った四人の子供。流石に四人乗ると動けない……。だけど、俺を貴族だと線引きする様子は、もう無い。
顔にも泥を塗られてしまったが、とりあえず両手は使えたのでやり返す。何故か最後は皆で笑い転げてしまった。
「もうっ! なんでそこまで汚すんですか⁉︎ 濡れてもいいやって言いましたけど、泥まみれになって良いなんて言ってませんでしたよ⁉︎」
怒るサヤに、俺とジークまで孤児院の風呂に叩き込まれて……。
扉の外から、湯に浸かる前に全身流して、髪も洗ってくださいよ⁉︎ という、怒り声が更に追いかけてくるものだから、皆で声を殺して笑った。
まぁ多分、サヤには聞こえてるだろうなぁ……。
「……レイ様……なんで傷だらけなの?」
「んー、昔は色々やったんだよ」
「うわ、思ってた以上ですね……」
「ジークだって結構なものじゃないか……」
「……いや、貴方貴族でしょ?」
この前負傷した傷ももう完治。だけどしっかり傷跡は身に刻まれているジーク。
でもそれを気にする様子は無く、子供らも同じ。ジークは着々と、孤児らとの信頼関係を築いていっているようで、そのことがとても嬉しい。
身体を洗い髪も洗ったのだけど……。
髪に紛れた泥がなっかなか落ちない……。流せど流せど湯が濁る。長いものだから更に洗いにくい……。
いつまで経っても終わらないから風呂に入れず、もういいから浸かりなよと引っ張り込まれて、髪だけを湯船の外に出した。そうしてそこから、また髪を洗われることに。
「長すぎだよなー」
「来年には切れるんだよ……」
「貴族って大変なんだね」
子供らが手伝ってくれたのだけど、結局落ちきらず、まだ頭の中がジャリジャリしてる気がする……。
「帰ったらもう一回洗いますよ⁉︎ もうこういうのは無しにしてください⁉︎」
「はい……」
風呂を上がってまでサヤに怒られる俺を、子供らが指差して笑っているが、お前らのせいだからな⁉︎ と、視線で訴えておいた。効果があったかどうかは知らないが。
着替えはサヤがわざわざ取りに行ってくれたらしい。俺とジークのものがちゃんと用意されててホッとした。もう一回あれを着るのは流石に嫌だったしな……。
「もうっ、とりあえず、先に何か言うことはありませんか⁉︎」
「皆見違えた。よく似合ってるじゃないか!」
「ははっ、本当だ。可愛い」
そう言われた女の子たちは、ツンとすました顔ながらそっぽを向いたり、モジモジと括った髪を弄んでいたり、恥ずかしそうに俯いていたり……。
皆、綺麗にして、新しい衣服を与えられていた。
これは、カスタマイズ型と言っていた、制服を作る手法を取り入れた衣服。孤児院の制服なのだ。
まだ全てではないが、皆には一式、衣服が支給されることになっており、とりあえずまだ形は揃わないものの、全員がちゃんと身に纏えるように用意されていた。
ただ、それだけではない。
この制服、実は生地から作られた。これも、新しい手法を取り入れて。
「面白いな。色糸を入れ替えて並べるだけで、こんな風になるのか……」
「配色によって雰囲気も色々変わります。だけど制服なので、落ち着いた色調でまとめました。男の子も女の子も、身に纏いますから」
子供らが着ているのは、サヤの国の袴で見たような、格子柄。縦糸横糸を、本数を決めて別色と入れ替える。それを繰り返す手法で織られている。
それにより、複雑な格子柄が続くようになっていた。サヤはこれを、タータンチェックと呼んでいたけれど、乱れ格子と呼ぶことが決まっている。
ここのところ、ルーシーはこちらにかかりきりで忙しく、全く顔を合わせていなかったのだけど、ちゃんと成果を出してくれたな。
縞柄は上糸を張れば済むが、格子柄は、横糸を通す回数を数えて糸を変えなければならない。その管理がとても大変だったのだけど、刺しゅうを施したり、工夫を凝らして織り柄を付けるよりは手軽。規則性を崩すことが、それでも規則性を生み出し、なんとも言えぬ絶妙な均衡を保っている。
