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オゼロ 1
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サヤがこの世界に来て、二度目となる雨季が近付いてきた。
河川敷の方は、重要な部分は既に作り終えており、水位としても、まだ問題が無い日々が続いている。
そろそろ訓練は一旦中止となるのだが、他領からの視察はそれまでに切り上げとなり、帰還。
そして、セイバーンの騎士の方は残り、川の経過観察を担うことになる予定だ。
現在メバックは、宿を取り職を得て、雨季の間に小銭を稼ごうと考えている旅人でごった返しており、商業会館も忙しい様子。
職人らも、雨季は家に篭って商品の作りだめをする時期となるため、材料の買いつけで金が動く。
何より拠点村は、無償開示品の指導という大きな役割を担っているため、その分量は例年にない規模となった。
「で、肝心の木炭が不足してると……」
「ええ。一応最低限は確保してますけど、ほんと最低限ですね。
この雨季の、手押し式汲み上げ機の製造率を上げるのは難しいです。
勿論、鋳造試験も見送り……。長雨の湿気で、燃料の減りも増えますし……」
「……オゼロはなんと言ってるんだ?」
「この時期の燃料不足はいつものこと……だそうです。何処もかしこも買いだめをするのですから、不足するのは当然でしょうと。
急に要りようになったからって、大きく融通できるわけないでしょう。とも、おっしゃってましたねぇ。
初春からずううぅぅっと、言っていたにも関わらず」
「…………まぁ、分かってたことだけどなぁ……」
こうしてくるだろうことは、分かっていた。
秘匿権の無償開示に猛反対していたオゼロ公爵、エルピディオ様が、簡単に状況を受け入れやしないことは。
木炭の製造を握っているオゼロは、今までもことあるごとに、利権を守るため、水面下で木炭の販売制限を利用してきている。
あからさまな分量ではなく、そんなことはしていないと言い張れる、ギリギリの分量を見極めて。
それは公爵家だからこそと言える手法。権力を振りかざしているとも思えるが、そうやって権利の確実性を守ってきたとも言える。木炭や石鹸が料金の下降なしに今までやってこれていることが、その成果を表していた。
公爵家の威信を維持することがそのまま、職人や技術をを守るためでもあるのだ。
「木炭や石鹸を製造し続ける職人は、視力を悪くする者や、病を患う者、怪我を負って職を離れざるを得ない者も多いとされていますからねぇ。
その分の保障を厚くし、身を犠牲にする職人やなり手を守っているわけです」
「だから、製造量を増やさねばならないなら、職人に犠牲を強いるに値する料金をもらう……と、言ってきてるんだな」
「それと運搬費用ですね」
今年から、毎年同量程度だったセイバーンの木炭取引量が大幅に増える予定だ。
そのため、オゼロに木炭の買い付け増量を希望していたのだが、これに対して一定量を超えるならば料金の値上げがあると言われた。
木炭というのは、領地と領地の取引で買い付けられている。毎年これだけの分量を……と、注文し、それを製造してもらうのだ。
無論それ以上に必要である場合の追加注文も可能なのだが、その分量が想定外の量であったため、追加料金がかかると言われた形だ。
「使用量を増やすならば、料金も上げる……か。物理的に量を制限してきたな」
「製造回数を上げねばならぬ人件費と、樹海持ちの領地より木材を追加で購入しなければならない分の運搬費……その辺りがこちら持ちになるそうで、跳ね上がります。
我々の都合によって増量になるのだから、特別料金は当然でしょう? っていうのが、あちらの言い分です」
樹海というのは、国に点在している、ある特殊な森のこと。
この森、通常ではあり得ない速度で成長していく恐ろしい森で、悪魔に呪われた森だとまことしやかに囁かれている。
放っておくと、森は膨張し続け、人の生活圏をも浸食していくと言われていて、実際、毎年結構な木々が伐採されているにもかかわらず、森は一向に縮小しない。
特に南の樹海の成長速度は異様で、この樹海に接する領地では、毎年伐採量の割り当てが指定されてすらいる。それを各業者に委託して伐採するのだが、指定量を達成できないと、賠償金すら支払わねばならないらしい。
オゼロはこの材木を仕入れ、木炭に加工。それを国内全体に流通させている。
「製造回数を上げるったって、無償開示の品を作る職人が増えれば、自ずと木炭の消費量も増える。
この先は当然木炭生産量の増加が待っている。我々の要望だけには止まらない……その程度のこと、見越してるだろうに……」
「だから予定になかった分の運搬費用を持て。みたいないちゃもんをぶち込んできてるんじゃないですか?