更に、その布で衣服を作る場合も、色々考えさせられたとルーシーは言っていた。
この柄には向きがある。縦と横がはっきりしているので、適当に配置できないのだよな。その向きが異なれば、違和感が出てしまうから。
格子の色は、緑と紺。そこに灰色の細い線。不規則なようでいて、規則的に、それが並ぶ。
そんな生地を全体、もしくは部分的に使った衣服を皆が纏っていた。
男の子には、短衣と細袴、腰帯。定番の形だけれど、細袴は無地のものと格子柄のもの。折り返しだけ格子柄のものと、数種ある。
女の子は、サヤがワンピースと呼んでいた繋ぎ型の子もいれば、短衣と袴と腰帯……つまり、いつも通りの服装の子もいる。
実はこれ、カスタマイズ型制服の試作として安く作ったので、形がばらけているのだ。
「今日に間に合うようにしたので、全く同じには揃えられなかったんですよね……」
「いや、全員同じより、良いと思う。だって後々は全て与える意匠なんだろう? 見れていた方が、楽しみが増えるよ」
自分の纏っているものとは違う衣装を纏った子に、チラチラと視線をやっているし、あれも良いなって思っているのが分かるしな。
そんな子らを食堂となる一室に集めて、席につかせて、俺は声を張り上げた。
「よーし。ではここのことを説明するから、みんなちゃんと聞いてくれよ!」
「聞いてるよー!」
元気に返事をしてくれた子に笑いかけて、話を始める。
「ここが、今日からお前たちの家になる。セイバーン拠点村孤児院だ。
そして前にも言ったけど、お前たちは皆、セイバーンの子。ここで食べて、遊んで、勉強して、育って、やりたいと思えることを見つけて、ここを巣立つ。
皆は兄弟で、俺とサヤが父と母。職員が兄、姉となる。つまり家族だね」
えー、という合いの手が入った。それにくすくすと笑う声。
……まぁ歓迎してもらえてると思うことにしよう……。だってそんな風にできるほど、この子らは今、緊張していない。それが嬉しいから。
「ここにいる間、皆には名前の後に、セイバーンを付けてもらうよ。
だからイザーク、お前も名を記す時は、イザーク・セイバーンだから忘れないように!
みんなもだよ! 全員近日中に、名前を書けるようになってもらうからな!」
隣をつついて遊んでいた子を名指しし、意味が分かってないみたいな顔の子らを指差しつつそう言うと、字なんて書けないよという声が飛んでくる。
「書けるようになる。教えるから。
雨季が開けたら、幼年院も開校する。
幼年院というのは、字や計算を習い、皆で遊ぶ場所になるんだ。
お前たちも当然そこの生徒になる。
まずは一学年からな。一学年では、文字を全部覚えてもらう。
次に、二学年。計算ができるようになってもらう。
まぁまずこの二つができれば何かしら仕事に就ける。間違いなくね。だけど、自分でやりたいと思うことがあるなら、それだけではダメだ。
そのやりたいと思うことに活かせる勉強を、更に重ねてもらう。
十五になったら自立……。だけどここには、もう十四の子もいるからね。最低二年の勉強期間は用意するつもりだけど、仕事探しもしなきゃならない。
そういったこと諸々全部、ここの兄や姉、親を頼ってくれたら良い。相談に乗る。力になるから。お前たちがちゃんと仕事を持って社会に巣立てるまで、俺たちがちゃんと、支える。
それから、これはちょっと気が早いかもしれないんだけど……あー……お前たちが、結婚とか、そういうことをする場合もだな……」
「うわっ」
「うわって言うな。大切なことなんだから。
その場合も、ちゃんと報告してほしい。祝いたいし、旅立ちを見送りたいから。
婚姻の際、家の役は、この孤児院が担うよ。父母として、俺たちの名を使う。俺たちが家族というのは、もう一生のことだ。ここを巣立ったって同じだ。そのことだけは、忘れないでいてほしい」
孤児院の出であることを卑下せずとも済む形にする。
きちんと学があるのだということを、俺たちの名を出すことで保証できるようにするのだ。
それでも偏見の目はあるだろうし、悔しい思いもするだろう。だけど……そんなことにくじけてほしくない。道を踏み外さず、まっすぐ歩んでいけるよう、願っている。
そのために、自分がひとりじゃないことを、ここで知っていってほしい。兄弟も、家族も、お前たちにはいるんだからな。
「と、いうわけでだな、今日は孤児院校舎完成の祝い食をユミルが用意してくれた! みんなで味わおう! ユミルー!」
名を呼ぶと、食堂の調理場へと繋がる配膳棚から、はーい! という声。
「準備整っていますよ。皆さん一人ずつ取りに来てくださいね。
今日の汁物は鶏団子のシチュー。麵麭を浸して食べてください。主菜はきのこと芋の肉巻きと、焼き野菜。あと食後のお茶には、祝い菓子が付いてます!」
歓声が上がり、盆の上に一式揃えられた昼食を受け取って、席に戻る。いつもより豪華だ。美味しそうだねと声を弾ませる子らに笑みが溢れた。
職員や、本日特別招待客となっているジークも含めて席に着き、皆で手を合わせた。
「いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
その後は部屋の割り当て。
今までは性別でまとめて雑魚寝だったけれど、今日からは四人ずつひと部屋となる。
性別は揃えたけれど、年齢はばらけさせて。
そうだ……一つ、悲しい報せがある。
闘病中の母親のうちひとりが、ついに来世へと旅立ったのだ。
そのため、三名のうちの二人……兄弟であった二人は親を失い、孤児となった。
母親が快復に向かっている少女はひとり孤立する形となり、いつもまとまっていた三人に、亀裂が入った瞬間。
けれど……その三人に手を差し伸べたのは……。
「仕方ねぇよ。がんばっても、ダメな時はあるしな……」
兄弟に近寄ることができない少女に、そう声を掛けたのはトゥーレ。
「アイツらだってカクゴしてたんじゃね。だから別に、お前はいつも通りにしてたらいいよ」
そして兄弟二人には、何を言うでもなく、イザークらが側にいた。
ただひたすら泣く弟と、硬い表情で固まった兄。
泣き疲れた弟を寝具に寝かせ、その場を離れた兄を、そこでは追わず……。
まどろみからすぐに起きてしまった弟が泣き出すと、イザークはすっと寄っていって、厠に行ってるだけだよと声を掛け、話し相手を務めていたそうだ。
兄が戻り、またいつも通り……なんでもない顔をする兄を、皆が何も言わず、受け入れて。
そのうち兄弟は男の子たちに紛れ込むようになり、だけど母の残った女の子にも、いつも通りの笑顔を向け、手を差し伸べていた。
そうして女の子は……こちらの新校舎に移る前に、退院した母とともに、女長屋へと移っていった。
雨になり三日目。今日やっと、孤児院が完成した。
少し予定が押してしまったけれど、まぁそんなこともある。とにかく今日、家移りだ。
「うわー!」
「なにここ、うそ、できたて⁉︎」
「新築って言うんだよ」
雨の中を、仮小屋からここに移動してきた子供らは、皆びしょ濡れ。
もういいやとあえてそうしてもらったのは、このまま風呂に直行させるつもりだったからだ。
「まず女子! 行っておいで!」
「男子は校庭で遊んで待つぞー!」
もうどうせ濡れてるし、夏だしな。俺も校庭に出て、ジーク共々子供らと鬼ごっこ。
「大人卑怯だぞ!」
「文句あったらでかくなれよ!」
「くそっ、お前らそっち回り込め!」
足の長さを駆使して子供らから逃げまくってやった。
まあ最後には取りつかれて引き倒され、服も髪も泥まみれにされてしまったが……。