今年はそれでしのいで、来年からも何なりと理由をつけて単価を上げてくると思いますよ。
まぁでも……予想していた結果は出てるってことですね」
燃料費が跳ね上がれば当然、品の値段も上がる。製品をもっと低価格で提供したい我々にとって、燃料費の増額は相当痛い。
値下げどころか、今の値段を維持することすら難しくなってしまう。
しかし……マルは慌てる様子もなく、口を動かしつつも、手は別の作業を続けていた。そうして……。
「予定通りってことで、もう少し粘りますか」
「うん、このまま行こう」
本当ならもっと沢山商品を生産したいだろうが、作りだめも分量を少し抑えてもらわねばならないだろう。
まあその分、練度を上げることに力を注いでもらう。きっちり確実に、技術を身につける方向で。
ブンカケン所属の職人には指導料も入るので、収入としては問題無いくらいになると思う。
「とりあえず手押し式汲み上げ機は後回し。今まで通りの製造速度維持か、改良の方に重点を置いてもらおう。
今は硝子筆の製造に木炭を融通する方向で。職人を回さないと、どんどん来てるしな」
実を言うと、この展開は当然予測していた。
なので、元々注文している分の製造を前倒ししてもらって、現在の必要最低限の量は確保している。オゼロはその要請にも必要最低限しか従ってくれてないということなのだけど、まぁそこも織り込み済みの内容で要請しているので想定内。
とはいえ、このままいくと越冬中の燃料がなくなってしまうので、早く次の手を打たねばならないのだけど……ここは堪え時。
オゼロに料金の値上げなく、製造量を増やしてもらうための駆け引きとなる。
「あちらさん、いつ頃まで引っ張りますかねぇ……」
「雨季は明けるだろうな……。だけど、あちらに出向いてもらわないと」
「ですね。じゃ、極力早く動いてもらえるよう、製造速度、もう少し上げてもらいましょうか」
「……あまりはしゃぐと、越冬中の燃料どころか……十の月まで保たないなんてことになるぞ?」
「ははは、その辺りは調整しますしご安心くださいな」
まぁ、そういう駆け引きは全部マルの采配に委ねているので、彼がそれで良いなら、良いんだろうとは思うけども……。
そうやって細々調節を入れていると、当然マルの仕事が増える。それも心配なんだよなぁ……。
ちらりと視線をやってみたけれど、マルはそんなことお構い無し。新たな紙を取って、書類製作に入ってしまった。
「あとですねぇ、所属したいって言って来る職人も増えてるんで、メバックの受付を終了にして、拠点村一本に絞りますね。
もうほっといても勝手に来るし、増えると思うので」
「そうだな、リタにもこちらに来てもらおう。あ、住む場所……」
「ウーヴェのところで良いでしょ。どうせメバックでは、ウーヴェもリタの家でお世話になってるんですし」
え、良いのか……?