「つかまえたーっ!」
俺に上に乗った四人の子供。流石に四人乗ると動けない……。だけど、俺を貴族だと線引きする様子は、もう無い。
顔にも泥を塗られてしまったが、とりあえず両手は使えたのでやり返す。何故か最後は皆で笑い転げてしまった。
「もうっ! なんでそこまで汚すんですか⁉︎ 濡れてもいいやって言いましたけど、泥まみれになって良いなんて言ってませんでしたよ⁉︎」
怒るサヤに、俺とジークまで孤児院の風呂に叩き込まれて……。
扉の外から、湯に浸かる前に全身流して、髪も洗ってくださいよ⁉︎ という、怒り声が更に追いかけてくるものだから、皆で声を殺して笑った。
まぁ多分、サヤには聞こえてるだろうなぁ……。
「……レイ様……なんで傷だらけなの?」
「んー、昔は色々やったんだよ」
「うわ、思ってた以上ですね……」
「ジークだって結構なものじゃないか……」
「……いや、貴方貴族でしょ?」
この前負傷した傷ももう完治。だけどしっかり傷跡は身に刻まれているジーク。
でもそれを気にする様子は無く、子供らも同じ。ジークは着々と、孤児らとの信頼関係を築いていっているようで、そのことがとても嬉しい。
身体を洗い髪も洗ったのだけど……。
髪に紛れた泥がなっかなか落ちない……。流せど流せど湯が濁る。長いものだから更に洗いにくい……。
いつまで経っても終わらないから風呂に入れず、もういいから浸かりなよと引っ張り込まれて、髪だけを湯船の外に出した。そうしてそこから、また髪を洗われることに。
「長すぎだよなー」
「来年には切れるんだよ……」
「貴族って大変なんだね」
子供らが手伝ってくれたのだけど、結局落ちきらず、まだ頭の中がジャリジャリしてる気がする……。
「帰ったらもう一回洗いますよ⁉︎ もうこういうのは無しにしてください⁉︎」
「はい……」
風呂を上がってまでサヤに怒られる俺を、子供らが指差して笑っているが、お前らのせいだからな⁉︎ と、視線で訴えておいた。効果があったかどうかは知らないが。
着替えはサヤがわざわざ取りに行ってくれたらしい。俺とジークのものがちゃんと用意されててホッとした。もう一回あれを着るのは流石に嫌だったしな……。
「もうっ、とりあえず、先に何か言うことはありませんか⁉︎」
「皆見違えた。よく似合ってるじゃないか!」
「ははっ、本当だ。可愛い」
そう言われた女の子たちは、ツンとすました顔ながらそっぽを向いたり、モジモジと括った髪を弄んでいたり、恥ずかしそうに俯いていたり……。
皆、綺麗にして、新しい衣服を与えられていた。
これは、カスタマイズ型と言っていた、制服を作る手法を取り入れた衣服。孤児院の制服なのだ。
まだ全てではないが、皆には一式、衣服が支給されることになっており、とりあえずまだ形は揃わないものの、全員がちゃんと身に纏えるように用意されていた。
ただ、それだけではない。
この制服、実は生地から作られた。これも、新しい手法を取り入れて。
「面白いな。色糸を入れ替えて並べるだけで、こんな風になるのか……」
「配色によって雰囲気も色々変わります。だけど制服なので、落ち着いた色調でまとめました。男の子も女の子も、身に纏いますから」
子供らが着ているのは、サヤの国の袴で見たような、格子柄。縦糸横糸を、本数を決めて別色と入れ替える。それを繰り返す手法で織られている。
それにより、複雑な格子柄が続くようになっていた。サヤはこれを、タータンチェックと呼んでいたけれど、乱れ格子と呼ぶことが決まっている。
ここのところ、ルーシーはこちらにかかりきりで忙しく、全く顔を合わせていなかったのだけど、ちゃんと成果を出してくれたな。
縞柄は上糸を張れば済むが、格子柄は、横糸を通す回数を数えて糸を変えなければならない。その管理がとても大変だったのだけど、刺しゅうを施したり、工夫を凝らして織り柄を付けるよりは手軽。規則性を崩すことが、それでも規則性を生み出し、なんとも言えぬ絶妙な均衡を保っている。
更に、その布で衣服を作る場合も、色々考えさせられたとルーシーは言っていた。
この柄には向きがある。縦と横がはっきりしているので、適当に配置できないのだよな。その向きが異なれば、違和感が出てしまうから。
格子の色は、緑と紺。そこに灰色の細い線。不規則なようでいて、規則的に、それが並ぶ。
そんな生地を全体、もしくは部分的に使った衣服を皆が纏っていた。
男の子には、短衣と細袴、腰帯。定番の形だけれど、細袴は無地のものと格子柄のもの。折り返しだけ格子柄のものと、数種ある。
女の子は、サヤがワンピースと呼んでいた繋ぎ型の子もいれば、短衣と袴と腰帯……つまり、いつも通りの服装の子もいる。
実はこれ、カスタマイズ型制服の試作として安く作ったので、形がばらけているのだ。
「今日に間に合うようにしたので、全く同じには揃えられなかったんですよね……」
「いや、全員同じより、良いと思う。だって後々は全て与える意匠なんだろう? 見れていた方が、楽しみが増えるよ」
自分の纏っているものとは違う衣装を纏った子に、チラチラと視線をやっているし、あれも良いなって思っているのが分かるしな。
そんな子らを食堂となる一室に集めて、席につかせて、俺は声を張り上げた。
「よーし。ではここのことを説明するから、みんなちゃんと聞いてくれよ!」
「聞いてるよー!」
元気に返事をしてくれた子に笑いかけて、話を始める。
「ここが、今日からお前たちの家になる。セイバーン拠点村孤児院だ。
そして前にも言ったけど、お前たちは皆、セイバーンの子。ここで食べて、遊んで、勉強して、育って、やりたいと思えることを見つけて、ここを巣立つ。
皆は兄弟で、俺とサヤが父と母。職員が兄、姉となる。つまり家族だね」
えー、という合いの手が入った。それにくすくすと笑う声。
……まぁ歓迎してもらえてると思うことにしよう……。だってそんな風にできるほど、この子らは今、緊張していない。それが嬉しいから。
「ここにいる間、皆には名前の後に、セイバーンを付けてもらうよ。
だからイザーク、お前も名を記す時は、イザーク・セイバーンだから忘れないように!
みんなもだよ! 全員近日中に、名前を書けるようになってもらうからな!」
隣をつついて遊んでいた子を名指しし、意味が分かってないみたいな顔の子らを指差しつつそう言うと、字なんて書けないよという声が飛んでくる。
「書けるようになる。教えるから。
雨季が開けたら、幼年院も開校する。
幼年院というのは、字や計算を習い、皆で遊ぶ場所になるんだ。
お前たちも当然そこの生徒になる。
まずは一学年からな。一学年では、文字を全部覚えてもらう。
次に、二学年。計算ができるようになってもらう。
まぁまずこの二つができれば何かしら仕事に就ける。間違いなくね。だけど、自分でやりたいと思うことがあるなら、それだけではダメだ。
そのやりたいと思うことに活かせる勉強を、更に重ねてもらう。
十五になったら自立……。だけどここには、もう十四の子もいるからね。最低二年の勉強期間は用意するつもりだけど、仕事探しもしなきゃならない。
そういったこと諸々全部、ここの兄や姉、親を頼ってくれたら良い。相談に乗る。力になるから。お前たちがちゃんと仕事を持って社会に巣立てるまで、俺たちがちゃんと、支える。
それから、これはちょっと気が早いかもしれないんだけど……あー……お前たちが、結婚とか、そういうことをする場合もだな……」
「うわっ」
「うわって言うな。大切なことなんだから。
その場合も、ちゃんと報告してほしい。祝いたいし、旅立ちを見送りたいから。