さらっと流されてしまったが、あの二人はまだ婚姻前だろう? しかもリタは十八って言ってた……。
「貴族じゃないんですから。十八ならもう子供がいたっておかしくない年齢ですよ。そもそもカーリンだって変わらないでしょうに。
それに、ウーヴェなら問題無いでしょ。そういうの勝手に気にしそうな性格じゃないですか」
いや、そういうの気にする性格だからこそ、同じ屋根の下に未婚状態の恋人と二人きりでいるっていうのはこう……精神的にも肉体的にも辛いんじゃないかなって思ったんだが……。
だけどマルにそういうこと配慮しろって言うのもなんか違う気がする……俺より十も年上なんだし……。
うーん……でも治安とかを考えると、女性に一人暮らしをさせるよりは男性と同居していた方が安心なのか……。
「これから女性の働き手も増やしていきたいって思ってる以上、そこも考えるべきだな……」
女長屋はあるものの、あそこは流民の親子が主だし、子のいない家庭を入れるのは環境的に厳しいだろう。
なにより、あそこは俺たちが運営しているからこそ、警備まで置いてられるのだ。一般の借家まで警備の手は回してられない。
何か良い方法はないかなぁ……と、考えていたら。
机の上にコトンと湯飲みが置かれた。
所用で出かけていたサヤだ。
いつの間にやら戻り、お茶の準備をしてくれていたらしい。
もう良いのと聞くと、火の番は女中に任せたらしい。見張っておき、薪を足していくだけだから、サヤでなくてもこなせるだろうし、こちらの雑務を手伝うために、戻ってきてくれたよう。
そうして、俺の呟きはしっかり聞いていたらしく……。
「シェアハウスとか、作ったらどうでしょう?」
「しぇあはうす?」
鸚鵡返しにそう問うと、いつもの説明を挟んでくれた。
「セイバーン村にいた時の、私たちみたいな感じです。大きなお家を、似た生活環境の人たちが共同で使うんですよ。
……そういうの、こちらにも普通にあるのだと思ってたのですけど……」
「いや……貴族なんかは使用人を囲うために作るけど、一般的ではないな。だけど……そうか……そういう手もあるか」
「はい。色々共有すると防犯面も安心できます。部屋は各自持つけれど、調理場やお風呂は共同で利用する……みたいに。
家賃も皆で折半できるから、家を個人で借りるよりはずっと手頃で、環境も整うんですよね」
「成る程。店舗長屋の店舗が付かない感じだな」
「あぁ、それは良いですねぇ。あの形態、思っていた以上に受け入れられてますし。
それこそ、クロード様が家移りされた後の借家とかを、女性専用の共同利用とかにすれば良いんですね。
あの規模だとなかなか借り手が付きませんが、無ければ無いで困るし……とはいえ当面、借り手がつく予定もありません。
皆で折半して利用するなら、料金も通常の借家に少し足される程度ですし、何より風呂付き一軒家ですからねぇ。湯屋を利用せずとも良いのは利点ですよねぇ。護衛とか警備とかの心配もしないで済みますし」
「食事も当番制で作るとか、洗濯や掃除もみんなでやれば早いです。
あと、休みの日には庭で親睦会を兼ねたバーベキューとか、憧れますよねぇ」
「ばーべきゅーってなんです?」
「お庭で焼肉の食事会をする感じです」
マルとサヤが盛り上がっている。
しぇあはうす……ねぇ。……うん、確かに良い気がする……。
「それ、女性に限定しなくても良いんだよな?
例えば……職に就いたばかりの新人職人らを集めて共同で住まわすとかでもさ。
親元を離れたばかりの職人って、寝る間も惜しんで働いて、家賃と食費でカツカツみたいな生活になるだろ? 共同利用できれば……」
「あぁ! 部屋をゴミだめみたいにする若手抑制になるかもですねぇ!」
「…………どこも似たようなものなんですねぇ……」
他領からの職人の受け入れも進んでいるし、彼らも長屋で一人暮らしよりは生活費が浮くだろう。
なにより、一時期の滞在と分かっているのだから、人の入れ替わりが早いのを前提にした借家があっても良い。
とりあえず、目ぼしい屋敷を見繕って、その方向でいくつか運用してみることにする。
「マンスリーマンションみたいですね。
あ、貴重品管理に問題が起こることが良くあります。なので、各部屋に鍵があるのは当然として、個室の中にも鍵を掛けれる場所があると良いですよ。
小型の金庫とか」
「金庫は無理ですよ……。二階だと床が抜けますし、部屋の面積圧迫しすぎますよ。
うーん……作り付けの家具に鍵がつけられる箇所を設けますか……。なら建設途中のあそこ辺りがまだ融通ききますかねぇ……」
バリバリと頭を掻いてマルが机の書類をひっくり返し、目当ての図面を引っ張り出す。
その机の上でよくどこに何があるか把握しているよな……。
だけどそれよりも……。
しまった……。今の話で、またマルの仕事を増やしてしまった……。
「マル……お前休めてる?」
「休息の必要量は確保してますよぅ。ご安心くださいな。優先順位低いものは犠牲になってますけど」
「……身繕いとか?」
「それは枠外ですし、真っ先に捨てました」
……それ、明らかに時間が足りてないってことだよな?
サヤと顔を見合わせると、サヤも少々物言いたげ。
まあ、少しくらいくたびれて見えるマルなど、俺たちには見慣れたものだけど、サヤは綺麗好きだし、やっぱり気になるよな……。
見た目のボロさ加減より、体調の方を心配してると思うのだけど。
「文官……必要だよなぁ……」
圧倒的に文官不足だ。なにせ俺は役職として二つも大仕事を抱えている。なのに、文官が四人しかいない……。
というか、仕事に追われて文官を探している余裕も無い。
「マルさんとウーヴェさん……あとリタさん……だけで回せる感じではないですよね……回ってますけど……」
それは回してるんだよ。マルが。色々犠牲を強いて。
「……アーシュさんとクロードさんは……交易路の現場の方をお任せしないとですよね……」
「あちらは外せない。でないと職人たちの安全やらも犠牲になるしな」
現在武官の二人にすら雑務が回っている状態だ。武官とはいえ学舎に在学歴のある二人だから、読み書き計算に問題は無い。
俺やサヤも手伝ってはいるし、他にも使用人を幾人か使ってはいるものの、やはりそれらは雑務。マルの仕事量を減らすには至っていない。
マルの補佐となれる人物が欲しかった。
だけどマルがそもそも特殊だし……彼に付き合っていける人物を探すのがまず難解……。
「読み書き必須で計算に強い人物、更にマルと意思疎通ってなるとなぁ……領内の他の地区から、新人で良いから希望者いないかって集ってはいるんだけど……」
つまりそれなりの教養……最低学舎に所属していた時期くらいないと、マルの言ってることの意味がさっぱり分からなかったりする可能性もある。
本当は商業会館の仕事を辞めさせるべきなのかもしれないのだけど、あの仕事はマルの趣味みたいなものなので、取り上げるのもなぁ……ってなると、ほんと仕事量が減らないのだよな。
「そろそろ孤児院も、幼年院も完成しますし……。先生役も探さないとなんですよね……」
「その先生探しにも人手が欲しいよな……とりあえず今はウーヴェに丸投げされてるけど……」
色々が、人手不足だ……。
「まぁ、とにかく今は、目の前の仕事をやろう」
「はい」
俺たちも、二時間ほどの余裕を作るために、仕事を詰め込んでいるのだ。
今日頑張れば、明日には目処がつくはず……。と、そんな風に考えつつ、取り敢えず、まずはやるべきことをやることにした……。
河川敷の方は、重要な部分は既に作り終えており、水位としても、まだ問題が無い日々が続いている。
そろそろ訓練は一旦中止となるのだが、他領からの視察はそれまでに切り上げとなり、帰還。
そして、セイバーンの騎士の方は残り、川の経過観察を担うことになる予定だ。
現在メバックは、宿を取り職を得て、雨季の間に小銭を稼ごうと考えている旅人でごった返しており、商業会館も忙しい様子。
職人らも、雨季は家に篭って商品の作りだめをする時期となるため、材料の買いつけで金が動く。
何より拠点村は、無償開示品の指導という大きな役割を担っているため、その分量は例年にない規模となった。
「で、肝心の木炭が不足してると……」
「ええ。一応最低限は確保してますけど、ほんと最低限ですね。
この雨季の、手押し式汲み上げ機の製造率を上げるのは難しいです。
勿論、鋳造試験も見送り……。長雨の湿気で、燃料の減りも増えますし……」
「……オゼロはなんと言ってるんだ?」
「この時期の燃料不足はいつものこと……だそうです。何処もかしこも買いだめをするのですから、不足するのは当然でしょうと。
急に要りようになったからって、大きく融通できるわけないでしょう。とも、おっしゃってましたねぇ。
初春からずううぅぅっと、言っていたにも関わらず」
「…………まぁ、分かってたことだけどなぁ……」
こうしてくるだろうことは、分かっていた。
秘匿権の無償開示に猛反対していたオゼロ公爵、エルピディオ様が、簡単に状況を受け入れやしないことは。
木炭の製造を握っているオゼロは、今までもことあるごとに、利権を守るため、水面下で木炭の販売制限を利用してきている。
あからさまな分量ではなく、そんなことはしていないと言い張れる、ギリギリの分量を見極めて。
それは公爵家だからこそと言える手法。権力を振りかざしているとも思えるが、そうやって権利の確実性を守ってきたとも言える。木炭や石鹸が料金の下降なしに今までやってこれていることが、その成果を表していた。
公爵家の威信を維持することがそのまま、職人や技術をを守るためでもあるのだ。
「木炭や石鹸を製造し続ける職人は、視力を悪くする者や、病を患う者、怪我を負って職を離れざるを得ない者も多いとされていますからねぇ。
その分の保障を厚くし、身を犠牲にする職人やなり手を守っているわけです」
「だから、製造量を増やさねばならないなら、職人に犠牲を強いるに値する料金をもらう……と、言ってきてるんだな」
「それと運搬費用ですね」
今年から、毎年同量程度だったセイバーンの木炭取引量が大幅に増える予定だ。
そのため、オゼロに木炭の買い付け増量を希望していたのだが、これに対して一定量を超えるならば料金の値上げがあると言われた。
木炭というのは、領地と領地の取引で買い付けられている。毎年これだけの分量を……と、注文し、それを製造してもらうのだ。
無論それ以上に必要である場合の追加注文も可能なのだが、その分量が想定外の量であったため、追加料金がかかると言われた形だ。
「使用量を増やすならば、料金も上げる……か。物理的に量を制限してきたな」
「製造回数を上げねばならぬ人件費と、樹海持ちの領地より木材を追加で購入しなければならない分の運搬費……その辺りがこちら持ちになるそうで、跳ね上がります。
我々の都合によって増量になるのだから、特別料金は当然でしょう? っていうのが、あちらの言い分です」
樹海というのは、国に点在している、ある特殊な森のこと。
この森、通常ではあり得ない速度で成長していく恐ろしい森で、悪魔に呪われた森だとまことしやかに囁かれている。
放っておくと、森は膨張し続け、人の生活圏をも浸食していくと言われていて、実際、毎年結構な木々が伐採されているにもかかわらず、森は一向に縮小しない。
特に南の樹海の成長速度は異様で、この樹海に接する領地では、毎年伐採量の割り当てが指定されてすらいる。それを各業者に委託して伐採するのだが、指定量を達成できないと、賠償金すら支払わねばならないらしい。
オゼロはこの材木を仕入れ、木炭に加工。それを国内全体に流通させている。
「製造回数を上げるったって、無償開示の品を作る職人が増えれば、自ずと木炭の消費量も増える。
この先は当然木炭生産量の増加が待っている。我々の要望だけには止まらない……その程度のこと、見越してるだろうに……」
「だから予定になかった分の運搬費用を持て。みたいないちゃもんをぶち込んできてるんじゃないですか?
今年はそれでしのいで、来年からも何なりと理由をつけて単価を上げてくると思いますよ。
まぁでも……予想していた結果は出てるってことですね」
燃料費が跳ね上がれば当然、品の値段も上がる。製品をもっと低価格で提供したい我々にとって、燃料費の増額は相当痛い。
値下げどころか、今の値段を維持することすら難しくなってしまう。
しかし……マルは慌てる様子もなく、口を動かしつつも、手は別の作業を続けていた。そうして……。
「予定通りってことで、もう少し粘りますか」
「うん、このまま行こう」
本当ならもっと沢山商品を生産したいだろうが、作りだめも分量を少し抑えてもらわねばならないだろう。
まあその分、練度を上げることに力を注いでもらう。きっちり確実に、技術を身につける方向で。
ブンカケン所属の職人には指導料も入るので、収入としては問題無いくらいになると思う。
「とりあえず手押し式汲み上げ機は後回し。今まで通りの製造速度維持か、改良の方に重点を置いてもらおう。
今は硝子筆の製造に木炭を融通する方向で。職人を回さないと、どんどん来てるしな」
実を言うと、この展開は当然予測していた。
なので、元々注文している分の製造を前倒ししてもらって、現在の必要最低限の量は確保している。オゼロはその要請にも必要最低限しか従ってくれてないということなのだけど、まぁそこも織り込み済みの内容で要請しているので想定内。
とはいえ、このままいくと越冬中の燃料がなくなってしまうので、早く次の手を打たねばならないのだけど……ここは堪え時。
オゼロに料金の値上げなく、製造量を増やしてもらうための駆け引きとなる。
「あちらさん、いつ頃まで引っ張りますかねぇ……」
「雨季は明けるだろうな……。だけど、あちらに出向いてもらわないと」
「ですね。じゃ、極力早く動いてもらえるよう、製造速度、もう少し上げてもらいましょうか」
「……あまりはしゃぐと、越冬中の燃料どころか……十の月まで保たないなんてことになるぞ?」
「ははは、その辺りは調整しますしご安心くださいな」
まぁ、そういう駆け引きは全部マルの采配に委ねているので、彼がそれで良いなら、良いんだろうとは思うけども……。
そうやって細々調節を入れていると、当然マルの仕事が増える。それも心配なんだよなぁ……。
ちらりと視線をやってみたけれど、マルはそんなことお構い無し。新たな紙を取って、書類製作に入ってしまった。
「あとですねぇ、所属したいって言って来る職人も増えてるんで、メバックの受付を終了にして、拠点村一本に絞りますね。
もうほっといても勝手に来るし、増えると思うので」
「そうだな、リタにもこちらに来てもらおう。あ、住む場所……」
「ウーヴェのところで良いでしょ。どうせメバックでは、ウーヴェもリタの家でお世話になってるんですし」
え、良いのか……?
さらっと流されてしまったが、あの二人はまだ婚姻前だろう? しかもリタは十八って言ってた……。
「貴族じゃないんですから。十八ならもう子供がいたっておかしくない年齢ですよ。そもそもカーリンだって変わらないでしょうに。
それに、ウーヴェなら問題無いでしょ。そういうの勝手に気にしそうな性格じゃないですか」
いや、そういうの気にする性格だからこそ、同じ屋根の下に未婚状態の恋人と二人きりでいるっていうのはこう……精神的にも肉体的にも辛いんじゃないかなって思ったんだが……。
だけどマルにそういうこと配慮しろって言うのもなんか違う気がする……俺より十も年上なんだし……。
うーん……でも治安とかを考えると、女性に一人暮らしをさせるよりは男性と同居していた方が安心なのか……。
「これから女性の働き手も増やしていきたいって思ってる以上、そこも考えるべきだな……」
女長屋はあるものの、あそこは流民の親子が主だし、子のいない家庭を入れるのは環境的に厳しいだろう。
なにより、あそこは俺たちが運営しているからこそ、警備まで置いてられるのだ。一般の借家まで警備の手は回してられない。
何か良い方法はないかなぁ……と、考えていたら。
机の上にコトンと湯飲みが置かれた。
所用で出かけていたサヤだ。
いつの間にやら戻り、お茶の準備をしてくれていたらしい。
もう良いのと聞くと、火の番は女中に任せたらしい。見張っておき、薪を足していくだけだから、サヤでなくてもこなせるだろうし、こちらの雑務を手伝うために、戻ってきてくれたよう。
そうして、俺の呟きはしっかり聞いていたらしく……。
「シェアハウスとか、作ったらどうでしょう?」
「しぇあはうす?」
鸚鵡返しにそう問うと、いつもの説明を挟んでくれた。
「セイバーン村にいた時の、私たちみたいな感じです。大きなお家を、似た生活環境の人たちが共同で使うんですよ。
……そういうの、こちらにも普通にあるのだと思ってたのですけど……」
「いや……貴族なんかは使用人を囲うために作るけど、一般的ではないな。だけど……そうか……そういう手もあるか」
「はい。色々共有すると防犯面も安心できます。部屋は各自持つけれど、調理場やお風呂は共同で利用する……みたいに。
家賃も皆で折半できるから、家を個人で借りるよりはずっと手頃で、環境も整うんですよね」
「成る程。店舗長屋の店舗が付かない感じだな」
「あぁ、それは良いですねぇ。あの形態、思っていた以上に受け入れられてますし。
それこそ、クロード様が家移りされた後の借家とかを、女性専用の共同利用とかにすれば良いんですね。
あの規模だとなかなか借り手が付きませんが、無ければ無いで困るし……とはいえ当面、借り手がつく予定もありません。
皆で折半して利用するなら、料金も通常の借家に少し足される程度ですし、何より風呂付き一軒家ですからねぇ。湯屋を利用せずとも良いのは利点ですよねぇ。護衛とか警備とかの心配もしないで済みますし」
「食事も当番制で作るとか、洗濯や掃除もみんなでやれば早いです。
あと、休みの日には庭で親睦会を兼ねたバーベキューとか、憧れますよねぇ」
「ばーべきゅーってなんです?」
「お庭で焼肉の食事会をする感じです」
マルとサヤが盛り上がっている。
しぇあはうす……ねぇ。……うん、確かに良い気がする……。
「それ、女性に限定しなくても良いんだよな?
例えば……職に就いたばかりの新人職人らを集めて共同で住まわすとかでもさ。
親元を離れたばかりの職人って、寝る間も惜しんで働いて、家賃と食費でカツカツみたいな生活になるだろ? 共同利用できれば……」
「あぁ! 部屋をゴミだめみたいにする若手抑制になるかもですねぇ!」
「…………どこも似たようなものなんですねぇ……」
他領からの職人の受け入れも進んでいるし、彼らも長屋で一人暮らしよりは生活費が浮くだろう。
なにより、一時期の滞在と分かっているのだから、人の入れ替わりが早いのを前提にした借家があっても良い。
とりあえず、目ぼしい屋敷を見繕って、その方向でいくつか運用してみることにする。
「マンスリーマンションみたいですね。
あ、貴重品管理に問題が起こることが良くあります。なので、各部屋に鍵があるのは当然として、個室の中にも鍵を掛けれる場所があると良いですよ。
小型の金庫とか」
「金庫は無理ですよ……。二階だと床が抜けますし、部屋の面積圧迫しすぎますよ。
うーん……作り付けの家具に鍵がつけられる箇所を設けますか……。なら建設途中のあそこ辺りがまだ融通ききますかねぇ……」
バリバリと頭を掻いてマルが机の書類をひっくり返し、目当ての図面を引っ張り出す。
その机の上でよくどこに何があるか把握しているよな……。
だけどそれよりも……。
しまった……。今の話で、またマルの仕事を増やしてしまった……。
「マル……お前休めてる?」
「休息の必要量は確保してますよぅ。ご安心くださいな。優先順位低いものは犠牲になってますけど」
「……身繕いとか?」
「それは枠外ですし、真っ先に捨てました」
……それ、明らかに時間が足りてないってことだよな?
サヤと顔を見合わせると、サヤも少々物言いたげ。
まあ、少しくらいくたびれて見えるマルなど、俺たちには見慣れたものだけど、サヤは綺麗好きだし、やっぱり気になるよな……。
見た目のボロさ加減より、体調の方を心配してると思うのだけど。
「文官……必要だよなぁ……」
圧倒的に文官不足だ。なにせ俺は役職として二つも大仕事を抱えている。なのに、文官が四人しかいない……。
というか、仕事に追われて文官を探している余裕も無い。
「マルさんとウーヴェさん……あとリタさん……だけで回せる感じではないですよね……回ってますけど……」
それは回してるんだよ。マルが。色々犠牲を強いて。
「……アーシュさんとクロードさんは……交易路の現場の方をお任せしないとですよね……」
「あちらは外せない。でないと職人たちの安全やらも犠牲になるしな」
現在武官の二人にすら雑務が回っている状態だ。武官とはいえ学舎に在学歴のある二人だから、読み書き計算に問題は無い。
俺やサヤも手伝ってはいるし、他にも使用人を幾人か使ってはいるものの、やはりそれらは雑務。マルの仕事量を減らすには至っていない。
マルの補佐となれる人物が欲しかった。
だけどマルがそもそも特殊だし……彼に付き合っていける人物を探すのがまず難解……。
「読み書き必須で計算に強い人物、更にマルと意思疎通ってなるとなぁ……領内の他の地区から、新人で良いから希望者いないかって集ってはいるんだけど……」
つまりそれなりの教養……最低学舎に所属していた時期くらいないと、マルの言ってることの意味がさっぱり分からなかったりする可能性もある。
本当は商業会館の仕事を辞めさせるべきなのかもしれないのだけど、あの仕事はマルの趣味みたいなものなので、取り上げるのもなぁ……ってなると、ほんと仕事量が減らないのだよな。
「そろそろ孤児院も、幼年院も完成しますし……。先生役も探さないとなんですよね……」
「その先生探しにも人手が欲しいよな……とりあえず今はウーヴェに丸投げされてるけど……」
色々が、人手不足だ……。
「まぁ、とにかく今は、目の前の仕事をやろう」
「はい」
俺たちも、二時間ほどの余裕を作るために、仕事を詰め込んでいるのだ。
今日頑張れば、明日には目処がつくはず……。と、そんな風に考えつつ、取り敢えず、まずはやるべきことをやることにした……。
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※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
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