婚姻の際、家の役は、この孤児院が担うよ。父母として、俺たちの名を使う。俺たちが家族というのは、もう一生のことだ。ここを巣立ったって同じだ。そのことだけは、忘れないでいてほしい」
孤児院の出であることを卑下せずとも済む形にする。
きちんと学があるのだということを、俺たちの名を出すことで保証できるようにするのだ。
それでも偏見の目はあるだろうし、悔しい思いもするだろう。だけど……そんなことにくじけてほしくない。道を踏み外さず、まっすぐ歩んでいけるよう、願っている。
そのために、自分がひとりじゃないことを、ここで知っていってほしい。兄弟も、家族も、お前たちにはいるんだからな。
「と、いうわけでだな、今日は孤児院校舎完成の祝い食をユミルが用意してくれた! みんなで味わおう! ユミルー!」
名を呼ぶと、食堂の調理場へと繋がる配膳棚から、はーい! という声。
「準備整っていますよ。皆さん一人ずつ取りに来てくださいね。
今日の汁物は鶏団子のシチュー。麵麭を浸して食べてください。主菜はきのこと芋の肉巻きと、焼き野菜。あと食後のお茶には、祝い菓子が付いてます!」
歓声が上がり、盆の上に一式揃えられた昼食を受け取って、席に戻る。いつもより豪華だ。美味しそうだねと声を弾ませる子らに笑みが溢れた。
職員や、本日特別招待客となっているジークも含めて席に着き、皆で手を合わせた。
「いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
その後は部屋の割り当て。
今までは性別でまとめて雑魚寝だったけれど、今日からは四人ずつひと部屋となる。
性別は揃えたけれど、年齢はばらけさせて。
そうだ……一つ、悲しい報せがある。
闘病中の母親のうちひとりが、ついに来世へと旅立ったのだ。
そのため、三名のうちの二人……兄弟であった二人は親を失い、孤児となった。
母親が快復に向かっている少女はひとり孤立する形となり、いつもまとまっていた三人に、亀裂が入った瞬間。
けれど……その三人に手を差し伸べたのは……。
「仕方ねぇよ。がんばっても、ダメな時はあるしな……」
兄弟に近寄ることができない少女に、そう声を掛けたのはトゥーレ。
「アイツらだってカクゴしてたんじゃね。だから別に、お前はいつも通りにしてたらいいよ」
そして兄弟二人には、何を言うでもなく、イザークらが側にいた。
ただひたすら泣く弟と、硬い表情で固まった兄。
泣き疲れた弟を寝具に寝かせ、その場を離れた兄を、そこでは追わず……。
まどろみからすぐに起きてしまった弟が泣き出すと、イザークはすっと寄っていって、厠に行ってるだけだよと声を掛け、話し相手を務めていたそうだ。
兄が戻り、またいつも通り……なんでもない顔をする兄を、皆が何も言わず、受け入れて。
そのうち兄弟は男の子たちに紛れ込むようになり、だけど母の残った女の子にも、いつも通りの笑顔を向け、手を差し伸べていた。
そうして女の子は……こちらの新校舎に移る前に、退院した母とともに、女長屋へと移っていった。
0
お気に入りに追加
836
あなたにおすすめの小説
義娘が転生型ヒロインのようですが、立派な淑女に育ててみせます!~鍵を握るのが私の恋愛って本当ですか!?~
咲宮
恋愛
没落貴族のクロエ・オルコットは、馬車の事故で両親を失ったルルメリアを義娘として引き取ることに。しかし、ルルメリアが突然「あたしひろいんなの‼」と言い出した。
ぎゃくはーれむだの、男をはべらせるだの、とんでもない言葉を並べるルルメリアに頭を抱えるクロエ。このままではまずいと思ったクロエは、ルルメリアを「立派な淑女」にすべく奔走し始める。
育児に励むクロエだが、ある日馬車の前に飛び込もうとした男性を助ける。実はその相手は若き伯爵のようで――?
これは若くして母となったクロエが、義娘と恋愛に翻弄されながらも奮闘する物語。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。
※毎日更新を予定しております。
「自重知らずの異世界転生者-膨大な魔力を引っさげて異世界デビューしたら、規格外過ぎて自重を求められています-」
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
ネットでみつけた『異世界に行ったかもしれないスレ』に書いてあった『異世界に転生する方法』をやってみたら本当に異世界に転生された。
チート能力で豊富な魔力を持っていた俺だったが、目立つのが嫌だったので周囲となんら変わらないよう生活していたが「目立ち過ぎだ!」とか「加減という言葉の意味をもっと勉強して!」と周囲からはなぜか自重を求められた。
なんだよ? それじゃあまるで、俺が自重をどっかに捨ててきたみたいじゃないか!
こうして俺の理不尽で前途多難?な異世界生活が始まりました。
※注:すべてわかった上で自重してません。
余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~
藤森フクロウ
ファンタジー
相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。
悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。
そこには土下座する幼女女神がいた。
『ごめんなさあああい!!!』
最初っからギャン泣きクライマックス。
社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。
真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……
そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?
ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!
第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。
♦お知らせ♦
余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!
漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。
よかったらお手に取っていただければ幸いです。
書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。
7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。
今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。
コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。
漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。
※基本予約投稿が多いです。
たまに失敗してトチ狂ったことになっています。
原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。
現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。
【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから
SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け
※一言でも感想嬉しいです!
孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。
——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」
ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。
ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。
——あぁ、ここで死ぬんだ……。
——『黒猫、死ぬのか?』
安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。
☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。
もしかしてこの世界美醜逆転?………はっ、勝った!妹よ、そのブサメン第2王子は喜んで差し上げますわ!
結ノ葉
ファンタジー
目が冷めたらめ~っちゃくちゃ美少女!って言うわけではないけど色々ケアしまくってそこそこの美少女になった昨日と同じ顔の私が!(それどころか若返ってる分ほっぺ何て、ぷにっぷにだよぷにっぷに…)
でもちょっと小さい?ってことは…私の唯一自慢のわがままぼでぃーがない!
何てこと‼まぁ…成長を願いましょう…きっときっと大丈夫よ…………
……で何コレ……もしや転生?よっしゃこれテンプレで何回も見た、人生勝ち組!って思ってたら…何で周りの人たち布被ってんの!?宗教?宗教なの?え…親もお兄ちゃまも?この家で布被ってないのが私と妹だけ?
え?イケメンは?新聞見ても外に出てもブサメンばっか……イヤ無理無理無理外出たく無い…
え?何で俺イケメンだろみたいな顔して外歩いてんの?絶対にケア何もしてない…まじで無理清潔感皆無じゃん…清潔感…com…back…
ってん?あれは………うちのバカ(妹)と第2王子?
無理…清潔感皆無×清潔感皆無…うぇ…せめて布してよ、布!
って、こっち来ないでよ!マジで来ないで!恥ずかしいとかじゃないから!やだ!匂い移るじゃない!
イヤー!!!!!助けてお兄ー様!
【R18・完結】おっとり側女と堅物騎士の後宮性活
野地マルテ
恋愛
皇帝の側女、ジネットは現在二十八歳。二十四歳で側女となった彼女は一度も皇帝の渡りがないまま、後宮解体の日を迎え、外に出ることになった。
この四年間、ジネットをずっと支え続けたのは護衛兼従者の騎士、フィンセントだ。皇帝は、女に性的に攻められないと興奮しないという性癖者だった。主君の性癖を知っていたフィンセントは、いつか訪れるかもしれない渡りに備え、女主人であるジネットに男の悦ばせ方を叩きこんだのだった。結局、一度も皇帝はジネットの元に来なかったものの、彼女はフィンセントに感謝の念を抱いていた。
ほんのり鬼畜な堅物騎士フィンセントと、おっとりお姉さん系側女によるどすけべラブストーリーです。
◆R18回には※がありますが、設定の都合上、ほぼ全話性描写を含みます。
◆ヒロインがヒーローを性的に攻めるシーンが多々あります。手や口、胸を使った行為あり。リバあります。
婚約も結婚も計画的に。
cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。
忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。
原因はスピカという一人の女学生。
少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。
「あ、もういい。無理だわ」
ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。
ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。
ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。
「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。
もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。
そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。
ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。
しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~)
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる